「僕は君の相手なんて、してられないんだ。」
珠姫と違いレイドルと敵魔族との戦いはレイドルが圧倒的な力の差で勝利をもぎ取ろうとしていた。
最初に斬りかかって来た時にレイドルは避けるついでに敵の体に触れていた。
強制介入による動きの停止、そして霊波砲による相手の消滅。
勝負は開始早々に決着がついていたといってもいい。
「ぐっがっぁぁぁぁ。」
「リムル中尉の妹さんに操られている立場にいる君にとっては最悪かもしれないけど・・・・・・ごめんね。」
レイドルの手から霊波砲が放たれ、敵の魔族を消滅させた。
すぐにレイドルは空を見上げ、横島が苦戦していることを確認する。
横島の腕に珠姫が腕を絡めた光景が脳裏をよぎる。
『ジョーカーを一番理解しているのは俺だ。』
珠姫の言葉までもが脳裏をよぎり、レイドルは沸き立つ嫉妬の感情を止めることなど出来なかった。
リムルや珠姫のことも気になるが、それ以上に横島が気になるので上空へと向かおうとしたときぞくりと背筋に悪寒が走った。
すぐにその場を飛びのくと、それまでレイドルが立っていた場所が吹き飛んだ。
「好都合だな。」
レイドルが声のしたほうへと視線を向けると一人の男が立っていた。
レイドルの顔が驚愕に染まる。
「竜神族? どうして!?」
「魔界から竜族が暴れているとの報告が入ってな。竜族数名が借り出されたのだ。」
竜族の男は喋りながらも掌に霊気を込めていく。
レイドルにもそれはわかっており、警戒の態勢を取ったまま男の次の言葉を待った。
「任務遂行のためにここまでくれば、動くデータバンクと名高い魔界の眼と会えるとは幸運だ。」
「僕と戦うっていうの?」
「ああ。神族にとって貴様の存在は邪魔だ。」
竜神の男はその掌から連続して霊波砲を放つ。
それをレイドルは避けるが、霊波砲は追尾式になっていてレイドルの後を追いかける。
竜神の男はレイドルに触れられるのを警戒してある一定の距離を保ちながら攻撃を続ける。
「この程度の攻撃で僕をしとめようというの?」
「なんだとっ!?」
「無理だよ。」
竜神族の男の大地が急に意思を持って動き出した。
うねりを上げて大地は男に絡みついていく。
「こっこれは?」
「――魔界の眼から誰も逃れられない。それはいつも触れている大地だとしても例外ではないんだよ。」
「きっ貴様!!」
「君なんかよりも何倍も大事な人が苦戦しているんだ。だから、君に時間を割いてはあげられない。」
正しくそれは魔界の眼であった。
爛々と輝きを増す瞳は男の心に恐怖を植え付けていく。
絡みつく大地が脅威なのではない。
男にとって脅威となるのはレイドルの瞳。
それは魔界のものが揃って畏怖する禁断の魔眼。
「ぐっぐぁぁぁぁ。」
リムルの絶望の魔眼すら超える最悪の魔眼、それがレイドルの持つ死の魔眼である。
男の体は内側から死んでいく。足の感覚が無くなり、手の感覚が無くなり、全ての感覚がなくなった後に死ぬ。
「やめなさい!!」
レイドルの魔眼はその声と共に飛んできた剣によって遮られた。
声のしたほうを見れば、美しい竜神の女性がいる。
それは横島が美神、猿神と並んで師匠と呼んだ三人の一人、小竜姫であった。
―横島―
このままでは負けることは確定していた。
戦線離脱したジークは戻ってくる気配は無く、ワルキューレはついに疲労がピークに達しているのか飛んでいるだけでも辛そうだ。
それに第一、横島の霊気が底をつき始めている。
何度目かもわからない文珠の使用ももはや限界にきている。
「ジョーカー。」
「なんですか? 大尉?」
「退却するぞ。」
ワルキューレは疲労にあえぎながらも横島に告げる。
それはこの場において最善の提案だった。
異論を唱えることなど必要のない提案なのだが、横島には頷けなかった。
先ほどから煮えたぎっている体が吼えるのだ。
戦えると。
極度の興奮状態になっているというわけではない。
むしろ頭のほうは珠姫が傍にいないせいで冷めてきている。
「大尉は退却してください。俺が、その間こいつらを足止めします。」
「馬鹿をいうなジョーカー。お前の霊気はもうないじゃないか。」
「退却してください。」
その声には力があった。竜の猛攻を防ぎながら横島はちらりとワルキューレに視線を向ける。
――膝を折ることなど出来なかった。
ワルキューレは、前回の彼女は自分の為に勝算の無い戦いに足を踏み入れ、そして最後まで戦いとおしたのだ。
退却は恥ではない。必要である時も必ずあるのだ。
それでも、横島は退却などする気にもならなかった。なんてことは無い。
それは意地だ。
見せてやりたいのだ。
前回では見せることの出来なかった自分の姿を。
ワルキューレが主と選んだ自分は、主足りえる者であるそう証明したいのだ。
「くくっ。」
笑みが零れる。
何も難しいことは無い。こ
の程度の竜など何匹も葬ってきた。
闘争に灯が灯る。
霊気が回復をはじめ、横島は竜から吐き出される炎に手を向けた。
――文珠は通用しない。
――霊波刀など論外だ。
――サイキックソーサーでも鱗を貫けない。
「だが・・・。」
「ジョーカー!!」
三匹の竜の口から一斉に炎が吐き出される。
もはや文珠を生成できるほどの霊気は残っていない。
サイキックソーサーを出したところでこの炎を防ぐことなど到底出来ない。
それでも、防がなければならないのだ。
「なっなんだと!?」
「我らの炎をかき消しただと!?」
「どうやってだ?」
炎が霧散し、横島に到達するはずであった炎は跡形も無くその姿を消す。
竜達に動揺が走る。
横島が何をしたのかをわかっていたのは横島自身とワルキューレだけだ。
後ろで横島の霊気の流れを見ることが出来たワルキューレだけが横島のしたことを正確に理解できていた。
「分解。いや、これは開放!?」
文珠とはある一定の霊気を込めて『圧縮』し、球状にした後にキーワードを与え『開放』する万能兵器である。
誰かが言った。
文珠が使えるのは彼が圧縮形の霊気の使い方に特化しているからだと。
果たして本当に彼はそれだけに特化していたのだろうか?
『開放』とはすなわち彼が無意識のうちにそのキーワードで連想されるモノどおりに霊気を解き放つからこそ開放足りえるのだ。
彼には才能があった。
一つは誰もが知る『圧縮』である。
そしてもう一つは有を無に帰す『開放』であったのだ。
「デリート・・・・・・スキルだと? どこまで、ジョーカー、お前はどこまで・・・・・・。」
ワルキューレには横島がもはや違う存在に見えていた。
三界において文珠の存在は過去できるものがいたとされる実在した兵器なのに対し、横島が見せた『開放』は今まで夢物語とされていた破壊すら生ぬるい消去を可能とする恐怖の兵器『デリートスキル』そのものであった。
横島はもはやワルキューレにとって竜以上の脅威だ。
今ならば油断しきっている横島を後ろから殺すことは疲れた体をもってしてでも容易い。
『大尉は俺が守ります。絶対に・・・・・・!!』
足手まといであるワルキューレを庇うときに横島が口にした言葉がワルキューレの中を過ぎる。あれは偽証などどこにもない本気の声だった。訓練の合間などに話してみて横島が魔族としては珍しく、ジークと同じような優しい、悪く言えば甘い性格だということはもはやワルキューレは知っている。
「大尉。」
「なっなんだ!?」
「退却してください。」
「・・・・・・・・・・・・。」
ああ、こいつは馬鹿だとワルキューレは確信した。新たな力を手にいれたのであれば、他人の心配などせずに何よりも先に敵を葬ればいいのだ。それなのに他人の心配を優先している。魔族としてはあるまじき甘い考え方だ。
それでも、信頼するときにおいてこれほど心を許せる者もいない。
「ジョーカー。」
「はい。」
「任したぞ。」
「はい。」
ワルキューレはもはや竜達には目もくれずすばやく撤退を始める。
「逃げるのか! ワルキューレ大尉ともあろうものが退却するのか!!」
「負抜けめ!! 貴様も弟と同じよ!!」
「――黙れ。」
その声は竜達の言葉を停止させるのには十分な力を含んでいた。
「彼女を侮辱することは俺が許さない。」
―???―
最初に目に入ったのはチューブで繋がれた自分の体と、無感情に自分を眺め自分自身だった。体は上手く動かせず、目線だけを移動させていく。そこには見慣れた老人と目つきの悪い青年が立っている。そのことに対してデータが混乱し、且つ迅速に処理を始める。
―否定。
―否定。
―否定。
―否定。
自分のメモリに残っている記憶を自分の心がことごとく否定していく。そんな事実は無かったと、心全体が訴えている。
だがそんなはずはないと思った。
「よ・・・。」
「んっ? なんじゃ?」
老人が顔を覗き込んできた。だがそれには構わすに自分記憶をとどめるために必死で言葉を紡ぎだす。
「よ・・・こ・・・し・・・ま・・・さん。」
「おい! 喋ってるぞ爺!!」
「飯をやった恩人に対して爺とはなんじゃ!」
「ドクター・カオス。まだ・テレサは・起動・させて・いません。」
周りが煩いので雑音を消去。紡ぎだされる声だけを最重要に設定。
「よこ・・・しま・・・・・・さん。」
「ふむ。なんでかはしらんが起動しておる。どうなっとるんじゃ?」
「爺さんが作ったんだろ。何が起こってるのかわからないのかよ?」
「わからん。マリア。わかるか?」
「ノー・ドクター・カオス。理解不能です。」
「横島・・・・・・さん。あい・・・・・・たい。」
あとがき
今回は少し短めです。レイドルの最終兵器と横島の新技が判明した今回。例の竜神様もでてきて、後二回ほどで終わる予定です。
>D,様 横島の真能力は開放、厳密に言うと解凍となりました。炎という『有』を『無』にするという反則技です。
>猿サブレ様 ジーク復帰ならず。ワルキューレも戦線離脱です。さて、離脱した二人はどうなるのかお楽しみに。
>しょっかー様 ジークは今回の話の要なのでサヨナラということはないですよ。
>隆行様 真能力で危機をとりあえず脱出です。
>Dan様 健気な珠姫の行動に横島は気づいていません。珠姫の気苦労はこれからも増えることでしょう。