見知らぬ部屋で、タマモは目を覚ました。
(ここ、は……?)
あたりを見まわす。
鼻を利かせると、そこかしこに横島の匂いが感じられた。
理解した。ここは、横島の部屋だ。
(私は―――)
思い出す。
あのあと、泣くタマモに見かねて、横島は自分のマンションへ彼女を連れてきた。
事務所でないのは、自分の家のほうが近かったからだ。
雨に濡れたタマモを、彼は早く暖めてやりたかった。
(そうだ。横島の家に入って、シャワーを浴びて……)
狐うどんを食べて。
そこからの記憶がない。どうやらそこで、自分は眠ってしまったらしい。
時計を見ると、もう、夜の10時だった。4時間近く眠ったことになる。
のろのろと起きて、部屋を出ようとすると、廊下の向こうから横島の声が聞こえた。
「ええ、そうです。はい。タマモはうちに居ます。今は寝てますから―――手ぇ出したりなんかしませんよ! ケダモノですか、俺は」
どうやら電話をしてるらしい。会話内容から察するに、相手は美神だろう。
「停学、ですか。はい。わかりました。伝えておきます。
…………そのことなんスけど、美神さん。タマモは、うちで預かりますんで」
聞き耳を立てるタマモは、驚愕の表情を浮かべる。
タマモは、うちで預かります。
嬉しかった。事務所へは戻りたくなかった。あそこにはシロが居る。
「ちぃがぁいますって! だから、そういうんじゃなくって!
なんつーか、その……あいつ、かなり参ってるんですよ。追い詰められてるっつーか。シロとも顔、合わせづらいだろうし。
つらいときに逃げ込める場所ってのは、必要だと思います。ここなら、あいつも遠慮しなくていいですし。俺も気にしませんし。
仕事も、できればキャンセルさせてあげてください。今は何もさせないほうがいいです。ええ」
横島は言った。
つらいときに、逃げ込める。
自分が、タマモの避難所になると明言した。
タマモはそれが、たまらなく嬉しくて。
受話器を置いた横島の背中に、小走りに駆けて抱きついた。
「おわ! タマモ? 起きてたのか」
こぉんと、タマモは鳴いた。甘えの声を出した。
「電話聞いてたのか? 退学にはならなかったってさ。あと、ここ、使っていいから。シロとは顔合わせられないだろ? ほとぼり冷めるまで、好きなだけ居なよ」
こぉんと、タマモは鳴いた。感謝して甘えた。
「………タマモ」
頭に乗せられたては、温かで。とてもとても温かで。
「もう、無理すんな。な?」
こぉんと、甘えた声で、タマモは鳴いた。
自分の帰る場所。その腕の中で。
こぉん。
その温かさに、抱かれながら。
狐ノ妹
その終
よく晴れた寒空の下、タマモは一人、校舎の屋上で弁当を食べていた。
中身は、ご飯とおかずが6:4。平々凡々とした内容だ。いつもはもっと、油揚げがふんだんに使われているのだが。
しかしタマモは、笑顔で箸をつける。
昼食に油揚げがない。そのこと自体は悲しい。しかしそういう日は、決まって夕食に油揚げが出てくるのだ。
つまり、お弁当に油揚げが入っていない=今日の夕飯は油揚げを使うからね、というケイの意思表示なのだ。
昼食か夕食か。ふたを取るまでドキドキし、油揚げが入っていたら楽しい昼食、入っていなくでも夕飯に期待を寄せて、やはり楽しい昼食というわけだ。
はてさて、今日の夕飯はなんじゃらほい? なんて考えながら、タマモはおかずをぱくついた。
校庭では、食の早い生徒たちがちらほら遊びに出ている。隣のクラスのシロもその一人。自分の倍はある弁当を、どうしてこんなに早く食べきれるのか。不思議だが、まぁ、シロだし、とタマモは納得している。
対してタマモはといえば、食べるのが遅い。というより、早く食べるつもりがまったくない。
箸を少し進めては手を止め、校庭のシロを眺めたり。少し食べては、小鳥に目をやり呆、としたり。
その繰り返しで、彼女が昼食を食べる頃には、校庭は喧騒に包まれているのが常だった。
食べ終わると、特にすることもない彼女は昼寝をする。昼間の屋上での日向ぼっこは、彼女を容易に夢の世界に連れていってくれるのだ。
そのまま午後の授業をサボってしまうこともあり、まぁ、出席率はちょっと悪かったりする。
横になる前に、タマモは隣にある中等部の校庭へと目をやった。
そこではケイが、級友とバレーボールにいそしんでいた。
その様子はとても楽しそうで、タマモは心地よく微笑した。
よかった。楽しくやってるみたいだ。
ケイがこちらに気付き、大きく手を振ってくる。小さく振り返すタマモ。それに気をよくし、ケイがさらに大きく手を振って―――
「あっ」
彼女の顔面に、バレーボールがヒットした。
うずくまるケイを、あるいは心配し、あるいは呆れ、級友たちが取り囲む。
立ち上がったケイは平気みたいで、すぐにボールが回されたした。
(………いいなぁ)
その光景を、タマモはうらやむ。
自分が得ることの出来なかった級友たちを、ケイは得た。それを嬉しく思い、同時に軽い嫉妬を感じる。
空を仰ぐと、太陽が目に入る。眩しくて、目を細めた。
いい天気だ。でも、ちょっと空気が重い。これは夕方以降、雨が降るに違いない。
そういえば、あの日も、こんなにいい天気だった。やっぱり、夕方から雨が降ったっけ。
思い出すのは、6月のあの日。雨の降る公園。彼の部屋。
一緒に暮らした三ヶ月。その前の、つらかった2ヶ月。なにも信じられなくなった一日。信じられた唯一の人。
貰ったネックレス。なくした時の恐怖。見つけた時の絶望。取り返した時の放心。そして、怒り。
今はもう、思い出の彼方だ。
停学期間が過ぎても、タマモは不登校だった。
登校するようになったのは9月。二学期が始まってからだ。
今でも、学校はあまり好きじゃない。イジメはなくなったが、その代わり、恐れられるようになった。友達は、やはりいない。
それでいいと、タマモは思う。
自分には横島がいればいい。横島と共にあれればいい。
ただ、それだけが許されるのなら。
ほかはどうなろうと構わない。何だって我慢できる。耐えていける。
誰とも話さない学校も。ここで得た知識で、あいつの役に立てると思えば苦にならない。
だけど、他の人までそうであってほしいわけじゃない。
だから、ケイの光景を、素直に嬉しく思う。自分が送れなかった学校生活を、彼女には送ってほしいから。
弁当を食べ終わり、伸びをする。
気持ちのよい空だ。こんなときは昼寝が一番。チャイムが鳴るまで、少し、眠るとしよう。
さて、と。
「今日のおかずは、なんじゃらほい、と」
心地よい日差しの中、そうして、タマモは眠りについた。
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これにて、狐ノ妹は終了となります。最後まで読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
最後には、時間軸を『猫ノ妹』まで戻しました。
この時点のタマモは、雨の日の公園のときとは違います。少なからず自立しようとがんばっています。美神女霊事務所に戻りました。シロとも仲直りしました。サボりがちだけど、学校にも通ってます。
相変わらず、横島は大好きで。優先順位としては最高位だけれど。
だけれども、彼女は歩いているのです。横島にもたれかからずに、自分の足で。
ただ、支えられるのではなく。いつか、その隣に立ちたいと願いながら。
それでも、横島に対して甘えん坊なのは、まぁ、乙女心の表れってことで(^^;
さて。かねてより申しましたとおり、狐が終われば、次は犬(めきょ!)……狼です。こちらは多分、今までで一番短くなるんじゃないかなと思います。多分、章を分けることもないかと。春休み中には書きたいと思ってます。
最後に。
添付はしておりませんが、公園のシーンを描いてくださったたかすさまに多大な感謝を。おかげでイメージが沸きました。ありがとうございます。
ではまた、次の妹でお会いしましょう。
桜華でした。
PS.
おまけというのもなんですが、下に、私の妹シリーズのノートより、タマモの設定を抜き出してみました。楽しんでいただけたら幸いです。
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名前:タマモ
性別:女
年齢:16(肉体年齢)
種別:妖孤
備考:
金毛白面九尾の狐の生まれ変わり。生まれ変わってまだ2年。
六道女学院高等部一年。シロとはクラスが異なる。
美神親子と六道理事長の特別な計らいにより、さしたる困難もなく入学。本人は人間社会を知る一環といってるが、それなりに楽しんでいるようである。
入学当初、妖怪ということで周囲からいじめを受けており、そのせいで再び人間不信がぶり返し、ストレスで発火能力を制御しきれなくなった時期があった。
そんなタマモにもっとも真剣に取り組んだのは横島だった.自身、関西から転向してきたときに、軽くいじめられたことがあったらしい。タマモもまた、横島を頼った。
いじめがなくなり、タマモの横島に対する思慕の念は飛躍的に上昇した。
追い詰められて一時期は横島宅に泊り込んだことがあり、今でも、何かにつけて横島の家に泊まりに来る。
『猫ノ妹』初登場時において、タマモはすでに攻略済み、好感度マックスな状態。そのため、役割的にはケイに対する同姓の上位者、すなわち姉、よきアドバイザーを担う。
妹たちの手前しっかりしているように見せるが、その実1、2を争う甘えん坊。二人きりのときは遠慮なしに横島に甘える。が、それは依存ではない。彼女は横島が好きだが、無条件に従うことはない。意見も言うし、それが己の考えに反すれば逆らうこともある。その辺の地に付いた考え方から、横島に対して最もパートナー的存在となり、長女(暫定)としての地位を築く。
お気に入りは、横島の背から首に腕を回すこと。横島の顔がすぐ側にあり、また、横島と同じ視界を持つことが嬉しいらしい。