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!警告!ダーク、バイオレンス有り

「狐ノ妹 その2(GS)」

桜華 (2005-03-20 18:52)
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 狐ノ妹
 その2


 週明け、5月30日。月曜日。
 登校すると、まず、下駄箱に靴がなかった。紺野――入学の際に決めた私の苗字だ――のプレートのみで、その中はぽっかりと空く空間。
 いつものことだ。金曜に急ぎの仕事が入ったから、うっかり持って帰り忘れた。まったく、目ざとい連中だ。
 ソックスを脱いで素足に。体毛を変化させて、見掛け上の靴を作る。これでOK。
 教室に入る。
 おはようとか、そんな言葉は交わさない。
 朝の喧騒に包まれる中、私は静かに、窓際の自分の席へと歩く。
 とりあえず、椅子に画鋲は見当たらない。霊的な処置も何もない。OK。
 机の中。以前に破られてから、教科書類は毎回持ち帰っているので空っぽ。こちらも、画鋲は見当たらない。OK。
 その他、回りに怪しい仕掛けは見当たらない。よし。
 以上を確認して、私はようやく席についた。
 時刻は始業5分前。部活にも入っていない私は、朝にすることもないのでいつもぎりぎりに来る。
 チャイムが鳴る。学校が始まる合図。
 HRが始まり、終わり。授業が始まり、終わり。始まり、終わり。退屈でくだらない時間を過ごす。
 その間、私は教師に指されたとき以外は一言もしゃべらずに。クラスメイトも、私には一言もしゃべらずに。
 学校が終われば即座に帰宅。残ってる意味など、欠片もない。
 そんな毎日。

「ただいま〜」
「お帰り、タマモちゃん」

 事務所に帰宅すると、同居人のおキヌちゃんが出迎えてくれる。彼女は大学に行かず、美神除霊事務所の常駐員となっている。今年、GS試験を受ける予定だ。直接的戦闘能力に乏しい彼女だけど、それでも多分受かるだろう。受かってほしい。

「どうだった、学校は?」
「楽しかったよ」

 自分の母校に通っている私たちが、彼女は気になって仕方ないらしい。自分の通った学校を、私たちにも楽しんでもらいたいと。
 だから私は、笑顔を貼り付け、言う。心配をかけないために。
 心にもない言葉。幻術使いの私は、嘘が得意。

「今日さ、初めて簡易式神見たよ。あんま強くないのね、あれ」
「レベルはピンきりよ。この頃なら、式神に慣れてもらうのが目的だから、レベルが低い紙だったんじゃないかしら」
「ふぅん。そうなんだ。そういや、鬼道先生がそんなこと言ってた」
「でしょ」
「あ、そうだ。金曜に水泳実習があるんだ。おキヌちゃんの水着くれないかな?」
「せっかくなんだから、自分で買えばいいのに」
「だって、雑費は美神出してくれないもん。節約よ節約。ところで、水泳実習ってなにやるの? 私、水はちょっと苦手ぇ」
「この時期なら、特に戦ったりはしないはずよ。ええとね、たしか―――」

 私の楽しい学園生活の話に満足して、おキヌちゃんが笑う。つられて、私も笑ってみた。でも、楽しくない。
 屋根裏部屋に戻って、胸元をまさぐる。取り出したのはネックレス。一昨日、横島にもらったやつだ。
 ……………………………………………………………………………………
 うん。落ち着いた。

「ちわーっす」

 階下から、横島の声。来た来た。今日はどんな悪戯をしてやろう。
 いろいろと計画を練りながら、私は階段を駆け下りるのだった。


   *


 6月2日。木曜日。
 今日は失敗した。休憩時間にトイレから帰ると、机に画鋲が仕込まれていたのだ。引出しの天井にテープで張ってあって、気付かず手の甲を引っかいてしまった。
 休憩時間に新たに仕掛けるなんてのは、今までなかったので油断した。くそ。
 こみ上げる不快な感情を打ち消すべく、あのネックレスを目の前にかざす。
 本当、これを見てると、なんだか落ち着く。不思議だ。
 ――――うん。まぁ、3限目でよかった。このくらいなら、帰るまでに治る。みんなにはばれない。
 よし。OK。

 授業終了。帰宅。

「ただいま〜」
「お、おかえり、タマモ」
「あれ、横島? 早いじゃない。学校は?」
「きゅうこ〜う」
「いいわねぇ。一日学校に詰めなくていいなんて。本当、羨ましい」
「なんだ? 学校がいやなのか?」

 ……変なところで、こいつは鋭い。

「まさかぁ。ただ、こんな陽気だと、家でごろ寝したくなるのよ。
 私の席窓際だしさ。午後はもう、睡魔との接戦、激戦、大熱戦。毎日つらいわ」
「おいおい……」

 呆れ気味に、横島が苦笑。よし、ごまかせた。

「あ。タマモ、ネックレスつけてくれてるんだ。気に入ったんだな。お兄さん、うれしいぞ〜」
「だれがお兄さんよ。アクセサリーなんだから、付けなきゃもったいないでしょ」

 憎まれ口で返しながら、制服を着替えるべく、屋根裏部屋に上がる。
 取り出して、ネックレスを眺めやる。
 顔には自然、笑みが浮かんでいた。


   *


 6月3日。金曜日。
 3、4限は水泳実習。水上、水中での動きを学ぶ。
 おキヌちゃんのお下がりの水着を着て参加。
 何事もなく、授業は終了した。
 更衣室で着替え、教室に戻る。
 昨日の今日だ。また、画鋲かなにか仕掛けられているかもしれない。朝と同じくもう一度確認してみるが、何もない。よし。OKだ。
 着席。4限が終われば昼食の時間。かばんから、おキヌちゃん謹製のお弁当を取り出す。
 と。首周りがなんだかさびしい。そういえば、ネックレスをしていない。水泳の前にはずしてたんだっけ。
 かばんから、ネックレスを取り出し―――

「……あれ?」

 ―――――ない?
 そんなはずはない。確かにここにいれた。
 入れたつもりで、別なところだったか? かばんのほかのところも探してみる。
 なんだ、やっぱり。簡単にネックレスは見つかって―――

「……あれ?」

 ―――――ない?

「……あれ?」

 おかしいな。ここに入れたはずだ。ここに入れたよね、私? ここに入れたんだよ、私?

「……あれ?」

 なんでなんで? どうしてないの? ねぇなんで?

「……あれ?」

 かばんをひっくり返す。ぶちまけられた中身を掻き分け、でも見つからない。
 引出しの中を残らず掻き出す。でも見つからない。
 背後の自分のロッカーを開ける。中に物は一切置いてない。当然、見つからない。

「……………あれ?」

 おかしいな? ねぇ、なんで? どうしてないの?
 どうして? ねぇ、どうして? どうしてどうしてどうしてどうして? ねぇねぇねぇねぇねぇ? どうしてよ?

「…………………てよ」

 ねぇ。ねぇってば。誰か答えてよ。答えなさいよ。
 どうしてないのよ。どこにいったのよ。なんでないのよ。どうしてどうしてどうしてどうして?

「どうしてどこにもないのよ!」

 叫び、机をたたく。
 昨日の今日で、なにかあると思ってた。でも、まさかこれとは思わなかった。
 ちくしょう。甘く見過ぎてた。甘く見てるつもりはなかったけど、まだまだ甘かった。
 ちくしょう。ちくしょう、ちくしょう。人間め!
 どこだ? どこにやった? 私の宝物をどこにやった!?
 肌身離さず身につけていた。あれをどうにかできるとしたら、水泳の授業中しかない。だけど、授業中は誰も身動きが取れるはずがない。誰がプールから教室まで、先生の目を盗んでいけるだろうか。
 誰が。ほかのクラスのやつ? いや、授業中という条件は誰も同じだ。教師の目を盗んでわざわざやるメリットはない。ない、と思う……
 そうじゃない。授業中なのに、先生の目を気にしないですむ奴。
 そういえば―――月の物が始まったと、水泳を休んだ奴が。一人。いた。保健室に行ってて、授業に顔を出さなかった奴が。
 顔を上げる。自分に集中していた視線が、慌ててそっぽを向いた。嘲りの視線。うるさい。目障りだ。おまえらなんかに用はない。
 私は、私と点対称に位置する席――廊下側の先頭――に座る生徒に歩み寄った。
 その女生徒――彼女の名前は知らない。彼女はおろか、私はクラスメイトの名前などひとつも覚えていない――は、私が席の前に立っても、相変わらず読書を続けていた。
 ―――ふてぶてしい。

「どこにやったの?」

 低い声で、私は問う。彼女は答えない。反応しない。私を無視しつづける。
 いつもなら何の痛痒もないが、今の私には許容できなかった。

「答えなさいよ! 私のネックレスをどこに隠したの!?」

 彼女の机をたたく。彼女はようやく、今、初めて気付いたかのように顔を上げた。
 落ち着いた声で。侮蔑の視線で。私に言う。

「装飾物は校則違反でしてよ、紺野さん」

 ――――この! クソ、アマ!!

「答えろっつってんのよ!」

 胸倉をつかみ、無理やり立たせた。彼女の顔を、私の眼前に持ってくる。
 悲鳴が上がる。ようやく、私の無視を止めたらしい。そんなの、今はどうでもいいことだ。

「な、なんのことか……さっぱりですわね」
「とぼけんな!」

 睨み合う。視線で人が殺せるなら、私は彼女を十回は殺せているだろう。
 硬直。互いに引かない。くそ。くそが。しつこい。とっとと白状しろ。焼くぞ。

「おい、そこ! なにやっとるんや!」

 そんな硬直状態は、しかし鬼道の登場で終了した。生徒の誰かが呼んだらしい。
 女生徒の胸倉をつかみ上げている私。今の状況、端から見たらどっちが悪者か。考えるまでもない。

「せ、先生! 私、何もしてないのに、タマモさんが急に!」

 都合よく、女生徒が悲鳴を上げる。これで、私の悪者決定、てわけか。
 ざまぁみろ。私に向けた彼女の視線が、そう語っていた。
 ………くそ! くそ、くそ、くそ!

「おい、紺野。ちょっとこっち来い。どういうことか説明して―――」
「うるさい!!」

 ああ、もう! うるさい、うるさい、うるさい!
 あんたに説明してどうなるの!? 私のネックレスが戻ってくるとでもいうの!?
 どうなのよ! 誰がどこにやったのよ!? おまえがやったんでしょ! 答えろ! 答えろ!! 答えろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!

「ひ! せ、先生! 早く。早く、この化け物を何とかして!」
「! ―――こ、の!」

 私は彼女を投げ捨て、床に這いつくばった。
 すさまじい音。女生徒は強かに背を打ったらしく、しばらく悶えていた。
 そんなこと、私の知ったこっちゃない。

「おい、紺野」

 うるさい。
 私は忙しいんだ。これからあの女の匂いを逆にたどって、ネックレスを見つけなくちゃ。
 においは徐々に薄まっていく。早くしないと手遅れになるんだ。邪魔するな。

「おい、紺野!」
「うるさい!」
「うあ!?」

 狐火で鬼道を牽制。懲りたようで、私の様子を見るにとどまった。
 それでいい、今はおまえなんかに構ってる暇はない。
 匂いをかいで、私はネックレスを探す。
 匂いをかいで、私はあの女の足跡をたどる。
 教室から廊下へ。廊下から階下へ。階下から下駄箱へ。
 四つんばいで進む私に、生徒たちが奇異の視線を送るが気にならない。そんなこと、どうでもいいこと。
 今はそれよりもネックレス。何よりもネックレス。
 下駄箱から外へ。制服が汚れるが、そんなこと瑣末事。だんだん匂いが薄くなってきた。急がないと。
 校舎をぐるりと回ってる。人気のない方向。捨てるならそれが望ましい。考えてる。憎たらしい。
 校舎をさらに回る。裏手。そこは誰も足を踏み入れない場所。だから荒れ放題。
 匂いはそのまままっすぐ。迷いなく続く。
 ここから真っ直ぐ。顔を上げた私は―――驚愕に、固まった。
 ここは校舎に遮られて、いつも薄暗くてじめじめしてる。だから生徒は来ない。
 昔はここに、生徒や用務員が訪れていた。
 たとえばそれは、掃除の終わり。集めたごみを、そこに捨てる。
 たとえばそれは、一日の終わり。集まったごみを、そこで処分する。
 今は使われてないその施設。焼却炉。
 使われてないはずの、その施設。
 煙突から――煙が、昇っていた。

「―――――え?」

 ちょっと、待ってよ。
 ウソ、でしょ?
 そこまで、する?
 ねぇ? ちょっと……
 ちょっと。
 ウソでしょ? ウソだよね? 冗談でしょ?
 なんでそこまでするの? どうしてそこまでやるの? 私が一体、何をしたって言うの?
 ねぇ?
 ねぇったら?
 ねぇ!?

「あああああああああああああああああああああ!!!」

 私は全力でかけ、炉の蓋を開いた。
 燃え盛る炎が、私の顔を熱する。

「あああああああああああああああああああああ!!!」

 叫びながら。私は、その炎へと手を突っ込んだ。

『なッ!?』

 校舎から驚愕の声。鬼道がなにか叫んでる。どれも、私の耳には届かない。
 手だけでは奥まで探せない。上半身を突っ込んだ。
 悲鳴が起こる。どうでもいい。
 ネックレス。あいつからもらった、ネックレス!
 どこ? どこだ? ごみはそんなに多くない。すぐに見つかるはず。
 どこ? どこに―――あった!!

 それを掴むと同時―――すさまじい力で、身体が外に引っ張り出された。
 寸前、右手は確かにネックレスを掴んだ。
 焼却炉の前。尻餅を突いた私の後ろで、鬼道が粗い呼吸をしていた。
 よかった。ネックレス、取り戻した。私の宝物、取り戻せた。
 右手を開ける。
 そこには―――ぼろりと崩れ去った、鉄屑があるだけ。
 ………あれ?

「なにやっとんのや! 死ぬ気か、紺野!?」

 ………あれ?

「炎ン中飛び込むなんて、いくらおまえが妖狐かて無茶すぎるで!」

 ………あれ?

「何があったか知らんけどなぁ! 命は粗末にするもんちゃうで!」

 ………ネックレス、どこ?

「聞いとんのか、紺野? おい、紺野!?」

 ………どこ? ネックレス。

「紺野!?」
「………こ?」
「え?」
「ネックレス……どこ……?」

 確かに、握ったはずなのに。
 確かに、取り戻したはずなのに。
 どうして、この手にないの?
 どうして?
 この、手に残る鉄屑は何? 煤けてひび割れた欠片は、何?
 え?
 なんで?
 ネックレス。どこ?

「紺野? おい、どうした? 大丈夫か?」

 ネックレス……ネックレス……ネックレス……ネックレス……ネックレス……ネックレス……ネックレス……ネックレス……ネックレス……ネックレス……ネックレス……ネックレス……ネックレス……ネックレス……ネックレス……ネックレス……

 ――――――――いい気味。

 呆然とする私の耳に。その嘲笑だけが届いた。
 声は、あの女のものだった。

「紺野? おい、紺野?」

 ……なによ。

「紺野? 大丈夫か? どこか痛むんか?」

 ……なんなのよ、あんた。

「紺野?」

 なんで私に、こんなことするのよ。
 何の意味があって、こんなことするのよ。

「紺野? おい……」

 いい気味って何よ。何がいい気味なのよ。
 私のネックレス。私の宝物。それが壊れた。それが、いい気味?

「紺野? 大丈夫か、おい?」

 あいつから、初めてもらったのよ。
 あいつから、初めてプレゼントされたのよ。
 あいつからの、初めての贈り物なのよ。
 あいつからの! あいつからの!

「紺野? なんか言えや、おい」

 初めての贈り物! プレゼント!
 あいつが私のために! 私に似合うと思って買ってくれた! ネックレス!
 それを!
 それを!!
 いい気味!?

「紺野? おい。おい、紺野!?」

 あんたが壊したくせに! あんたが燃やしたくせに!
 よくも! よくもよくもよくもよくも!
 私がどんな気持ちかわかるか! わからないだろう!
 わからせてやる! あんたも同じ目にあえば! 同じことされれば!
 私がどんなに! どんなに!
 よくも! よくもよくも!! よくもよくもよくもよくもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!

「おい、紺野。こん―――!?」

 鬼道の声は、上空からの悲鳴でかき消された。
 見上げる光景。三階の教室。その窓際。
 あの女の髪に火がつき、燃え盛っていた。

「な―――」

 自分に宿る炎に、あの女は叫ぶ。悲鳴を上げる。振り払おうと踊る。踊る。
 狐火が、そんなことで消えるはずもなく。女はなおも歌い、踊る。歌い、踊る。
 踊りつかれた女は、やがて舞台を去る。
 錯乱した女は。
 暴れまわった挙句。
 開いた窓から、バランスを崩し。

「! 危ない!」

 中空に、己の身をさらけ出した。
 ―――ざまぁみろ。


 だけど。
 私の願いは、横手からの白い風に、遮られた。


 斬、と。
 赤い一房をまとった白狼は、中空を駆け。
 炎纏いし女の髪を切り落とし。
 落下の衝撃から、その身を救った。


 女を抱きしめ、シロは地面へと着地した。
 やさしく、その身を地に座らせる。
 ……なんで?

「大丈夫でござるか?」

 なんで、そいつを助けるの?

「髪は、申し訳ないことをしたでござる。許されたい」

 なんで、そんなやさしい言葉をかけるの?

「………タマモ」

 なによ、それ。なんで、私を睨むのよ?

「お主、なぜこんなことをするでござるか。この娘が何をしたというのでござる?」

 なにをした!? ああ、してくれたわよ、色々と!
 だから燃やした! 壊した! 同じ目にあわせた!
 やられたらやりかえす。セオリーじゃないどこが悪いのよ!?

「黙っていてはわからんでござる。答えるでござるよ」

 あんたも私の邪魔するわけ? あんたも私の敵なわけ?
 ねぇ、シロ。邪魔しないでよ。あんたとは仲良くやっていきたいんだから。

「答えろ、タマモ!」

 ……なによ、それ。
 なんなのよ、それ。
 どうして、そんな目で、私を見るの?
 まるで、憎い敵でも見るような。そんな、怒った目で。

「お主は! 学友に火をつけて! それをなんとも思わんでござるか!?」

 ああ、そうなんだ。
 そいつ、あんたの友達ってわけ。
 あんた、そいつの味方なんだ。
 ……なんだ。信じてたのに。
 そいつの、味方なんだね、シロ。
 それじゃぁ、

「……私の、敵だ」
「? 何か言ったでござるか? 小さくて聞こえないでござるよ」

 ああ、もう。いいよ、もう。もう、いいよ。
 どうでも、いいよ。
 味方とか敵とか。そんなのもう、どうでもいいよ。考えるのが馬鹿らしい。思い煩うのが面倒だ。
 私はそいつを燃やしたい。それだけだ。それだけでいい。それを邪魔するなら味方でも敵。
 さよなら、シロ。さよなら、人狼。
 味方だと思ってたよ。裏切ってくれたね。信じた私が馬鹿だった。
 学友に火をつけて、なんとも思わないよ、私は。だって化け物だもの。その学友が言ったんだもの。私は化け物なんだもの。

「タ、タマモ!?」

 さよなら、シロ。さよなら、さよなら。さよなら。
 せめてもの手向けに、超特大の狐火をお見舞いしてあげる。そいつと一緒に、仲良く灰になっちゃって。
 だってあんたが悪いよの。そいつを助けたりなんかするから。あのまま放っておけば、今ごろそいつを殺せてたのに。

「た、タマモ! 落ち着くでござるよ、冷静に!」

 落ち着いてるよ。冷静だよ。冷静に絶望してる。絶望してるから冷静だ。
 そんなのどうでもいいよ。なにもかもどうでもいい。うざったい。
 焼きたい。燃やしたい。なんだかもうそれでいい。それがいい。わけがわからない。
 もうもうもう。自分が何を思ってるのかもわからない。自分が何をしたいのか。
 思考は暴走して。行動は混乱して。思想は破棄して。
 ただ、私はシロに、その後ろの女に、炎を投げる。

「! タマモォォォォォォォォォォ!!」

 だけど、シロの霊刃刀は。
 私の狐火を、こめた霊力ごと切り捨てて。
 炎は霧散して。
 シロの凪いだ切っ先。軌道から迸った衝撃は、私を袈裟懸けに切り裂いて。

「……………らい」

 こんな学校。もう。
 こんな空間。もう。
 …………だいっきらい。

 そして、私の世界は混濁した。


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 ……タマモはきっと、ずっと前から限界だったんだと思います。ただ、本人も気付いてないだけで。
 それを支えていたのが――これまた本人に自覚はないでしょうが――横島でした。
 横島がくれたネックレスは、きっと、タマモの中で証になったんだと思います。横島が自分のそばにいる、横島が自分の味方であるという、その証。
 タマモも横島も、四六時中、そばにいるわけにはいきません。目に見える、確かに存在する代物としてのネックレスは、タマモにとってかなりの拠り所だったでしょう。
 それを壊された。それを笑われた。嘲られた。
 タマモの最後の防波堤を決壊させるには、十分すぎることでしょう。
 タマモにとって、学校は、決して自分の居場所ではなく、むしろ敵地でした。
 孤軍奮闘していたけれど、それも限界で。
 敗残兵は、泣きながら地に伏せました。
 これ以降、タマモはしばらく不登校になります。心の傷が、横島によって癒されるまで。

 次回。タマモは雨に打たれます。
 事務所にはもう、帰れない。あそこはシロの居場所であって、自分の居場所ではないから。
 ならば、彼女の居場所は、どこだというのでしょうか。

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