第4話 「くれないの?豚?」
土曜日 道東自動車道
「そういえば横島さん?」
「はい?何っすか?」
「あ、えーと…北海道にはどういった理由でいらしたんですか?」
「え?隊長から聞いてませんか?」
「あ、あの…隊長さんからは詳しい話は聞いてないものですから…」
「そっすか…」
実は…と話し出すのはあの一連の出来事。
歪んだ男を救うために力を使い果たし、今はただ眠りにつく少女の話。
淡々と、しかしどこか悲しみを含んだ声音で語る横島に、後部座席のシロもタマモもいつもの彼とは違う何かを感じ黙ってその話に耳を傾ける。
「ぐすっ…悲しいお話ですね…なんか、わたし…涙で前が見えません…」
横島の話に感極まったのか、懐から取り出したハンカチでチーンと鼻をかむ霧香だが…。
「わーーーーーっ!!霧香殿っ!!前っ前っ!!!」
「きゃーーーーっ。壁がぁぁぁあ!!」
「ハンドル放さんといてぇぇぇぇ!!」
ここが高速道路ということを忘れていたようだった。
「あ、あら、ごめんなさいね。私ったらつい…」
ハンドルを握りなおしながら「てへっ♪」と舌を出す霧香と、迫り来る壁に走馬灯を見た美神除霊事務所の一行。
「ヨ…ヨコシマ…」
「なんだ…タマモ…」
「私達…とんでもない人と一緒に居るのかしら…」
「あ…ああ…否定はできん…」
ボソボソと話し合うタマモと横島の声が聞こえたのか、霧香が「むー」と頬を膨らませるが、ふいに何かを思いついたかのように真剣な表情になる。
「でも…北海道にその女の子を目覚めさせるヒントがあるって言うのは当たっているかもしれませんね…」
「本当っすか!!」
勢い込んで聞いてくる横島に「ええ」と軽く頷くと視線を前に戻して話を続けた。
「ここ北海道に古くから住む人たちの間には「人が岩とかの物に変わったとか、獣や魚、それに植物に変わった」という伝承が多くあります。そしてその逆の話も…」
「そうなんすかっ!!」
もしかしたら一縷の望みと賭けた今回の旅が成功に終わるか!と希望に満ちた声をあげる横島の高ぶりを冷ますかのようにタマモが疑問を口に出した。
「でも…仮にここにそんな手がかりがあるならば、なんで妙神山の連中はそれを知らなかったのかしら?」
「妙神山…ですか?」
「そうよ。小竜姫って言う竜神が管理人をやっているの。その他の神族もいるらしいわ。だのに…」
手立てがない、わからないと…彼らはそう言ったのだ。
「その方はお名前から察するに仏教系の神様ですね?」
「そうっすね。あと道教なんかもあるとは思いますが…」
自分のスキンシップにことあるごとに仏罰を下そうとする竜神の姫とゲーム猿を追い出す。
「でしたら…この地のことをよく知らなくても仕方ないかも知れませんね…」
「なんででござるか?」
「ここは日本になってからまだ二百年とたってません。つまり仏教その他が伝来してから日が浅いと言えます。」
「なるほど…」
「そして…かってこの地に住んでいた神々はそれを境に姿を隠しました。先ほどの伝承はこの神々のお話なんです。」
「え?じゃあ今は居ないんすか?」
「いいえ姿を隠しただけです。神々はちゃんとおられますよ。」
「ねえ…その神々ってどんな神様なの?」
「そうねぇ…横島さん…アミニズムってご存知ですか?」
「アニメズム?」
「いいえ…アミニズムとマナイズム…物に霊が宿るという考え方と物が霊的な力を持つという考え方ですね。そちらの神道などでもよく伝わっていると思いますけど?」
「はあ…まあそういうのは聞いたような…」
横島君、軽くボケるが流された。慌てて真剣な表情を取り繕う。
「幼い子が命なきものにも魂があると感じる心、ほら、アニメにもありますよね。アンパンがしゃべったりとか…」
「ああ、そういうのってありますね。」
「元々、原始的と言われる宗教には「物」に限らず「山」や「湖」などを神格化することがありました。そしてそれは本州では神道として発達していきました。」
「はあ…」
そろそろ話についていけなくなっていく、ここに戦闘力はともかくそういう知識はからっきしという非常にいびつな成長を遂げつつあるGSの少年がいた。
「古代日本では普通に信じられていた自然神という考え方。そしてそれが最も原始的な形のまま最後まで残った地が…」
「ここってわけね…」
さすがに金毛九尾の転生であるタマモは理解が早いようだ。
もともと自分の眷属たちで狐から神格化したものも多く居るのだし。
「そういうことですね…先ほどの「物」と会話できるという女の子のお話はまさに原始的なアミニズムというものが根底にあるのではないでしょうか?」
「つまり…その神様たちと話をすれば何かの手がかりが得られるってことですか?」
「かもしれません…そして、その神様たちを探すのが今回の旅の目的ではないかと思いませんか?」
「なるほど…」
なんとなく光明が見えてきたかと考え込む横島の耳に唐突に霧香の気の抜けた声が聞こえる。
「あら…失敗…」
「どうしたでござるか?」
「ここで高速降りるの忘れてました…」
「「「あんたはぁぁぁぁ!!」」」
どうやら不意にボケるのが彼女の得意技らしかった。
土曜日 都内Gメン本部
「失礼します…」
「あ、西条君。ごめんなさいね。」
「いえ、仕事の方は一段落してましたから。」
ノックとともに隊長室に入室して来た西条に椅子をすすめる美智恵、促されて腰をかける西条の前にコーヒーのカップを置く。
「それで先生、僕に何か?」
「うーん。何かってまだハッキリしたわけじゃないんだけど…横島君のことなの。」
西条の顔が露骨に歪む。
「彼がまたろくでもないことをやらかしたんですか?」
「いいえ。まだ何をしたってわけじゃないの…ただ…」
「ただ?」
「北海道で迷子になっちゃったみたいでねぇ…」
がっくりと落ちる西条の肩、この後の展開が予想できたらしい。
やはり有能な男である。
「で、まさか、僕に探しに行け…と?」
「え?!あはははは。嫌ねぇ~そんなこと言わないわよ…。」
「何故目を逸らしますか…先生…」
「ま、まあ、あなたにも仕事あるものね…。」
「その通りですっ!」
言外に「なんであんな奴のために…」と匂わせる西条の様子に美智恵は内心で舌打ちをする。ならばと咄嗟に戦法を変えるあたり伊達に隊長職にはない。
「でもねぇ…シロちゃんもタマモちゃんも一緒なのよね…」
フェミニストの彼がどう反応するか…美智恵には予想がついていたはずだが、帰ってきたのは意外な返事だった。
「だったら心配ありませんよ。」
「え?」
「女の子達を無駄に危険に晒す男じゃないです。彼は…」
さも忌々しいという様子で吐き出す西条に驚きの目を向ける美智恵、その彼女の一瞬の隙を逃さず西条は話にケリをつけた。
「というわけですので、僕は仕事に戻ります。では」
呼び止める暇もなく出て行く西条を見送った美智恵はポツリと呟いた。
「カニ…食べたかったのに…」
土曜日 帯広
帯広郊外にある食堂に横島たち一行はいた。
「ちょっと遅いお昼になっちゃいましたけど、遠慮しないで食べてくださいね。」
「「「はーい」」」と返事するや否やメニューを奪い合う美神除霊事務所の一同を苦笑いで見つめている霧香にシロが尋ねる。
「霧香殿!何が美味いでござるかっ!」
「あ、そうね。私の方でメニュー決めていいですか?」
「あ、お願いします。」、「肉っ!肉っ!」、「お揚げっ!!」
「はいはい♪…でしたら…」
メニューを指差しながら店員に何品か注文する霧香。
店員が去ると、横島に向けて話を振る。
「先ほどの話ですけど…もし横島さんたちが古の神々の住まう場所を探すなら土地の古老に話を聞かなければならないと思うんです。」
「そうっすね。どこに行けば会えますか?」
「うーん。そうですねぇ…一番、可能性があるのは…」
霧香が取り出したのは北海道のルートマップ。
胸ポケットからサインペンを取り出してその一箇所に丸をつける。
「ここは?」
「何て読むんでござるか?」
「ここはね…螺湾(ラワン)と読むの…」
「ここに手がかりがあるってことっすか?」
「それはまだわからないですね…。でも運がよければここで会えるはずです…」
「誰に…」とタマモが口を開こうとしたとき、彼女達の前に注文した料理が運ばれてきた。
「これは何でござるか?」
湯気たつ丼の匂いをかぎながらシロが聞く。
「ああ、それは豚丼です。」
「豚丼っすか?」
いつも自分が世話になっている牛丼を思い出す横島、ちょっとがっかりした様子のシロに霧香は笑いながら丼の蓋を開けてやる。
「「こ、これは…」」
目の前に現れたのは、ほかほかの白いご飯の上に乗せられた何枚もの分厚い炭火の焼肉。かけられているうな丼のようなタレが香ばしい。思わずゴクリと喉を鳴らす師弟コンビ。
「私のは?」
「ああ、タマモちゃんのはただのきつねうどんですね。」
そんなもののために私はあんな恥ずかしい思いをしたのかしら…と肩を落とすタマモ。しかし霧香の言葉を聞くうちにその顔に喜色が満ちていく。
「ここのうどんは帯広近郊で取れた国産小麦100%!!しかも、それに乗っているお揚げはこれまた国産大豆を丸ごと使用した上に、大雪山の水をふんだんに使って作られた本別(ほんべつ)産のお豆腐をオホーツク産の菜種油でじっくりと揚げた幻の逸品っ!!」
「へにゃぁぁぁぁぁ」
某漫画の新聞記者のような霧香の講釈を聞いて蕩け始めるタマモの顔。
「お、俺のはなんすかっ!!」
「ざる蕎麦です。」
「そりゃ見ればわかるっすよっ!!」
確かにどうみてもざる蕎麦だった。
「ふふふ…甘いですね。横島さん…その蕎麦はやはり大雪山の水で育った新得(しんとく)産の蕎麦っ!!しかも…」
そう言って霧香が指差した方から店員が別なトレーを持って現れた。
「おーっほっほっほ…季節の山菜「タラの芽」、「コゴミ」の他に、太平洋産の魚介類の天麩羅をこれでもかと積み上げたその名も『天ざる』ですっ!!」
「おおおおおおおっ!!」
「さあ、どうぞお召し上がりください。」
「「「いただきますっ!!」」」
途端に食らいつく横島たちを微笑ましく見る霧香。
「ヨコシマ…良かった…私、北海道に来て本当に良かった…ぐすっ…」
「ぬおっ!タマモっ!!何も泣かんでもっ!!」
「そういうヨコシマだって泣いているじゃないっ!!」
「ち、違うっ!!これはワサビがっ!!」
「これは美味いっ!美味いでござるっ!!」
「こらっシロっ俺にもその豚肉一枚よこさんかっ!!」
「いやでござるっ!!」
流石に霧香の額にも汗が浮き始める…。気を取り直すようにコホンと咳払いを一つして横島に告げる。
「あの…横島さん?」
「もわんてふか…(なんですか?)」
「え、あ、あの…私、ちょっと用事がありますから席をはずしますね。一時間ほどで戻ると思いますから…」
「ふあふあひまひた」(わかりました)
「あ、あははははは…あの、好きなだけおかわりして下さいね。あ、別なものを頼んでくださってもいいですよ。それでは…」
横島たちの食欲が恥ずかしいのか、逃げるように食堂を出て行く霧香に手を振って応える一同であった。
満腹になった横島たちがお茶を飲んでいると、本当に一時間ほどで霧香が戻ってきた。
「ご満足いただけましたか?」
テーブルの上に積み上げられた丼やらザルやらの数に呆れた様子で横島たちに聞く。まあそれぞれが平均3個程度ともなれば呆れもするだろう。
「「「はいっ!」」」
「でしたら行きましょうか。今日はこの近くの温泉に泊まりましょう。いい所ですよ。」
「いや、すんません。ここの飯代も払うっすよ。」
遠慮を見せる横島を遮ってにっこりと笑いながら伝票を手に取る霧香。
「いいんですよ。お姉さんがご馳走するって約束したんですから。」
「「「ありがとうございます。」」」
頭を下げる横島たちに先に車に行っていてくださいと告げて会計に向かう。
「8万9千円になります…」
「え゛…」
店員の声に蒼白になる霧香…慌てて手元の伝票を見れば…すべての欄が二桁の数字で埋まっていたり…。どうやら丼とかは途中で片付けられていたらしい。
「お客様?」
「は…はい…う…ぐすっ…」
車の前で待つ横島の前に現れた霧香…肩を落として下を向きながら歩いてくるその足取りは傍目で見ても重そうだった。
「霧香殿?」
「え…あ…シロちゃん!な、なんでもないわよ…さ、さあ…行きましょうか…」
「霧香殿どうしたんでござろうか?」
「運転し続けだから疲れたんじゃない?」
肩を落として車に乗り込む霧香に無邪気な追い討ちをかけるシロタマに、真実を告げるべきかどうか悩む共犯者の少年だった。
涙目の美女が運転する車は影を背負ったまま走り出した。
後書き
ども。犬雀です。
もうバレバレですが犬は道民です。というわけで道民の方以外はわかりにくい地名が出てきて、なんかグルメガイドっぽくなっていっているこのSS。
今回は帯広でした。実際、帯広の豚丼はウマーです。
さて、目的地の一つがハッキリしました。次の停車駅はあの「足寄」の近くにあるラワンでございます。
ラワンには何があるか…アレがございますので物語はいよいよ動き始めます。
(アレとは何か気になる方は検索して下されば一発で出てきますです。はい。)
作中に出てきたアミニズムの解釈、また民話等は犬のアレンジが入りますのであまり信用なさらないで下さいませ。
では…
>Dan様
うーむ…もしかしたら壊れ表記が必要でしたでしょうか?
次回から徐々にシリアス色が強くなりますです。多分…
>斧様
帯広の方ですか。ご近所ですね。
豚丼ウマーです。お肉も野菜も美味しいですな。(某バターサンドをかじりつつ…)
雪玉…伏線のつもりですが回収できるかどうか…。
>紫苑様
霧香さん…今回は泣いてもらいました。さて次回はどうなるか?
>某悪魔様
お豆腐は旅をさせるなとは某グルメ漫画の台詞ですね。
実際、お豆腐の美味しいところは十勝には結構あります。
犬は相生のが好きです(十勝ではないですが…)
お土産…カツゲンなんかどうでしょう。(ローカル過ぎ?)
>柳野雫様
タマモ壊しすぎちゃったかと思ってましたが「可愛い」と言っていただけて一安心でございます。次回もご贔屓くださいませ。