一般常識を学び、また、霊能力の制御を身につける。
タマモが六道女学院高等部に入学したのは、それが目的だった。
厄珍堂への買出しの帰りに補導された件を話したときに、美智恵が勧めたのが切っ掛けだった。
金銭面での出費に美神は渋面を作ったが、シロも行きたがり、それならと人狼族長老に隠し金山を一つリークさせて落ち着いた。相変わらず、金の亡者である。
それはさておき、シロタマは学校へと通うようになった。
妖怪が、果たして人間社会で暮らせるのか、美智恵は不安だった。ピートはうまくやっていたが、それは稀有な例である。世間一般では、妖怪=害獣というステレオタイプが、いまだに根強い。
ゆえに美知恵は、六道を選んだ。理事長とは古くからの知己だし、生徒はGSの卵たち。一般人よりは理解を示してくれるはずだ。
また、将来のGS達が妖怪共存の道に手を貸してくれるかどうか。その試金石でもあった。
四月。二人は六道の制服に身を包んで、事務所を出た。
結論から言おう。美知恵の思惑は、半分成功し、半分失敗した。
シロは生徒に受け入れられたが、タマモは受け入れられなかった。
その理由は、二人の能力と、なにより性格に起因する。
二人とも、運動は出来た。基本スペックが人間と違うのだ。タマモはシロよりはるかに運動オンチだが、それでも、人間以上ということには変わりない。ヒトがどれだけ努力しても、大した苦労もせずにそれを引き離す二人に、生徒たちの視線は厳しかった。
それでも、シロはよかった。彼女は、勉強が出来なかったから。
欠点があるということは、ともすれば魅力に繋がる。入学早々に出来なさ加減を披露したシロは、『運動はできるが勉強はダメなコ』として、一般的カテゴリーに収められた。
シロ自身の明朗快活な性格も手伝い、彼女は次第にクラスに受け入れられることになる。
クラスメイトに勉強を教わる彼女は、まるでみんなの妹のようで。
裏表ない明るさと、それの引き起こすドジさ加減もあいまって、いつしかムードメーカーにまでなっていった。
しかし、タマモは勉強もできた。できてしまった。
もとより、時の帝に寵愛され、政にも様々な助言を与えた金毛白面九尾の生まれ変わりだ。頭の回転も早く、足りない知識を補いさえすれば、他の追随を許さない速度で昇華していく。
気付けばクラスでトップ。学年でも10指に入っていた。
妖怪のくせに、気に入らない。生徒の不満はますますに募っていく。
それでも、タマモがシロのような性格であればましだった。明朗快活なら、クラスメイトも、あるいは受けれいたかもしれない。
しかし、タマモはクラスのみんなと積極的に話そうとはしなかった。
学校に通う目的は、一般常識と霊能力を学ぶため。生徒と話をする必要性を、タマモは特に感じなかった。
美知恵にすれば、同年代の人間との付き合い方も学んでほしかったのだろうが、タマモがそれに応えることはなかった。
結果、陰湿な嫉妬の元、『自分の才能にお高くとまったクソ妖怪』というイメージが確立される。
『妖怪のくせに』という嫉妬は、やがて排斥へと変わる。
タマモはクラスで孤立し、嫌がらせを受けるようになった。
靴を隠される。椅子に画鋲を置かれる。教科書を破られる。etcetc。
しかし、タマモに堪えた様子はなかった。
靴を隠されれば、足を靴に変化させる。画鋲などは事前に気付くし、教科書は買いなおすだけ。
生徒からすれば、気に入らないことだ。嫌がらせはエスカレートしてゆき、しかしタマモは堪えず、ゆえにますます激しくなる。
その繰り返し。やがては集団無視にまで発展するが、それでもタマモは気丈だった。
この群れは、自分を受け入れていない。それを理解したタマモは、自ら一人を選んだのだ。無視されようが、なんの痛痒もない。
そのまま孤独に、一人きりで三年間を過ごすはずだった。
タマモは変わった。彼女に自覚はないが、変わった。事務所で、よく喋るようになった。
それは淋しいからだ。それは悲しいからだ。それは恋しいからだ。
タマモは自らの分裂を自覚しない。他者を拒絶する自分と、他者を求める自分。学校の自分と、事務所の自分。その変化を自覚しない。
タマモが急に明るくなったのを、事務所に住む人間は、学校に通い始めたからだと思った。学校で友達でも出来たのだろう。いいことだ。そう誤解した。
ただ一人、横島忠夫を除いて。
タマモは明るくなった。よく笑うようになった。よく話すようになった。
学校の話もする。今日はなにを習っただの、先生がこう言っただの、隣のクラスでシロが騒いだだの。
朗らかな笑顔で話す。
だけど、と、横島は思う。
彼女の口から、友人について語られたことは一度もない。
彼女が、友人と一緒に下校する姿を見たことがない。
彼女が、友人と楽しそうに雑談しているところを、見たことがない。
タマモはいつも、5時には帰ってきた。
シロと共に、不規則なGS稼業のため、クラブには入っていない。だから、早く帰ってこれる。それはわかる。
だけど、それが毎日ともなると、横島は不審に思う。
誰かと寄り道したりしないのだろうか。シロのように、それで集合時間を遅れたりはしてほしくないが、仲のよい友人と、時々は街に繰り出したりはしないのだろうか。
聞いてみると、みんな部活が忙しいといわれた。予定がかみ合わないと。
矛盾はないが、納得できなかった。だからといって、女の子の私生活を調べるなど、横島には出来ないし、したくない。
タマモは、事務所では明るい。きっと、学校でもそうなのだろう。そのはずだ。
そう、信じるしかなかった。
だから、今日。
事務所の電話が鳴り、タマモが傷害事件を起こしたと伝えられたとき。
全員が驚愕した。が、横島――彼がそれを知ったのは、学校終了後に事務所を訪れてからだが――はその片隅で、
(ああ、やっぱり)
と、どこか納得したのだった。
狐ノ妹
その3
保健室。
目覚めた私の身体には、包帯が巻かれていた。
起き上がろうとすると、傷口が痛んだ。
私の全力を断ち切ったシロの一撃。その余波を受けたのだ。私が人間だったら、命を落としたかもしれない。
……人間だったら、こんな思いもせずにすんだだろうに。
「気付いたみたいやな」
カーテンの向こうから姿をあらわしたのは、うちのクラスの担任だった。
「鬼道……」
「先生や。鬼道先生」
「……先生」
「よし」
ちょっとおどけだ風に笑って。
それから鬼道は、表情を引き締める。
「………なんで、あないなことしたん?」
「…………あないなことって、どんなことですか?」
「わからんか?」
「いっぱいありすぎて、どれかわかりません。先生に炎を向けたこと? 授業無視して外に出たこと? 焼却炉に身を乗り出したこと? あの女に火をつけたこと? あの女を殺そうとしたこと?」
「全部聞きたいけど。一番聞きたいのは、最後の奴やな」
「理由なんて簡単よ。私が妖怪だから」
私が妖怪だから嫌悪されて。私が妖怪だから排斥されて。
私は敵に対して自衛行動を行った。それだけだ。
「………本気で言ってるんか?」
「それ以外に理由はないわ」
「……紺野。正直に言い。俺はおまえを助けたいんや。正直に話してくれ」
その言葉に。私は思わず噴き出した。
助ける? その段階は、もうとうに過ぎ去っているのに。
「気持ちはありがたいけどね、先生。正直に話したところで、意味はないわ」
おまえに、私は救えないから。
「だって、ウソ言ってないもの。だから何も変わらない」
何も変わらない。私は排斥される。それは変わらない。
「………今回に対する処分は追って知らせる。それまでは自宅謹慎や。ええな?」
「わかった」
鬼道の退室を確認して、私もベッドを出る。傷口は、先ほどよりは痛まなかった。歩くのに、支障はない。
そのまま保健室を出て、玄関へ向かう。
……家に帰れ、か。
どこに帰れというのだろう。
私の家って、どこだろう。
家だと思ってた場所の住人は、私に牙を向けた。
私の家って、どこだろう。
外は、雨が降っていた。
「………あ〜あ……」
いったい私は、どこに行けばいいのだろうか……
公園。雨が降る。まだ夕方前なのに、雲に覆われて、夜のようにくらい。
ブランコに座り、私は雨に打たれていた。
……これから、どこに行こうか。
呆、とした頭で、漠然と考える。だけど、何も案が出てこない。
わかってる。疲れてるんだ、私は。
動くことに。考えることに。行動することに。何もかもに。
私は、もう、疲れた。もう、どうでも、いい。
私に、帰る場所など、ない。
シロは私を攻撃した。私の敵になった。
美神もおキヌちゃんも、私に気づいてくれなかった。私を救ってくれなかった。
横島も。横島は……ネックレスを、くれた。
でも、壊れた。壊された。
それがたまらなく、悲しい。悔しい。
でも、泣くのも、悔しがるのも、もう、疲れた。
これから、どこに行こう。
このままでいたら、風邪を引く。それもいいかもしれない。
首周りが寂しい。ネックレス。もう、身につけられない。
どうせ行く当てなどないなら、ここでどうなるかを試すのも一興だ。
ネックレス。ぼろぼろのネックレス。かろうじて残った石はポケットの中。ひび割れて、見るも無残。
それとも山に帰ろうか。そのほうが、静かに暮らせるかもしれない。
ぜんぜん似合ってないけれど。ネックレス。あいつがくれて。
それがいいかも。山でウサギでも獲って。今より、よっぽど穏やかな暮らしが送れる。
似合うって笑ってくれて。ネックレス似合ってないのに。やっぱり、あいつのセンスは最悪。
狐うどんや油揚げが食べられないのは悲しいけれど。それでもまぁ、今よりはずっとマシだろう。
どんな悪戯しても無茶しても。あいつは笑ってくれて。そりゃ、そのときそのときは怒るし、度を過ぎれば叱ったりもするけれど。
ウサギの肉も、それはそれでおいしいし。木の実なんかも、まぁ、食べられなくもないだろう。
でも、最後には、あいつは笑って許してくれて。
田舎の山なら、まだ、空気も水もきれいだし。健康的な毎日を送れそう。
笑いながら、頭を。撫でて、くれて。
「………………いよ」
―――ああ。
なんだ。
そうだったんだ。
「行きたく、ないよ……」
気付かなかった。
こんなにも。
「ここに、居たい、よぅ……」
こんなにも、あいつが、私の中に住み着いてるなんて。
「………よこしま……」
こんなにも。私が、あいつを求めているなんて。
……………横島。
「よこしまぁ!」
「なんだ?」
絶叫に対し、響いた声。
はじかれたように、顔を上げる。
あいつが、私の前に立っていた。
「呼んだか、タマモ?」
「………横、島……?」
「ああ、俺だ。なかなか帰ってこないから、探したぞ。だめだぞ、道草食っちゃ」
小さく笑い、横島が私の額を小突く。
だけど、その笑みもすぐ引っ込んだ。
浮かべた表情は、保健室の鬼道と同じ。
「聞いたよ。学校のこと」
「………そう」
「あのさ、タマモ」
「……なに?」
「行きたくないなら、行かなくていいぞ。学校なんて」
「…………え?」
その言葉は。
私が予想した、どの言葉とも違った。
今の私を、肯定する言葉だった。
「ん〜。高校は義務教育じゃないし。狐火が制御できなくなるほどストレス溜まるまで、我慢して通うこともないだろ。
別に、高校出てなきゃ生きてけないってわけでもないし。GS業界は実力勝負だからな。
ああ、別に、GSになりたくないってんなら、それでもいいと思うぞ。妖怪だからって霊能関係に進む義務はないんだし。タマモのやりたいことをやればいいんだから」
呆然として、横島を見やる。
どうしてだろう。
普段は鈍感もいいとこなのに。
なんでこいつは、本当に必要なとき、私の望む言葉をかけてくれるのだろうか。
「た、タマモ!?」
気づけば、私は泣いていた。
瞳から、止めど無く涙があふれ出ていた。
私は泣いた。心から泣いた。
こんなに素直に涙したのは、いつ以来だろう。
考えて、これが初めてだと知った。
横島。
あんたは私を安心させない。でも、安定させる。
そうだ。あんたは私に、安らぎをくれるんだ。
「横島……」
「な、なんだ? どうした?」
おろおろと、私の肩に手を添える横島。
温かい。
「…………なんでもない」
「そ、そっか? あれ? じゃ、なして泣くん? どこか痛むんか?」
違うよ。違う。嬉しいんだ。嬉し涙だよ。
嗚咽で言葉が出ないので、首を振って否定した。
「そ、そっか。じゃ、えと、えと……」
真剣に、私のことを気にかけてくれてる。
それがたまらなく嬉しくて。
私の涙は、いつ果てることなく続いていた。
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え〜と……なにやら進行が早い気がするのは仕様です(汗)
というか、追い詰められたタマモを書くのがきつくて早々に救わせました。
ただ、これが救われたのかどうかというと、それは疑問です。
彼女は、横島に自分を依存させたのだから。
横島は自分を裏切らない。その、自分が唯一信じられるものに全存在を埋めて。
もし、横島が彼女を裏切るようなことがあれば、彼女は二度と立ち直れないでしょう。
彼女は強い仔ですから、そんなことにはならないでしょうけど。
さて、後ひとつとなりました。
短いですが、エピローグ的なものを。
どうぞ、お楽しみください。
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