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▽レス始

「歩む道(第四話――シロタマの壱)(GS)」

テイル (2005-03-28 08:13)
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 美智恵の腕の中、彼女の愛娘が肩を震わせていた。とめどなく流れる涙に、美知恵の上着は肌で感じられるほどに湿っている。
 Gメンのオフィスで電話を受けた時に、令子がかなり精神的に参っているだろう事を予想はしていた。今まで一度も見せまいとしていた弱さを、素直に見せるのではないかと思ってはいた。
 しかしここまで弱々しくすがり付いてくる娘を、さすがの美智恵も予想することはできなかった。美知恵が寝室に訪れてから美神令子は、母親の胸の中ただただ涙を流し続けていた。……何があったのか、美知恵は尋ねることすら出来ていない。
 母親として、一人の女として、令子の憔悴しやつれたその様にどうしようもない不安を覚える。娘がここまで傷つきやつれる理由など、そうあるものではない。
 一番初めに思いつくのは、絆だ。美知恵本人が令子に植えつけてしまった、大好きな存在を失う恐怖だ。
 ふと、おキヌのことを思い出した。
(おキヌちゃんの様子も変だった。もし同じ理由だとしたら、横島くんかな)
 令子もおキヌも、シロやタマモでさえ、横島の存在は大きいはずだ。一番身近で、一番気になる男性のはずだ。彼と何かあったのか。横島が珍しく事務所内にいないのも、何か関係があるのだろうか……。
 美知恵は疑問に思う。しかしもう少し落ち着いてくれないと、娘から話を聞くことはできないだろう。
(さて、困ったわね)
 令子の髪を優しくなでながら、美知恵が眉をひそめた時だった。
『美知恵さん!! おキヌさんが――!!』
 突如天井から慌てたような人工幽霊壱号の声が響いた。
 腕の中の令子がピクリと反応した事を感じながら、美知恵はたずねる。
「どうしたの?」
『おキヌさんが、倒れました!!』
 目を見開いた美智恵から、令子が涙に濡れた顔を上げた。


 美神除霊事務所には屋根裏部屋がある。そこはかつてある魔族の姉妹が暮らしていたが、今では二人の犬神が住んでいる。人狼と妖狐。それが現在の住人だ。ある通り魔事件をきっかけに、ここに居候となって既に久しい。彼女たちにとって、今ではこの屋根裏部屋は立派な住処となった。それは美神除霊事務所の所員達との心の近さをも意味する。
 屋根裏部屋には現在、妖狐の姿がなかった。いるのはベッドの上に身体を丸めるようにして横たわる、人狼の娘が一人だけだ。
 人狼の娘はその視線をぼうっと虚空に注いでいる。その焦点はどこにもあっていない。まるで目を開けたまま眠っているかのようにも思える。元気、覇気といったものが、微塵も感じられない。
 彼女がいつからそうなのかはわからない。ただぴくりとも動かず横たわるその姿は、持って生まれた造形の美しさを際立たせていた。いつも雰囲気や行動で隠れている美しさが、そこにはあった。かすかな胸の上下さえなければ、美の女神の祝福を受けた秀逸な彫像のようだったろう。
 しかしそれは作り物の美しさだ。命無きまがい物特有の美しさだ。それは命の脈動あふれる、この娘本来の美しさではないのだ。
 シロ。それがこの人狼の娘の名だ。その性格は明朗快活で、バカ犬とさえ揶揄されるほど単純。そしてその行動は、考えるよりも先に身体が動くような天然娘だ。そんな娘がどうしてこのような姿をさらしているのか。……普段の彼女の姿は、現在見る影もなかった。
 ふと、シロの耳がぴくりと動いた。視線がのろのろと床へと向けられる。獣人特有の鋭敏な感覚が、階下の様子をシロに伝えたからだ。
 ……どうやらおキヌが倒れたらしい。
 聞こえてきた会話からその事だけシロは理解した。そして理解したにもかかわらず、興味を失ったように視線が再び虚空へと戻ってしまう。
 シロの脳裏に不意打ちとも言えるタイミングである映像が浮かんだ。同時に押し寄せる暗く深く、切なすぎる思い。
 彼女は歯を食いしばった。
 ぷちり。


 事務所からそう離れていない住宅街に公園がある。ジャングルジムや滑り台、砂場などが備え付けられ、子供たちの格好の遊び場となっている。いつも午後を回ると子供たちやその親たちによって賑わう場所なのだが、何故か今日に限っては誰もいない。そう。不自然なまでに誰もいない。通りを行く人たちがこの公園に目を向けることすらない。ごくたまに一瞬だけ立ち止まっては首をかしげる者もいるが、その者はおそらく先天的に霊能の才能を有しているのだろう。
 現在この公園は、人避けの幻術によって他者の存在を拒んでいた。術の中心にいるのは砂場でうずくまる子狐だ。ゆらゆらと泳ぐようにして揺れる尾は、九本ある。金毛九尾白面といわれる大妖怪……その転生体にしてシロの相棒。
 タマモだ。
 彼女はこの公園に人間が誰も入れないようにしながら、ある存在を待っていた。といっても誰かと待ち合わせしているとか、そういうことではない。ただこうして一人でいれば、おそらく何らかの行動を起こしてくる何者かがいると、そう考えているだけだ。
 彼女は昨夜、悪夢を見た。シロと二人で横島を追う夢だ。悲しく、苦しく、押し寄せてくる感情は心を千切れ飛ばさんと荒れ狂った。
 それは不自然なまでの感情の奔流。
 それは不自然なまでの精神の動き。
 ……幻術を得手とするタマモだからこそ気づく事ができた。そして幻術を得手としていたからこそ、抗することができた。おそらくその手の能力を有していなければ、為す術もなく翻弄されてしまうだろう。あの何者かの意図によって放たれた……悪夢という名の精神攻撃によって。
 美神除霊事務所には、人工幽霊壱号による結界が張られている。その結界をわざわざ越えて自分に精神攻撃を仕掛けてきた以上、これが単なる嫌がらせや偶然ではありえない。明確な敵意を自分に持っている。そうタマモは考えた。だからこの公園に来たのだ。
 何故自分をねらうのか。それはわからない。しかしどんな理由があるにしろ、相手は精神攻撃に長けた存在。そして事務所の仲間がその類の攻撃に対抗する術をろくに持っていない以上、巻き込むわけにはいかなかった。シロなど根が単純なだけに、精神攻撃は絶大なまでに効果があるだろう。……心は容易に壊れる。それをタマモは知っていた。その点この公園ならば、例え何者かが襲ってきたとしても事務所の仲間に危害が及ぶ事はない。
 彼女は今の生活が気に入っていた。人間社会の勉強という名目で居候を始めたが、今ではあそこにいたいからいる。美神もおキヌもそして横島も、人間だが彼女は好きだった。狐とは性格に大きな違いがある犬とはいえ、シロも好きだ。みんな大切な仲間だ。自分のの為に傷つけたくはない。
 遠くチャイムの音に、タマモは伏せていた顔を上げた。大学の講義終了の鐘だ。時計に目を向けると、午後四時を回っている。午前中からここにいることを考えると、四半日はここに結界を張りつつ待ちかまえていることになる。
(なにごとも無しか)
 何故仕掛けてこないのだろうか。公園に一人でいるのだから、仕掛けるには絶好のチャンスの筈なのだが。もしかしたら攻撃手段が悪夢しかないのだろうか。だとすると勝負は夜眠りについた後か? 
 疑問に思いながらもタマモは嘆息した。とにかく一度事務所に帰ることにする。この時間ならばおキヌも事務所に帰ってきているだろう。今日は依頼がないはずだから、横島と美神も事務所で待機中のはずだ。
 とにかく自分の現状を、みんなには話しておかないといけない。そうしないと心配するだろうから。そしてその後は再びどこぞで、このはた迷惑な馬鹿たれを待ちかまえなければならないだろう。危険を完全に排除したと思えるまでは、巣でのほほんと休むわけにはいかないのだから。
「まったく、腹立つ」
 タマモは人化すると、さらに両腕を翼へ変化させて空に飛び上がった。


「ただいま」
 空から住処に降り立ったタマモは、屋根裏部屋に漂う異様な雰囲気に眉をひそめた。空気が重い。息苦しさすら感じる。いつもの温かで落ち着く雰囲気が微塵もない。
 タマモは怪訝に思いながら部屋を見回した。すぐに様子のおかしい相棒に気づく。
「シロ?」
 背を向けてベッドに横たわるシロは、窓から帰ってきたタマモに振り向きもしない。いつもなら必ず何かしら反応があるはずだ。いつもなら周囲に元気を振りまいているはずだ。いつもなら笑顔で迎えるはずだ。いつもなら走り回っているはずだ。いつもなら――。
「ちょっとシロ、どうしたの?」
 あまりに妙な相棒の様子に、タマモは心配そうに歩み寄ろうとして……そして気づいた。
 血の臭いがする。多量ではない。ごく微量と言っていいだろう。しかし紛れもない血の臭い。それも鮮血だ。……血臭は、シロから漂っていた。
「ちょっと……!」
 タマモは慌ててベッドにあがると、上からシロの顔を覗き込む。
 口元から垂れる血が、タマモの目にはいった。
「あんた、なにやってんの!?」
 思わず口元に伸ばした手に、シロが初めて反応を見せた。……痛みに顔を歪めたのだ。
「あ」
 反射的に手を引く。歪められたシロの表情はゆっくりと戻り、そしてやっと視線が動く。
「……タマモ?」
 自分に向けられたシロの視線に、タマモは愕然とした。シロの目。あの澄んだ、輝かんばかりのあの目が、今では濁り、影すら差している。
 その目は、絶望に苛まれている者の目だ。追いつめられ、そして心に刃を刺し込まれている者の目だ。タマモのよく知る、それは……精神攻撃を受けている者の目だ。
「シロ……」
 シロはゆるゆると口元に手を当てた。その繊手に付着する彼女自身の血液。
 ああ、とシロは頷く。
「気にすることはないでござるよ……。ちょっと、夢見が悪くて。しかも事あるごとに思い出しそうになるもんでござるから。こうするとまぎれるんでござる」
 そういうそばから、シロの口元でぷちりという音した。それが口内を噛み切る音だと理解したタマモは、シーツを破ると指にぐるぐるに巻き、今度は明確な意志を持ってシロの口に手を伸ばす。
「もうやめなさいよ。いくら再生能力に優れる人浪っていっても、限度があるでしょ。口内炎ぐらいにはなるかもしれないわよ?」
 軽口を叩きながら指をシロの口に突っ込むと、シーツだけ残して引き抜いた。これでとりあえずはこれ以上口の中を噛み切れない。
(なんて、迂闊……)
 タマモはぎりり、と歯を食いしばった。
 何故思い至らなかった? あの悪夢を見せられたのが自分一人だなんて、どうして思い込んだ? もちろん根拠はあった。しかしどうして確かめなかった。確かめていれば、こんな事にはならなかったかもしれない。
「……他の皆は」
 タマモは五感を全開にして事務所内を探った。自分とシロを除いて気配は三つ。よく知る気配が二つと、まあまあ知る気配が一つ。美神、おキヌ、そして最後の気配は美智恵だろう。
 美神とおキヌの気配は、明らかに異常を示していた。その気配の異常さは、シロのそれに酷似している。おそらくは、二人も……。
「ぅぐう」
 うめき声にシロに視線を戻すと、口に突っ込んだシーツを吐き出していた。元は白かった布が赤に染まっているのを見て、タマモは唇を噛んだ。
「くそっ」
 タマモはシロを肩に担ぎ上げると立ち上がった。
「人工幽霊壱号!」
『はい』
 タマモの叫びに、待っていたかのように返事がきた。
「この事務所内に文珠はある!?」
『オーナーが横島さんから巻き上げた物が少々』
「美智恵に全部持ってくるように言って!」
 人工幽霊壱号に指示を出しながら、シロを引きずるようにしてタマモは階下へと向かった。


 あとがき

 お久しぶりです。テイルです。一週間に一度の投稿を目標としていたのに、どれぐらいぶりだろう、投稿。
 ……うむ。ざっと三週間以上か。
 読んでくれていた人も覚えてないよね、これじゃ。


 ……はぅ(涙)

 次は、次こそは!! 早く続きを書きますですから! どうぞ見捨てないでやってください〜


 感想のお返事でございます。
 続き書くの遅れると、返事も遅れてしまいますねえ……


>shin様

 伏線、張れてますでしょうか。
 楽しめてもらえたら嬉しいんですが。

>MAGIふぁ様

 おお、MAGIふぁ様。感想ありがとうございます。
 前回書いてて自分でもやばいかなとちょっと思ってたり。
 け、消されなくて良かった。ははは

>猿サブレ様

 大丈夫です。
 だって、……死んで貰いましたから(我ながら怖っ

>斧様

 楽しみにしてもらえる。それこそが原動力ですね。
 感謝です。

>筆名様

 おおおおお。
 なんかむっちゃ嬉しい。
 なんか、書いてて良かったって気分です。
 ありがとうございます。

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