もしも願いが叶うのであれば、この両目を抉り取って二度と誰も見なくてもいいようにして欲しいと願った日があった。
家から少し行ったところに存在する柔らかい土の中に妹を埋めた時にリムルはずっと思っていた。
この両目が無ければいいと。
「ライム。」
「――ふふっ。御礼だなんて冗談ですお姉さま。私は唯お姉さまに会いたかった。」
ライムは相変わらず無垢の微笑を浮かべたままリムルの背中にその両腕を回す。
リムルもそれに抵抗することなく受け入れた。
ライムと同じようにリムルもまたライムに会いたかったのだ。
「元気に、してたの?」
「うん。お姉さまに埋められた後にファニ様に掘り出されて、ずっとファニ様の傍にいたの。」
「ファニ、様?」
「うん。とってもいい人よ。お姉さまとも気が会うと思うわ。」
ライムはそう言うとリムルの髪にその鼻先を埋めた。
「お姉さまの噂はずっと聞いていたわ。魔界軍で活躍してるって。」
「ライム。」
「今でも、今でも覚えてる。お姉さまが死んだ私を抱いて泣いてくれたこと。」
「・・・・・・ライム!」
リムルは決死の思いで、ライムを自分から引き離した。
体を近づければわかる。
香水と嗅覚に対するジャミングの放出によってなんとか誤魔化そうとしているがリムルにはその臭いが感じとれた。
「ライム。貴方・・・・・・まだ死んだままなのね。」
腐臭である。
なんらかの霊的技術のおかげで外見はなんとか取り繕っているようだが、内部の腐臭までは隠し切れていない。
儚くも脆い腐った肉の体、それが今のライムの体だ。
「お姉さまにはやっぱりわかるのね。」
「本物の体を手に入れるために強硬派に属しているの?」
「・・・・・・違うわお姉さま。私が強硬派に属しているのは、私が役に立つからよ。」
「役に・・・立つ?」
「ファニ様の役に立てるの。姉さまを足止めするという役に!!」
ライムが大地を蹴った。
二人の距離が近かったということも有り、ライムはやすやすとリムルの懐へと飛び込む。
一撃でリムルを葬らんが如くライムの手刀がリムルの首めがけて走る。
リムルはそれを咄嗟に受け止めた。
衝撃はほとんど無く、リムルの手の中にはライムの手が残る。
「あれ? おかしいですね。」
ライムは不思議そうに自分の手を眺めた後に、もう片方の手を走らせた。
今度はリムルは受け止めることなく直接首でライムの手刀を浴びる。
だがそれにも衝撃は無く、ぼろりと手だけがライムから外れる。
「私、自分がボロボロだった事忘れていました。失敗ですね。」
「・・・・・・。」
リムルは無言でライムの心臓を手で貫いた。
それは肉の抵抗をほとんど受けずに、脈動していない心臓を捉える。
「あら、お姉さま。また私を殺すのですか?」
心臓を握りつぶそうとしていたリムルの手が止まる。
ライムはその様子に微笑を深め、自分を貫いている腕を気にすることなく再びリムルを抱きしめる。
そして、とても優しい声で語りかける。
「せっかくまた出会えたんですもの。これからは、一緒にいましょうよ。」
「あっああ・・・・・・。」
リムルはライムに見つめられた瞬間、その心から意思が消えるのを感じた。
気づいたときにはもはや遅くリムルは完全にライムの魅了の魔眼にかかってしまったのだ。
例え妹であろうと立場上は敵だということを忘れたリムルの甘さのせいである。
だが、リムルは消えていく意思の中でふと思った。
別にいいか、と。
ライムの命を奪ったのが自分であるならば、ライムが自分の命を奪うのも因果応報ではないかとそうリムルは思った。
心が軽くなり、意思がその姿を消した。
「ふふっ。馬鹿なお姉さま。少しばかり弱みを見せれば素直に騙されて。」
ライムはそう言いながら霊気でちぎれた手を浮かび上がらせると自分の腕と結合させる。
その結合具合を手を振って確認すると、自分の腕の中で意思を失っている姉に目を落とす。
「後はお姉さまの体を私のものにすれば私はずっとファニ様の役に立てる。」
「うりゃあああああああ!!」
「っ!!」
ライムは咄嗟に飛んで来たものを避けた。
ライムのいた場所に部下の魔族が全身傷だらけの体で大地に叩きつけられる。
「どうだっ!! てめぇなんか俺にかかればどうってことないんだよっ!!」
その魔族を吹き飛ばした張本人である珠姫は自分の周りにいくつ物サイキックソーサーを具現させたまま、現れる。
そこで珠姫はライムとリムルの存在に気づく。
ライムは珠姫の視線ににこりと微笑んで返すと魅了の魔眼を発動した。
「うわっ。なんだこの甘ったるい感覚!!」
そう言うと珠姫は霊気を高め、ライムの魅了の魔眼に対抗する。
「あら、使い魔の分際で私の魅了に対抗できるのですか。」
「てめぇ。って、なんだリムルの奴負けたのか。」
「貴方にとっては残念でしょうけど、このとおりですわ。」
ライムは珠姫に意思を失ったリムルを見せる。
意識を失っているわけでもないのに、リムルはなんの行動もせずにライムの腕の中でぼーと空を見上げている。
珠姫はライムを警戒してサイキックソーサーの数を増やす。
「あら? 私を攻撃するのですか? お姉さまにもあたりますよ。」
「くっ。」
「いえ、その心配はありません。」
声が乱入したと思うとライムの腕の中からリムルが消えていた。
いきなり無くなった腕の中の感触にライムは驚きであたりを見渡す。
そして、そっと自分の首筋に剣が添えられたのを感じた。
「ここまでです。」
「あれって・・・・・・?」
珠姫が疑問の声をあげる。
魔界に何故小竜姫がいるのか不思議に思ったからだ。
「あの人は小竜姫様といって神界・魔界においても剣の使い手で名高い人だよ。」
「レイドル。」
「今回の事件には、かつて魔竜と恐れられたファーブニルが関わっているんだって。」
淀みなくすらすらとれいどるは語るが神族である小竜姫に対して強い警戒の色を見せている。
だがそれもちらりと頭上を見上げたときにはなくなっている。
小竜姫のことなど頭から消え去り、目に映る光景だけが頭の中を支配する。
それは珠姫も同じだったようで、視線を向けた次の瞬間には大地を蹴って空を飛んでいた。
二人の目に映ったのは上空を飛んでいた三匹の暗黒竜が消滅した空と力を失い大地へと落下する横島だった。
レイドルも珠姫に遅れて横島の元へと向かう。
小竜姫はそれを呆気にとられたように見ていたが、きっと視線をただすとライムを見る。
「お姉さまを、お姉さまを返して!!」
「・・・・・・。」
ほとんど半狂乱で騒ぐライムを小竜姫は沈痛な面持ちで見つめる。
何度もこのような魔族を見てきた小竜姫にはわかる。
世界の法則を無視して無理やり復活させたのだから、どこかしろに無理もしくは欠落がでてくるのは当たり前である。
小竜姫は無言でライムを再び物言わぬ屍にすることを決意した。
それが唯一の救いである思ったからだ。
首筋に添えていた剣を動かす。
だがその剣は少し動いたところで止まっていた。
気を失っていたリムルが目覚め、小竜姫の腕を止めているからだ。
小竜姫の片腕に抱きとめられていたリムルは小竜姫を押しのけるようにしてライムの背後にたつ。
そしてライムを庇うようにその両手を広げた。
「なっ!?」
「私の妹は殺させない。」
「お姉さま。お姉さまお姉さまお姉さまっ。」
リムルの存在に気がついたのかライムがリムルを抱きしめる。
リムルはそれに微笑んでみせ、ゆっくりと小竜姫に殺気のこもった視線を向ける。
「魅了の魔眼! 強烈な暗示をこの人に・・・・・・!!」
「お姉さまは私を殺したという罪の意識から私のことを一番に考えてくれるわ。そう、心の底から私の魅了にかかるほどに!!」
リムルが傍にきたので精神が安定したのかライムは先ほどまでの取り乱していた声とは打って変わって落ち着いた声でそう言った。
「くっ。卑怯な!!」
「うるさい。妹の悪口を言わないで!」
「しっかりしなさい!! それは貴方の妹ではありません!! ただのアンデットです!!」
「構わない。ライムが・・・・・・私の傍にいるのなら・・・・・・。」
リムルはそう言って小竜姫に対して攻撃の姿勢をとる。
もはやリムルの中には正常な理性は存在しない。
生きる人形がそこにはいた。
―横島―
もはや限界だった。
最後の暗黒竜を葬った後、横島はもはや完全に自分の力が尽きたと言うことを理解した。
自分がおちていくのがわかるがそれをどうにかしようと考えを巡らしても上手くいかない。
「これが・・・代償か。」
『デリートスキル』は対象だけを消去する技ではない。
横島の手を介して消滅させるので、どうしても横島の手自身が『開放』されてしまうのだ。
そのままほっておけば自滅と言う形になるが、横島は圧縮に秀でているので開放した己の手を瞬時に圧縮し元の形に戻す。
ただでさえ霊気の開放などこれまで文珠に頼りっきりでなんの練習もしていなかった横島には極度の集中力が求められ、それに加算して己の腕と寸分違わないものを圧縮して作り出す為の集中力。
それは明らかに異常な集中力であり、そしてそれらを使いこなした結果横島は『デリートスキル』の欠点にぶち当たった。
それは脳が集中することを拒絶するのだ。
そうなれば戦いにも集中できず、というよりも全てのことに関して集中すると言うことが完全に出来なくなりただの挙動不審者へとなってしまう。
今まさに横島の状況がそれであった。
「飛ぶ。いや、今はこれから俺の・・・。違う。ワルキューレは・・・・・・。」
大地がすぐそこまで近づいているのに横島はなんの反応も出来ずにいた。
そして横島が大地と激突する瞬間、珠姫とレイドルがほとんど同時に横島を受け止める。
「珠姫。それにレイドル。何故ここに? いやそんなことより・・・・・・。」
目の焦点はどこにも合うことなくせわしなく動いている。
「まずい。このままじゃ!!」
珠姫はそう言うとすぐに横島の影にもぐりこんだ。
レイドルはその様子にずきりと胸が痛むのを感じた。
レイドルはラインを通して横島が今、どのような状態かは理解できているがそれを助けるためにできることが自分には存在しないことも理解できた。
今ここでラインを完全に開いて横島に干渉すれば、横島はそのまま精神を壊すだろう。
集中をレイドルという正常なモノに任せて横島の心はその活動を止める。脳への負担を完全に無くすためにだ。
「ジョーカー。」
せめて思いだけが届くようにと横島の頭をレイドルは抱きしめた。
「ジョーカーは無事か。」
「えっ?」
降りかかった声に視線を上げれば全身傷だらけのワルキューレが立っていた。
どこかいらついているようだが、しゃがみこみ未だにせわしなく動いている横島の瞳の目蓋をおろした。
それはとても優しげで、レイドルはなぜかその仕種に上司であるワルキューレに対してイラツキを覚えた。
「あの・・・ワルキューレ大尉。ジーク少尉は?」
「知らん。あんな腑抜けが私の弟であったことが恥ずかしい。」
吐き捨てるようにそう言うとワルキューレはその場に座り込んだ。
「――後もう少しすれば魔界軍の援軍も来るだろう。後は援軍に任せれば今回の任務は終わったも同じだ。」
「わっワルキューレ大尉。それは違うと思います。」
「何故だ?」
「その・・・魔界からの要請できた竜神族の小竜姫様が言っていました。今回の件の黒幕はファーブニルだと。」
「ほぅ。そなたら私の名前を知っているのか。」
濃厚な殺気がその場を支配した。
ワルキューレにも、レイドルにも悟られることなく近づいてきていた漆黒の鎧を纏い、漆黒の長い髪を揺らしながら二人に参加するように横島の顔を覗き込む。
「ふむ。なかなかの奴だ。私の眷属である暗黒竜三匹を葬るのだからな。」
「くっ。」
ワルキューレが慌てて攻撃するがそれを女性はふわりと避け、少し離れたところに着地する。
「随分な挨拶だなワルキューレ。まぁそなたはあの腑抜けと違い骨があるのだから仕方のないことなのだろう。」
「随分な物言いだなファーブニル。貴様は過去あの腑抜けに敗れたのだ。」
「故にその汚点を返上しようとこうしてでてきたのではないか。」
そう言ってファーブニルは余裕の笑みを見せる。
「まぁその前にその魔族。私が頂こう。」
「なんだとっ!」
「鍛えれば強くなる。優秀な才能をもっているからな。」
「ジョーカーを鍛えるのは私だ! 貴様などに・・・・・・!!」
「止めておけワルキューレ。その傷ついた体では我には勝てない。」
ギンッと向けられた視線の鋭さにワルキューレは下唇を噛み締める。
ファーブニルの言う通りどう戦ったところで勝てるはずはない。
状況は真に絶望的な局面を迎えたのだった。
あとがき
というわけでファーブニル登場です。ジークは出番なしで、姉のワルキューレにも見捨てられるという状況です。
まぁ一応次回で魔界任務+リムル+ジーク編は終わりですので、彼もなんか動きを見せることでしょう。
>D,様 全てをゼロにする。=自分もゼロに。横島君の『デリートスキル』は諸刃の剣ということです。
>ルーイエ様 前回の最後の続きは今回なしです。次回に付け足しますのでお楽しみに
>しょっかー様 強くなりましたがその分自滅の可能性が上がりました。正直、そう何度も使える能力でもないんで別の意味で考えれば弱点が増えたともいえるんですよね。
>リョウ様 ジークとグラムは今回、仲良く出番なしです。次回に期待していてください。
>隆行様 残すところ後一話終えれば本編合流です。
>Dan様 こうなりました。小竜姫様にはリムル姉妹と戦ってもらいます。
>突発感想人ぴええる様 大きい力には代償が付き物。無敵ってわけでもないんですよこれが。
>猿サブレ様 横島君はどこまでいっても横島君。宇宙意思にも変えられない心理ですな。