第10話 「疑惑のタラバガニ」
なんとかタイガーの修行も終わり、どこか落ち込んだ風情ながらも遅めの昼食を用意してくれた小竜姫の厚意に甘えることにする除霊委員たち。
「こら美味いっ!こら美味いっすよ!小竜姫様」
「え?あ、そうですか?お口にあって嬉しいです…ほふう…」
素直な横島の賞賛に返す言葉も力無い。あげくに「ほふ~」とか「ほひー」とか溜め息までついている。
となれば人の心の機微には異様な嗅覚を示す(自分に対してはからっきしだが)煩悩少年が黙っている訳はない。
「あの…小竜姫様?もしかしてさっきの闘いのこと気にしてますか?」
「いえ…そういう訳では…」
口では否定しても「気にしてます」と思いっきり顔に出ている。
こうなると唯とアリエスをたきつけて策を弄した愛子も居心地が悪い。
こそこそと小声で横島に語りかける。
「ちょっと横島君…なんとかしなさいよ。」
「なんとかってもなぁ…だいたいアレは愛子の策略だったんじゃないのか?」
「そ…そりゃあ、あの二人がタイガー君の傍に居るだけで何か不可解な展開が起こるかなぁとか期待したけど…まさか覆面レスラーと小竜姫様が戦うなんて予想できなかったわよ!」
「そりゃそうだなぁ…」
「「ふう…」」
顔を見合わせて溜め息を吐く横島と愛子。
当事者のタイガーは修行に勝った感激のあまり号泣しながら食事中。
あのマヌケな展開の元凶たる唯やアリエスはきょとんとした顔のまま、それでも箸を休めずにもふもふと食事を続けている。
もっともこの二人には自分達が発生するマヌケな空間を自覚することがない、しかも二人がそろうとそれが二倍どころか二乗になりかねないなどは想像も出来てない。
「どうすりゃいいんだ…」
頼みの綱の愛子にまたまた小声で相談する横島。
愛子はしばし考えたのちに横島の耳に口を寄せてもしょもしょとアドバイスする。
「やっぱそれしかないか…」
がっくりと俯いた横島だったがやるせない吐息を一つ吐くと顔に縦線を入れたて味噌汁の椀を持ったまま「ほひー」と溜め息を吐いている小竜姫に話しかけた。
「あ…あの小竜姫様。飯食い終わったら俺に稽古つけてもらえませんか?」
「え?あの…稽古ですか?」
「ええ。少し体がなまってるもんすから…」
「まさか…プロレスですか?」
もしそうなら斬る!と言外の圧力を込める小竜姫の目線にビビる横島。
「ち、違いますって!!霊波刀っすよ!ほら俺って剣術とか正式に習ったこと無いし…」
「あの…忠夫様?カッパ流剣法ならわたくしが…(ゴイン!)…ふしゅ~…(ポテッ)…」
「あら?アリエスさん食事中に寝たら駄目じゃない」
「へう?今のは愛子ちゃんが(ギロリ)…こ、ここここ、この玉子焼き美味しいですぅ…」
愛子によって強制的に夢の世界に誘われたアリエスと無言の圧力で現実から逃避させられた唯を見ない振りして横島は自分の精一杯の演技力を総動員する。
「お願いしますよ。やっぱし正式な剣技って必要かと思うんすよ!」
「そうですね。その意気や良しですね。わかりました。では食事を済ませて少しお休みしてからお相手します。」
やはり武神。剣の稽古と言われて血が騒いだか顔についていた縦線を吹っ飛ばして笑顔を見せる小竜姫に横島と愛子は「ほっ」と一息ついたのであった。
食事も終わり食休みも済んで闘場で向かい合う小竜姫と横島。
小竜姫の手には稽古用の刀、横島も霊波刀の変わりに稽古用の刀を持っている。
「では、まず横島さんの剣の腕を知るために軽く手合わせしましょうか?」
ブラブラ…×2
「はあ…お手柔らかに頼みます」
「気配からすれば腕をあげたようですね。楽しみですよ。」
ブラブラ…×2
「そんなことないっすよ」
「へう。愛子ちゃん?」
ブラブラ…×2
「何?」
「私はなんで簀巻きにされて吊るされているんでしょうかぁ?」
「あの…わたくしもなんですが…」
「聞きたい?」
「「是非理由を聞きたいですぅ(ですわ)…」」
「何となくよ。」
「「ブーブー!!代官横暴!年貢を下げろ!!米よこせ!!」」
「誰が悪代官よっ!あんたたちを自由にしておくとシリアスな展開にならないからよっ!!」
「へうっ!そ、そんなぁ…」
「これと言うのも唯様がおちゃらけ過ぎるからですわ…」
「それはアリエスさんだってそうですぅ!」
「「ふふふ…」」
吊るされたまま睨みあう少女を溜め息交じりに見ていた愛子がパピリオをチョイチョイと手招きした。
「なんでちゅか?」
「あのね。これをあの二人に貼ってきて欲しいの」
そう言って渡したのは二枚の紙。
「お札でちゅか?」
「ふふふ…そんなもんかもね…」
不思議そうなパピリオだったが愛子から立ち上るオーラに身の危険を感じ、これ以上は聞くべきではないとばかりに急いで二人の額にそれを貼るとタイガーの後ろに隠れた。
「「……」」
札を貼られた途端に沈黙する二匹の蓑虫…やがてその体からダラダラと脂汗を流し始める。
タイガーにはそれぞれの札に流麗な明朝体で書かれた「無乳」と「無人望」の文字が読み取れた。
関わるまいと心に誓う。
場外でのマヌケな展開を見ないようにして闘場ではいよいよ稽古が始まった。
「行きます!」
「おひょっ!」
言葉と同時に小竜姫が真っ向から唐竹割りに放った斬撃を愉快な言葉とともにかわす。
「さすが良い目をしてますね。では次!!」
「おう!危ねっ!」
袈裟懸けから刃を返しての横薙ぎという二連撃をにゅるりと交わす横島。
はっきり言って人間の反射神経ではない。
もっとも彼の場合は至近距離からの銃撃もかわせたこともあるのだから不思議ではないかも知れない。
その後も幾度にわたる小竜姫の斬撃をぬらくらとかわしていく。
「あの…横島さん?」
「は、はい、なんすか?」
「いえ。かわすのは凄いと思いますけど折角剣を持っていらっしゃるんですから受けるなり攻撃するなりしてもらわないと稽古になりませんよ。」
「あ…いや~俺ってこういう剣を持ってまともに戦ったことないもんですから、どうやって打ち込めばいいか考えてたんすよね…」
横島の言葉に愕然とする小竜姫。
剣術の基礎も無いのに自分と渡り合っているともなればそれも当然だろう。
受けるより完全にかわすほうが難しいのだ。
もっとも侍の時代は刀で受けるというのはさほど実戦的では無かったのだから、横島の技はある意味実戦で鍛えられたものと言えるかも知れない。
それをこともなげに続けながら、攻撃の仕方がわからないなどと言うことがあるだろうか?
例えて言えば「逆上がりは出来ないけどムーンサルトは出来るよ♪」と言われたようなものなのだ。
「つくづく常識外れの人ですね…わかりました。横島さんは霊波刀を使ってくださって結構です。その方が慣れているのでしょう?」
「え?でも…」
「かまいませんよ。さあ、仕切り直しです。」
そう言って剣を中段に構える小竜姫に横島も稽古用の刀を捨てて霊波刀を発現させると静かに目を閉じ、しばし集中してから小竜姫に対峙した。
「いいっすよ…」
「では…遠慮は無しで行きますね。」
「ううっ。遠慮して欲しいなぁ…」
「参……る?えっ?」
嘆く横島に掛け声とともに切りかかろうとした小竜姫の目の前に突き出される霊波刀。
機先を制されて一瞬驚愕するも咄嗟に背後に飛んで距離をとる。
「い、今のは?」
それに対する横島からの答えは無い。相変わらずやる気が無いように霊波刀を体の横でブラブラさせているだけだ。
「何かの術ですか?でも…術が発動した気配もそれどころか闘気もほとんど…」
疑問に思いながらも今一度と斬撃から突きへのコンビネーションを見せようと横島との距離を詰める小竜姫。
彼女が剣を振りかぶった瞬間、またまた鼻先に突きつけられる霊波刀。
再び飛び退る小竜姫だが流石に剣の達人、それに気がついた。
「私の動きを完璧に読んでますね…それが横島さんが身につけた技ですか?」
「んー?よくわかんないっす。ただ来ると思った瞬間に何も考えずに剣を出しているだけなんすけど…」
小竜姫の肩ががっくりと落ちる。
「あのですね…あなたの技は言ってしまえば究極のカウンターですよ。剣の達人が何十年修行しても身につくかどうか?という技を「よくわからず」に使うって…常識外れにも限度がありますっ!!」
「そうなんすか?あとこんなのもあるんすけど…」
そう言うなり無警戒にゆるゆると小竜姫に近づいてくる横島。
警戒する小竜姫にまたまた突き出される霊波の剣。
どこからいつ突き出されたかもよく解らないそれをかろうじて受け流す。
「あれはタイガー君との時に見せた技ですねぇ…」
「そうね…って唯ちゃん!!どうやって脱出したの?!」
いつの間にか横に立って解説を始められ驚く愛子にニヤリと笑う。
「くくく…あのお札は効きましたぜぃ…けど汗のせいで剥がれましてねぇ…そうすりゃあんな簀巻きなんぞニュルリと抜けれますぜぃ…」
「あんたはウナギかっ!…はっ!ということはアリエスさんも?」
慌ててみればお札は剥がれたものの簀巻きの中で悪戦苦闘しながらぶら下がったままのアリエスの姿。
「わ、わたくしはっ!唯様と違って色々と引っかかるんですわっ!胸とかっ!!」
「むっかー…パピリオちゃん…そこの棒を取ってくれませんねぇ…」
「え?!こ、これでちゅか…」
パピリオから渡された棍でアリエスの胸をツンツンとつつく。
「けけけ…そんなに邪魔ならこれでその胸つつき落としてあげますぜぃ。」
「落ちません!柿じゃあるまいしっ!!」
「くけけけ…」
「女の子がそういうことをしちゃいかん!「あっ!」おごっ!!」
思わず関西人の血の疼きに耐えられず場外に突っ込みを入れてしまった横島の後頭部に小竜姫の刀が命中。
そして横島はそのまま気を失った。
「…島さん…横島さん…」
後頭部に感じる柔らかな感触と耳に伝わる優しい声に横島の意識が覚醒する。
ぼんやりと目を開ければ自分を心配そうに覗きこむ小竜姫の顔。
「よう…カール…」
「え?」
「あ、いや、なんでもないっす。流してください…」
「意識が戻ったんですね。心配しましたよ。」
「すんません。ちと油断しました。」
「まったくです。稽古の最中によそ見するなんて弛んでますよ。」
「面目ないっす。…あの、もしかしてずっと看病してくれてたんすか?」
「え…ま、まあ…剣を寸止め出来なかったのは私の未熟もありますので…」
微妙に頬を染めてテヘッと舌を出す小竜姫に膝枕されたままの横島もなんだかホンワカしてくる。
「邪魔するぞ。」
しかし唐突にいい空気になりかけた場を壊す声が響いた。部屋の入り口を見ればでっかい箱を小脇に抱え、背中にこれまたでっかい魚を背負った斉天大聖が笑いながら立っていた。
「小僧目覚めたか?」
「え?!あ、老師様!」
「ん?やはり邪魔じゃったか?」
「そ、そそそ、そんなことはありませんっ!それより今お帰りですか?」
「うむ。今帰った。それにしても小僧。なかなか面白いことをしてきたようじゃな。わしにも見せてみろ。」
斉天大聖はさも「ワクワクするぜいっ」との雰囲気を体中から漂わせて横島を催促する。困惑する横島と小竜姫。
「えーと…話が見えないんすけど。」
「お前が新しき神々から譲り受けた力を見せてみろと言うておるんじゃ。」
「え?会ってきたんすか?」
「会うも何も今回の会合は彼らのお披露目のようなもんじゃ。何しろ古の神々の復帰披露宴じゃからな。ほれ、これがお土産じゃ。明日の朝食にでもするがよかろう。」
「まあ新巻鮭ですか。」
「おうよ。カニもあるぞ!」
そう言って斉天大聖が小脇に抱えていた箱を小竜姫の前に置く、中身が「カニ」と聞いて小躍りしながら中を覗きこむ小竜姫の額に血管が浮いた。
「えーと…老師様?」
「何かの?」
「カニの足が足りないんですけど…それぞれ4本づつしか無いんですが…」
「さあ、修行するぞっ!」
ジト目の小竜姫から目を逸らして横島に催促する斉天大聖。
しかし後頭部に浮いた汗は誤魔化せない。
「…持ってくる途中で食べましたね…」
背景に戦艦大和の威容を浮かべつつ迫り来る小竜姫に斉天大聖の顔色も悪い。
しばらく目線を泳がせていたが、何かを思いついたのか弁解を始めた。
「な、何のことじゃ?そ…そのカニはの…そ、そう!タラヌカニと言っての。もともと足が足らないのじゃ!!」
「老師様っ!!」
「ぬおっ!ほれっ!!行くぞ小僧!!」
斉天大聖は横島の襟首を掴んで脱兎のごとく部屋から逃げだしていった。
何やらなし崩し的に外に連れ出されて呆然としている横島に真顔に戻った斉天大聖が語りかける。
「お主の身に着けた技、外のほうが使い良いんじゃろ?」
「はあ…そうっすね。確かにこっちの方が使えますね。っていうか…俺やるって言ってないっすよ!!」
「…見せてくれるよな。でないと…」
「はあ?何すか?」
「小竜姫たちにあの娘のことをバラすぞ…」
「え?あの娘って…」
「こいつめ…いつまでもガキだと思っていたらちゃっかり大人の階段を駆け上がりおって…」
「ち、違うっ!!それは誤解!!って、なんで老師様がそれをっ!!」
「さて冗談はおいといてじゃ…やるぞ小僧!」
「冗談?ほんとーに冗談っすか?!!」
「何のお話ですか…」
「あ゛う…」
背後からかけられる暗い声にギギギと振り返って見れば、顔の半分だけで爽やかに笑っている愛子、小竜姫、パピリオの姿。
そのプレッシャーに思わずどもる。
(まずいっ…話をそらさねば命の危険が危なくてピンチっ!!)
「え…えと…あれ愛子。唯ちゃんとアリエスちゃんは?」
「…彼女たちなら本堂で反省してるわよ…タイガー君が見張っているわ…」
「見張っているって…」
「…さっき見たら涙でネズミの絵を描いてまちたね…」
「また縛られているんかい…」
「「「それはそうと!!」」」
「さ、さあ老師様っ!修行しましょう!!」
振り返るなり老師の前に駆け出す横島の姿に少女たちは「追及なら後でも出来る」と暗い笑みを浮かべながら見送るのだった。
後書き
ども。犬雀です。すみません。老師vs.横島まで行きませんでしたぁ…。
ちょっとこっちでもシリアス展開しようかなぁと思ったのに…あの二人が邪魔をする…。んでもって今回は古いアニメのネタを軽めに一個だけ…。
ちなみに作中に出てきた新しき神とやらは外伝の方の神様達です。はい。
では…次回で
>黒川様
猿神との闘いは次回です。ほんますんません。
>某悪魔様
ご自愛くださいませ…と言いつつ実は犬も筋肉痛で執筆が遅れました。
>hiro様
小竜姫様とか少し壊したいですねぇ。というわけで次々回温泉編でそのあたりを書きますです。
>義王様
犬も見たいですぅぅ。どなたか描いてくれないかなぁ…。
>Dan様
犬も書きながら口ずさんでおりました。(テーマ曲)
家族の目がますます冷たくなってきましたけど…
>Loops様
過分なお褒めの言葉ありがとうございます。
今後も精進します。
>法師陰陽師様
はい。こっちの虎でした。マヌケ時空は真面目な人には絶大な効果を発揮しますです。
>しょっかー様
虎覆面は今後も登場します。彼とからむのも面白そうですね。
>斧様
西条あたりを壊したい気がするんですけど…除霊委員ですので次は彼かと。
>紫苑様
タイガーは結局哀れでした。横島の実力は次回で…。
>KEN健様
はい。彼が一番哀れです。
>眞戸澤様
カラスマン…いいですね。ふむ…あの話の時にでも(と言いつつメモメモ)
>20face様
うーむ。ワルキューレさんですか…。これもメモメモ。皆様のアイディアが犬の紫色の脳細胞を刺激してくれますです。感謝感謝
>MAGIふぁ様
一応してますけど…どの程度かはまだ秘密です。でも獣人化?は確実かと…。
>nacky様
書いているうちにどんどん影が薄くなるんですタイガー君って…困ったなぁ。
>wata様
戦いは次回、温泉は次々回になります。すんません。
>伏兵様
ありがとうございます。タイガー君にも伝えておきます。
皆様の多くのレスありがとうございました。もし今までも返信が抜けた方いましたらごめんなさい。一応見直しているんですけど犬粗忽ですので…。
ではでは