※ 作者注 このSSは法定速度その他の道路交通法を遵守しております。多分…
第3話 「シロタマ危機一髪」
土曜日 日勝峠
通常の乗用車にはありえない速度で峠の上り道を爆走する4WD。
複合コーナーもタイヤを鳴らしながら絶妙のマシンコントロールで駆け抜ける。
額に汗を滲ませながらハンドルを握る霧香の横では横島が必死の形相で後部座席に呼びかけ続けていた。
「おいっ!シロっ!タマモっ!!しっかりしろっ!!」
「ぜ、先生ぇ〜。拙者は拙者は…」
「う゛うっ…ヨコシマ…私…もう駄目かも…」
「あほっ!気弱になるなっ!!霧香さん!まだっすか?!」
「もう少しですっ!!もう少しで着きますっ!!」
ほとんど直角のコーナーを多角形コーナーリングでクリアしながら運転席の霧香が叫ぶ。
「あ゛うっ…」
すっかり血の気を無くしたシロの顔、その体が小刻みに震え始める。
「し、シロっ!!」
「ごめんね…ごめんね…ヨコシマ…」
シロの横でその顔色を紙よりも白くしたタマモの弱々しいうめき…。
「こらっ!タマモ諦めるなっ!!頼むから謝ったりするなっ!!」
後部座席の少女達は自分の体を蹂躙しようとする凶悪な魔物と戦っていた。
その名は尿意…。
乙女の尊厳を賭け、襲い来る尿意と括約筋との戦いは続く。
トイレまであと5km…先は長い。
冷たいものを食べたら早めにトイレは済ませようよシロタマ…。
「横島さんっ!!」
「ど、どうしましたっ!!霧香さんっ!!」
「どうしましょう…観光バスが連なっていて追い越せませんっ!!」
前方には急勾配をノロノロと上っていく観光バスの群れ。
「なんてこったぁぁぁぁ!!」
「「あうぅぅぅぅ〜」」
「仕方ないですね。あそこの脇道に入りますっ!!」
再び霧香はタイヤを鳴らして横道の未舗装の道路に入る。
シロタマの下半身を襲う容赦ない砂利道の振動!!
「「ひいぃぃぃぃ!!」」
「こらえろっ!!頼むから耐えてくれいっ!!」
やがて車は本道からかなり離れた川岸の空き地で止まった。霧香が後ろを振り返って叫ぶ。
「ここならばっ!!」
「そ、そうっすね!!行けっシロタマっ!!」
「「はいぃぃぃぃ」」
ドアを開けるなりダッシュで飛び出すシロタマ…悲惨な戦いは括約筋の勝利で幕を閉じたようだった。
※ しばらく川のせせらぎの音とカワセミの鳴き声をお楽しみください。
「ふ〜。危ないところだった…」
天を仰ぐ横島。いたってノーマルな性癖を持つ彼には「粗相する美少女」なんてものを見なくて済んだという安堵感だけがある。そんな横島にツツと近づいてきた霧香が横島にあるものを手渡した。
「え?霧香さん…これは?」
「ティッシュです…。あの二人が持っていればいいんですけど…」
「はあ…でもまあ、なければ葉っぱででも…」
「いけませんわ!横島さんっ!!」
「え?」
真剣な顔で詰め寄ってくる霧香に思わずビビる。
「もし間違ってウルシなんかで拭いたら※1なんまらえらいことになるっしょ!ウルシじゃなくってもイラクサとかだったら※2いずくて後からゆるくないなんだからっ!」
(※1訳 とても大変なことになりますよ。 )
(※2訳 痒いと痛いの中間で後で気持ち(具合)が悪くなります)
自分の想像が怖いのか見る見る顔色を悪化させ方言で訴えてくる霧香に横島は頷くしかなかった。
「あう…」
自らの体を蝕んでいた凶悪な衝動を開放して安堵の息をついたタマモだったが、安心したのもつかの間、その直後に判明した新たな大問題に直面して固まっている。
(しまった…紙がないわ…くっ!こんなことなら獣形態に戻ってからすれば…って駄目よ!人に戻ったときに大変なことになるじゃないっ…)
困り果てるタマモの前でさながら「私で拭いてっ♪」とばかりに風に揺れるフキの葉と「オイラで拭くのはテクがいるぜっ♪」と言いたげなクマザサの葉。
(うううう…)
現実と大妖としてのプライドの間で懊悩するタマモの耳に聞こえてきたのは能天気な男の声。
「おーい。シロさんや〜。どこだ〜?」
「先生〜。ここでござるぅ〜」
少し離れた草むらからシロの声が聞こえる。
「紙はあるかね〜?」
「無いでござる〜。今、目の前の葉っぱで〜」
「色々と危険だから止めなさいよ〜。今、ティッシュ放るからなぁ〜」
「わかったでござる〜」
(危険なのっ?!!)
フキに伸ばしかけていた手を慌てて引っ込めるタマモを呼ぶ声。
「タマモさんや〜い〜」
(くっ!返事できるわけないじゃないっ。私はあのバカ犬とは違うのよっ!!)
「タマモさ〜ん?」
(けど…紙が…)
「もしかしたらティッシュ持っているんかな?だったらいいか…」
(ああっ!紙が行っちゃうっ!!)
「ここよっ!」
思わず声を出してから口を押さえる。咄嗟に気配も殺してしまったのが運のつき。
「ん?ぬおっ!桃っ?!」
「え?って…きゃぁぁぁぁぁ!!」
タマモの気配を見失った横島が声を頼りに現れた場所は、しゃがみこむタマモの背後だったわけで…。
驚愕のあまり意味不明な言葉を口走ってしまった横島は、タマモから反射的に放たれた狐火にコンガリと焼かれて倒れた。
ティッシュごと…。
「嫌あぁぁぁぁぁぁあ。紙がぁぁぁぁ!!」
タマモの悲痛な叫びに辺りの森から鳥たちが飛び立った。
川岸でコンガリ焦げた横島をヒーリングしているシロ。
その様子をオタオタしながら見つめる霧香。
タマモはちょっとだけ虚ろな目で近くにある大木に話しかけている。
「うふふふふ…クワガタムシさん…あれは事故よね…忘れればいいのよね…」
訂正…汁を吸いに来たミヤマクワガタに話しかけていたようだ。
タマモの陰気にあてられたのか気の毒なクワガタムシはボテッと落ちる。
落ちる彼を見たタマモの脳に天啓がひらめいた。
「そうよ!忘れさせればいいのよっ!!」
「というわけで文珠出しなさいっ!」
なんとかローストから復帰した横島にズズいと手を差し出す。
「何がというわけかはサッパリわからんが…何に使う気だ?…「えっ!横島さんって文珠が使えるんですか?!」うおっ?!」
先ほどのクワガタムシの知らせか、はたまたタマモの目に尋常ではない気配を感じたかビビる横島だったが、横から突然割り込んできた霧香に驚いた。
見ると両手を組んで瞳をキラキラさせながらこちらを見ている霧香。
「凄いですねっ!伝説の文珠使いが現代にいたなんてっ!!」
「いや…そんなたいそうなもんじゃないっすよ…」と謙遜しようとする横島の言葉もむなしく、師をほめられてテンションが上がったシロが霧香の手を握ってブンブカと振る。
「そうでござるよっ!先生は凄いんでござるっ!」
「本当に凄いですね〜。文珠って何でも出来るんでしょ?見てみたいなぁ〜」
「そうでござるっ!!」
「いや…何でもってわけじゃあ…。それにあんまり他人に見せるような…」
「え〜っ。そんなぁ〜お姉さんサービスしちゃいますからぁ。見せてくださいよ〜。」
そう言うなり横島の背後から抱きついてくる霧香。
美神と比べても遜色ない背中にあたる双球の感触と耳に吹きかけられる甘い息に横島の意思はいつものごとく挫けつつあった。
(あああああ…耳におっぱいが…背中に息がぁぁぁぁ…)
「あ、でしたら先に私の力をお見せしますね…だったらいいでしょ♪」
「は、はあ…」
甘美な感触が離れてちょっと残念そうな横島をおいて霧香はポケットから何かの道具を取り出した。
「それは何でござるか?」
「これはね。ムックリ(口琴)というこの地に古くから住む民族の楽器なの。」
霧香は尋ねるシロに笑顔を向けてその楽器を口にくわえると、そこから伸びる糸をはじき出す。
霧香の奏でる楽器から響き渡る玄妙な口琴の音は周囲に染みとおっていく。
「な、これは…」
音が一つなるたびにどんどん清められていく周囲の様子に驚く横島。
「せ、先生!あれを…」
シロが指差すほうを見ればいつの間にかそこに現れるエゾシカの群れ。
それだけではなく辺りの木や茂みの中にも獣の気配が満ちる。
山中の小川のほとりが神域近くまでに清められたところで霧香の演奏は終わった。
「す、凄いっすね…」
「おキヌ殿の笛ともまた違うでござるな…」
霧香は素直に感嘆する師弟に照れくさそうに舌を一つ出して笑うとシタタと小リスのような動きで横島に近寄ってくる。
自分を見つめるキラキラとした瞳に「見せてっ!見せてっ!!」と言う無言の圧力を感じた横島は手の中に文珠を出した。
「まあ…これが文珠ですか…綺麗ですね。」
「綺麗だけじゃないでござるっ!!これは文字を込めることで色々と使える先生だけの力でござるよ!」
「そうなんですかっ?見たい〜見たい〜♪」
「いや…いいっすけど…なんて字を込めますか?」
すっかり雰囲気が変わった霧香に戸惑いながらも聞くと「むーん」と考え込んでいた霧香は「『雪』なんてどうでしょう…」と彼に言った。
「え?『雪』っすか?」
「はい。綺麗だと思いますよ。あ、でもご無理でしたか?」
「いえ…この辺りだけならなんとかなると思いますけど。」
かって『雨』が発動したことがあると、蝶の姉だった彼女から聞いたことを思い出してほのかに笑う横島、手の文珠に念を込めると天に放った。
しばらくしてチラホラと舞い落ちてくる雪、その様は舞い飛ぶ蛍にも似て…横島の笑みは深まる。
ポフッ
頭を襲う突然の衝撃に幾分の懐かしさを込めて雪を見ていた横島は我に返った。
「え?」と振り返った彼の顔面を襲う第二の衝撃。
霧香の放った雪玉だった。
「霧香殿!何をするでござるかっ!ぬおっ!!」
抗議するシロを襲う第三の雪玉。「やったでござるな」とばかりに雪玉を作り出すシロ。
「霧香殿!いくでござるっ!!」
シロの放った雪玉はかなりのスピードで霧香に襲い掛かる。
だが、霧香はあっさりとそれを手で弾き飛ばした。
「ふふふ…ヌルイわね。シロちゃん…その程度では私には勝てないわ♪」
「なんとっ!」
「うふふふ…いつかは国際雪合戦大会に出ようと鍛えた私の技、あなたに受けきれるかしら?」
霧香の手が霞むと同時に飛来する雪玉をシロはなんとかかわした…かに見えたが、影から飛んできたもう一個の雪玉を顔面に受ける。
「く…二個同時に放っていたとは…無念…」
ドウと倒れるシロ…唖然とする横島に霧香は笑いかける。
「さあ…残りは横島さんだけですよ♪」
「いや…何をやってるんすかっ!!あんたらはっ!」
「あら…私ったらつい…」
舌をペロッと出してはにかむ霧香だったが、ふと真顔になって横島に語りかけた。
「ねえ…横島さん。文珠ってこの雪玉みたいですよね…」
「え?」
「だってこうやって…」
手にとった雪をギュッと固めると丸くなったそれを彼に投げてよこす。
「ギュッって霊力をまとめるんですよね…」
「そうっすね…言われて見れば似ているかも」
面白い発想をする人だと苦笑する横島。
「でも…こういう作り方もありますよね」
そう言うと霧香は小さな雪の塊を雪が薄く積もった地面で転がし始める。たちまち大きくなる雪玉。
「ああ、雪だるまっすね。」
「はい。そうですね♪」
「雪…好きなんですか?」
「好きですよ。横島さんは?」
「俺も嫌いってほどじゃないけど…寒いのは苦手っす…」
「あ、そうでした。そろそろ行きましょうか?寒くなったらまたまた大変ですし…」
「そうすね。ほら…シロ行くぞ」
雪の中に倒れているシロを起こした時、横島はあることを思い出した。
「あれ…タマモは?」
見れば…すっかり忘れられたタマモは突然の雪に驚くアリさんたちを木の枝でつつきながらいじけていた。
「ねえ、アリさん…今回の私の扱いって酷いと思わない?…」
イジイジといじける狐と雪玉で失神した狼を乗せて車はまた走り出す。
後書き
ども。犬雀です。実は犬、大失敗でした。
本編で横島の力を説明するためにはこちらの話をある程度まで進めておかなきゃならんでした。
というわけでこっちも進めようとしたはずなのに…。計画性のない犬でございます。
さて横島たちの珍道中。次の停車駅は「帯広」でございます。
そこから東に向かうか北に向かうか、南もありですな…もし宜しければ地図を片手にお楽しみくださいませ。
あ、そうそう。距離とか時間感覚とかはストーリー優先ですのであまり気にしないでくださいませ。実際には所要時間等は違うと思います。
では…
>九尾様
不意打ちごめんなさいでしたw
>しよっかー様
寒い中で飲むビールも格別ですなw
>Dan様
あれは一度耳につくと離れませんですね…「ぶるぁぁぁぁぁ」
>某悪魔様
んだんだ。寒い中で食うアイス。暑いときに熱いものが定石なら、逆もまた真です。
って…余計寒くなりますけど…。犬は寒い中でガラナを飲むのが好きです。
>紫苑様
うーん。コンビですか…どうでしょうか。
>柳野雫様
霧香さんは天然自然の人ですからw