第11話 「ワニのパラドックス」
日の高いうちから始まった神々の宴は、日が沈んでも続き、日付が変わるころになってやっと終わりを告げた。
美酒に酔い楽しそうな顔で眠る神々と様々な獣たち。
ハンノキやヤナギなどの植物まで風も無いのに、酔っているかのように揺れている。
見ればその中にはすっかり「覗きの神」と認知され、自棄酒をカッくらって眠りこけるヒャクメの姿もあったりする。
もっとも自棄酒だけではなく、横島から事情を聞いた彼女が「神界に彼ら自然神の帰還を告げる」ことを約束してくれたことに喜んだカムイたちが、入れ替わり立ち代りに酒を注ぎに来たことも原因ではあろう。
横島はと言えばその両手をシロとタマモに抱かれながら、大口を開けてスピョスピョと寝ていた。
そんな彼にそっと近寄るブルーの薄いドレスに着替えた霧香。
シロタマを起こさぬように細心の注意を払って彼を揺り起こす。
「横島さん…横島さん…」
「んあ…あれ…霧香さんっすか?いや…トーコロカムイさんでしたっけ?」
「霧香でいいですよ。」
寝ぼけ眼をこすりこすりしながら頭だけを起こす横島に、クスッと笑みを漏らす霧香は少年の腕からそっとシロタマの頭を外した。
「なんすか…」
今ひとつ頭がハッキリしないのかボーっとされるがままになっている横島の手をとって立たせると彼の耳元に唇を寄せて囁く。
「一緒にお風呂行きませんか?」
「な…!是非っ!!」
昼間見た双乳とその女性らしい曲線で構成された肢体を思い出し、煩悩全開ではじける横島の口を霧香はその人差し指でそっと押さえた。
「シロちゃんたちが起きちゃいますよ…。」
「あ、すんません…。」
「いいえ。さあ、先に行っていてくださいね。」
ニッコリと笑いながら横島を促すと霧香は彼に気づかれぬようにそっと振り向き、気配に敏感な鹿の神ユクカムイに唇だけで語りかける。
(頼みますね…)
ユクカムイはコクリと頷くと再び目を閉じた。
満天の星の下、湧き出る湯に身を沈め背後の岩にもたれかかった横島は「ハフー」と年寄り臭い息を漏らす。
ここの湯のせいか元々彼の体力のせいなのか、少年の体内に酒精はほとんど残っていない。見上げる星空に別の場所に居る同僚の娘や上司、それに眠り続ける少女らを思い出してふと真面目な顔になる。
そんな少年の耳にかすかな衣擦れの音が聞こえてきた。
なんとなく罪悪感を感じてゆっくり振り返る横島の横に、滑り込むように霧香が身を沈める。
頭に乗せた旅館のロゴの入ったタオルがアンバランスだ。
肩が触れるか触れないかの距離で湯に浸かり話しかけてくる全裸の美女に、横島の主砲は水中でその砲身を「月に向かって撃て!」とばかりに屹立させる。
濁った湯のせいで霧香に見えないのを幸いと思いつつ、こっそり鼻血を拭く横島に霧香が話しかけた。
「お疲れ様。そして申し訳ありませんでした…」
「いえ…俺らこそ。色々と貰ったりして…最初は焦ったけど楽しかったすよ。」
「そう言ってもらえると嬉しいです…。」
「あの…ところで俺らは何で試されたんすか?」
横島の問いに答えず霧香はブクブクと鼻まで湯に浸かる。
しかしそっと顔を上げると意を決して話し出した。
「全部…私のせいなんです。」
「は?」
「私たちは自然神と言っても人と深い係わりを持ちます。新しい文化がこの地に入ってきたとき、私たちはそれに馴染めずに姿を隠しました。でも、再びこの地に住んでいた人たちが文化を取り戻し始めて、私たちも再び力を取り戻そうとしたんです。」
「はあ…」
「ですが…入ってきたのは文化だけではなく、新しい生き物たちも入ってきました。例えばモモちゃんがそうですね。」
「なるほど…」
頷きながら自分がモモと名づけた少女神を思い出す。
つい少女の巨大な胸を思い出し、主砲に再びエネルギーが満ちたが頭を振って無理矢理それを追い出す。俺はロリコンじゃないと言う思いは何にもまして強いらしい。
「モモちゃんは人に必要とされ人と共存することでカムイになれました。でも…この地に放たれながら人から忘れられた生き物達もいるんです。」
「人に忘れられた…ですか?」
「はい…人間が起こした大きな戦の後で食料を増やすとして放たれた生き物たち…その多くは水の生き物でした。」
水面をその白い手で緩やかにお湯を撫でながら愛しむように霧香は語る。
いつの間にか湯壷の周りは深い霧が覆い始めていた。
「そして忘れられた彼らは悪しきものへと変貌していきました。人と交わることをせずただ命を食らうだけの存在に…」
「妖怪になったということですか?」
「そうですね。でもあのコロポックルも元は悪しきものだったんです。」
「あの爺さんがなぁ…」
先ほどまで一緒に酒を飲んでいた老人の姿を思い浮かべても邪悪な面影はかけらも無かった気がする。
そんな横島の怪訝な表情に気がついたか霧香は「昔のことですけどね…。」とクスリと笑った。
「コロポックルは人に倒され、それ以来、集落近くで人を助ける存在へと変わりました。だから私は彼らもそうなってくれると思っていたんです…」
「その生き物がですか?」
「はい。でも、彼らは人と交わることを頑なに拒み、私たちの聖域の一つ。カムイヌプリ(神の山)にあるマシュウントウと言う湖をその支配下に入れたのです。」
「それで…」
「ええ。ですが私たちだけでは彼らを倒すことは出来ません。」
「なぜですか?あれほどの力があるのに…」
「人と深く関わる神である私たちが戦を起こす時には、やはり人の助力が必要なのです。かつて多くの人の勇者が私たちとともに助け合ってこの地を守ってきました。ですが…今、この地に勇者はいません…」
「まさか…その勇者って俺のことっすか?!」
「いえ…最初は横島さんが勇者であるとは思ってませんでした。あの日、千歳に行ったのは占いに従っただけです。ですが…狐のタマモさんと狼のシロさんを連れている横島さんを一目見てあなたが勇者であると確信しました。」
「柄じゃないですけど…にょほ?」
ふと肩に霧香の頭の重みを感じて口篭る横島。
彼の肩にその身を寄せながら霧香は目を閉じて泣くように囁く。
「ですが…他のカムイはあなたの力を信じませんでした…それで…」
「試し…っすか…」
「はい…本当に申し訳ありません!!」
「いや。いいっすよ。それに…まだあるんですよね。」
悪戯っぽく笑う少年の言葉に霧香の体が強張った。
だが何も話そうとせず「うー」と唸ると再び湯の中に沈んでいく。
湯から目から上だけ出した霧香の頭をなんとなく撫でる横島。
その行為に霧香の目が一瞬だけ驚きに見開かれるが、すぐに目を閉じてされるがままになっていく。
そんな彼女を微笑ましく見つめながら彼は先を続けた。
「霧香さんはその湖の神様なんでしょ?だから俺たちに一緒にそこにいる奴と戦って欲しい…違いますか?」
湯の中から出た霧香の目の前でブクブクと泡がはじける。
水中で「うーうー」と唸っているようだ。
自分より5つばかり年上のお姉さんのようだった彼女が何やら自分と同い年ぐらいに見えてくる。
横島はそんな彼女の頭をますます優しく撫でるとアッサリと言った。
「俺だけならお手伝いしますよ。シロとタマモはあいつらの意思にまかせます。」
「そんな!これ以上のご迷惑は!!」
「ぬほうっ!」
少年の言葉にガバッと立ち上がる霧香の裸身に、煩悩中枢に不意打ちを食らって仰け反る横島。先ほどまでのほのぼの空間に、緩みかけた主砲のエネルギーが一気に再充填されたようだ。
鼻から逆流する液体に鉄の味を感じながらも態勢を立て直す。
「まだ俺のお願いも聞いてもらってませんから。気にしないで下さい!」
「お願いですか?…」
一転して怪訝そうな顔になる霧香。胸の前で腕を組み「むー?」と考え込む。
その腕に抱かれた豊満な乳房とそこから続く緩やかなくびれ、そして湯の境界でそよぐ水草の影に横島君の脳内にいる軽巡洋艦「理性」が直撃弾を受け火を吹いた。
退艦命令が出るのも時間の問題だろう。
やがて霧香はポンと手を打つと横島に華やかな笑顔を向けた。
「それはつまり「お姉さんに男にして欲しい」というお願いですね?!」
「違いますっ!いや!それも捨てがたい…いやいやいや…そうじゃなくて唯ちゃん…」
混乱しまくる少年の言葉は彼を愛しむかのように抱きついてきた霧香の唇によって強制的に途切れさせられた。
驚く少年から顔を離して少女のように微笑む。
「くすっ。もちろん覚えてますよ…。ですが…」
「へ?」
「私…まだお礼してなかったんですよね♪」
二人の体は霧に包まれた。
一方その頃、横島の温もりが消えたことに気づいたシロタマが、酒気の残るヒャクメを無理矢理叩き起こしていた。
「早く!ヨコシマの居場所を捜しなさいよ!」
「そうでござる!」
「ま、待つのね!横島さんがどうかしたのね?」
「居ないのよ!」
「しかも嫌な予感がするでござる!!」
「あなたたちなら匂いで探せるはずなのね。」
「「匂いが消されているの!!」」
その大騒ぎに起き出して来る神々達。
ヒャクメはやれやれと肩をすくめると、愛用のバッグを呼び出した。
その様子をワクワクと見つめる神々達。
「おおっ。覗き神さまがお力を使われるぞ!」
「神界の覗きの技が見れるぞ!」
「酷いのねー!!」
すっかり定着した珍妙な称号に滝の涙を流しながら、横島の霊波を追うヒャクメだったが、横島の霊波はあちこちから感じられ特定することが出来ない。
「これは…ジャミングされているのね!」
ヒャクメの叫びに頷く神々達。
「トーコロカムイの霧の技はすげーからなぁ。」
「うむ。覗き神さまでも簡単には見つけることは出来まい。」
後ろでボソボソと語り合うキムンカムイとシュマリの台詞がプライドを刺激したか、普段の仕事以上の集中力を見せるヒャクメ。
「見つけたのねー!!この下、3つめの湯壷なのね。」
得意げに振り返ってみれば「「おおっ!さすが覗き神!」」と感嘆の表情で手を叩く神々達と森の獣たち。
自分がでっかい墓穴を掘って、自ら埋まったことにやっと気がつくヒャクメであった。
「ううっ…違うって言っているのに…」
「そんなのどうでもいいから!間違いないの?」
「ぐすっ…間違いないと思うのね。映像は出せないけど音声は出せるのね。」
ポチッとな…とバッグのボタンを押せば流れ出してくるのは男女の会話。
(横島さん…ここはお姉さんにお任せですよ♪)
(ああっ…乳が胸にぃぃぃ)
「先生ぃぃぃぃ!!」
錯乱しかかるシロの頭をペチッと一つひっぱたいてタマモがシロの襟首を掴む。
「まだ間に合うわよ!」
「そうでござった!行くでござるっ!!」
駆け出そうとするシロタマの背後に「この瞬間を見逃してなるものかっ!」と意気込んだヒャクメが続こうと立ち上がったとき、彼女らの前に立ちはだかるのはユクっちことユクカムイとモモ。
「「「え?」」」と思わず立ち止まった三人のわき腹にチクっと鋭い痛みが走る。
「「「何?」」」と言う間もなく、くたりと崩れる三人に手を合わせるとモモは申し訳なさそうに言った。
「みんなごめん!霧香ちんに頼まれたんだっ!!」
「あなたたちが邪魔しようとしたら…止めてって言われていた…ふふふ…」
「くっ…体が…」
空しく地面を掻くタマモとシロ。ヒャクメはとっくに意識を失っている。
その有様をアングリと見ていたキムンカムイがモモたちの手に握られている物の正体に気がついた。
「お、お前ら…それってまさか…」
「これ?ただの矢だよ?」
「まさか…それに塗ってあるのは…」
「ただのブシ(トリカブト)の毒…ふふふ…」
「羆も殺す毒じゃねーかぁぁぁ!!!」
キムンカムイの突っ込みに手に持った矢を見つめるユクはペロっと舌を出した。
「失敗…」
「失敗じゃねぇぇぇ。どーすんだよっ!!」
「大丈夫…土に埋めれば毒は抜けるから…ふふふ…」
「本当かっ?本当なのかっ?!」
「多分…フグならばっちり…」
「フグじゃねーだろぉぉぉ!!」
「と、とにかく埋めるのじゃ!!」
コタンコロカムイの命令に獣たちは総出で穴を掘るとそこにシロタマとヒャクメを押し込んで首だけ残して土をかけた。
その騒動を、さも自分とは関係ないとでも言いたげに見ていたユクとモモはニヤリと顔を見合わせると振り返り、下の湯壷に向けて駆け出そうとする。
そんな二人の首筋にとっすと落とされる手刀。
「「う゛っ」」
うずくまってプルプルと震える二人の女神の背後に疲れた顔して立つのはシュマリである。
「すまんな。俺もトーコロカムイに頼まれたものでな。」
「霧香ちん…二重のプロテクトとは…」
「ふ…ふふ…無念…」
「まあ、強い牡の種を受け入れたいというのは獣の本能だから仕方ないが、ここはトーコロカムイに譲ってやれ…。ん?」
動かなくなった二人を見るシュマリの顔に怪訝な表情が浮かぶ。
慌てて獣に戻って倒れている二人を見れば、そこに居るのはただの眠そうな子牛と子鹿。
「くっ!変わり身の術か?!移し身をこんな使い方するな!!」
「にはは。草食獣と思って油断したね。シュマリっち!」
「まだまだ甘い…ふふふ…」
声のする方を見れば近くの大木の木の枝に座って笑っている二人の姿があった。
「おのれ!鹿と牛の分際で木に登るとはなんと非常識な!!」
「昔から言うじゃない。「豚も煽てりゃ木に登る」って!」
「豚に出来るなら牛にも鹿にも出来るはず…ふふふ…同じ偶蹄目だし…」
「待て待て!!それは何か色々と間違っていると思うぞ!」
何やら激しく動揺するシュマリをあざ笑うかのように次の木に向けて飛び移ろうと二人が身構えた瞬間、彼女らの背後で「パン」と手を打つ音が激しく響く。
神とは言えその本性は草食獣。反射的に硬直した二人はバランスを崩しまっ逆さまに下に落ちた。
木の上に現れるのはコタンコロカムイ。
「まったく…覗き神様をあのような目にあわせたお主らを行かす訳が無かろうが…。責任を持って治療せんかっ!」
だが今度は完璧に目を回した二人にその言葉は届かなかった。
湯の流れる音に混じって男女の睦言めいた台詞が乳白色の霧の中に溶けていく。
「霧香さん!なんばすっとですかっ?!」
「うふふ…横島さん…ここはお姉さんにお任せですよ♪」
「ああっ…乳が胸にぃぃぃ!」
睦言と言うには微妙に違う気もするが…。
背後の岩と前から体を預けてくる霧香に挟まれて硬いやら柔らかいやらで脳内パニックの横島君。
彼の頭の中では「理性」の艦長が必死に指揮をとるものの旗色は悪い。
僚艦の「道徳」はとっくに轟沈したようだ。
敵陣から弩級戦艦「煩悩」が主砲の照準を自分に向けているとの報告に、艦長が自沈やむなしの決断を下すべきか悩みだし始める。
「ん…」
霧香は再び横島の唇を奪うと、少年の顔を両手で挟み、その頬を舐める。
そのむずがゆいような感触にますます炎上する「理性」。
そんな横島の脳内海戦を知ってか知らずか、霧香の舌はそのまま滑るように少年の首筋から鎖骨へ向かう。
「にょほぉぉ」
情けない声を上げる少年の硬い胸に舌を這わせる霧香がわずかに苦笑とも羞恥ともつかない微妙な表情を浮かべた。
湯の中で霧香の手がおずおずと少年の太股を撫ぜる。
その感触に必死に抵抗する「理性」だったが、霧香の手がおずおずと「煩悩」の主砲に触れた瞬間、激しく抵抗を続けていた乗員もろとも爆沈した。
「霧香さん!ボクはもおぉぉぉぉ!!」
「きやっ!」
突如として豹変し抱きついてきた横島の変貌振りに一瞬悲鳴を上げるものの、霧香はその童顔に妖艶とも見える笑みを浮かべてゆっくりと手に触れた主砲を握りなおす。
「「う…」」
困惑の声が二人の口から同時に出た。
「あの…横島さん?」
「な、なんすか…」
「えーと…あなた…もしかして馬の神様のご親戚とかですか?…」
「はあ?」
「いえ…あの…さすがにちょっとお姉さんでもコレはもてあますかなぁ…なんて…」
「昔、鍛えてましたから!」
「鍛えてどうなるもんでもない気がしますが…あの…いったいどんな鍛え方を?」
「そうっすね~。毎晩の千回素振りとかっすかね?」
「素振りって…こうやってですか?」
おずおずと握った主砲に絡んだ白い指が上下に動き出す。
「にゃぁぁぁぁ…そ、そうっす!」
「これを毎晩千回もですか?」
「最近はやっとらんですぅぅぅ!」
主砲に満ちるエネルギーの感触に頬を真っ赤に染めつつも、手を休めない霧香の攻撃にさしもの横島君の「煩悩」も防戦一方だ。
「では…こんなのは?」
「きにゃぁぁぁぁ」
指先で露出したすべすべの部分をなぞられて珍妙な叫びを上げる横島。
弩級戦艦は一皮向けて超弩級戦艦へと変身しつつある。
そんな横島に欲情のためと言うより羞恥で顔を真っ赤に染めた霧香がおずおずと告げた。
「あの…横島さん…お湯から出ませんか?…えー。その…のぼせてもいけないですし…。それに…あの…」
「へにゃ?」
「あの…その…見えないとちょっと怖い感じがして…。なんか凄く大きいし…硬いし…」
「構わないですけど…そんなにデカイかなぁ?」
風呂で他人の一物を目にしたことがあるが、そんなにデカイとは思わなかったし、自分の父親とたいして変わらんのになぁ~と疑問符を浮かべる横島。
どうやら横島家の男は膨張率に秘密があるらしい。
「え、えーと…その…誰かと比べてってことじゃなくってですね!お姉さんにはちょっと大きいかなぁ~と…ていうか…前にお風呂で見た時より大きくなってません?」
どうやら帯広の温泉での混浴の時にちやっかり観察していたらしい。
もっともあの時は少年の脳内で「理性」がまだ制海権を握っていたからかも知れない。
耳まで赤く染めながらおたおたと言い訳する霧香には、先ほどまであったような大人の女性の余裕のようなものは感じられない。
その様子に横島の脳内で先ほど轟沈したはずの「理性」が浮上し始めた。
「あの…もしかして霧香さん…初めてですか?」
その問いに霧香は横島からパッと離れると慌てた様子でパタパタと手を振った。
「あ、あはは…違いますよ~。お姉さんは経験豊富ですっ!」
グッと拳を握り天を見据えて力説する霧香。なんだか微妙に嘘っぽい。
「本当は?」
横島君のマナー違反の突っ込みに霧香は顔を真っ赤に染めたまま俯き、その豊な胸の前でツンツンと人差し指を合わせながら照れくさげに呟いた。
「えと…一人かな?…回数で言えば…2回くらい?…」
ダメ?とばかりに指を合わせながら上目遣いで横島を見て、聞いてもいないことまで答える霧香。しかもなぜか疑問形。
そんな彼女からは年上のお姉さんと言う空気が消えうせていたりして。
「…経験豊富?」
「う…そ、そりは…そにょ…0は1より常に大きいんですっ!!」
「逆っす…」
「あう…」
冷静な突込みを受けしょんぼりしつつ湯の中にブクブクと沈んでいく霧香さん。
またまた目から上だけ出して水中で「むーむー」と唸っている。
その姿に苦笑する横島君の脳内では復活した「理性」が僚艦「思いやり」を連れて「煩悩」に反撃を開始し始めた。
「えーと。止めましょうか?」
「へ?」
「だってやっぱしお礼とかでこういうことは良くないっすよ。」
「でも…血の涙、流れてますよ?」
「そりゃぁぁぁそうでしょぅぅぅぅがぁぁあ!!」
「きゃっ!」
血涙を振りまいて絶叫する横島に飛び退る霧香。
「そりゃヤりたいっす。でもでも…」
「あの…私のことなら大丈夫ですから…前向きにも後ろ向きでも善処しますので…」
「後ろ向きでっ!!!」
「あ、鼻血まで…あの…初めてでないとダメとか?」
「んなことじゃないっす。むしろ…げふんげふん!」
おずおずと聞いてくる霧香にかぶりを振る。
霧香はそんな少年の様子に疑問符を頭に浮かべた。
「でしたら我慢は体に毒ですよ?」
「我慢って言うか…」
「あ、もしかして下手糞とかってことかしら?でも初めはみんなそうですよ♪」
「混ぜっ返さんで……?!!…」
突然、横島の顔が強張る。
横島の脳内海戦でも船腹に書かれた丸に「ル」の文字も鮮やかな謎の潜水艦が浮上したきた。
潜水艦から放たれた「思い出」という名の魚雷が「煩悩」に大ダメージを与えた。
突然の横島の変貌に怪訝な顔になる霧香。
そんな彼女の前で横島は苦笑いとともに溜め息をついた。
「あの…どうかなさいました?」
「いえ…やっぱ止めましょうよ。霧香さん…。」
「え?…まさか…横島さんって…」
「?」
両拳を口元にあててビックリ目の霧香さん。聞いていいのか悪いのかとしばし逡巡したのちに爆弾発言。
「その若さでイン「違うわぁぁぁ!!」…ふえ?」
「触っとったでしょうがっ!さっきまでっ!!」
「ああそうでしたね…でしたら早「それも違うっ!多分だけどっ!!」…ふええ?!」
目をパチクリさせる霧香に苦笑いを浮かべつつ横島は天を仰ぐ。
「さっきの話ですけど…ルシオラともう一度出会う方法があるんです。」
「え?」
「ルシオラの霊気は俺の魂に同化してます。ですが…俺の子供に生まれるならもう一度彼女に会える可能性があるんです。」
「あの…それって…」
「ええ。虫のいい話です。惚れた女にもう一度出会うためには誰かとそういうことをして子供を産んでもらわなきゃならない…。その女性が誰かは知らないけど失礼な話ですよね…」
「横島さん…」
「唯ちゃん…今、眠っている子ですが…。彼女のおかげでルシオラに謝ることは出来ました…。でも、やっぱ俺の子供としてじゃなく、彼女としてもう一度会いたいって気持ちも捨てきれないんです!!」
横島の口から漏れ出す告白に霧香の顔色がかすかに青ざめていく。
「だから…惚れていない女とは出来ない…そういうことですか?」
「違います!!」
「ふえ?」
「だから…惚れた人には出来ない気がするんです…。」
「つまり好きな人とエッチぃことをするとルシオラさんが産まれた時にその人を裏切ることになりかねない…と言うことかしら?」
小首を傾げながらの霧香に横島は申し訳なさそうにしながらも頷いた。
「俺、馬鹿ですからうまくは言えないけど…」
「ちょっと待って下さい…お姉さん混乱中です…。えーと…エッチするとルシオラさんが産まれて~。そしたらエッチした人に申し訳なくて~。でもしないと産まれなくて~。…って…あれ?あれ?」
「すんません…俺も言っててわけわかんないです。」
「あの…スパッと割り切っちゃうとか?」
「はあ、それも考えたんですけど、産まれて来る子が確実にルシオラとは限らないんですよ。だったらやっぱりその子には幸せな家庭を用意したいですし…」
自分の父親は浮気こそ日常的に行っていたようだが、家庭そのものを壊すことは無かった。その思いが横島にもある。
むしろその父親の所業を見つづけた故に真剣に恋愛すれば一途なのかも知れない。
確かにルシオラが居た頃は美神にもちょっかいをかけるそぶりがあった。
だが彼女を永遠に失ったと思ったとき、少年は本人の気づかないところで変わっていたのかも知れない。
少年らしい青い性欲と図らずも与えられたジレンマは彼の心の奥底で密かに対立していたのだろう。
「こほん…整理します。つまり横島さんは好きな人とエッチしたい。ok?」
「はあ…」
「でもエッチしたらルシオラさんが産まれるかも。んで…ルシオラさんとも出来ればエッチしたい。ok?」
「うっ!…そ、そうかも…」
「つまり親子丼なら問題解決。ok?」
「NOォォォォォォッ!!「ふええっ!!」」
横島君渾身の絶叫にまたまた飛び退る霧香さん。
「人として許されんでしょっ!!それはっ!!」
「けどそれだと一生エッチできませんよ~?」
「だから悩んでいるんやないかぁ~!!」
「深く考えずにパーッとヤっちゃうとか?」
「それでルシオラが産まれたらどうすんすか?」
「へ?…あの横島さんもしかして…エッチぃことすると必ず妊娠するって…」
「そうは思ってないですけど、お袋が言っていたんです…「あんたは一発必中のお父さんの血が流れているから気をつけなさい!」…って。」
浮気した父親を折檻した後によく言っていたなぁ…と遠い目で思い出す横島。
もっとも父親に隠し子がいないことからすれば、事実ではなく息子に対する抑止的な意味合いの教育だったのだろう。
多分に間違っている気もするが…。
「えぇぇぇぇぇ!!」
「あの霧香さん?」
「お姉さん…今ちょっと目まいを感じてます…。」
「はあ…」
「でも…一つだけわかったことがありますね♪」
「は?」
「つまり…私との…その…エッチぃことを止めようってことは…少しはお姉さんに惚れているってことでしょ?」
「霧香さんみたいな美女に惚れんわけないでしょ!ああっ…俺はどうしたらっ!ヤれるもんならっ!チクショー俺って奴はぁぁぁ!!」
近くの岩にガンガンと頭を叩きつけて泣き叫ぶ横島を呆然と見つめていた霧香だったが少女のような悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「くすっ…そんな横島さんにお姉さんの秘密兵器をお見せしましょう。」
「秘密兵器?」
「パンパカパーン~。コン〇ームゼリー付きぃ~!」
どこぞのネコ型ロボのような言い回しで、岩の陰から四角い小さな物体を取り出すと呆気にとられている横島にツツツと近づいてその胸に顔を埋める。
「へ?…ふおぉぉぉぉっ!!」
「本当はこんなの使いたくないんですけど…でも横島さんの気持ちもわかりましたから…。」
ゆっくりと顔を上げ少年の頬を両手で挟み、潤んだ目で彼の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「霧香さん?」
「私を横島さんの初めての女にしてくださいね…。」
恥ずかしげに耳元で囁かれた声に横島の脳内で再び「理性」が爆炎に包まれて轟沈した。
後書き
ども。犬雀です。
うーむ…これは15なんでしょうか?18禁でしょうか?
とりあえず15で出しますです。寸止め?
犬の脳内設定で横島君の抱えているパラドックスはこんな感じです。
ただちょこっと見方を変えればパラドックスでもなんでもないんですけどね。
一応、犬の考えでは煩悩少年だけど母の教育でストイックな面もある。って感じですか。(ロリはダメとか…まあいずれ変わる気もしますけど)
今回は全面的な解決になっとりません。あくまでも一時的ですのでハーレム展開はこのジレンマが解決しない限りは無理です。
彼の周りの少女たちがそれを解決できるかどうか?が本編への課題となります。
で、このままだと次は18禁確実な展開なんですが…本連作が初SSという犬はこの期に及んでビビってますです。
横島君が煩悩に流されきれない理由を書いておきたかったってのがメインですので一応目的は果たしたという気もあるのですが…どないしましょう。(悩
まあ横島君は女性からの真剣なお願いには、自分のことを抜きに応えちゃうって感じですんで…。
副題の「ワニのパラドックス」はゼノンの詭弁の一つですが、本編とはあまり関係ありません。なんとなくということでご容赦くださいませ。
あ、ちなみに3Pは無理です。対象者が気絶したり土に埋まってますので…(笑
ではでは…
>義王様
こうなっちゃいました~。今回は犬、悩みまくりです。
>wata様
モモですねぇ…彼女は比較的北海道から出しやすいキャラなんですよね。
唯と絡むと面白そう…唯いじめになりそうですが。
>DAZ様
いえ…仮に18禁になってもヤバイのになるかどうか…。w
一応ノーマルで愛と笑いのエッチにするか…(実はこっちはもう書きあがってますです)、使えるエッチ(ゲフゲフ)…悩み中であります。
>通りすがり様
知られればエライことになるのは必定ですな。
そんなこともあってこのまま18禁にするかどうか…まだ迷ってますです。
でもヒャクメは知っている?
>柳野雫様
「覗き神」定着であります。そのあたりを本編に搦めて行けたらいいなぁと考えております。
>紫苑様
知らなかったということにしましたです。
それまでは忘れられた神々という設定でしたので。
今は神界に認知されてます。
>AC04アタッカー様
はいです。その伏線は一応貼っているつもりですが、まだ旅の目的が果たされてません。唯を助ける方法は…最後の敵を倒してからになりますです。
PS メールのお返事もう少し待って下さいませ。
>斧様
お楽しみ頂けてて嬉しい限りです。
アイヌの神話は地方地方で同じ神でも役割が違ったりして複雑ですよね。
コロポックルを悪神としたのは宗谷の方ですし…。
>なまけもの様
ごめんなさい。3Pは無理っす…18禁も発表していいものかドキドキなんですぅぅ。
>KEN健様
おおっ。鋭いです。爪なんか刺さりまくりですな。
(それ以前に持ち上がらないってのもありますが…w)
ちなみに犬は羅臼という場所でアザラシの子供が鷲に持ってかれるのを見たことがあります。
>古人様
うーむ…このままだとピンクなんですが…今回は黄色で。
皆様のレスによって内容を変えてますのでどうなるかは……とにかく善処いたしますです。