マリアがうちの事務所で働き始めて数日後、一緒に幸福荘へ戻ると空き室だった部屋に明かりがともっていた。
誰か新しく入ってきたのか。
いったいどんな人でしょうかと思いながら中に入ると見覚えのある女の子に声をかけられた。
「山田さんにマリア! どうしてここに?」
「どうしてもなにも、俺たちここに住んでるんだけど。それよりおキヌちゃんこそどうしているの?」
「じゃあキミなんだ、おキヌちゃんの友達って」
「ええ、たぶんそうだと思います」
なんだつまらん、美神さんがいっていたのとは違い、本当にただのお友達みたいだ。
「でもほんとビックリしましたよ。山田さんたちがここに住んでいたなんて」
おキヌちゃんがお茶を持ってきた。ちなみに俺たちがいる場所は目の前に座っている新人くんの部屋。さすがに汚れているところはない。
「そういや、自己紹介がまだだったな。隣の山田太郎、これからよろしく。君の名前は?」
「俺の名前は、たぶん横島忠夫です」
「…たぶんって、どういうことなの?」
俺の質問におキヌちゃんの表情が少し曇った。
「いや、俺記憶喪失ってやつなんですよ」
「…それはまた面倒くさいことになってるね」
「あんま驚かないんっすね。おキヌちゃんなんかすごかったですけど」
横島は笑ってそういった。おキヌちゃんは顔を赤らめている。ひどく取り乱していたんだろう。
淡白な反応かもしれないが、結構数はあるのだ。俺たちみたいな仕事をしている限りは。
「でもさ、それだといまどうしているわけ? 記憶がなかったら仕事もできないんじゃないの?」
「いや、俺を拾ってくれた人がですね、どうやってか分からないんですけど戸籍を作ってくれたんですよ。あと、働き口も用意してくれまして」
これにはちょっとだけ驚いた。いくらなんでも戸籍は力を持っていないと作れない。よほどの金持ちかもしくは人間じゃないやつでないと。
「じゃあさ…………」
結局三人で一時過ぎまでダベってました。
翌日、事務所に向かって歩いていると女の子が飛んできた。なんやねんゴー、ズシャって。
「マリアはこいつと帰っていた。さーて、どのくらい人間の役に立ちたがるか……」
なんかわからんが、敵意が満ち満ちているな。
「一緒にきてもらうわ!」
そういうと近くにあった標識を引っこ抜いて近寄ってきた。
あのじじいども、色々と無駄なもんつけすぎだ。
「安心しなさい、いまは危害を加える気はないから」
そういって俺の上着に手をかけた。あのな…
「馬鹿にするんじゃない!」
ずるっと上着から抜け出して腹に蹴りをかます。んー、硬い。シメサバで切ることはできるかもしれんがそれをしちゃいかんよな。そういやシメサバ忘れてた。
「……そう、あなた抵抗する気なのね。だったら、力づくにでもやらせてもらうわ!」
「オワ!」
標識をぶん投げてきやがった!
躾がされてないねえ、この子は。
「お前みたいなガキんちょが力づくにできるわけないだろ」
軽い笑みを浮かべながら挑発してやった。
怒っているな、ソフト面がよくできている。
「……これが最後の警告よ。おとなしくしなさい」
マリアの妹(名前を知らん)は腕をむけて銃で脅してきた。どうして生まれたばっかりのこいつの体にこんな武器をつけるか、あいつらは。
「そんなもんに当たるほどのろまじゃないつもりなんだがね、俺は」
鼻で笑ってやった。
すっげぇムカムカしとる。こいつはこれで俺がおとなしくなると思っていたんだろうけど、俺を人質にするという目的を最初にしゃべっていたんで言うとおりにする気はない。
ま、こいつは幼くてどちらを選ぶかわからないから保険もかけてはいるが。
「………なめんじゃないわよ!」
銃を撃つ。
体の中にそんなたくさんの弾を込めれないためか10発前後で撃ち止めとなった。
いくらなんでも銃を避けるなんてことはできっこない。だったら避けるのではなく受け止めればいいのだ。ということで、俺の目の前には銃弾が止まっていた。
「一体どういうことなのよ……」
呆然としているな、予想していたとおり現代の技術に頼っていて見えないか。
この子は感情を優先した。これで人間の使うロボットには向いていないことが判明したが、俺としては逆に嬉しい。こっちのほうがマリアの妹って感じがする。
だけどさすがに叱らなければいかん。
「これなら!!」
「甘い!!」
撃ちだされたロケット・アームを難なく避ける。いくら速くても直線の動きしかできないから簡単なことだ。
「………」
わからない、といった顔だな。
「俺が糸を出せるってことは知らないのか?」
糸を消せばカンカンと弾の落ちる音がした。あらかじめ俺との間に張っておいたのだ。ロケット・アームをよけたのは質量が大きすぎて防げないからである。
さあ、種明かしはしたけどこれからどうするか。まだ武器を持っているのかな。
「…最大電圧で切り刻んでやるわ」
――待て、この近距離でさすがにレーザーは!
「くら―――」
「ロケット・アーム!」
ゴーンとでかい音がしてぶっ倒れた。うーん、そのうちくるとは思っていたが、タイミングがよすぎだ。けどま、
「助かったぜマリア」
「ここならいいだろう」
俺が言ったこことは広々とした荒野。いつの間に改造していたのか、マリアのジェットで連れてきてもらったのだ。おれとギュウギュウにしたテレサを。
「何がここならいいのよ」
「それはな…」
俺とテレサが降りてマリアには少し離れたところに行ってもらった。今頃はマリアから連絡がいって無事にカオスと厄珍も助けられているだろう。金銭面では助かっていないが。
マリアが着陸したのを見て俺は言った。
「お仕置きだよ」
そういうと同時に糸を消してやると、テレサがすっと立ち上がる。
「なめるんじゃない!!」
「そのセリフは二回目だ」
テレサは走って近づき殴りかかってきた。銃であろうが何であろうが通じないことがわかってるからの判断だろう。それは正しいが――
「けーけんが足らんわ!」
無造作に繰り出される拳を掴み、勢いを殺さず引き込みながら足をすねにかけて転ばせる。この時点で破壊することは可能だがそれをしちゃいけない。
俺のすることは妹の反抗期の対象となることだから。
至近距離で飛ばしてきたロケット・アームをしゃがんで避け、そのまま肩が痛くなるがタックルで倒し、馬乗りにならず即座にはなれて起き上がりを待つ。
起き上がったテレサは今度は走らずゆっくりと歩いてくる。さすがに何回も走った勢いで転がされていればやめるか。だが、俺の鼻先まで来たテレサは変わらず殴りかかって来た。
それじゃおんなじだろ!
俺は右腕を掴んで、糸も使って力の限り回してやった。
テレサは顔から地面に突っ込んだ。
砂埃がもうもうと舞う。
さすがにもうやる気が失せたかなと思い、糸でぐるぐる巻きにして帰ろうとしたが、途端に俺の右腕に激痛が走った。みると、左腕でがっしりと俺の右腕を掴んだテレサがそこにいた。
「…捕まえたわ」
「……できたらこの腕を放してくれない? そしたら投げたりしないんだけど」
虚勢を張っていった。
今の状態は俺にとって最悪だ。いくら武術を学んでいても純粋に力での勝負になったらこいつには、勝てる気がしない。
―――ッ!!
「アアッ!」
「フンッ。やはり人間なんて、脆いものだわ!」
テレサが右腕で俺の腹を殴る。何本か肋骨が折れた。
まずい、マリアには何があっても近寄るなと言ってるから助けてはくれない。となると、やはり『裏技』を使うしかないのか。
「これで死ね!」
顔めがけて拳をふるう。俺はとっさにその場で回転してテレサの腕を振り払い攻撃をよける。そしてそのまま勢いを殺さずに、膝を―――
―――撃ちぬいた。
何が起こったかいまいち理解できていないだろうテレサに俺は言った。
「お仕置きは完了だ」
「おぬし、いったい何をやったんじゃ?」
「…悪い子にお仕置き」
テレサを修理していたカオスが聞いてきた。それに俺は何を当たり前のことをといった感じで答えた。そんなことを聞いているんじゃないってことはわかっているが。
「……具体的に訊いとるんじゃよ。いったいどうやったらこんなことができるんじゃ」
「そこらへんは企業秘密、もしくは国家機密だ」
いささかムッとした調子で言ってきたのをおちゃらけて返す。『裏技』については知られたくないのだ。ヤッバーイこととかあるのでね。
しかし、テレサを見て少々やりすぎたかと思う。俺が撃ちぬいた左足は膝から下がなくなっていてカオスが丸ごと造りなおしているところなのだ。かろうじてくっついていただけだったからな。
プーラプーラしとった、俺の右腕みたいに。
「なあおぬし、ひとつこれは興味本位で訊きたいのじゃが……どうして美神のところで働いているのじゃ? 恐らくおぬしならあのようなところで働かずとも食っていけるじゃろうに」
「ああ、それか。えーとだな、一言で言ってしまえば……隠れ蓑だ」
「…となると、誰かに追われとるのか?」
「まあそんなところだ。それで、たまたま出会ったあの人のところで働いてんだよ」
「ふむ、それでは美神はそのことを知っているのかえ?」
「知ってるよ。そこらへんを踏まえていまの時給で働いてんだよ。持ちつ持たれつ、ギブアンドテイク」
きちんと確かめたことはないけどあの時のあの女の顔を思い出せばさすがにそうだろうなと確信できる。まさに―――いやだ、思い出したくねえ。
おそろしやおそろしや。