声が止む。
視界がクリアになり、自分の手がいつの間にか血で染まっている事がわかった。
その血は赤だけではない、紫色や、様々な色がある。
では、何故この液体が血だとわかるのか?
「ヨコシマ、こんな所に居たでちゅか。」
後ろからパピリオに声を掛けられる。横島は振り返り、パピリオに返事をする。
「さっきはヨコシマがいないかったら、死んでいたでちゅ。感謝するでちゅよ。」
さっきとはいつの事だろうか?
だが、そんな事は気にする必要は無い。いや、気にしてはいけない。
パピリオが、
「ヨコシマ……また体中がボロボロになっているわよ……」
ルシオラが、
「それにしても……何で断末魔砲で使わないんだよ。それだったら兄さんが傷つく必要もないのに……そうそう、お守りの文珠、おかげで助かったよ。」
べスパが無事なのだから、それ以上考える必要は無い。
考えてしまったら、分かってしまったら、悟ってしまったら……
「行こうぜ……土偶羅様にも報告しなきゃいかんだろ?」
「そうね。ヨコシマ、一人で大丈夫?」
横島は頷き、三姉妹の後を追って逆天号に帰還する。
横島の後ろには―――
(また……やったのかよ……くそ!)
―――数柱の息絶えた神魔が消滅していた。
――心眼は眠らない その57――
西条は美智恵と二人きりになれる部屋で、今までの事、悠闇の策等を話していた。
「……そう。だから西条クンは、今回の事件がアシュタロス一派が動いたものだと、判断できたのね。」
美智恵が西条と話し合いをする気になった理由は二つ。
一つは西条の報告書では、一連の事件はアシュタロス一派の可能性が高いと書かれていたこと。
現段階で、誰の仕業かと特定する事は非常に難しい。だが西条は悠闇の話や、美神の事を知っていたため、ここまで大掛かりな事をする魔族は限られると推測できた。
「しかし困ったものだわ……彼の存在は令子を守るためには必要不可欠だったのに……」
そしてもう一つは、横島の失踪の事。
これにはまず、何故、死んだはずの美智恵がここに居るのか? という事から説明する必要がある。
この美智恵は、美神が中学生の頃に無くなったはずの美智恵で、アシュタロスから美神を守るために時間移動をしてきたらしい。
美智恵は美神を守るためには、横島の力が必要だと考えていた。
だが横島がいない以上は、悠闇の策は使えない。
「……先生。悠闇クンの話では、このまま事態が明るみに出れば……暗殺の可能性も……」
美智恵はその可能性は大いにあるといい、それを防ぐために、いざといういう時は、自分が指揮すればアシュタロスの調伏が可能だと、本部を説得するつもりでいた。
「……予定を繰り上げる必要があるわね。西条クン、一足先に帰って、令子の特訓をお願いできるかしら?」
「特訓?」
美智恵は、美神が避難している場所には、霊動実験室という仮想空間がある事を伝える。
そこでは、美神が今まで戦ってきた魔物や妖怪の、オリジナル以上の強さと戦えるようになっている。
「西条クン……このままじゃ令子の命がどうなるか、わかるわよね?」
美神はアシュタロスにも、人間にも狙われる事になるかもしれない。
美神が生き残れる可能性を少しでも上げるには、美神を強くするしか方法がなかった。
「心を……心を鬼にせよ…と?」
「そう。限界を超えさせて、霊波の質を変える。……焼け石に水かもしれない、それでもできる限りの事をしておく必要があるわ。」
西条は、暫く悩んだ後、美神を生き残らすためならばと、嫌われ者の役を買って出る。
西条は最後に美智恵がいつ頃日本に来るのか聞くと、上の説得が出来次第すぐに合流するということらしい。
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横島が逆天号に乗ってからすでに、霊的拠点を99も消滅させていた。
その内、横島が出撃した回数は9回。土偶羅が断末魔砲の調子が悪いとか、戦闘訓練(眷属無し)だとかで、出撃する事になった。
そして出撃すると、何故か決まって三姉妹の誰か、または全員が危なくなるシーンが訪れる。
なお、9回というのは同時にあの声を聞いた回数でもあった。
(考えるなよ……やらなきゃ皆の命が危なかったんだから……)
横島はベッドに横になりながら、その9回の戦闘を思い返す。
始めの時は、意識が完全になくなり気がつけば、ベッドに寝ていて三姉妹に看病されていた。
起き上がろうと、体中が悲鳴を上げてすぐに起きる事を止めた。
話を聞くと、横島が三姉妹を助けたのだが、横島自身は何を言っているのかさっぱりだったようだ。
唯、三姉妹が無事だった事を喜びを感じる。
唯、自分が家族を救った事が誇らしい。
(あの声は俺にルシオラ達を助ける力をくれる。……俺がやらなきゃ、皆の命が危なかったんだから、敵を倒した事には後悔はしていないけどさ……)
始めの頃は、声が聞こえたと同時に完全に意識を失っていたし、気がつけば死ぬ一歩手前まで傷ついていた。
だがそれも、回数を重ねていくうちに、体が慣れ、戦闘が終わっても、倒れないようになっていた。
(だけど……何で、何で……)
7回目、いや、8回目だっただろうか?
横島はいつもと違い、意識がある事に気付く。といっても体が自分の思いように動くわけではない。3流映画をボーっと眺めているような気分でいた。
そして、横島がいつものように神族や魔族に止めを刺す時、敵の瞳には、
(何で、俺は笑っているんだよ!?)
横島の本当に楽しそうな、笑った顔が映っていた。
敵を倒す事は、三姉妹の命が救われる事に繋がる。だから仕方ない、仕方ないと誤魔化せる。
だけど、何であんな楽しそうな顔をしていたのかわからなかった。
自分は殺人、人ではないから殺神とでもいうのか、どの道、相手の命を奪っている事には変わりない。
(違うよな……俺は楽しんでいない!! でなけりゃ、唯の変態じゃねえか!!)
だが、笑っていた。それは変えようがない事実である。
これでは目的と手段が変わっている。三姉妹を助けるために、敵を殲滅しているというのに、敵を殲滅したいがために、三姉妹が危機に陥る。
(……わけがわかんねえ……俺は…家族を助けたかっただけなのに……)
苦悩する横島に10度目の出撃命令が出たのは、この時から30分後であった。
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横島が苦悩する一方、日本では美智恵と美神が再会して、一日が経過していた。
これまでに変わった事といえば、美神がキャラが変わったように美智恵に甘えていた事ぐらいだろう。
「……これで、敵の兵器によって100の拠点が消滅した事になります。」
西条が最新の情報を美智恵に伝える。そして、拠点破壊から生き残った神魔から明日には、神魔の混成チームがアシュタロスのアジトに向かう事も伝える。
「……もし、それで倒せなかったから―――」
「最悪ですね。」
美智恵はモニターに写っている美神を見る。
そこには、美神が今まで戦ったオリジナルの10倍の強さを持つ敵と、戦っている美神の姿があった。
「……ようやく80人抜き。西条クン、悪いわね……嫌な役、押し付けて。」
美智恵に言われたとおり、徹底的に美神を妖怪達を戦わせた西条。だがそれでもノルマの100人抜きは達成出来ていなかった。
「……いえ。(おかげで、僕は通院生活です。)」
西条は嫌がる美神に強引に、訓練をさせていたため、美智恵が来るまで美神にかなりの剣幕で睨まれ続けた。
もちろん、いつまでの西条のいう事を聞く美神ではない。
仕方なく西条が用意した切り札は、訓練をしてくれたら、ボーナスを出すというものであった。
(この一月で令子ちゃんにいくら払ったのやら……)
西条の犠牲が報われる日は来る可能性は低い。
/*/
残す拠点も後8つになり、横島たちは南米にあるアジトで一休みしていた。
横島が拠点制圧以外の時間、普段は何をしているのかというと、パピリオとテレビゲームをしたり、ルシオラの機械いじりを手伝ったり、べスパの買い物に付き合ったしていた。
また、一人のときは記憶がないはずなのに未来横島に教わった文珠の特訓を無意識に行っていたりもした。
現在も、文珠を生成しては《還》《元》して制御力を高める横島。
好きでもない修行を行うのは、あの声に頼らなくても三姉妹を救える事を確かめたかったのかもしれない。
そんな横島が一人自室で、特訓に励んでいるとノックの音が聞こえる。
横島がどうぞと返事をすると、入ってきたのは、三姉妹だった。
「ヨコシマ、調子はどう?」
調子を聞かれるのは、昼頃に横島が突然、倒れたのが原因だろう。
横島はもう大丈夫と答えて立ち上がり、体を動かすが、
「ダメだよ、兄さん。兄さんの場合、体より精神の方が問題なのさ。」
「もう、ヨコシマは戦場に出ないほうがいいわね。……このままじゃいずれ精神が崩壊するわよ。」
心当たりは山ほどある。だからといって三姉妹が危険な時に、唯、見ているだけなんて事はゴメンだった。
横島は大丈夫とアピールするが、目元が真実を語っていた。
「目にくまが出来てるわ。……ここ最近、まともに眠れた事なんてないでしょ?」
「そうでちゅよ。ヨコシマの助けがなくても、大丈夫でちゅからゆっくり寝るでちゅ。」
三姉妹の気遣いは素直に嬉しい。
横島が三姉妹を大切に思っているように、三姉妹も横島の事を大切に思っている。
それは当然だろう。横島が戦闘に出るときは、決まって三姉妹の命を救ってきたのだ。
横島は常に己の体を代償に三姉妹を救ってきた。これで、三姉妹が横島に心を許さないわけが無かった。
だが、一つ気になる事があった。
それは、横島が相手をした神魔は、決まって何処かに致命傷となる弱点を持っていた事。
決まって危機に陥る三姉妹、弱点を持った神魔、まるで仕組まれているように感じる。
「とにかく、後は私達に任せな。残す拠点もあと8つな―――!?」
轟音がする。
その揺れが収まるまで、三姉妹は横島に抱きついて、館内に流れる土偶羅のアナウンスを聞く。
どうやら、神魔の混成チームが奇襲を仕掛けてきたらしい。
「敵襲のようね……行くわよ、べスパ、パピリオ!!」
「お、おい! 俺も行くぞ!!」
アジトに居ては、こちらが不利になる一方なので、逆天号を目指す一同。
もちろん三姉妹は横島に、逆天号から絶対に出ない事を言い聞かせておく。
「土偶羅様、状況は!?」
「遅いぞ! すでに多くの神魔共が、アジトに侵入しておるのだが、愚かな奴らだ。もう、ここには用はないというのに。」
土偶羅はすぐに逆天号発進の指示をする。どうやらこのアジトを神魔ごと爆破するつもりのようだ。
「準備完了、いつでも発進可能です。」
「よーし、逆天号発進!! 同時にアジトの爆破もな!!」
逆天号がアジトを出たと同時に、神魔がこちらまで迫っていた事がわかる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
だがもう遅い。土偶羅がアジト爆破のスイッチを押したと同時に、その爆発によって多くの神魔が消滅していく。
「残りの敵は?」
「周囲に散開しています。べスパの眷属で前方の敵は一通り撃破していますが―――!? まずいわね。……べスパ、パピリオ、後方の敵をお願い。」
逆天号の後ろから特攻を仕掛けてきている神魔がいた。
すぐにルシオラはべスパとパピリオを向かわせる事で対処しようとするが、
「じゃ、俺も―――」
「ヨコシマは待機!!!」
どさくさに紛れて、戦場に向かおうとする横島を一喝するルシオラ。
横島としては、あの声が聞こえる前になんとかしたいのだが、そうはいかないらしい。
(……ルシオラには悪いけど、もう、あの声に惑わさたくないんだよ!!)
「ヨコシマ!? 待ちなさい!!」
横島はライフルを持って、操縦室から出る。
サイキックモードを一人で使用できるようになった横島にとって、魔族のライフルは強力な武器であった。
ルシオラはあそこまで言ったのに、言う事聞いてくれない横島に憤慨しながらも、妹達の無事を思ってくれる兄に尊敬の念も抱いていた。
「土偶羅様、後は任せましたよ!!」
「ちょ、ま、またんか!?」
土偶羅が何か言っているが、これ以上横島を暴走させるわけにはいかない。ルシオラは一気に勝負を決めるために自身も戦場に身を投じる。
「まずいぞ、今回はヨコシマを出す予定はなかったというのに……」
土偶羅の呟きを聞く者は、操縦席にいなかった。
/*/
横島が逆天号後方に辿り着いた時には、べスパとパピリオが神魔を圧倒していた。
よく考えれば当然だろう。すでに100の拠点を潰し、残す拠点で強敵の神族は妙神山の小竜姫ぐらいなのだから。
だが、その小竜姫は妙神山から出ることは出来ない。そして、アジトに侵入した神魔の精鋭は爆発によってすでに居ない。
いわばべスパとパピリオと戦っているのは、残りの二軍メンバーが主なのだ。
そんな相手に苦戦するようでは、アシュタロスの側近を勤まらない。
「は!! 相手になんないよ!!」
「この程度で本当に勝てると思っているんでちゅか!!」
その強さに徐々に数を減らし続ける神魔混成チーム。
そして、先ほど到着した横島の援護射撃。止めのルシオラ参戦。
「撤退だ!! 退け、退け!!」
神魔は撤退を余儀なくされた。
各自の判断で散らばっていく神魔。確かにこれなら全滅は避けられるだろう。
だが、そう簡単に逃がしてくれるわけがない。
「行くわよ!……ヨコシマ、どうしてもついてくるって言うなら、私達の後方支援をお願いね。」
横島は自分の力量も分かっているので、ルシオラの指示に従う。自分が突っ込んで、足を引っ張ってしまっては元も子もないからだ。
三姉妹は最も敵の数が多い所に向かい、撃破していく。
(ふ〜〜……これなら、今日は大丈夫だろうな。)
敵の数も残り僅か、横島がそう思うのも仕方ないだろう。
初めてあの声に踊らされずに、戦闘が終了する事にホッと一息ついた時であった。
ドゴォォォォォォォン
「……え?」
三姉妹が居た前方で爆発が起きた。
その爆風は横島も襲い吹き飛ばす。その爆風の強さが爆発の強さを物語っていた。
「な、なななな、何が起きたんだ!?」
横島はわけがわからず大声を出す。
そしてその声に反応する神魔。神魔達は次の狙いはお前だと、手に持つ武器で横島に襲い掛かって来た。
「教えてやるよ!! 俺たちは、お前たちが馬鹿みたいに我々の罠に突っ込んで来るのを待っていたのさ!!」
つまり先ほど自分達がアジトを爆発させて、侵入してきた神魔を葬ったと同じように、神魔達は三姉妹を爆弾が仕掛けてあるエリアに誘導して、爆発させたという事だ。
ガラの悪い魔族が横島にその事を端的に教えてくれる。
そしてその後ろには、横島を討とうとする神魔が7柱居た。どれも、三姉妹の実力に到底劣る連中だ。
「…………くそったれ。」
「何、ごちゃごちゃと言ってんだよ!! アシュタロスに加担しているヤツは人間だろうが―――」
その魔族が最後まで喋る事はなかった。いや、出来なかった。
「……まさか、あの声を自ら聞きたくなるとは思わんかったな。」
横島が放った高速サイキックソーサーは、魔族が反応する間もなく首を刎ねた。
別に意図して、放ったわけではない。唯、怒りに身を委ねただけ。
――そうだ……認めるのだ。君は、今、私の存在を認めようとしている事を!!――
欲しい。
ルシオラ、べスパ、パピリオ、三人を殺したこの連中を倒す力が欲しい。
――いいぞ、怒りたまえ。思うがままに、本能の赴くがままに!!――
いつもと違う。
いつもなら、声が聞こえたと同時に意識を失ったはず。
だが今回は、むしろ逆だ。体中から力が溢れ、頭が冴え渡る。
どうすれば、あの神族を殺せる。どうすれば、あの魔族を殺せるかが浮かんでくる。
だが、
だが、こんな雑魚に小細工は必要ない。
正面からぶつかろうが、負けるわけがないだろう。
何故なら、
――おめでとう……これで君は……私から逃れられない――
自分は魔神に認められた化け物なのだから……
《狂》《戦》《士》
辺りの空気が変わる。
残りの7柱の神族も、魔族もわかったはずだ。
自分達は、狩る立場じゃない、狩られる立場だということが。
「貴様……本当に人間か?」
それはどの神族、魔族が言った言葉なのだろうか。
今となっては分からない。気付けば、すでに生き残りは3柱。
もちろん、神魔は横島の腹に弾丸を撃ち込んだり、剣を肩に切り込んだりと、抵抗をした。
だが、止まるわけがない。あのエク・チュアーの打ち込みですら、横島を止められなかったのだ。二流、三流の神魔如きが、止められるわけがなかった。
途中からは一方的な虐殺だっただろう。
仲間が倒れれば、普通は仇を討つために闘志を燃やすのだが、横島が放つオーラにのまれてしまった。
人間である横島が放つオーラは常軌を逸していた。
逃げ腰になった神魔など、敵ではなかったろう。殲滅するのに掛かった時間は3分弱であった。
横島は雑魚神魔を全滅させた後は、己にヒーリングを掛けながら新たな敵を探していた。
衝動が抑えられない。あの程度の敵を殲滅した程度で、この感情を抑える事など出来るわけがない。
「……イた。」
見つけた。横島が見つけたのは一柱の神族だった。霊視からは大した力を持っているわけではない。それでも、この衝動を抑える気休めにはなるだろうと狩りを始める。
横島の動きに気付いた神魔は、己の出せるだけのスピードで逃げ始めた。
いい判断ではあるが、同時に愚かでもあった。相手の力量が上だと分かっているのなら、逃げられない事が何故、分からないのだろうか。
今、横島は笑っていた。それは歪んだ笑みであった。
それを横島という人間が自覚しているかどうかは分からない。
横島と神族の距離が縮まっていく。
すでに右手には、目の前の神族を滅ぼせる力が籠められていた。
後は、この力が揮えるように距離を詰めるだけ。
横島が右手を掲げた瞬間―――
「待って!! 私よ!! ヒャ、ヒャクメ!! 横島さん、目を覚まして!!」
―――ヒャクメと横島の動きが止まる。
横島の右手は、ヒャクメの頭から20センチの所で止まっていた。
横島が反応したのは、ヒャクメという名詞ではない。何故、自分の知らない神族が自分の名前を知っていたという所だった。
「ナんデ……オれを?」
「何でって……横島さんこそ―――(記憶を失っている!?)」
ヒャクメはここ最近、つまり数週間で横島に何が起きたのか、記憶を探った。正確にいうと虫眼鏡がないため、最近の事しか探れなかったというのもある。
「コたえナいナら―――」
「答える!! 答えるから!! 横島さんとヒャクメは、共に魔神と戦った戦友なのね。他にも、ヒャクメは横島さんを月でサポートしてきたり―――」
当たっているような、外れているような事を言う。
先ほどの横島の戦闘を見ていたヒャクメは、必死に横島の記憶を戻そうとする。
横島の記憶が戻らなければ、横島は自分を容赦なく殺すのだから。
「―――そうだ!! 横島さんは、二ヶ月前の事、覚えている? 覚えていないわよね。アシュタロスは横島さんを自分の都合のいいよ―――んんっ!?」
横島が右手でヒャクメの首を絞めて、左手で頭を抑えていた。
どうやら、ヒャクメの話を聞いていくうちに、記憶を呼び起こそうとする力と、それを阻止する力がぶつかり合い頭痛を引き起こしたようだ。
「クそ……ナンだってンだよ……」
兎に角、この頭痛から逃れたかった。
では、どうすれば逃れられる?
頭痛の原因は何だ?
「……アンタか!?」
「―――!?」
ヒャクメは首を絞められているため、助けを呼ぶことも出来ない。
唯、自分の力が抜けていくことに気づく。
(……目を覚まして……横島さん…………)
残念な事は、この事を皆に教えられない事だろう。
自分では無理だったが、美神なら、悠闇なら、横島を解き放つ事も出来るのでは? と考える。
(あ……そうか……仮に…横島さん…の記憶…が戻っても……)
だがヒャクメはある事に気づく。
横島はこの数週間の出来事で葛藤を繰り返していた。
(……横島さん…の精神…はす…でに…………)
記憶を取り戻せば、横島は耐えられるだろうか?
自分がしてきた行いに、自分が踏みにじってきた命に……
ヒャクメの意識がなくなる寸前であった。横島の背中付近から、何かの声が聞こえる。
『ヨコ…マ……ヨ…シマ……聞こ…る!?…コシマ!!』
「―――げほっげほっ! な、なに!?」
横島が携帯していた通信鬼からルシオラの声が聞こえる。
どうやら、強引に通信回線を開いているようで、よく聞こえない。
横島はルシオラの声を聞いたと同時に、ヒャクメを放す。目を見れば横島が先ほどまでと違う事がはっきり分かる。
「ルシオラか!? 無事なのか!? べスパは!? パピリオは!?」
すぐに正常に通信鬼を起動させて、ルシオラと会話を始める横島。
どうやら、三姉妹は重傷ながらも、全員生きているようだ。
「よかった……本当によかった……」
『ヨコシマのおかげよ。……ヨコシマがお守りに渡してくれた文珠があの爆発から身を守ってくれたのよ。』
助かった理由などどうでもいい。今は三姉妹が助かった事が嬉しかった。
どうやら、横島は三姉妹を救助しに行くことに決まったようである。
「……いいの? 私を放って置いて?」
聞かなくても言い事を聞くヒャクメ。
そんなヒャクメに横島は、横島らしい返事を返す。
「可愛いコを殺すなんて、そんなもったいない事出来るわけないだろ。……ま、そういうわけだから、お仲間にもよろしく。」
横島は奥のジャングルを見つめながら、そう言い残し三姉妹のもとに戻る。
「……お仲間?」
ヒャクメが横島の言葉が分からずに後ろを振り返ると、そこには負傷したワルキューレとジークが居た。
「横島……ヒャクメ、横島はいったいどうしたというのだ!?」
ヒャクメは、今は引くのが先だと言い、生き残りの神魔を集めて妙神山へと撤退する事に決まった。
(……アシュタロスが!! この借りは妙神山で返してやろうではないか!!)
戦いは、神魔混成チームの敗北に終わる。
――心眼は眠らない その57・完――
あとがき
次回は、ようやく原作の時間軸に突入します。
狂い横島、書き辛いったらありゃしません。
物語上仕方ないとはいえ、横島がこんな風になると書き辛いです。