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▽レス始

「歩む道(第二話――美神)(GS)」

テイル (2005-02-26 22:29)
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 湯気が充満する浴室に、美神の裸体が浮かんでいた。熱いシャワーがその白く引き締まり、しかし主張するべきところは主張するその肢体を滑らかに滑り落ちていく。白磁のような肌が上気し、ほのかにピンク色に染まっているのが艶かしく、彼女が美の女神に祝福されていることを今更ながら感じさせる。
 大人の女性として完成したその身体をシャワーに晒したまま、しかし彼女は子供のように唇を尖らせていた。
「もう……横島くんの馬鹿。何で今日に限ってあんな妙な話をするのよ」
 今日の昼食時に横島が語った夢の話を美神は思い出していた。
 あの夢のせいで彼女は横島をぶっ飛ばしてしまったのだ。
「おかげで話しそびれたじゃない……」
 彼女はその豊満な胸を大きく上下させ、溜息をついた。
 今日は横島にある大切な話をする予定だった。その話とは美神が意地っ張りな心を必死に抑えて決断したものだ。
 すなわち……横島の待遇改善。
 横島が高校を無事卒業してから早四ヶ月が経つ。その後本格的にGSとしての経験をつみ、最近では霊能に関する知識もかなり深くなった。既に正式なGSを名乗ってもいいほどだ。そしてそれほどの人材を、美神は以前と同じくコンビニ以下の時給で雇っていた。そのことにいつからか美神は心苦しさを……いや、不安を抱くようになったのだ。
 給料とは雇い主がその人物をどう評価しているかの基準になる。つまり美神が低賃金で横島を雇っている今の状況は、その程度しか横島を評価していないのだと彼に受け取られても仕方がない。その事に美神は今更ながら気づいた。
昔ならきっと鼻で笑ったのだろう。横島にどう思われようと、それが一体何なのか、と。しかし今はそれがなぜかとても嫌だった。彼にそう思われる事に強い不安を感じた。
 それは美神が正式に横島を認めた証だ。意地っ張りな美神が、精一杯の素直さを発揮して認めた横島への思いだ。
 美神が考えた横島の新たな待遇は、彼を社員として迎えるというものだった。正式なGSの許可を出し、彼をパートナーにしようという考えもあったが、それはもう少し霊能の知識が深くなるまでおあずけだ。とりあえずは横島を社員として迎える。給与も格段に上げてやろう。美神がどれだけ横島を評価しているか、彼に伝えるために。
 美神は横島のために、今までとは比べ物にならない破格の給与設定をした。
 そしてそれを切り出そうとしていたのが、本日の昼食後。
「せっかく心を決めてたのに、あんな夢の話をして……」
 タイミングが悪かったとしかいえない。強情で意地っ張りで、おまけに素直になれない照れ屋の美神の事なのだ。横島の待遇改善を切り出すことは、何故かとてつもなく恥ずかしく照れること。そこへあのタイミングであの内容の夢の話をされては、美神が持ち前の天邪鬼ぶりを発揮しても仕方が無いだろう。
 ここで述べているのは、横島が食事中にグロい話をしたからという事ではない。美神は仕事柄そんなものは慣れている。身体がぐちょぐちょに腐ったゾンビと戦った事すらある美神にとって、あの程度の話で食事がまずくなることはない。だから美神が横島をぶん殴ってしまった理由は、別にあった。
 横島を殴ったその理由……。それは、単なる照れ隠しだ。
 横島の夢に出てきた彼の待遇が、なんと美神が密かに、そして照れながら考えた横島の待遇改善内容そのままだったのだ。
「何であんな夢を見るかなぁ……」
 横島の待遇改善の内容は誰にも話していない。母親にすら話していないのだから、横島が知る余地はないだろう。それなのに横島本人に夢という形で話をされ、まるで見透かされたような気がした美神はおもいっきり照れた。
 その結果が横島の空中飛行だ。しかも結局待遇改善の話もしそびれてしまった。前日の夜、緊張からよく眠れなかったりしたのに、それは一体なんだったのだ?
「あー、もう!」
 美神はその場に地団太を踏んだ。
「まったく。全部横島くんのせいなんだからね。これからまたしばらく、今まで通りの待遇で使っちゃうんだから! あんな予知夢みたいな夢を見るから――」
 せっかくの決意と努力がふいになってしまった事に、八つ当たりそのままの言葉を口にした。そして次の瞬間、美神は一切の動きを止めた。
 浴室にシャワーの音だけが響く。美神はたった今自分が口にした言葉に、とてつもない衝撃を受けていた。
 今、なんて言った? 今私はなんと言ったのだ? 予知夢? 予知夢と言ったのか?
 美神の顔は血の気が引き真っ青だ。同時に胸を押しつぶすような、言いようの無い不安が押し寄せる。
 なぜなら横島は昼間話したのだ。確かに夢の内容を話したのだ。
 自分が死ぬという夢の内容を、確かに語ったのだ。
「確かに予知夢なら、これから先の自分の待遇だって知る事ができる。もし昼間の 横島くんの夢の話が、予知夢だったら……」
 もし予知夢だったなら、横島が死ぬという内容も事実となってしまう。
 美神は浴室の壁に視線を注ぎつつ、必死で昼間横島が語った夢の内容を詳細に思い出そうとした。なんて言っていた? 横島はいつだといっていた? 半年後? そうだ。確か高校を卒業して半年後だといっていた。今からだと……。
「もう、二ヶ月無いわ……」
 熱いシャワーを浴び続けているのに、腹の底から冷える感覚を美神は感じた。
 あと二ヶ月で横島が死ぬ? 彼を、失う? 
「……は、はは。そんな事、ありえないじゃない。しっかりしなさい、美神令子」
 そうだ。そんなこと、あるわけがない。彼が死ぬなど、自分が脱税をやめるぐらい非常識な事だ。想像も出来ないことではないか。
 そもそも予知夢という能力を横島が発現させたと考えること自体がおかしいのだ。なぜなら予知という能力は霊能の中でも特殊な部類に入る。世界の根源に触れるその能力は、巫女など神の声を聞く力を持っているか、第六感が以上に鋭いかしなくては持ち得ない能力なのだ。
 おキヌやタマモなら万が一にも発現することは、可能性としてならあるだろう。しかし横島が予知を発現させる? 彼の霊力は今現在日本でも有数のGSと謳われる美神を大幅に超えているが、予知という特殊な力を得るには力の大きさではなく質が重要となってくる。そして横島の霊質は、予知など特殊な感知には絶対に向いていない。彼の霊質は文殊に代表されるように、加工しやすいという特性を既に見せているのだから。
「どう考えても横島くんが予知能力を持つとは考えられない。となると、やっぱり偶然……?」
 偶然。それはなんと素晴らしい言葉か。全ての疑問に答えてくれる。全てに説明をつけてくれる。
 美神はその言葉にすがった。
「そうよ……。偶然に決まってるわ」
 美神はシャワーを頭からかぶった。くだらない雑念を熱い湯で洗い流すかのように。
 湯が頭をつたい顔に流れていく。排水溝にごぼごぼと水が流れ行くさまを目にしながら、美神はわしわしと頭を軽く洗った。水気を使って髪をすべて後ろに流すと、蛇口を閉めた。ぽたりぽたりと水滴の落ちる音。
何かを否定するかのように頭を横に振ると、美神は浴室から出た。
 脱衣所で身体を拭き、バスローブをその身に纏う。そして叫んだ。
「おキヌちゃーん、あがったわよー」
 はぁーい、という返事を遠く聞きながら、美神は寝室へと向かった。
「あーあ、馬鹿な事考えちゃったな……」
 まるで自分に言い聞かせるように、そう呟きながら。


 そこは闇に満ちていた。視界が利かず平衡感覚すら狂いそうな闇の中、横島だけがはっきりと見て取れた。
 彼は血溜りに立っていた。その身体はまるでバケツでかぶったかのように血で濡れ、青白いその顔はまさに幽鬼。鮮やかな紅に彩られたその姿からは、どこまでも禍々しい雰囲気が漂っている。
 爛々と紅く輝くその瞳と、視線が合った。顔を通る幾筋もの血の跡は、見方によっては彼が血の涙を流しているかのようにも見えた。
 視線が外れた。横島が美神から顔をそらし、彼女を背に歩き出したからだ。
 彼が向かう先には、闇があった。周りの闇とは異質の闇。ねっとり絡みつくような闇。どこまでも暗く、どこまでも深く禍々しい穴が、ぽっかりと開いているような、闇。そこへ入り込んでしまえば、二度と出て来られないであろう異界へと続く闇……。
(だめよ、横島くん!!)
 美神は追いかけた。しかし横島は止まらない。その歩みはとてもゆっくりとしたものなのに、何故か異様な速さでその姿が小さくなっていく。
(戻りなさい、横島くん!! そっちへ行ってはだめ! だめよ!!)
 そっちへいってはだめだ。そっちへ行ったら、もう戻って来られない。もう二度と会えない。いやだ、いやだ。あなたを失ってしまう。いやだ。それは、いやだ!
 全力で走った。必死で手を伸ばした。しかし、届かない。
(だめ! もどって! もどってよっ! よこしまくんっ!!)
 必死で叫ぶ。のどが張り裂けそうなほどの声で叫ぶ。それでも横島は止まらない。聞こえていないのか、無視しているのか……振り返りもしない。
(やだ、よこしまくん!! いっちゃいやぁ!)
 涙に視界がぼやけた。もはや伸ばした自分の手も見えない。それなのに小さくなっていく横島の姿だけがはっきりと見えた。だんだんと小さくなっていく横島が。確実に、止めようも無く、小さくなっていく横島が……横島だけが、はっきりと見えた。
 しかしその姿も、やがては完全に消えてしまった。それでも美神は走った。全力で追った。涙が横に流れる。
「やだよ、いやだよぅ……」
 ぼろぼろと涙を流し、それでも手を伸ばす。横島の姿はすでにない。それでも美神は手を伸ばし続ける。
 うっすらと闇が晴れていく。ふと、ぼやけた視界に何かが映った。それが見慣れた寝室の天井だと気がつくのに、しばしの時間を必要とした。
 いつの間にか美神は目覚めていた。夜の闇に包まれた寝室……そのベッドに重すぎる身体を横たえ、天井に向かってその手を伸ばし、涙を流していたのだ。
「ぅぅ、ぅ」
 夢だった。ぐちゃぐちゃの思考の中、それだけやっと理解する。
 伸ばされていた手が力を失った。そのまま美神の顔を腕が覆った。身体がびくびくと震える。こみ上げる思いはとても強く、阻むことなど出来ない。阻む気力も無い。
「ぅぅぅぅぅぅ」
 熱い涙がとめどなく溢れた。押しつぶされそうな程の不安と孤独。大切なものを失った喪失感。それは過去母親を失ったと思ったとき以上の、絶望。
 美神の心は乱れた。
「ぅぅぁあぁあああ!!」
 何年かぶりに、美神は子供のように泣いた。
 その泣き声は、外が白んでくるまでやむことは無かった。


 あとがき

 お久しぶりです。忘れられてそうで、ちょっと怖いテイルです。
 何年かぶりにインフルエンザにかかりました。
 おまけにその後スランプに陥り、作っては手直し、作っては手直し、現実逃避に走って又作り直し……。
 かような次第であっという間に三週間。週一で投稿を目指していたのに。ふう。


 感想へのお返事です。感謝ですw


>ゴロマキ様
 夢落ち、続きます。ぶっちゃけ……ずっと?

>黒月様
 うははははは。ご指摘ありがとうございました。
 速攻修正いたしました。大感謝です。

>ソラリス様
 実は伏線でした。はっはっは。


 ……うそです。思いっきり参考にさせていただきました。
 おぼろげに後半部分しか考えてなかったし……。あは、は

>Dan様
 確かに食事中にはまずいですよね。美神の鉄拳はそのために飛んだようなもんです。
 ……当初の予定では(苦笑)

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