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▽レス始

「狐と狼と青年の生活 11話 (GS)」

ろろた (2005-02-12 20:47/2005-02-12 20:47)
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深い森の中、ある集団が談笑していた。
構成は大勢の男女で、老若男女、髪と肌の色からして日本人だけではなかった。

それはとても奇妙な光景だ。
草むらの上に、シートを敷き食事をしながら談笑していたのだ。
ここははっきりと言って、いい景観と言い難い。

鬱蒼と木々が生え、遠くから獣の声。

「お前ら、何をしている!?」

突然の怒声。
それを聞いて、集団は声の主に視線を動かした。

怒声の主は映画に出てくる特殊チームみたいな防護服に身を包み、手には自動小銃を持っていた。
体型からして男だろうが、顔はゴーグルとマスクによって隠されていた。
声の感じからして、多分三〇代だろうとは推測できる。

「何って、ピクニックよ」

亜麻色の髪の、見事なスタイルをした女性がそう答えた。
格好もピクニックに相応しい、ズボンにシャツ姿と動きやすいものだ。

「そうですよ。私達はお昼を摂っているだけです」

今度は長い黒髪の女性。
こちらは何故か巫女服を着ていた。

「そうなワケ。全く邪魔してほしくないワケ。ねえ、そうでしょ?」

褐色の肌の女性はそう言うと、隣の金髪碧眼の男性にしな垂れかかる。

「あ、あのあんまり、くっつかないで下さい……」

金髪の男は注意をするが、あまり嫌そうには見えなかった。

「このアバズレ!! 離れなさいよ!!」

「お子ちゃまの言う事なんて聞こえな〜い」

金髪のショートカットの女性が褐色の肌の女性に食って掛かるが、彼女はからかうふうに金髪の娘にちゃかした。
すると金髪の娘が射殺さんばかりに睨み、褐色の肌の女性もまた睨み返す。

「喧嘩は〜〜メ〜〜よ〜〜。ね〜、まーくん」

「そやな」

おっとりとした雰囲気のショートボブの女性が、和装姿の男性に同意を求めた。
素っ気無いふうに思われるが、男性の顔は赤い。照れているのだろう。

防護服の男は混乱していた。
こうやって、銃で向けているというのにこいつらは全く驚きもしないからだ。
さらに自分を無視して、談笑さえ始めていた。

本来なら三人一組で、雇い主が住む館の周りを警備していたのだが、退屈のあまり抜け森をブラブラしていた。
ここは男にとって、庭みたいなものであり迷う心配もない。
他の二人も好き勝手にやっているし、護衛を熱心にやっているのは館内の連中だけだ。
問題はない―筈だった。こいつらに出会うまでは。

人の話し声が聞こえてきたので、ここまで来た訳なのである。
男はチャンスだと思った。街でもあまり見かけない美人が、ごろごろと居るからだ。
何でこんな木しかないところに来たのかは分からないが、色々と溜まったものを吐き出す事が出来る。
男連中は殺せばいい。
そして後は脅して縄で拘束して、犯せばいい。
自分は元軍人だ。失敗する事はない。

この男がほんの少しでも、感がよければ酷い目に合う事はなかっただろう。

「ところで君は何で銃を持っているのかな? 日本では特別な事がない限り、携帯は許可されていないのだよ」

スーツ姿で髪の長い男性が、まるで学校に持って来てはいけない物を持ってきた生徒を注意する先生みたいな物言いをした。

「だ、黙れ!!」

冷静に注意された為か、男は混乱が頂点に達し銃をスーツ姿の男に向けた。

「やれやれだね」

男は引き鉄を―


海が見える街道をバンが走っていた。
そのバンの後部座席は何やら、騒がしかった。

「よっしゃ、これで上がりだ」

魔理はトランプを二枚捨てる。
それはハートの二とジャックの二、どうやらババ抜きのようだ。

「あなたって、意外とトランプ、強いですわね」

かおりは自分の持っているトランプを、渋面な顔で見詰めながら言った。
上手く揃っていないみたいだ。

「意外って何だよ」

売り言葉に買い言葉、魔理はかおりに突っ掛かる。

「まーまー、お二人ともこんなところで喧嘩するのは、止めましょうよ」

それを仲介するのは、当然の事ながらオキヌだった。
オキヌもこれは単なるコミュニュケーションだと分かっているが、止めずには居られなかった。
昔からこういった役割だから。

「そうよ。喧嘩するなら、ここから放り投げるわよ」

助手席に座る令子が文庫を読みながら、淡々と言う。
その言葉にかおりと魔理は顔を青くした。
彼女なら本当にやると分かっているからだ。

「美神さんなら平気で、海に突き落とす……ゲフッ!?」

「うっさい!!」

ドライバーの横島を冷静に裏拳で黙らせる。
その衝撃で少し蛇行運転になりおキヌ達が悲鳴を上げるが、がものの数秒で復活した。
この事にかおりと魔理は、驚愕した。

「なあ、今の鼻骨が折れる音がしなかったか?」
「私も聞こえました。それで何ですぐに立ち直れたのでしょうか……」

もちろん疑問の声が出るが、

「横島さんですから」

おキヌのこの答えに頷くしかなかった。

「酷いですよ、美神さん。事故ったらどうするんですか?」

「あんたが変な事を言うからでしょ!! 全く、私を貶めてそんなに楽しい!?」

「事実だろ!!」と言いたかったが、横島はぐっと喉の奥に引っ込めた。
昔ならそのまま言ってしまい、さらに折檻を受けるのが通例だったが、少しは成長したと言うべきか。

「美神さ〜ん、運転変わってくれませんか? 鼻が痛くてしょうがないんですけど」

「うちに居た時はずっと私が運転していたでしょ。それに痛いんなら、文珠で治せばいいでしょうが」

「うう、そんな〜。あの時はまだ免許とっていないんですから、しょうがないじゃないです……」

横島は最後まで言えなかった。
何故なら美神がボキボキと拳を鳴らしていたからだ。

「不肖、横島忠夫!! 帰りも運転させてもらいます!!」

「よろしい」

横島の言葉に美神は頷く。

「運転なら私がしましょうか?」

おキヌが乗り出し、提案した。
彼女は卒業してすぐに免許を取ったのである。
かおりや魔理ももちろん取得済みであった。
全員が運転する事が出来れば、何か起きても安心なので美神が取らせたのである。

「おキヌちゃんはやっぱいい娘や〜。どっかの年増……ゴフッ!?」

「誰が年増なのかしら?」

横島の脇腹に美神の肘が突き刺さる。
顔がどんどんと青くなっていく。呼吸が上手く出来ないせいだろう。
だがそれでも運転は荒くならず、普通に走っていた。

「殺す気かーー!?」

「はいはい」

美神は悪びれずに、手をヒラヒラさせる。

「やっぱりこの三人って、姉弟に見えますわね」

「そうだな。やり取りは凄く自然だよな」

かおりと魔理はウンウンと頷きながら、そう思った。

この二人は前ほど横島に嫌悪感は抱いていない。
一年前程に横島がシロとタマモを連れて、辞めてしまったので代わりにかおりと魔理がバイトという形で働く事となった。
もちろん最初は上手く出来る訳はなかった。
いくら六道女学院で霊能について、勉強していたとはいえ、実戦と訓練はまるで違った。

魔理は力があるという事で、荷物持ちを兼用する事になったが、持つだけで一苦労だったし、かおりはどうも霊力がある分、前に出すぎて危機に陥る事も多かった。

その時に令子やおキヌから、横島ならこうしたとか散々言われたのだ。
何もこれは嫌味ではなく、自然に口に出てしまったのである。
それほどこの三人はしっくりと、噛み合っていたのだ。

二人は悩み、渋々、横島に相談した事がある。
横島は快く了承し、令子とおキヌの除霊時の癖や気を付けるべきところを詳しく教えてくれた。
その内容は驚きに満ちていた。行動パターン、その中で歩く間隔まで分かっていたのだ。
それを参考に一年掛けて(その内、正社員としては三ヶ月)で、ようやく見に付いて来たのである。

縁の下の力持ち、それが横島―それがかおりと魔理の評価で、彼をを尊敬……とまではいかないが見直すようになったのだ。


美神達が乗るバンの目の前を、何台ものバスが走っている。
それには六道女学院臨海学校御一行様と記されていた。
そう、小間波海岸に今日明日の二泊三日の臨海学校なのである。

その一つ中の一つ、1−Dのクラスが乗るバスでは、

「ねえ〜〜、まーくん。海が綺麗だね〜〜」

「そうやな〜〜。でも冥子はんの方が綺麗やで」

「もう〜〜。まーくんったら〜〜」

精神汚染で危ない状態だった。

ほぼ全ての女生徒が『ああ〜ん、てめーらの頭の中はお花畑か!?』などと思っている。
しかし実際のところ、冥子の頭の中は四季折々のお花畑が咲いているが。

彼らはこの春、結婚したばかりの新婚さんだった。
くっついた理由は、鬼道が懇切丁寧に我慢強く、冥子に式神の使い方を教えている内に、仲良くなったのだ。

鬼道(婿入りの為に正確には六道)は1−Dの担当で、冥子は次期理事長としてこの場に居る訳なので外に放り出すにはいかない。
そんな訳で生徒はうんざりとしていた。

はあ、と溜息を吐いたのは、タマモだ。
彼女も鬼道と冥子のやり取りに、嫌気が差していた。
とは言っても、タマモと横島とのやり取りも充分にそれに近い。

隣りの黒髪の和風美少女、蜜子を見てみると、窓からの浜辺を見てぶつぶつと言っていた。
いつもの妄想だ。
『お兄ちゃん』『どうしたんだ、蜜子?』『大好き……』『俺も愛している』等と口走っていた。
彼女の頭の中では、愛する兄と一緒に砂浜を歩いているのだろう。

通路を挟んだ向かい側に席に座っているシロは、『燃○よ剣』を読んでいた。
彼女は『うう、土方どのは漢でござる〜』と、感動で涙を流していた。
タマモの記憶ではそれを読んでいるのを見たのは、既に五〇を越している。
よくもまあ、そんなに同じものを読んでいられると呆れるしかなかった(泣くところも決まっている)。

また溜息。
誰かと会話でもすれば、気が紛れるのだがこの二人を現実に引き戻すのはタマモでは腰が折れる。
それにバスが走っている最中に、立つ訳にもいかない。
八方塞、タマモはこれが絶望なのかと思ってしまった。

「寝よう」

最終手段を発動し、タマモは瞼を閉じた。


そんなこんなで小間波海岸の近くにある大きなホテルに到着。
ここは六道系列という訳ではないが、毎年除霊に来てくれるので六道家には頭が上がらない。

「では説明するで」

大広間に一年生を集め、鬼道が説明を始める。
きりりとした表情に、しゃんと通る声、先程のでれでれとした男とは到底思えなかった。

1−Dの生徒も、気を取り直し真面目に耳を傾ける。
その後ろには藪月も居り、生徒達の様子を見ていた。


横島は海パンに半そでシャツの姿で、浜辺を歩いていた。

三年程前、おキヌ達がここに臨海学校に来た時に、通常なら夜に来る悪霊や妖怪達が昼過ぎに来たのだ。
以来、横島が毎年お昼から夜まで見回りする事になってしまったのだ。

当初は嫌がっていたが、令子の頼み(脅しとも言う)と何より女子高生と知り合いになれると思い、引き受けたのである。
だが女子高生には煙たがられ、令子の折檻により、あまりおいしくはないと感じてきた。
そう思い始めたのは、シロとタマモと付き合っているせいもあるが。

「今日も暑いな」

燦々と太陽が輝き、最高温度も結構ある。
泳ぐには絶好の天気だが、今日は生憎除霊に来たのである。

シロとタマモと遊びたいが、予定では夜から深夜に掛けて除霊を行い、明日の夕方には帰るのだ。
明日はほぼ一日中空いているが、夜に除霊をするので生徒は疲れで死んだ様に眠るので、そのまま時間になりバスで帰るのがいつものパタ

ーンであった。

(夏休みになったら、遊びで海に来たいよな)

横島はそんな事を思う。
しかし夏場は、GSにとって稼ぎ時だ。
一番多いのは各地の海水浴場の除霊である。
水場の事故が多いので、悪霊になるケースが多い。
それを祓ったり、清めたりしなければいけないし、お盆の時にも霊が通る路が何らかの影響で塞がり、霊障も多くなるので解決しなければ

ならない。
そんな中で、横島が休みを取れるのは多くないだろう。

そういえば、あまり遊びに連れていった事はないな、と横島は改めて思い付いた。
ちょっとしたデートはよくしているが、泊まりで出かけた事はない(妙神山の修行を除く)。
出来れば何処かへ行きたいとは思っているが、そうはいかなかった。

新人で将来を有望されている(らしい)横島に、依頼が数多く来るのだ。
わざわざGS協会から来る事もあるし、例の組織での出張もあるので忙しい身なのである。

考えれば考えるほど、深みに入って来たので、横島は思考を切り替える事にした。

夜になれば、女子高生の大量の水着姿が見れると思うと、暑い中を見回りをしてもお釣りが来る。
それに今年はシロとタマモのスク水姿を、見る事が出来る訳だ。

よくよく考えてみれば三年前、二人の初めての水着姿を見たのは、男としては自分が始めてかもしれない。
シロは川で泳ぐ時は会っても、裸だっただろうし、成長する前は小学生低学年程度なので気にはならない。
タマモの場合は転生して初めての海だった。

レアと言っていい、水着姿だったのによく見ていなかった。
今考えると、とても惜しい気がしてならない。

それからしばらくは横島は海を見て、唸っていた。


そして日が暮れた。
ちょうど満月となり、明かりなしでもそこそこ見渡せる雲一つない夜。

例年通り、悪霊と妖怪は夜に現われた。
数は多いが、統率は取れていない。
生徒達にとって、いい練習になるだろう。

「そこ! 陣形は崩さない!! 前衛はバテてきたら、控えと交代して!!」

令子が声を張り上げると、すぐに体勢を立て直し、指揮通りに行動する。
彼女は言ってみれば、霊能科の生徒の憧れである為に、指揮が滞りなく伝わっていく。

「あらよっと!」

魔理は突っ込んできた悪霊を木刀で薙ぎ払う。

「そこのあなた、怪我人を早く連れて行きなさい」

「は、はい」

薙刀を振るいつつ、かおりは生徒に指示を出す。
生徒は怪我人に肩を貸し、この場から離れて行った。

ピリリリリ……

おキヌはネクロマンサーの笛を吹き、悪霊達の動きを制限していく。

「ほら、悪霊や妖怪を倒したからって、気を抜いたらあかんで!」

「きゃっ!?」

「ちっ!! 夜叉丸!!」

注意をしたばかりだというのに、気を抜いたせいで、悪霊に吹っ飛ばされた生徒を鬼道は式神・夜叉丸を使って助け出す。

「バサラちゃ〜ん、アンチラちゃ〜ん、頑張って〜〜」

冥子は式神を使い、悪霊や妖怪を少しだけ倒す。
基本的にこの行事は、生徒達のレベルアップの為に行うので、よっぽどの事がない限り、全力は出さない。

横島は砂浜を縦横無尽に駆けていた。
彼の役目は危なくなった生徒を助けるのだ。

ペース配分もせずに力尽きた生徒を助けたり、パニックに陥りそうになっている生徒を宥めていく。
ここで一番忙しいのは、彼かもしれない。

しかし―

(おおー、この娘のチチはシロに負けとらんな! こっちのはいいケツやー!)

等と見るべきところは見ていた。
シロとタマモに知られたら、霊波刀と狐火の超絶コンボは確定だろう。

ちなみにみんなの水着は令子、かおりはビキニ、おキヌ、魔理、冥子はワンピース。
鬼道、横島はトランクスタイプの海パンとなっている。

「はっ! ふっ! せいっ!」

シロは鋭い呼気と共に、霊刀を繰り出し、悪霊達を倒していく。
それは舞っている様に見え、長い銀髪に明かりが反射し、宝石の様に輝いていた。

「シロ! あっちが危ないから助けに行って!!」

「承知!」

タマモは狐火で迎撃しながら、妖怪達を駆逐していく。
狐火の明かりで金色に輝くナインテールは、幻想的ですらあった。
彼女は意外かと思われるかもしれないが、周りの配慮も忘れない。

シロも前に比べ、自分一人で突っ込む事はなくなってきた。
この二人も少しづつではあるが、成長を示している。

怪我人は少し出たが滞りなく進み、今年の除霊は、夜明け前に終了する事が出来た。

―そして事件が起きる。


横島はホテルの廊下を走っていた。
時刻はまだ七時過ぎ、生徒の大半は除霊に疲れて寝ている。

横島はある部屋の前で止まり、ドアノブに手を掛ける。
オートロックなので文珠『開』で、鍵を解除した。

「くそっ!! 遅かったか!!」

その部屋はシロとタマモ、それに蜜子の部屋であった。
彼はシロタマを、誘いに来た訳ではない。

和室だが靴を履いたまま、ずかずかとそのまま入っていく。
三つの布団が敷いてあり、一つは蜜子が寝て、いや、倒れていた。
寝巻き代わりのジャージ姿で、掛け布団の上にうつ伏せになり、窓が開きっ放しになっている。

横島は彼女の肩を掴み、揺らして覚醒を促す。

彼は起きたら寝汗でびっしょりになっていた。
酷く霊感が疼き、急いでジャケットを羽織り、ここまで来たのである。
同室の鬼道と藪月が居るが、気が動転していたのか起こしていない。

この感覚はアシュタロスの手によって、令子の魂が砕かれた時に近い。
それにルシオラの様に、どこか手の届かないところへ―

「よ、横島……さん」

何度目かの呼びかけで、ようやく蜜子は目を覚ました。

「あ、あ、ああ!! タマモとシロは!?」

蜜子は横島を振り解き、室内を見回すがここには彼女と横島の二人しか居ない。

「夢、じゃなかった……」

「何があったのか、教えてくれないか?」

呆然とする蜜子に、横島はなるべく優しい声で聞いてみた。

三人が寝ていた時に、それは突然起きた。
シロとタマモが何かに気付いたのか、飛び起き唸り出したのだ。
唸り声で起きた蜜子が何事かと問う前に、次の瞬間に窓が開いた。

三人が開けたのではなく、誰も触れていないのに開いたのだ。
まるで透明人間が開けた様に―
シロは飛びかかろうとしたが、体を痙攣させ、小さな悲鳴を上げ気絶した。
そしてタマモも同じ様に倒れた。

蜜子は訳が分からず、助けを呼ぼうと大声を出そうとした瞬間に、気を失った。
今思い出すと、たぶん首筋に当身を貰ったのだろう。

「そうか……」

横島は短く呟き、苦虫を噛み潰した様な表情をする。
また、まただ。
彼が駆けつけても、間に合わないというのか。
いや、そんな事はない。
まだ何とかなる筈だ。

その時、視界にそれぞれの枕元にある、シロとタマモの文珠が目に入った。
ネックレスと髪留めの。
横島は歩み寄り、それらをジャケットのポケットに入れ、窓から飛び出した。

「横島さん!?」

蜜子が叫ぶ。
ここは四階なので、ここから飛び降りるなんて自殺行為だ。

しかし彼女が窓の下を見ると、横島はどこにも居なかった。

「どうしよう……。そうだ! 鬼道先生に!!」

蜜子は急いで、鬼道の許へ向かった。


「早まった真似を……」

ギリリと奥歯を噛み締め、美智恵は唸った。
ここはホテルのロビー、あの後に鬼道に横島達の話は伝わり、令子がみんなを呼んだのである。

メンバーは令子、おキヌ、かおり、魔理、冥子、エミ、マリア、美智恵、氷雅、アン、魔鈴の女性陣。
それに西条、ピート、雪之丞、タイガー、カオス、唐巣神父、鬼道といったある意味豪華と言っていいメンツだ。

「シロくんとタマモくんが攫われて、横島くんが飛び出したか。全く、彼は僕達が居る事を忘れていないか」

西条が口惜しそうに、呟く。
ここ三年である程度、横島に友情を感じていたので、頼られなかったのは残念だった。

それはピート、雪之丞、タイガーも同じ、いや、それ以上かもしれない。
同じ高校に通い卒業したピートとタイガー、横島のライバルである雪之丞の憤りは西条より大きかった。
止めてくれる彼女が居なかったら、激昂していただろう。
ピートはまだ誰とも付き合っていないが、エミが落ち着いていたので何とか踏みとどまっている。

「まあ、このどうしようもない怒りは後でぶつけましょう。今は横島クン達がどこに居るかよ」

令子が皆を鎮める。
一番ハラワタが煮えくり返っているのは、彼女なのだが、表面上は冷静を装っていた。
今はまだ暴れる場面ではないからだ。

美智恵は大体の見当は付いている。
例の便箋に書かれていたオークションの日付は明日だ。
だったらそこに記されていた館に居るかもしれない。
しかしそれはまだ推測の域を出ていない。

だけど連れて来た彼女達の能力を使えば―

「私達に任せてください」

聞こえてきた声の主は、

「クウカくん!?」

妖孤クウカだった。
彼女の傍にはようこ、ライ、ランも居る。

「この娘達は?」

令子が聞く。

「この子達は横島くん達が保護した妖怪よ。車で待ってなさいって言ったでしょ」

美智恵が簡潔に答えると、クウカ達に注意した。
彼女達は今、オカルトGメンの手伝いをしている。
以前、シロとタマモに敗北したおりに、自分達は経験が足りないと気付き、それから手伝いをする事になった。
これはオカルトGメンにとっても、有難い事だったのでその申し出を受けたのである。

美智恵が彼女達を連れて来たのは、その嗅覚で横島達を探す為だが、わざわざ車に置いて来たのは横島に心酔しているので、パニックにな

ってしまうのではないかと危惧していたからだ。

「大丈夫なの?」

美智恵はクウカの瞳を見詰める。

「はい!」

そこには純粋な輝き、助けに行きたいと訴えていた。

「分かったわ。令子達はどうする?」

「何言ってんのよ、ママ。売られた喧嘩は買うわ」

ニヤリと笑う令子を見て、美智恵は頷いた。
他の面々も、やる気は充分だ。


男の膝が崩れ、倒れる。

「上手くいきましたノー」

「そうですね。私の薬も効き目バッチリでした」

がさごそと近くの茂みから、大勢の男女が出てきた。
美神達だ。

最初の談笑のシーン全てはタイガーの精神感応が作り出したもので、男を眠らせたのは魔鈴特性魔法薬の効果である。

「横島はここに向かったのか」

「……ええ」

雪之丞は屋敷のある方を見て呟くと、ライは言葉少なに答える。
美智恵の読み通り、横島が向かった場所はあの館だった。

時間にしてまだお昼過ぎ、五時間も経っていないのはこの館のある場所は小間波海岸の隣りの県であったからだ。
それに横島も追跡しやすい様に文珠『霊』を置いて行ってくれたからでもある。
『霊』は横島の霊気と言う意味で、霊視で見る事が出来たし、嗅覚で追う事も出来た。
まだ横島は冷静な部分が残っているという事でもあった。

突然、電子音が聞こえてきたので、美神達はビクッとするがそれは男が持つ無線機だった。

美智恵がしまったと思ったが、令子は気にせずにそれを取った。

『定時報告が過ぎているが何かあったのか?』

男の声が聞こえてきた。
心配と言うよりも、怒気が篭もった声音だ。
要するにこの倒れている男は、サボり魔だったらしい。

「ハロー」

『ぬ!? だ、誰だ!? お前は!?』

思ってもいない女性―令子の声に男が戸惑う。

「私の名は美神令子よ!! あんた達、よくもうちのものに手を出したわね!!」

美智恵達全員がずっこける。
まさかここで名乗るとは思ってもみなかった。

『み、美神令子だと!?』

向こうの方からも、何かが転げ落ちる音が聞こえてきた。

『あああの、銭ゲバ、守銭奴の美神令子か!?

「何よ、それーーー!!」

美神が激昂するが、向こうは構わず続けた。

神様もアゴで使うって聞いた事があるぞ!!

別の男の声、どうやら向こうは何人か居るらしい。

『俺が聞いたところによると、魔族も美神令子だけは避けて通るらしいぞ

『何!? 俺の場合は美神令子に金を借りて返さないと、魂までも質に売られるって聞いたぞ

向こうで好き勝手に言い出す男達。

「……潰す」

オキヌでさえも聞いた事がない様な、冷たい声を令子は発した。

『うわああああっ!? 逃げろ!! 逃げるんだ!!』

『し、しかし、逃げ出したら俺達の命はあの方に……』

向こうはもう混乱の極み。
令子はそれを無視して、無線機を地面に叩き付け、破壊した。

「行くわよ」

「は、はい」

令子はさっさと館へ歩き出し、おキヌは急いで付いていく。

「……しょうがないわね」

美智恵はオカルトGメン女性隊員服の上着を脱ぎ捨てた。

本当ならば、倒れた男から薬の作用で自白させて、オカルトGメンと美神達が突入する手筈だった。
しかし令子が啖呵を切ったせいで、ここは戦場になるだろう。
だからこそ美智恵はオカルトGメンの支部長ではなく、個人の美智恵で戦いを仕掛ける事にしたのである。

「みんなはどうする?」

振り向かずに聞く。
意外にも一番に答えたのは、西条だった。

「何を言っているんですか、妻が行くのに旦那の僕が行かない訳にはいかないでしょう」

「僕も行きます。そこに横島さんが居るのなら」

ピートも答える。

「ま、横島の事はどうでもいいけど、ピートが行くなら私も行くワケ」

「もちろん私も! 新しくしたダビデ号とゴリアテ号の力も試せるし」

エミはそうは言っても、内心では横島の事が心配らしい。
アンはまるで遊びに行くかの様だ。

「俺は戦えるのならそれでいい」

「あなたはもうちょっと考えた方が、いいのではないですか?」

雪之丞のらしいセリフに、かおりの突っ込みが決まる。
彼は顔を赤くし「うるせぇや」としか、返せなかった。

「ワッシも頑張るケン」

「頼りにしているぜ、タイガー」

珍しくタイガーは瞳に炎を燃え上がらせる。
魔理はタイガーの背中をパンパンと叩いて、激励をした。

「ふふふ、人を斬るのは初めてですわ」

「あんまりやり過ぎると、独房行きですよ」

目に危ない光を発する氷雅を、魔鈴は率直な意見を言い宥める。

「さて行くか、マリアよ」

「イエス・ドクター・カオス」

面倒くさそうにカオスは歩き出し、マリアはその後を付いていく。

「主よ。罪深き子羊達を許したまえ」

それは一体誰への祈りなのか、唐巣神父はそれ以上何も言わなかった。

「足場が悪いから気ぃつけるんやで」

「は〜〜い」

まるで小さな子供にするかの様に、鬼道は冥子に注意を促した。

「君達はどうする? 皆本くん、葵くん」

西条が後ろに居る二人に問う。

「僕も……行きます」

「ウチももちろんや!!」

何故かこの場に、皆本光一と野上葵が居た。
二人とも決意に打ち振るえ、その眼差しは前を見ていた。


「あっ!? 待って下さい!!」

美神の冷たい霊気に当てられ、茫然としていたクウカ達はようやく気付き、慌てて後を追った。


冷たく固いコンクリートの床に四人が座り込んでいた。
小学生ぐらいの制服姿女の子と、高校生ぐらいのジャージ姿の女子。
回りを見回しても打ちっぱなしのコンクリートで、居住性はどう見てもよくはない。

「大丈夫なのか!? 顔が真っ青じゃないか!!」

もう何度目かになるやり取り、声を発したのはショートカットの女の子だ。
その子は二人を心配そうに見詰め、金髪の変わった髪型の女子の額の汗をハンカチで拭っている。

「だ、大丈夫よ。平気だわ」

「武士は食わぬど高楊枝。これぐらい何ともないでござるよ」

「嘘は言わなくていいわ。今必要なのは、状況判断よ。それに武士は〜〜は意地を張っているって意味だから、今の心情を吐露しているわ

淡々とだが、心が篭もった言葉を言ったのはロングの髪の先をカールにしてある女の子だ。
彼女は銀髪で前髪にメッシュが入った女子を膝枕をして、同じ様にハンカチで汗を拭っていた。

「ふふふ、だからシロは赤点ギリギリなのよ」

「はっはっは、何を言っているでござるか。タマモはジョークを知らぬでござるな」

シロとタマモは見詰め合い、口を綻ばせた。
これは罵り合っているのではなく、心が折れぬ様に激励しあっているのである。

タマモは鋼鉄製の首輪を嵌められ鎖で繋がれており、鎖の先には輪っかがあった。
それに大金槌の柄を通され、さらに半ばまで地面に突き刺さっていた。

シロの方はというと、細い絹の様な紐でぐるぐる巻きにされていた。
彼女の力なら、引き千切るのは容易だと思われるが、身動き一つ出来ない。

「何でそんなふうに言い合えるんだ?」

「分からないの、薫ちゃん? 彼女達は諦めていないからよ」

「紫穂、あたしだって諦めていない」

「そうよね。私もよ」

こちらも頷き合う。
それぞれの視界に、首輪が入った。
タマモに付けられている無骨なものではなく、何か電子機器が埋め込まれている様に見える。
しかしそれは人の力―例えプロレスラーでも壊せない頑強さを誇っていた。

カンカンと金属音が聞こえ、重い音を響かせ鋼鉄の扉が開いた。

「やあ、お元気かな?」

入ってきたのは一五、六の少年。
深く引き摺り込まれそうな黒い瞳にさらさらとして整えられた絹の様な黒髪、そしてすらりと通った鼻梁の整った顔出ち。
やや小柄だが、すっと引き締まった体躯に、Yシャツにスラックスといった涼しい出で立ちは似合っていた。

「ふん! こんなとこところに、閉じ込められて元気か? 笑わせるな!!」

薫は少年に食って掛かる。

「ははは、君の言う通りだ」

「あなたの目的は何?」

紫穂が問うと、少年はさも楽しそうに答えた。

「売る為さ」

四人に緊張が走り、少年を睨み付けた。

「おーこわ。でも今の君達じゃ、僕に適わないよ」

肩を竦めて、小馬鹿にした様に言う。

「何だと!!」

薫は少年を殴ろうとするが、簡単に受け止められた。

「ダメダメ。薫ちゃんと紫穂ちゃんは、その首輪のESPリミッターで超能力は使えないんだ」

少年は薫に顔を近づけた。
薫は嫌そうに、顔を背ける。

「この……」

タマモは立ち上がろうとするが、出来ずにその場で尻餅を付く。
シロは紐を引き千切ろうと、全身に力を入れるが、ビクともしない。

「無駄無駄。タマモちゃんのを縫い付けているのは玄翁和尚の大金槌。シロちゃんのはグレイプニルだ。いくら霊気を練ろうとしても、出

来ないだろ? それは君達にとっては、絶対的なものだ。殺生石を砕いた大金槌、フェンリル狼を拘束したグレイプニルだ。どう足掻いて

も脱出は出来ない」

玄翁和尚の大金槌とグレイプニル、少年は一体これをどこで手に入れたのだろうか?
それを手に入れた少年は只者ではない事が分かる。

「くそっ!!」

薫が蹴りを出したが、それも簡単に受け止められる。

「はははは、分からない子だね? 今の君は只の一〇歳の女の子だ! 超能力がなければ無力な女の子なんだよ!!」

薫の頭を掴み、乱暴に床に押さえつける。
彼女は屈辱のあまり、顔が赤くなり涙が出るが、何も出来ない。

「ふう、お遊びはここまでにしておこうかな。折角の商品に傷を付けるのはもったいないからね。さて誰に売ろう? 薫ちゃんや紫穂ちゃ

んぐらいの年頃の子が好きな変態か、それともどこかの実験施設に売りつけるのも面白いな。どっちがいいかな?」

にやにやと邪悪な笑みを浮かべ、少年は少女達を見詰めた。
タマモはゾクッとした。少年の瞳が凶悪な色に濁っていたからだ。
一体どんな人生を送れば、ここまで濁るのだろうか、想像が付かない。

「じゃあね。明日、また会おうね」

少年は薫から離れ、扉に向かう。

「オークションでね」

出る時に振り向き、その言葉だけを残していった。


あとがき

次回で組織の話は終わる予定です。
その次は色々と考えていますが、どうなるやら(オイオイ)
しかし書いていて鬼道×冥子もいいかなと思い始めました。
それにしてもキャラが多いですよねえ。
でもシロとタマモを活躍させる事しか考えていませんから、次回あんまり出番ないかも。

実は『取り合えず前だけ見て進め』を書き直しています。
前とは違いTSものではなく、もちろん横シロタマの三人で逆行します。
一話だけは半分以上書き終わり、プロットも練って合ったりします。
……余計な事をやっているから、時間がないんですよねorz

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