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「狐と狼と青年の生活 12話 (GS+いろいろ)」

ろろた (2005-02-19 21:43/2005-02-20 10:20)
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その日は楽しい一日になる筈だった。
久し振りに外出の許可を貰い薫、葵、紫穂は有頂天だった。
逆に皆本は辛い気分だった。
何故なら―

「お〜い、皆本ぉ! 早く来いよ!!」

先に行っている薫は皆本に手を振った。

「ちょ、ちょっと待てーっ!! 荷物を僕だけに持たせるのは、どういう事だ!!」

そう両手に買い物袋、背中にも荷物を背おっていたからだ。
その昔、某煩悩少年が持っていた量にも匹敵するので、叫ばずにはいられなかった。

「駄目やな〜、皆本はん。まだ二〇歳やというのに、そんぐらいの荷物でへばってちゃあ」

だったら持ってみろ、と皆本は言える筈はなく、仕方なく頷くだけだった。

「そうだわ。明日から私と一緒に走らない?」

と提案したのは紫穂。

「走るって、まさか外で!?」

「違うわ。バベルのトレーニングルームよ」

「そういえばそんなのがあったな。一度も利用した事がないや」

う〜と唸る皆本。
学者畑で育った彼は運動というものに、縁遠いが、別に苦手ではなかった。

「暇が出来たらしてみてもいいかもしれないな」

「やった。一緒にやろうね」

紫穂が皆本の腕を取ると、顔色を変え薫と葵も割って入って来た。

「な、ならウチもやるよ!!」

「あ、あたしももちろんだ!!」

だが視線は紫穂に注がれていた。
一言で表すならば『抜け駆けするな』であった。

不穏な空気を感じ取り、皆本は声を掛ける事にした。
何だか胃が痛くなってきたからだ。

「そ、そこの公園で休まないかな? ちょっと疲れたもんだから」

かなり唐突な提案だったが、薫達三人は同意した。


「ふう……」

皆本はベンチに座り、缶コーヒーを一口飲み、ようやく落ち着いた。

薫達は野良犬と遊んでいた。
不衛生といえるかもしれないが、皆本もそういった経験がある。
飼おうとしたら、親に止められた苦い思いである。
その犬は友人が引き取り、今ではその子供や孫が元気でいるそうだ。

楽しそうに犬と遊ぶ薫達を見て、皆本は思う。
毎回、厄介事を持ってきたり、聞き訳がない時は『クソガキがーーッ!!』と思っていたが、まだ彼女達は一〇歳の子供なのである。
皆本は自分が一〇歳の頃を思い出す。
友人と遊び、悪戯したら親に怒られていた。

そう思うと、この子達は不憫でならない。
一種の同情で彼女達を見下ろす事はしないが、そう思ってしまう。

先日の『普通の人々』の件で、外出もままならず、ここからでは見ないが護衛のSPが彼女達を守っている。
桁違いに強い超能力を持ったせいで、普通の学校にも行けない。
周りが彼女達を気味悪がり、遠ざかる。
等など、色々と彼女達を取り巻く環境はお世辞にも良いとは言えない。

どうにかして世間に彼女達の良さを知ってもらいたい。
超能力と言うものは本当のところは、誰もが持っている能力だ。
力が小さいものは一生気付かないだけの事である。

だから、気付いてほしい。
彼女達はまだ一〇歳の子供で、誰よりも優しいという事を―

そこで皆本の意識は途切れた。


「皆本!?」

薫が叫ぶ。
犬が突然吠えたかと思うと、皆本が崩れ落ちたのだ。
眠ったかと思ったが、あんなふうにベンチから落ちても気付かない筈がない。

「うあっ!?」

「紫穂!?」

次に紫穂が倒れた。
薫は突然の事でパニックになりかけるが、無理矢理それを押さえ込んで葵に言った。

「逃げろ、葵!!」

「でも……!?」

葵は突然の事に戸惑う。

「いいから!! 何だか分かんねえけど、大変な事になっているんだ!! お前の能力なら遠くまで逃げれる!! 皆本を頼んだ……」

薫は最後まで言えず、倒れてしまった。
葵はあまりの事に血の気が引いたが、瞬間移動でこの場を何とか切り抜けた。

ほんの少しして、桐壺局長と朧を始め、バベルのスタッフを連れて舞い戻ってきたがすでに薫と紫穂は居らず、SPも悉く気絶させられていた。


「そんな事が……」

葵の話を聞いて、苦い顔をしたのは鬼道であった。

「ああ。だから僕と葵は、薫と紫穂を取り返さなければならない」

皆本と葵が着いて来たのは、薫と紫穂が連れ去られた現状とシロとタマモの件と酷似していた為だ。
話は桐壺局長から美智恵と渡ったのである。

「大丈夫ですよ。美神さんを始め、みんな強いですから」

よしよしとおキヌは葵の頭を撫でる。
子供扱いされたと思うが、何故か反論は出来なかった。
ひとえにおキヌの人格が成せる技であろう。


クウカ、ライ、ようこ、ランの四人は驚愕を禁じえなかった。
何故ならここまで人というものが強いと思っていなかったからだ。
自分達を捕まえる事が出来たのも、罠を張り、用意周到に事を進めていたからで、こんなふうに何の策もなく突っ込んでいき上手くいっているのが不思議でならない。

「真・ゴリアテ号!!」

アンが叫ぶと、天空からゴリアテ号が降りてきた。
ずんぐりむっくりとした体型は前と変わらないが、ところどころ改修されている後が見受けられる。
バカンッと胸部が開き、中から収納されていたダビデ号が飛び出しアンに装着されていく。
それはさながら某聖闘士の如く、アンの身を包んでいった。

「いっけーーー!!」

手に持ったランスから霊波砲が炸裂した。

次に腹部が開き、かなり大型のガトリング・ガンが現われる。
それを手に取ったのはマリアだった。

「やれいっ!! マリアよ!!」

「イエス・ドクター・カオス!! ターゲット・ロック・ファイヤー!!」

ドラムが高速回転して次々と弾丸が吐き出されていく。
人を傷つけない様にゴム製の模擬弾だが、当たれば痛いではすまない。

命中した男達は苦悶の声を上げ、次々と倒れていった。

アンはカオスの教え子の一人(もう一人は茂呂)で、六道女学院の三年生、そしてエミの弟子でもあった。
今回は後輩が攫われたという事で、参戦している。


一番の撃墜者は雪之丞であった。
彼は木々の隙間を獣の如く、縫う様に駆け抜け、次々と警備兵を打ち倒していった。
二番目は氷雅。
彼女の忍術が炸裂すると、抵抗する間もなく倒れていく。
タイガーの精神感応も加わり、正に無敵のパーティだ。

「何て奴らだ!? ビーストを、ビーストを出せ!!」

警備兵の誰かが叫び命令を下した。

すると森を掻き分け出て来たのは獣だった。
二メートル近い体躯に真っ黒な体毛はぬらぬらと油に濡れていた。
女性の胴体よりも太い腕に、がっしりとした身体。
顔はライオンによく似ており、開いた口の中は赤々とした舌と凶悪な牙が生えている。

「先生、これは……」

「良かったわ。向こうから証拠を出してくれるなんて」

西条はビーストと呼ばれたものを見上げながら、美智恵に告げると彼女はほっと胸を撫で下ろしていた。
これで色々面倒な後処理が楽になると考えたのだろう。

「へ〜オカルトのプロに通じると思っているの」

パシィンッと神通鞭を地面に叩き付け、令子は不適に笑みを浮かべていた。
他のみんなも同じ様な表情をしていた。

「合成獣(キメラ)か、材料は妖怪、魔族の霊波片じゃな。また非道な事をするもんじゃな。一体どれぐらいの妖魔が使われたのかのう……」

カオスは感情も込めずに説明をする。
だが内心は、これを作った悪逆なぎ科学者共に対してハラワタが煮えくり返っていた。
カオスもまた錬金術師という名の科学者だ。
しかし人としての生はとうに捨てたが、超えてはいけない一線は知っているつもりだ。

「こんなもんあたし達に見せるとはいい度胸だな」

ようこがビーストを殴り飛ばす。

「そうでーす。温厚な私も怒ったね」

ライが殴り飛ばされたビーストを斬り刻む。

「……」

「ビーストさん、あなたを安らかに眠らせてあげます」

ライが無言で電撃を放ち、クウカは手に持った神楽鈴を鳴らすと打ち倒されたビーストは動かなくなった。


遠くで何かの爆発音が響く度に横島はびびっていた。
何故なら無断でここまで来たのを後で怒られるのは必至だからだ。

「どうしました? 横島様」

「いや、何でもない」

目の前の美女に問われ、横島は素っ気無く返事をした。
彼としてはいささか、いや、とてもありえない事だった。

美女の年の頃は二〇台半ばで長い金髪に青い瞳、真っ赤で艶やかな唇、そして目が覚めるような白い肌をしていた。
いってみれば絶世の美女といっていいかもしれない。

彼女の名はクリス、本名かどうかは分からないがフォーマルなメイド服を着ているところを見るとこの館の主に仕えているのだろう。
そしてとても地位が高い。
どこぞの軍隊に見える男達を指揮しているのは彼女なんだから。

「そうですか」

にこりと笑って美女は振り返り、廊下を歩き始めた。
横島も続いていく。

この館―とはいってもどう見ても要塞にしか見えない。
内装は西洋のお城の如く豪奢だが、窓全てに鉄格子が嵌められ、コンクリで出来た高く厚い壁に四方を囲まれているのだ。

横島はこの館には『妖』『孤』『人』『狼』『追』『跡』で特に道に迷う事もなく辿り着いた。
妖孤にはクウカ、人狼はシロの故郷に多く居るが、シロとタマモの体の隅々まで知っているのでイメージは容易だった。

警備兵に見つからない様に隠れながら、どうしようかと考えている内に彼女に出会ったのである。

それは驚愕と言える光景だった。
クリスはスッと空間から滲み出るように現われたのだ。
一瞬、瞬間移動かと思ったが違った。

彼女能力は『ステルス』と自分で明かした。
空間に溶け込み、透明人間の様に誰にも見つかる事はない。
それに身につけた衣服と武器も同様に、透明になってしまうのだ。

クリス曰く『私を見つけられたのはシロとタマモが初めて』だという事。
シロとタマモの長感覚でしか分からないというならば、極僅かしか霊波が漏れ出していないという事になる。

クリスはシロとタマモ、さらに薫と紫穂を誘拐した犯人であり、横島にとっては憎むべき相手だが今はその感情を殺している。

(ったく、どないせっちゅーんじゃ!!)

しかし横島は心の中で悪態を吐いた。
今こうして横島を案内しているのは、彼の主人である葦月賢太郎(よしづき けんたろう)に会いに行く為である。
葦月家の名は霊能を生業としているものには割と有名であった。
六道家までとはいかないが、戦国時代から続く中々振るい家系であり、一族の者には特異な能力者が多い。
……とは言ってもそれは戦前までで、今は賢太郎一人しか血を受けづいていない。

戦後からは能力者が現われず、衰退の一途を辿り商才だけで一族を繁栄させていったが、それも一〇年前で終わってしまった。
一族が誰かの手によって皆殺しにされたからだ。
犯人は未だに捕まっていない、というか犯人は居ない。
何故なら―

(その犯人が賢太郎自身ねえ)

とまた心の中でうめく。
賢太郎の能力は獣使い(ビーストマスター)でどんな獣も自由自在に操る事が出来る。
その能力を使い、野犬などで一族を皆殺しにした。

シロとタマモにとっては相性が悪すぎる相手だが、彼女達には使っていない。
聞くところによるとその術は相手を思うままに操る事が出来るが、相手の精神を壊し乗っ取るのだ。
シロとタマモは“商品”として売るという事で、術を行使していない。

つくづく胸クソが悪くなる話である。
賢太郎という人物は凶悪な殺人犯で、妖怪売買をする最低な男だと横島はすでに結論をつけている。

クリスの話によると殺人動機は、賢太郎は異能の力で恐れられていたらしい。
それがいじめに繋がり、両親にも見放された。
昔だったら大変、重宝されるのは必至の能力だが、今では恐怖の対象でしかなかったそうだ。
それで最後にはキレて、一家惨殺。

「着きました」

「そう」

クリスの言葉に横島はぶっきらぼうに返した。
だが彼女は特に気にする訳でもなくノックをして、中に入っていく。

「やあ、クリス。その男は誰かな」

「横島忠夫様でございます」

少年―葦月賢太郎は横島にも高価だと分かるソファに座りながら、暢気に答えた。
さらに不機嫌が募る。
そのソファを含めた家具一式、それにこの館も妖怪を拉致して売り払った金で買ったものだと思うとそう感じても仕方がない。

「へえ、有名人じゃん」

横島を不躾にじろじろと眺める。
まだ一五、六の少年。
この少年は五歳ぐらいから葦月家、それに密売組織を運営していた事になる。
全くもって恐ろしい事だ。
犯罪の低年齢化を言われているが、ここまで小さい時から悪事を重ねて来た事になる。

「坊ちゃま、お話があります」

唐突に話を切り出す。

「何かな?」

また暢気に答え、足をブラブラとさせた。
しかしこの少年は何を考えているのだろうか?
すぐそこまでに令子達が来ている。それに横島本人を目の前にしても、逃げ出さない。

「この様な事をお止めになってください」

「ノーだね。クリス、ずっとそう言っているだろう?」

「ですが……」

延々と痴話喧嘩に似た口論を始める賢太郎とクリス。
止めてくれと、横島は心底そう思った。
それにサポートをしてきたのはクリスだろ、と突っ込みたくなってきた。

ここに連れてこられたのは、賢太郎を説得するのに必要だと言われたからだ。
クリスは横島を誘き寄せる為に、賢太郎の考えに賛同した振りをして、シロ達を攫った。
だがそれは火に油を注ぐ様な愚かな考えだ。

彼女は大真面目かもしれないが、恋人と友人を攫われた横島はいい気がしない。
だからこんな茶番劇を見るのも苦痛だし、説得する気も塵程もない。
こうなったら二人を文珠で『能』『力』『封』『印』をして、さっさと彼女達を助け様と考えた。

横島は優しい人だと思われているが、それは違う。
彼は他の人よりほんの少し優しく、ほんの少し器が広いだけだ。

横島は出会った頃のおキヌ、ピート、愛子に酷い事を言った事がある。
今みたいに普通に接しているのは、ただ慣れただけ。この世界には人間以外にも多くのものが居るという事に。
種族の差別をしないのではなく、ただ男か女か、女だったら美女、というふうに男女と容姿で区別するだけの普通?の煩悩少年だった。

「あの横島様も何か言ってください」

クリスは何か期待しているが、それも見当外れもいいとこだ。
彼女は聖人君子な横島を想像しているのだろう。
大方それはアシュタロス事件でのルシオラの事を知ったから、今の様な行動をしたに違いない。
“種族の差を越えた純愛”といったふうに。

「やだ」

横島は拒絶した。
信じられないといった顔をするクリス、面白そうに笑う賢太郎。
クリスはまだしも賢太郎の笑い方に、横島は頭に来た。

(ぶっ飛ばそう)

本気でそう考え、一歩を踏み出したら突然床が割れ、横島とクリスは暗い穴に落ちて行った。
わざわざ穴を覗き込み賢太郎は、笑い始めた。
その糞ったれた顔を見て―殺そう、横島は誓った。

落とし穴、古典的な罠だ。
横島は文珠を使えばあらゆる事が出来る。それはもう理不尽な程に。
文珠を使おうとしたが―

(おおっ!! チチが! 太ももが! 何つーボリュームだ!!)

と注意がそこにいってしまった為に、そのまま底まで落ちてしまった。
昔はそのまま地面に激突し、遅れて落ちてきた人に押しつぶされるお約束をしていたが今は違う。
途中、クリスをお姫様抱っこして、体勢を立て直し綺麗に着地。

俺も成長したもんだと思い、クリスを下ろした。
ぐるっと見渡す。
何となく高校の体育館を思わせるつくりだ。
壁、床、天井とも打ちっ放しのコンクリだが、照明は多く、昼の様に明るい。

「ここは?」

「え、その実験施設の一つです。目的は……」

クリスは話しかけられ少々驚きながらも答えたが、途中で中断された。
横島達のちょうど反対側にある物々しい鋼鉄製の扉が開き、そこから黒の異形達が出てきた。
数は一〇や二〇ではきかない。大量だ。

「あれは?」

「名前はビースト。商品の一つで、いわゆる霊体兵器です」

「霊体兵器……」

その時、横島の脳裏に一組の男女が思い浮かぶ。

「もる……何だっけ? まいいや、須狩という女を知っているか?」

男の方はすっかり忘れてしまったが、女の方の事を聞いてみた。

「はい、こちらから依頼した一つの会社に居ましたね。向こうはこっちの事を知らないですが……」

「そうか……」

という事はだ。
霊体兵器を開発していたのは、あそこだけではなかったという事だ。

『ははは、ご機嫌はどうかね? 横島さん』

賢太郎の声が聞こえてきたところを見ると、ガラスの向こうに居た。
この実験施設の天井近くにあり、横島達を見下ろしている。

「これで良かったらそいつはおかしいぞ」

『そうだね。あなたの言う通りだ。今回の実験はアシュタロス事件の英雄・横島忠夫に、ビーストをどれくらいの数をつぎ込めば倒せるかが目的。では行ってみよう。かかれ!!』

賢太郎が号令を発すると、ビースト達は吼えた。

「クリス、よく聞け」

「何でしょうか?」

横島はクリスを守る様に一歩踏み出し、声を掛けた。

「いいかバカ餓鬼は説得するモンじゃねえ。ぶっ叩いて、間違っているなら間違っていると言うんだ。そんな口先だけじゃ、誰もお前の話なんか聞くもんか」

一言一句感情を込めて、ジャケットをクリスに投げ渡し横島は言う。
彼は幼い頃、悪さをすればよく母・百合子に叩かれていた。
それが今の横島をつくったものの一つだ。

「……」

クリスジャケットを握り締めながら、肯定とも否定とも取れない沈黙をで答える。
だが構わず横島は前へ進み出した。


遠くからの爆発音を聞き、忍び装束に似た服に身を包んでいる美女は感心する様に口笛を吹いた。
周りには蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされて、寝転がっている警備兵が大勢居た。

「へえ〜、派手にやるねえ」

「そうやなあ。ヤツメ姐さん、先を急ぎます?」

隣りの和服姿の少女、蝶の化身シジミが主人に問う。
こちらは彼女の毒鱗粉で警備兵は痙攣していた。

「もっちろん!! 久し振りに大暴れが出来て嬉しいよ」

にかっと笑い、ヤツメは答えた。
ヤツメは蜘蛛の妖怪、周りの糸は彼女が作り出したものだ。

「待ってください。目的を覚えていますよね」

すでに狼の姿になっている藪月が不安げに聞いた。
彼は疾風の速さで駆け回り、ビーストを次々と倒していた。

「ああ、分かっているさ。シロとタマモはうちの看板娘だ。それに手を出した事を後悔させてやる」

背後に炎が見えた気がした。
かなりご立腹の様子だ。

藪月はシロとタマモが誘拐されたのを聞き、すぐに彼女達がバイトしていた喫茶・蜘蛛之巣へ向かいこの事を伝えたのだ。
彼はもちろんヤツメとシジミが妖怪である事を知っている。
シロとタマモから、知らされていたおり、聞いたところによると敵は大きな組織らしいので助っ人として呼んだのだ。

「さあ行くよ、お前達!!」

「おう!! ガッテン承知!!」

「はい!! お任せを!!」

ヤツメの号令に威勢よく答えたのはキャメランMK2と大魔球2号。
藪月が行ったところ、偶然パピリオと天龍が居たのだ(デート?)。
パピリオはもちろん横島達を助けに行きたいと駄々を捏ねたが、彼女は今や神族の一員。
人間同士のいざこざに無断で首を突っ込むわけにも行かず、キャメランと大魔球に行かせたのだ。
だが手の平サイズではいかんともしがたいので、天龍の竜気により一時的に元の大きさに戻り参戦したのである。

「悪党とはいえ、人間は殺してはいけませんよ。GSに祓われかねませんから」

「分かったよ。あんたはいちいち細かいねえ」

「性分ですから」

ヤツメと藪月は笑い合い、館を目指して行った。


時たま牢獄は揺れ、天井からパラパラと埃が舞い落ちてくる。

「何だ? 外で何か起きたのか?」

「この揺れは地震ではないみたいね」

外を見ることは出来ないが天井を見上げながら、薫と紫穂は言った。

「それに監視してた人も居なくなっているみたい」

「分かるのか?」

「何となくね。ESPリミッターを付けられたとしても、ほんの僅かだけど超能力は使えるわ」

「そ、そうなのか!?」

目を見開き、薫は驚愕の声を上げる。

「とは言っても、私の場合は気配が分かるぐらいだけど」

「そうか」と薫は頷いた。結局は事態は良くない、と再確認しただけだ。
二人の額には汗、先程から大金槌を引き抜こうと、紐を切ろうと色々と努力をしてみたが全然上手く行かない。

シロとタマモは息も荒げに、ぐったりとしていた。
しかし薫と紫穂の会話を聞いて、おもむろにタマモが立ち上がる。

「……タダオが来たんだわ」

「お、おい!?」

「あ!? 葵ちゃんが助けを呼んで来てくれたのね。でも何で分かるの?」

「拙者とタマモは、先生とはそれはそれは太い絆で繋がっているでござる。だから近くに来れば、分かるでござるよ」

シロも目を開け、そう告げた。

「な、あたし達だって、皆本とは深い関係なんだぞ。一緒に風呂入ったり、寝たり……」

「ストップ。それ以上言うと皆本さんが、犯罪者になってしまうわ」

思わずシロとタマモは、詳細を聞きたくなったが堪えた。
今はそれどころではないからだ。

「行きましょうか、シロ……」

「承知」

タマモは大金槌を掴み、霊力を込め持ち上げる為にふんばった。
シロはグレイプニルを引きちぎる為に、全身に力を込めた。

タマモの両手からシュウシュウと煙が上がる。
肉の焼ける匂いが薫と紫穂の鼻腔をくすぐる。

「ちょっと待て!! 何を……」

「……大丈夫よ」

薫が止めようとしたが、タマモが微笑んだ為にそれは出来なかった。

「……苦戦をしているようでござるな、クソ狐!」

「ハン! バカ犬、あんたは蓑虫みたいなカッコがお似合いよ!」

突然、シロとタマモは言い合いを始める。
どうしてこんな事をしているのか薫と紫穂は着いていけなかった。
いや―

あの時と同じだと二人は思った。
『普通の人々』に襲撃された時も、こうやってお互いをなじる様な真似をして特攻をして行った。
止める事は出来なかった。シロとタマモの表情は決意に満ち、やる気だからだ。

「うあああああああああっ!!」

「ぬうううううううううっ!!」

シロとタマモが咆哮すると、大金槌は床から抜け、グレイプニルは引き千切られた。
はあ、はあと二人は息をを荒げ、尻餅を着く。

「すげえっ!! 二人ともすげえよっ!!」

感極まって薫はシロに抱き着いた。

「どうして出来たの?」

「私達が静かに寝ていたのは霊力を溜めていたからなの。まあ、一か八かの賭けだったわ。それにあんた達も手伝ってくれたしね」

ジャージの裾で汗を拭い、タマモは説明をした。
それを聞いて紫穂はホッとしたようだ。

「わっ!? シロが犬になっちまった」

ワウン(狼でござる)と吠えるシロ。

「狼に戻っただけよ。今ので結構な霊力を使ったし、シロは元々、変化が苦手だしね」

タマモは立ち上がり、火傷をした手を舐めてヒーリングを施しながら考える。
シロが狼に戻っているという事は、少なくともまだ日は落ちていない筈だと。
突然、ワンっと吼えるシロ。

「何て言っているの?」

「しゃがんで手を出せって、あんたは霊力が少なくなってきているんだから、犬の振りでもしていなさい」

また吼えるシロ。

「あ〜、はいはい。シロは立派な狼よ」

投げ槍にそう言いタマモは薫と紫穂を手招きで呼び、首輪を狐火で焼き切った。

「熱かった?」

「全然平気」

と薫は首を摩りながら言った。

狐火と言っても、タマモ自身が炎を生み出す能力を持っているわけではない。
自分の霊力を餌にして火気(西洋風に言うと火の精霊)を呼び出している一種の召還術なのである。

三年程前、ひのめが赤ん坊の時にタマモは令子に復習する為に、狐火で焼き殺そうとしたが上手くいかなかった。
何故なら火気厳禁の札により、火気が集まらない様になっていたのである。

霊力を上手くコントロールする事が出来れば、今の様に首輪だけを焼き切る事が出来るのだ。

「薫、頼むわね」

「任せとけ!!」

薫は念動力を使い、いとも簡単に鋼鉄製の扉を吹き飛ばす。

「行くわよ」

「途中、誰かを倒してくれる?」

部屋から出て、すぐに紫穂は口を開いた。

「いいけど、どうして?」

「私の能力を使って、思考を読むわ。そうすればここがどこで、内部がどうなっているか分かるわ」

「紫穂、いいのか?」

薫は紫穂の身を案じて聞くが、あっさりと首を縦に振った。

「ええ。私だって役に立ちたいから」

薫はこくりと頷いた。


横島の眼前に全てを焼き尽かさんばかりの炎が迫る。
しかし横島は慌てず騒がず、呪を紡ぎだす。

「水気を以って火気を剋す!! 火を散らしめよ!!」

横島を守るかの様に回っている五つの文珠の内、『水』と込められたものが光り輝くと炎はあっさりと霧散した。
他の四つは『火』『土』『木』『金』と陰陽五行を表す文字が浮かんでいた。
文珠は力の流れを一〇〇%操れるので、陰陽術と文珠は相性はバッチリだ。

陰陽術と一口に言っても、その種類は千差万別。
一人一人、扱う術が違う。
これは日本の風土に合わせたとも言う。
日本に元から合った術と、大陸から伝わった術が組み合わさり、混ざり合い生まれたのが陰陽術なのだから。

炎を吐き出し、隙だらけのビーストを銀色に煌く右腕のファング・オブ・ウルフの霊波刀で斬り捨てる。
ビースト達の戦い方は、ただ暴れるだけだった。

遠距離からは炎、雷を放ち、近距離では腕をガムシャラに振り回しているだけで、何も考えずに自分の力を使っているだけだ。
一体だけなら並のGSでも勝てるだろう。

しかし、実験施設を埋め尽くさんばかりの大群にクリスを守りながらの戦いは熾烈を極めた。
ビーストは横島だけでなく、クリスも狙っている。
最初は横島を誘う為だと思っていたが、本気で彼女を殺しに掛かってくるのだ。

仕方なく横島はクリスと一緒に角へ行き、防衛に徹している。
ここなら横島を倒さない限り、クリスは安全だ。

(本当は見捨てでもいいんだが……)

横島はちらりとそんな考えをする。
はっきり言ってクリスの命を守る義理は横島にはない。
彼に来てもらい賢太郎を説得してほしいなんて身勝手な考えで、恋人と友人を攫われたのである。
だが―

(そんな寝覚めの悪い事は出来ないよなあ)

そう、目の前で人が死ぬのは勘弁してほしい。
黄金色に輝く左腕からテイル・オブ・フォックスが放たれる。
九つの斬撃が閃き、三匹のビーストを斬り刻んだ。

「木気に余って火が生ず!! 火よ、焼き払え!!」

『木』が輝き、『火』に霊気が流れると放射状に炎が巻かれ、ビーストはこんがりと焼かれ倒れる。

ファング・オブ・ウルフ、テイル・オブ・フォックス、それに陰陽術と三つの力を振るっているので、霊気が減り体が悲鳴を上げる。
しかし休む訳にはいかない。
向こうからは、一体いくつ作ったんだと聞きたくなるぐらいのビーストの群れが次々と現われる。
一瞬たりとも気が抜けなかった。


シロがけたたましく吠える。

「ここに何かあるのか?」

薫が聞くと、シロとタマモは頷いた。
途中で警備兵の一人を倒して、紫穂が記憶を覗き脱出しようとしたが、シロとタマモは横島の匂いに気付きここまで来たのだ。
広い館内にはあまり人は居なかった。
外で何かあったのは、間違いないだろう。

館の最上階で、豪華な調度品が立ち並んでいるところを見ると重要な人物がここを使っているのだろう。

「匂いがここで途切れている。ということは……」

タマモは耳を澄ましながら、トントンと床を叩く。
人より優れた聴覚を持つ彼女だけが、ある違和感に気付いた。

「ここね。薫、ここを壊して!!」

「お、おう!!」

薫の念動力で、呆気なく床は崩れ落ちる。
そこには落とし穴があった。

「行くわよ!!」

ワンッとシロは吠え、薫達は頷いた。


横島は血を口から吐き、倒れる。
遂に力尽いたところを、ビーストの爪で斬り裂かれたのだ。
クリスは悲鳴も上げれず、それをただ見ているだけだった。

『ふうむ、これで終わりか。結構多く倒されちゃったな。さすがアシュタロス事件の英雄、凄い、凄い。愛する魔族に貰った力もそこまでとは、その娘は見る目がなかったね』

ピクッと、横島の体が動く。

『へえ、まだやれるのかな。ルシオラちゃんも君の中で見ているんだろ? ほらほら、頑張らないと見限られるよ』

賢太郎は横島に起きた事を知っていた。
独自のネットワークを駆使し、ルシオラの事まで調べ上げる事が出来たのだ。
もちろん横島が半人半魔なのも知っている。

賢太郎の侮蔑の声が遠くなる。

ルシオラと横島の間に恋があったかどうかは、今でも横島自身でもよく分からない。
でも愛はあった。
愛する人の為に体を投げ出した。
愛する人の為に自らの命を差し出し、救った。

ある者はそれは馬鹿な行為だと嘲笑う。
愛という気持ちを知っているなら、その人が亡くなったら悲しむのは当たり前だと。

そう言った奴は横島はぶん殴ってきた。
確かにそれは正当な意見だ。当たり前の意見だ。
しかし愛とはそれを知りながらも、助けてしまう。身を投げ出してしまうのだ。
生きていて欲しいから。

この身に彼女の魂があるのは愛の証。
彼の、彼女の行いは愚かではない。
彼の中には彼女の魂があり、生きているのだから。

しかし、しかし。
それを侮辱されているというのに指一本まともに動かせない。
反論する事も出来ない。

そして今、愛する彼女達に危害を加えた奴をぶっ飛ばすことも出来ない。

「先生ーーーっ!!」

「タダオーーっ!!」

愛する彼女達の声が聞こえた瞬間、横島は目を閉じた。


「薫ちゃん、前!!」

「分かった」

横島の怪我の具合を見て、薫と紫穂は顔を青くする。
紫穂は何とか立て直し、薫に迎撃を要請した。

薫は念動力で次々とビースト達を吹っ飛ばしていった。

そして―

タマモは横島に縋りつき、口元を真っ赤にしながらもヒーリングを施す。
シロは気力で人間に変化して、同じくひーリンクをする為に舐めていった。
が、どんどん血が流れ、体温が落ちていく。

「先生! 先生!」

「嫌ぁっ!! 死んじゃぁ嫌ぁっ!!」

シロは必死に考える横島を助けるには、どうすればいいのか。
文珠さえあれば、何とかなる。
少なくとも出血を止める事は出来るのだ。

そこで美女が蒼白な顔で、ジャケットを握り締めているではないか。
もしかしたらと思い、シロはジャケットを乱暴に取り返し、ポケットに手を突っ込む。

「あったでござる!!」

文珠のネックレスと髪留めだ。
シロは急いでタマモに渡し、二人同時で『癒』を発動させた。
みるみるうちに傷が塞がり、出血だけは止まった。
しかし血を流しすぎた為か、顔は蒼白で唇も真っ青だ。

「シロ……どうする?」

冷たく低い声音で尋ねる。

「無論、こ奴らを斬り捨てて、先生を病院に運ぶ」

こちらも冷たい声で返した。

その声を聞いて薫と紫穂、ならずビーストの動きも止まる。

シロがネックレスを握り締める。
タマモは髪留めを握り締める。

ネックレスには『合』、髪留めには『体』と文字が浮かんでいた。

『合っ!!』

『体っ!!』

眩い光が実験施設を包んだ。


「あら? あんた達は?」

「妖怪!? あいつらの仲間?」

出会い頭、令子とヤツメは睨みあう事になった。
もうすでに館とは目と鼻の先、警備兵もビーストも出てこない。
どうやら打ち止めらしい。

「令子くん。彼女達は敵ではないみたいだ」

ヤツメ達からは、戦う意思を感じられないと唐巣神父は思い、令子を止めた。

「……でも、向こうにあのでかい亀と、丸っこいのが居るわよ」

令子、そしてほとんどのメンバーはキャメランと大魔球が復活した事を知らないのである。

「大丈夫じゃよ。その二匹はワシが改造した奴等じゃ。ちっこい蝶のお嬢ちゃんの使い魔じゃよ」

理由を知っているカオスが説明をする。

「あの待ってください」

一匹の大きな狼が口を開いた。

「あれ? その声は藪月先生か?」

「そうです鬼道先生。あなたにこの姿を見せるのは初めてでしたね」

「ほうか、なら僕らの味方やね?」

「もちろん」

その会話でみんなが納得する。
ロビーに居たが付いてこなかった人だ。

「私もこうしてシロくんとタマモくんを助ける為に、助力を願いに行っていたのです」

「な〜んだ。だったら私達に一言言ってくれても……」

令子は構えを解いた瞬間、


!!


「な、何ですか、この霊圧は!?」

ピートは思わず身震いをした。

「上級の神でも降臨でもしたっていうの!?」

美智恵の声が裏返る。

「ちっ、何てでかい霊力だ!!」

雪之丞が吐き捨てる様に言う。
ここに居るみんなもそう思った。

桁外れに大きい霊力を感じる。まさか何か危ない事が起きたのかもしれない。

「何が起きようとしているの!?」

令子の疑問は誰にも答えられなかった。


「うわあ……」

「綺麗……」

薫が感嘆の声をあげ、紫穂は率直に感想を述べた。
クリスもその様に見惚れている。

そこには一人の女性が立っていた。

背は高く、体のラインは世間の女性が羨む様な体型。
胴体は銀の、四肢は金の体毛に覆われ、九つの金色に輝く尻尾が生えていた。
長い髪の毛は金と銀の二種類の輝きを放っており、瞳は血の様に真っ赤な色。
人間の耳のところからは獣の耳が生え、犬歯が形の整った唇の隙間から見えた。

これこそシロとタマモが同期合体した姿だった。
横島の話を聞いて、自分達でも出来るのではないかと何度かチャレンジしてきた。
成功したのは今が初めてで、しかもそれは令子と横島とはだいぶ様子が違っていた。

“彼女”はシロであってシロでなく、タマモであってタマモでない。
混ざり合い生まれたのが“彼女”という存在。

「……」

“彼女”は無言で手に霊気を集中させると、一本の刀が現われた。
すると脳内でシロの過去がリプレイされる。

『えっと霊波の実体化ですか?』

場所は妙神山、シロは横島についていきそこで修行する事がある。

『そうでござるよ、師匠!!』

と、鼻息荒く言ったのはシロだった。
シロは小竜姫を剣術の師匠としていた。
横島の場合は心の先生らしい。

『何でまた』

『その方がカッコイイでござる』

その発言に小竜姫は呆れた。
これはシロが読んだマンガからきていた。
そのマンガは己の力を結晶化させて、武器として取り出すことが出来る。

『ですがそれは難しい事ですよ。今のシロさんの霊力ではとてもとても。それに色々と欠点も多いです』

『そうなのでござるか?』

『はい。……でしたら分かってもらう為に、今回は力を貸しましょう』

そう言ってシロの肩に手を置く。

『今から竜気を分けますので、刀が出来る様に集中してください』

『承知』

シロは刀をイメージする。
それは八房であった。
良い意味でも悪い意味でも、それはシロにとってなくてならないものだ。

そして霊気を右手に集中させる。

『出来たでござる』

右手には本物の八房と寸分違わぬ刀が実体化していた。
心境の違いか、その刃紋は美しく見えた。

『これ……は……』

振ってみようと、一歩踏み出したら膝が崩れ、前のめりに倒れる。
八房も手から零れ落ち、ガラスが砕けた様なけたたましい音をたてて、壊れてしまった。

小竜姫は手を翳し、シロの霊力を回復させた。

『分りましたか? 霊波を実体化させるのは、とんでもない霊力を使います。それに出来たとしても、生半可な実体化は今の様に落としただけで壊れてしまい、実践で役立てるには難しいんですよ』

『そうでござるか』

頭を垂れ、シロは落ち込む。

『そんなに落ち込まないで下さい。シロさんに必要なのは、自分の体を使いこなす事です。人狼の身体能力は極めれば、とんでもない武器になります。強くなるには一歩ずつ進み、基礎という足場を固める。頑張っていきましょう』

『分ったでござる。拙者、誰よりも努力するでござるよ』

『良い返事です。あ〜、こんなに真っ直ぐな方は唐巣さん以来で嬉しいです。最近、ここは手軽に強くなれると思っている節があります。本当だったら……』

長い間、愚痴を零す。
何やら色々と堪っているらしい。
シロが止めるまでの三〇分の間、ノンストップで続いた。
最後にここの修行で、霊波を棒状にした霊刀を作り出す事が、出来る様になったのだ。


改めて刀を見る。
分類するならば打刀と呼ばれるものだろう。
それは美しく、月の如く、銀色に輝いていた。

ビーストの唸り声と、賢太郎の号令で“彼女”は現実に戻った。

刀を横に凪ぐ。
すると向かってきたビーストは、真一文字に斬り裂かれた。
“彼女”は大して力を入れていなかった為、斬った本人が一番驚いていた。

勢いに乗った“彼女”は次々とビーストを斬り捨てるが、その数の多さにげんなりとしてきた。
案外、“彼女”は飽きっぽいのかもしれない。

自然な動作で九つの尻尾の一つから、毛いくつか引き抜く。
ふっと息を吹きかけると、それは彼女そっくりになった。

『なるほどのう。してお主は何を望む』

タマモも同じく、妙神山には横島に付いて行った事がある。
相談相手は斉天大聖、何故なら―

『仙術を教えてほしいんです』

正座をし、頭を下げる。珍しく言葉使いも敬語である。

『そこまでせんでよい。まさか金毛白面九尾に頭を下げられるとはな』

『私はもう玉藻前の記憶がありません。ですから……』

真摯な瞳で斉天大聖を見据えるタマモ。

『そうじゃったな。お主はタマモとして、強くなる。わしの仙術を教えよう。とは言っても、修めるには軽く一〇〇年単位かかるのう』

『そうなんですか?』

タマモが聞くと猿神は頷く。
そういう仙術に関する記憶も抜けているので、よく分かっていないのだ。

『こうパーッと強くなれませんか? タダオが言っていましたけど、加速空間を使ってとか』

『無理を言うな。あれは魂に圧縮を掛けて、強引に眠っている力を呼び覚ますものじゃし、まだ幼いお主では魂が耐えられんぞ』

『精神だけ加速空間を過ごすとかは出来ないんですか? 中は一〇〇年過ぎていたのに、外では一月しか経っていないてふうに』

猿神は疲れた溜息を吐き、一言で切り捨てる。

『そんな便利なもんがあるか。……そう言えばわしの事はどれくらい知っておる』

『えっと、この前西遊記の話を読みました』

『ふむ、それでわしが使った術でどれが一番印象に残っておる?』

質問の意図はよく分からないがタマモはこう答えた。

『やっぱり髪の毛での分身かな?』

思い出す様に首を傾げタマモが言う。

『ならばそれで行こう。お主がイメージしやすければ、その分早く覚えれるはずじゃろう』

『はい』

タマモは威勢よく返事をした。


毛は“彼女”となり、“彼女”の前に立つ。
その数、ざっと二〇。刀こそは持っていないが、薫達ではそれぐらいでしか区別が付かない。
何とも壮観な光景だ。

「行きなさい」

“彼女”が命令を下すと、大勢の“彼女達”は一斉にビーストに踊りかかった。

圧倒的だった。

“彼女”とほぼ同等の力を持つ“彼女達”は、苦もなく倒していく。
瞬く間にビーストらを駆逐し、死体の山を築き上げた。

「許しは請わない。私がその憎しみを引き受けよう。では、あなた方の来世に幸があらん事を……」

白金の狐火が死体だけを綺麗に焼き払った。
床に焦げ後もなく、匂いもしない。


“彼女”は賢太郎目掛け、跳躍する。
数十mの距離を一足で飛び越し、銃弾どころか霊的な防御力を兼ね備えているガラスを、刀で断ち斬り中に踏み入る。
“彼女”が睨むと、賢太郎は壁の端まで下がった。

「く、来るなあっ!! これは命令だ!!」

“彼女”は、ほんの少し衝撃を受けた。
どうやら今のは言霊の一種の様に思える。

しかしそれぐらいではまるで意味がなく、すたすたと賢太郎の近くまで歩み寄る。

「な、何でだよ!? 何で僕の能力が効かないんだよ!?」

賢太郎は少し錯乱していた。
今までどの様な獣―魔獣の類でさえ従える事が出来たからだ。
ここにいるビーストはその能力で動いていた。

それに霊能力を持たない人の命令を従う様に調整されていない為に、令子達が戦ったビーストよりは三〇%も能力が上だった。
それだというのに“彼女”は汗一つ掻かず、息を乱す事もなく倒された。
賢太郎にとっては、信じられない出来事が展開されたのだ。
脳内が恐怖で満たされるが、それでも足は何とか動き出口へ目指す。

その様子を見て“彼女”は左手に霊力を集中させると、横島よりも遥かにしっかりとしたハンズ・オブ・グローリーが出現する。
ほんの数瞬、それを眺め賢太郎に向けた。
するとハンズ・オブ・グローリーは網目状に広がり、賢太郎を昆虫採集の如く、壁に縫い付ける。

賢太郎は恐怖で涙、鼻水、涎を垂らしていた。
美形に属する顔からそうされると、面白いとしか言い様がない。

「た、た、たすけ……」

「そう言われて誰か見逃してあげた事があるのか?」

“彼女”が聞く。
地下の牢獄から察するに、賢太郎は弱いもの虐めが好きな最低野郎だ。
今まで妖怪達が助けを請うても、きっとそれは受理された事はない。

「それにあなたはあの人を傷つけました。万死に値します」

すっと右手に持っている刀を賢太郎に突きつけると、陸に打ち上げられた魚の様に、口をパクパクさせる。

「待ってください!!」

唐突に待ったが入った。
首だけを向けるといつの間にかクリスが居た。
傍には薫、どうやら彼女が連れて来たようだ。

紫穂も居り、未だ気を失っている横島を診ていた。

「何故?」

そう聞くとクリスは顔を青くしながらも答える。

「坊ちゃまが、賢太郎様が好きだからです」

「お前はこいつが何をしてきたのか、知っているのか?」

「もちろんです」

この時、二人には少し食い違っていた。
“彼女”は妖怪を売買し、ビーストみたいに命を弄んだ事を言っている。
クリスはそれに加え、一族を殺してしまった事を含んでいた。

「だったら何で止めなかった? こいつのせいでどれだけの命が失われたと思っている?」

「……」

クリスは答えない。

「好きだと言っているがそれは本気か? そいつが非道な行いをしていると知っているなら、止める筈だ? 違うか?」

「……」

沈黙。

「どうせ嫌われたくないという理由だろう。はいはい、言っていれば好かれると、愛されると思っているのか? そんなものは臍で茶が沸く」

「……」

口を開かない。

「どうした? 答えてみろ!! その口は飾りか!?」

「う、うわああああああんっ!」

クリスは堰を切ったかの様に泣き出した。
狂った様に「私だって……私だって……」と繰り返しては、泣いていた。

『シロさん、何で力を求めるのですか?』『タマモよ。どの様な理由で力を求める?』

ふと“彼女”は小竜姫と猿神の言葉を思い出した。

『『大切な人と、楽しく生きたいから(でござる)』』

シロとタマモは同じ答えを示した。
そうだ。誰かを傷つける為に力を求めたのではない。
大切な人と大切な時間を一緒に過ごす為だ。

「興が冷めた。薫、紫穂、帰るぞ」

どうでもよくなって“彼女”は賢太郎を放した。
彼はとっくに気を失っており、失禁までしていた。

「あ、ああ。でもお前はシロでもタマモでもないよな? 何て名前だ?」

「名はない」

「不便だろ? それじゃあ」

「気にするな。この姿にはもうならん」

「カッコいいのに……」

紫穂が残念そうに言う。

「早く行くぞ。その人は私の大切な恋人だ。さっさとする」

「お、おう。だったらあたしの力で、地上まで穴を開ける。そうすれば早いだろ?」

「そうだな。あそこから頼む」

“彼女”が天井のある一点を指差す。

「あそこだな。思いっきりやるぞ?」

「ああ」

“彼女”が頷く。
指差した方向には何の気配も霊力も感じないので、誰も居らず被害はこの館だけで済む。

突然、地下から薫達が出てきたので、令子達はびっくりしたそうだ。


「横島くん、調子はどうだい?」

「……良く見えるなら、眼科に行ってくれ。近くにあるぞ」

西条の社交辞令に、横島はベッドに寝ながら皮肉で返した。
横島の体には包帯が幾重にも巻かれ、ミイラ男に見える。

場所は毎度お馴染み、白井総合病院。

「これはお見舞いのフルーツセットだ。後で食べてくれ」

西条は持っていたメロンやバナナといった色取り取りのフルーツが詰まったバスケットをテーブルの上に置く。
病室とは言っても、個人用しかもVIP待遇なので無駄に広かったりする。

「黒い獣の傷は大した事なかったのに、全治2週間とはね」

「しょーがねえだろ!! 一昨日の退院の日に美神さん達が俺を殴ったせいだろーが!!」

そうである。
ビーストでの怪我は二日で治ったが、退院の日にわざわざ令子達は横島を張り倒したのだ。
令子は『怪我が治ったから、思いっきり殴れるわ』と笑顔で答えた。

「死ぬかと思ったぞ!! 良識派であるおキヌちゃんや魔鈴さんまで、俺に暴力を加えたんだぞ!! シロとタマモは止めてくれないしさ〜」

半泣きで横島は訴えた。
シロは『先生、不出来な弟子ですまないでござる』、タマモは『ごめんね。後で一杯慰めるから』と言い、隅っこで震えていた。
相当怖かったらしい。

横島に手を上げなかったのは唐巣神父と西条にカオス、それにエミとアンだけだった。

「しょうがないさ。君は僕達に何の相談もなく、飛び出したんだからね」

西条は西条で最初はきついお仕置きをしようかと思ったが、横島を殴り倒す妻の令子に恐怖して何も出来なかったのだ。
その衝撃は、もう他の女性を誘わないと心で誓った程であった。

「それは悪かったと思っているさ。だけど……」

横島がぶつぶつと文句を垂れる。

「まあ、落ち着いてくれ。今日はあの事後報告に来たんだしね」

「で、どうなったんだ?」

横島は真面目に返した。
この部屋にはテレビが備え付けられているから、ニュースは見ていた。
連日どこぞの政財界のお偉いさんが捕まったと報道されていた。

「クリスくんが全部話してくれたから、もう色んなのが出てきたよ。アジアを拠点としていた別の組織、それに日本だけではなく海外の財閥を含めた顧客リスト。妖怪だけでなく超能力者も、実験していたという資料……」

「……」

横島は黙って聞いていた。

「これで妖怪拉致の件もだいぶ沈静化するね。君達の出動もなくなると先生が言っていたよ。警察の方では『普通の人々』を逮捕しようとしていたが定期的にアジトを移動しているみたいで、すでにもぬけの殻だったそうだ。でもパトロンを失ったから、しばらくは大人しくしているだろうって話だ」

お見舞いに来た皆本が言っていた。
連日、連れ出されて大変だと。
『毎日デートか。羨ましいな』とからかったら、そうではないと否定されたが。
薫達の想いが通じてほしいと、横島は思った。

「……それで賢太郎とかいう奴はどうなったんだ?」

一通り聞き終え、西条に聞いた。

「葦月賢太郎は入院。精神が退行してしまったよ」

どこかやれきれない気持ちを込めて、西条は告げた。

事件の後、薫と紫穂はシロとタマモが同期合体した“彼女”は別に脅しただけで、特に何もしていなかったと供述している。
何故、シロとタマモではなく薫と紫穂に聞いたかというと、シロとタマモは同期合体したときの記憶の大部分が、抜けていたのである。

後日、ヒャクメに調べてもらったところ、横島と令子とは比べ物にならないくらいに、高い霊力のせいで脳と霊体に過負荷がかかり記憶が飛んでしまったとの事。
その為、二度と同期合体を行わない様にと小竜姫と猿神が、注意を促した。

トントン

ノックの音。

「彼女達か? それでは僕は失礼するよ」

西条は横島の返事を待たずに部屋を出て行った。
そして交代する様に入ってきたのは―

横島がこの世界で、誰よりも愛している女の子が二人だった。


真っ白な部屋の病室。
絨毯が敷かれた床には積み木やパズルとかいったオモチャが転がっていた。

「ママ! ママ! 遊ぼう」

「はいはい。全く甘えん坊なんだから」

一五、六の少年が幼稚園児の様な言葉を喋り、金髪の女性に抱きつく。

「何をして遊ぶの?」

「えっと、えっと……」

少年は上手く思いつかず、言葉を詰まらせる。
女性はそれを見て、微笑んでいた。

結局のところ、彼女は彼の母親になりたかったのだろうか?
その答えは女性自身にもわからない。


あとがき

どうもお待たせしました。そして今回は長すぎる気もします。
これで第一部は終了です。
やりたかったのはシロとタマモの同期合体でした(オイ)
まあ、シロとタマモを表す重要なファクターである友情を示したかったのですが、あんまり上手く行かなかった様な気がします。
友であり、ライバルであり、相棒といったこの三つを描きたかったのですが、結果は……でした。

しかし色々と失敗が多かった本作。
もうちょっと悪役とか活躍させたかったのに、上手くできなかったり。
今回では美神さん達の出番少なかったりと、まあ、ぶっちゃけて言うと―
見切り発車はいけないという事ですかね。
って反省点が多すぎるorz

第二部は余裕が出来たらしたいと思っていますし、横シロタマの逆行もやりたいなあとも考えています。
ではまた。

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