除霊依頼があったビルの前に、横島とマリアは立っていた。外から見てもはっきりわかるほど陰気が溢れている。悪霊によって占領されている証拠だ。最近建てられた新築のビルなのだが、どうやら地脈に干渉する形で建ててしまったらしい。その結果不自然な霊気溜りが出来てしまい、その霊気溜りにそこらの雑霊や悪霊が引き寄せられてしまった、と。
二人は既に地脈の歪みを修正している。あとはビル内の除霊をするのみだ。
このビルの除霊で二百万。飛び込みの仕事にしては安いが、美神は渡りに船とばかりに引き受けた。なんだかんだいっても、美神もマリアが好きなのである。
報酬は美神に七割収めて、残り三割を二人で折半することになっている。美神がとりすぎという感がしないでもないが、三十万といえば横島やマリアには十分すぎる金だ。
二人は慎重にビルの中に入って行った。
「油断するなよ、マリア」
「イエス」
マリアはアームから刃渡り五十センチほどの短刀を伸ばした。最近カオスが手に入れ、装備に加えられた対霊用の武器だ。マリアの対霊用装備は他にもあるが、強力な代わりに値が張ったり、物理攻撃を伴いビルに被害がでたりと、使用すると一気に採算が合わなくなるので使えない。この霊刀「轟」だけで何とか型をつけねばならないだろう。
ビルの中は雑霊がうようよしていた。悪霊化していないものが多く、ここにおキヌがいたら一発で浄化できる手合いのものばかりだ。もちろんおキヌや美神は、元々受けていた依頼のほうへシロタマと共に行っているので、ない物ねだりなわけだが。
「どう・しますか?」
「決まってるさ。一階から順に除霊していく」
横島は天井に視線を送った。正確には天井を通し、もっと上の階に注意を向けたのだ。
「強力なのは上の階にいるみたいだな」
「最上階に・高い霊波を・感知」
雑霊はちょっと小突けばすぐに成仏するようなものばかりだ。逆に悪霊化しているものは手ごわい。そして上に行けばいくほど悪霊は増えていく。それでも横島とマリアにとってはそれほど強敵ではなく、着々と除霊を済ませていった。
そして最上階。このビルに巣食う霊を束ねる親玉が、そこにはいた。
階段の影に隠れるようにして部屋の中をうかがう。
「強力な・悪意と・霊力を・感じます。霊力値・350マイト」
「こいつだけ別格やないか。ここに流れ込んできた霊気をしこたま食いやがったな。こりゃ二百万は安すぎる」
横島の霊力は現在約130マイト。横島の霊力を超える力を持った悪霊がそこにはいた。さすがに正面きって戦いたくはない。
(きっと美神さんなら、うまい方法を見つけて反則的に倒すんだろうけど……そんな方法思いつかないから反則的じゃなくて“反則”して倒すか……)
横島の手に、文珠が現れる。「浄」と込められた文珠は横島の意思に従い、その蒼い浄化の光で最上階を埋め尽くした。浄化の光奔流と化し、は悪霊たちを飲み込み浄霊する。
光が消えた後には、悪霊など一体もいない閑散とした部屋だけがそこにあった。
「うーむ、さすがは反則アイテム」
苦笑いしながら横島は部屋の中に入る。部屋の中を見回し全ての悪霊が浄化されたことを確認すると、マリアに笑いかけた。
「さ、終了だ。帰ろう」
イエス、とマリアが答えようとしたときだ。マリアのセンサーが霊波を捉えた。先ほど補足していた悪霊の親玉の霊波。その霊波が不意に、横島の頭上に現れたのである。
どうやら悪霊は文珠をやり過ごし、霊波を消して隙をうかがっていたらしい。マリアの目は壁を通り抜けて音もなく現れ、横島を狙う悪霊を捉えていた。
横島が悪霊を見上げた。マリアのセンサーが、横島の右手に霊気の集中を補足。ハンズオブグローリーを展開して、悪霊を叩ききるつもりなのだろう。先ほどの文珠でダメージを追っている悪霊は、その一撃で除霊される可能性98パーセント。そして悪霊の攻撃より横島の攻撃の方が速い可能性100パーセント。そこまでの計算がマリアの中で、コンマ一秒に満たない時間でなされた。
結論。何もしなくても横島は無事悪霊を除霊する。
しかし。
「横島、さん!」
横島は大丈夫という結論が出ているにもかかわらず、彼女は行動した。
右腕に仕込まれたある武器のセーフティがはずされる。アームから飛び出たのは、特殊な形状の銃だ。弾丸の代わりにお札を打ち出すことのできるカオス特性の銃。そして弾丸代わりに使われているお札は、市販の安物にカオスがある工夫をして霊力を格段に高めたもの。
彼女が打ち出したお札は、横島がハンズオブグローリーを展開するよりも、悪霊が天井から完全にその姿を現すよりも……何よりも速く、悪霊に命中した。
悪霊に命中した瞬間、先ほどの文珠よりもはるかに強い光が部屋に溢れた。そしてその光が収まったとき、部屋の中には今度こそ悪霊は一匹たりとも存在していなかった。
報酬を依頼者から貰い美神にきっちり七割収めた後、近くの公園に横島とマリアはいた。
「ほら、報酬。これで大家にしばかれなくてすむな」
分厚い封筒をマリアに渡し、もう一つの封筒をホクホク顔で懐に入れる。今日は贅沢な飯が食える。横島は上機嫌だった。
「……イエス」
しかし、しっかりと家賃を稼いでみせたマリアの顔は暗い。横島に手渡された封筒を懐に入れ、溜息を吐きそうなほどに落ち込んでいる。
「どうしたんだ、マリア。嬉しくないのか?」
「ノー……イエス」
どっちだ、と思わず突っ込みたくなる横島。
「どうしたんだよ」
横島の問いに、マリアは顔を伏せたまま視線を横島に向けた。自然と上目使いになって、横島はどきどきだ。しかし次のマリアの言葉に、我に返る。
「マリア・まだ・帰れない」
悲しそうに、そう言ったからだ。
「な、なんでだよ。三十万あれば十分だろ?」
横島と同じく、安い家賃のぼろアパートに住んでいるのだ。家賃を払ってもおつりがごっそり出る。
しかしマリアは首を横に振る。
「聖魔札を・使用して・しまいました」
聖魔札。それがあの悪霊の親玉を消し飛ばした代物を指していることに、横島は気づく。
「あ、あれ、高いのか?」
「三十万円・です」
報酬とぴったり同額である。家賃と武器の補充と……どちらをとるかは自明の利だ。何があるかわからないGS稼業。普段から装備を最高に整えておくのは、それすなわち常識。それがいざというとき命を救うのだ。
横島は考え込んだ。今、横島の胸には頼もしいほど厚みを持った封筒の感触があるのだ。それを渡せば、マリアはそれはそれは助かるだろう。しかしさすがに迷う。三十万は横島とっても大金なのだから……。
(………)
それでも横島は、悲しそうに落ち込むマリアを見ていて腹を決めた。
「なあマリア」
横島は懐から封筒を取り出すと、マリアに押し付けた。
「やるよ」
マリアが驚きに満ちた表情を浮かべるのを見て、ああ、やっぱりマリアは生きてる女の子と中身はちっとも変わらない……などと考える横島である。
「理解不能。どうして・このお金を・くれるのですか?」
「だって、あの聖魔札だっけ。あれ使ったのは俺のせいだろ。俺を助けるために使ってくれたわけだろ? 俺の為に使わせちまったんだから、それをマリアが引っかぶるのはおかしいし」
「ノー。マリア・理解・していました。横島・さんは・あの時・大丈夫だった。それなのに……」
「いや。それでも使わせちまったのは俺だ。最初の文珠できっちり終わらせとけば、こんなことにはならなかった。だから、さ」
横島は笑って見せた。思わずマリアが見惚れるほどの笑顔。
「別に俺はこの金がなくても平気だけど、マリアはこれがないと困るだろう?」
確かにそうだ。マリアの脳裏に、大家にしばかれて寝ているカオスが浮かんだ。ここ最近、ろくなものをたべていないカオスの姿が。
「横島・さん……」
マリアは一歩足を踏み出すと、横島に抱きついた。
「おおおう」
「お借り・します」
胸の内で小さくつぶやかれるその言葉。その声、その仕草はとてもかわいらしく……。
(おおお。萌える! 萌えるぞっ!)
横島は舞い上がった。
……だから。
「このお礼は・マリアに・可能なことなら・きっと」
「なんでもーー! なら、ぜひ身体でお礼をば!!」
このマリアの言葉に、過剰に反応した。
マリアが顔を上げ、煩悩丸出しの横島を澄んだ瞳で見つめた。
「ああ! その澄んだ目が怖い。薄汚れた自分が映ってしまう!!」
イヤーと頭を抱え騒ぐ横島の顔を、マリアが両手で優しく挟んだ。柔らかな手に触れられ、横島が大人しくなる。そのままじっと横島を見つめるマリア。その透き通るような目とあまりに美しいその顔に、横島は見入った。
「いいの・ですか?」
「え、えと? な、何がでしょう?」
「身体で・お返し・しても?」
マリアの言葉に、横島の顔が赤くなる。何か口にしようとして、しかし横島の反応を了承と捉えたマリアの行動の方が早かった。横島の唇に、マリアは自分の唇を重ねたのである。
固まる時間。閉じる世界。夢にまで見た、自分の夢。
マリアがゆっくりと唇を話すと、頭から湯気を出して真っ赤になっている横島がいた。
マリアはそんな横島を見て、くすりと笑った。
アパートに戻ったマリアは、布団で寝ているカオスに笑顔を向けた。
「ただいま・帰りました」
「おおマリア。どうじゃった?」
「イエス・ドクター・カオス」
マリアは懐から分厚い封筒と二つ取り出した。
中を覗き込んだカオスがほえる。
「おおおお、でかしたマリア。これで大家のばあさんに長刀でぶったたかれなくて済む!! 飯も食えるー」
喜ぶカオスに、マリアが微笑む。
「家賃を・払ってきます」
「うむ! って、ちょっと待てマリア!?」
封筒をマリアに渡そうと彼女を見たカオスは、やっとマリアの“異常”に気づいた。
「マリア……お前、わらっとるぞ」
それは以前マリア自身に言われて、彼女から削った機能だ。その機能が人を傷つける……と。
マリアははっとして自分の顔に手をやった。おろおろとあわてるその様は、誰も彼女が人造人間などとは思わないだろう。
(高みに上った――)
カオスはその奇跡に呆然とした表情をみせた。
「ドクター・カオス。再度・この機能の削除を・要請・します」
マリアが絞り出したかのごとき声で言った。
しかしカオスはやはり呆然とした顔で首を横に振る。
「無理じゃ。それはわしが与えた機能ではない。お前が生み出したものじゃ。生あるものしか出来ぬ、それは創造じゃ。……まさか、マリアに真の生命が宿るとは!」
カオスの中に湧き出た歓喜はやがてその器からあふれ出る。
「マリアに命が宿った!!」
カオスはそういって小躍りせんばかりに喜んだ。錬金術師として、最終目標である命を生み出した瞬間であった。
その夜。
上機嫌でめったに飲まない酒を飲み、カオスは幸せそうな顔で寝てしまった。そんなカオスに毛布をかけ、マリアは外へ出た。
静かな夜だった。見上げた夜空を、薄い雲がゆっくりと流れていく。輝く月。それを彩るかのような数多の星の小さな輝き。
世界は美しかった。その美しい世界に今日、自分は真に足を踏み入れた……らしい。自覚はなかったが。
横島と歩む未来を、ふとマリアは思った。彼のそばに寄り添い、彼と共に歩く未来。それはとても素晴らしいものに思えた。
しかし。
マリアの中でアラームがなった。エネルギー残量警報だ。そのことが否応なく、自分が機械だということを思い出させる。命があろうとなかろうと、機械は機械。限りある命と、限りがないのと同じような命。共に歩くのは、やはり難しいだろう。
それでも、とマリアは思う。
今このとき……横島を愛しいものとして想うことに、罰は当たるまい。彼女は、マリアは、彼を想ってにっこりと微笑んだ。
胸が、温かくなった。
おまけ1。
マリアを送ってきた横島さんの様子がおかしいです。ぼーっとして、なんかもうほうけちゃっていて……あの顔は、誰かを想って自分の世界に入り込んでいるときの顔です!
横島さん、もしかしてマリアさんと……。でも、いくらなんでも。まさか、いや、でも……。
「このすっとこどっこい! いつまで惚けてるかっ!」
私がエンドレスの思考に陥っていると、美神さんの怒声と共に横島さんが空中飛行しました。
なんだかとってもすっきりしたのは、秘密です。
おまけ2。
「聖魔札?」
「ええ、カオスが作ったらしくて。マリアが使ったところを見ましたけど……なんか値段の割にはべらぼうな威力がありましたね。もちろん中世でカオスが仕込んだ破魔札よりかは、多少弱かった気がしますけど」
中世でカオスが仕込んだ破魔札。現代では数千万円の札ですらあれほどの威力は出ない。それより少し劣る程度の札……?
「ちなみにそれ、いくらくらいで作ったのかしら」
「三十万って言ってましたっけ」
それを聞いた美神は、あっという間に事務所から飛び出ていきました。
行く先はおそらくドクターカオスのところでしょう。
それからしばらく後、カオスの経済状況がこれでもかというくらい好転したのは、余談……かな。
そしておまけ3
「ふふふふ。最近経済的に潤って来たし、ついにこの計画に手をつけるときが来た!!」
「………」
「覚悟はいいか、マリア!!」
「……イエス。ドクター・カオス」
マリアは手術台と思しき台に、全裸で横たわっていた。
「目標は小僧との子作りじゃ! 依存はないな?」
「……イ、イエス」
「それではスタートじゃ! 名づけて『マリアを生身の女の子にしちゃうぞ』大作戦。これで小僧との生殖がうまくいってみい、わしは神の域にまで上ったことになるのだ!!!」
ふはははと高笑いするカオスを見上げる形で、マリアは赤面していた。
すっぽんぽんで台に横たわっている上、横島との子作りだの何だのと連呼されたからである。
はたして、横島にとって幸福なのか災難なのかわからない計画が発動したのだった。
あとがき
続編でございます。なんかもー、自分の文章力にうんざりです。
精進いたしますので、どうぞ批判感想その他もろもろよろしくお願いいたします。
前回の感想のお返事。感謝
>柳野雫様
今回のコンセプトは、マリアは絶対可愛い女の子だー。
ただそのことを言いたいだけw