「吸引、っと」
横島のかざした札に、悪霊が吸い込まれる。
これにて依頼終了。お疲れ様でした、ってわけだ。
「思ったより早く終わったな。時間結構余っちまった」
「じゃさじゃさ、ちょっと遊んで帰らない? どうせ泊りがけの予定だったんだし。旅館でゆっくりしようよ」
「そうだな。美神さんはすぐ帰れって言ってたけど、たまにはいいか。じゃ、戻ろうか、タマモ」
横島の言葉に続き、私たちは下山をはじめた。青葉香る、5月下旬のことだった。
狐ノ妹
その1
「ふぅ」
心地よい湯につかり、私は思わずため息をついた。
旅館の温泉。露天風呂。東京と違ってきれいな空気は、夜空に星々を輝かせている。
五月末の土日。私と横島は、泊りがけの除霊に来ていた。
最近では、割かし多いパターンだ。所員を3と2のチームに分けて、仕事の数を増やす。
チームは、美神と横島が各々のリーダーとなり、状況に応じてその下のメンバーが決定される。
私とシロはバイト扱いだし、おキヌちゃんは正所員だけど、いかんせんリーダーシップに乏しい。この二人が長となるのは必然ではあった。
で、メンバー構成なんだけど、なぜか私と横島はペアを組むことが多い。所長である美神の魂胆が見え隠れするが、別に私に実害はないので放っているわけだ。
それに、最近で言えば、横島のそばにいるのは苦にならないし。
「ていうか、むしろ……」
横島のそばにいると、安心できる?
浮かんできた考えを、湯船に頭から突っ込んで打ち消す。マナー違反だが、今は私しかいない。構うまい。
それよりも、先ほど浮かんだ自分の思考が意外だ。そんな考えは、シロやおキヌちゃんだけで十分。私まで乱入するつもりはない。
考えもしないことを考える。最近の私は不安定だ。望まぬことを繰り返す。その精神的負荷か。
それをやめるにはどうすればいいのか。時々考える。そのたびに打ち消す。やめたいと思う。だけどやめるわけにはいかない。それはなんだか負けた気がする。それは悔しい。
……ああ、もう。だから考えるなといってるんだ、私は。
せっかくこんな片田舎の温泉に来ているんだ。たまにはいやなことなど忘れて、心行くまで楽しもうじゃないか。
そう結論付け、私は夜空を見上げた。
きれいな空。たくさんの光が輝く。
……うん。
――――いい、気持ちだ。
「お、出たか、タマモ。長風呂だったな」
土産物コーナーをのぞいていた横島が、私に気づいて開口一番に言った。
お風呂上りの見目麗しい美少女に、出会い頭に言うセリフじゃない。いや、自分で美少女もなんだけど。
やっぱり、こいつの側が安心だなんて、錯覚もいいところだ。
「あんた、なにやってんのよ?」
「いや、みんなにお土産買って帰ろうかなと思ってさ」
「あんたねぇ」
出張のたびに土産を買ってたら、出費も馬鹿にならないだろうに。
「経費で落ちないわよ?」
「お土産だぜ? 経費で落としてどうするよ」
何の打算もなくこういうことができる。まったく、こいつらしい。
「どんなのを考えてんの? 私も一緒に選んであげる」
「いいのか? サンキュ」
そうして私と横島は、美神たちのお土産――といっても、お饅頭とかお煎餅とかだけど――を購入した。
土産物コーナーを出て、部屋に戻る。横島と私、当然、部屋は別々だ。
隣り合った部屋。その襖の前に立ったとき。
「タマモ。今日はありがとな。これ、お礼」
横島は、いきなり、私にネックレスを手渡した。
「……なにこれ?」
「ネックレス」
「……さっき、お礼と言ったわよね? なんの?」
「さっき土産選ぶの手伝ってくれたじゃないか」
そんなことのお礼に、これを?
「さっきの土産物屋で見かけたんだ。タマモに似合うと思ってな」
「………」
渡されたネックレスを見る。銀のチェーンに、先端についた小さな青い石。土産物屋らしいチープさが見て取れる。
あまり気は乗らなかったが、横島が期待してるふうだったので、この場で身につけた。
「どう? 似合う?」
「似合う似合う」
「どうだか。あんたのセンスはめちゃくちゃだからね」
「おいおい、ひどいこと言うな」
「ま、ありがとうとだけ言っておくわよ」
「おう。……なぁ、タマモ」
「なに?」
私の瞳を見つめ、彼はいくらか逡巡し。
やがて、小さく首を振って、苦笑した。
「いや、なんでもない。お休み」
「? お休み、横島」
私と横島は、隣り合う襖に別れた。
髪を梳かし、寝巻きに着替え、歯を磨く。
……もう、後は寝るだけだったけど。私は、チェーンを首に巻いた。
鏡に映った自分には、やっぱり、そのネックレスは似合ってはいなかった。
―――だけど。うん。気に入った。
青色は落ち着く効果があるというけれど。本当に、これを見るとなんだか心が落ち着いていく。
ああ、そっか。
横島の側にいると、安心できる。
違う、そうじゃない。
あいつの側にいると、安定できるんだ。
あいつは多分、きっと、絶対、私を見捨てない。私はそれを知っているから。
今までだって、二人で仕事して、何度か危ない場面はあった。
私のヘマで横島が危なくなったことも、少なくはない。
それでもあいつは、笑って私に接してくれた。私の扱いを、私との関係を変えなかった。
だから私は、あいつの前では気負わずにいられるんだ。
「ありがと、横島……」
その日。
私は笑った。久しぶりに、心から。
満足に、熟睡できた。
お休み、横島。
また、明日。
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武装錬金の毒島さんがかわいらしくて仕方のない今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか? こんにちは、こんばんは。お久しぶりです、はじめまして。桜華です。
か〜な〜り間が空いてしまいましたが、ここに妹シリーズ第3弾、「狐ノ妹」をお送りいたします。
以前にも少し書きましたが、これは、時間軸的には、『猫ノ妹』よりも以前になります。シロとタマモは六道女学院に通っています。二人は隣り合ったクラスで、タマモはいじめを受けています。
気丈に振舞っていますが、彼女は生まれてまだ3年。その負荷たるやいかほどのものでしょうか。
『猫ノ妹』での彼女は落ちこぼれです。補習をたくさん受けています。出席率も、あまりよくありません。
なぜなら彼女は、学校に価値を見出せていないから。
どうしてそのようになったのかを、これから書いて行きたいと思います。
全4編。すぐにUPしますので、お付き合いください。
それでは。
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