第2話 「虎と戦士と」
「横島さんっ!!ワッシと本気で戦ってつかーさいッ!!!!」
「「「「はあ?」」」」
タイガーの突然の発言に驚くクラスメートに対して、横島は冷静に息を整えるとタイガーに向けて言い放った。
「だが断るっ!!」
「「「「早っ!!」」」」
「だが…って理由も聞かんのですかイっ!!」
「理由があるのか?」
「そ…それは…」
「言えないのか…?」
「お願いじゃァァ!理由を聞かんとワッシとぉぉぉぉ!!」
「知らん。男の頼みを聞く心の余裕は今の俺にはないっ!」
「この通りじャァァァァァ!!」
再び土下座するタイガー。だが横島は腕組みしたまま拒否の姿勢を崩さない。
どうなるかと見守るクラスメート一同の中で動いたのは意外な人物だった。
「まあ、タイガーも横島も待て。とりあえず…この惨状を何とかしてからだ…」
担任の相沢が二人に割って入り辺りを見回す。
見れば男子生徒のほとんどは机に突っ伏していたり、横島の突っ込みの巻き添えを受けて机の下敷きになっていたり…。
元凶の二人の少女は折り重なったまま気絶しているのかピクリとも動かない。
「ホフゥ」と重い息を吐くと相沢は二人の生徒を呼びつけた。
「浦木、天田、お前たち保安部だろ。他の保安部員を呼んで男子を保健室に…」
「「はい」」
流石に保安部員である二人はアリエスの脱衣によるダメージが少なかったらしい。
単に彼女持ちで余裕があったせいかも知れないが。
「それから…愛子君。他の女子と協力して、あの「天野唯 真・偽」ともに縛っておけ…これ以上混乱させられたらたまらんっ!!」
「え゛…良いんですか先生…」
「かまわんっ!俺が許すっ!!」
「ちょっと待って下せえぇぇぇぇ!!」
「お待ちになってくださいましぃぃ!!」
あ、復活した。というよりは死んだフリだったようだ。
「天野うるさいっ!!それにそもそも君は誰だ?」
ビシッとアリエスに指を突きつける相沢先生。
「あ…あの…わたくしは忠夫様の下僕で…ヴっ…あ、愛子様…」
またまた不穏な発言をしようとしたアリエスの喉にいつの間にか背後に回っていた愛子の腕がからむ。
「この手をあと3cm動かせば…わかるわね…」
ミシリ…
「は…はいぃぃぃ…」
ガクガクと震えるアリエスと背後でニヤソと邪笑を浮かべる愛子の姿にビビるクラスメートと相沢先生。とりあえず気を取り直して…
「あ、愛子君…その娘は誰だい…」
まだ声が震えていたが…。
「えーとですね…この人はカッパ族のお姫様で…」
「ア、アリエスと申します…」
「ああ、カッパの姫様と言えばこの間の…」
ピートやっと合点がいったとばかりに頷く。もっともアリエスがここにいる理由についてはわからないままだったが。
一方、相沢は渋い表情のままだ。
「ふむ…とりあえず部外者だな。悪いが少し縛れられていてくれんか。」
「そんなぁ…」
「うーむ…俺も気が進まんが…これも天野と知り合ってしまった自分の不幸と諦めて…」
「またまた待って下さいぃぃぃぃ!!!」
「何だ?天野…」
「ど…どういう意味ですかっ!って何で私まで縛られなきゃ!!」
「ほほう…」
目を光らせてユラリと近寄ってくる相沢先生。その身を包む真っ赤な闘気!
「そもそもっ!」、「お?」
ぐいっと背後から唯の腰に両手を回す。
「お前の遅刻がっ!」、「おうっ?」
そのまま肩に乗せるように高々と持ち上げると、腰をロックしていた手を唯の膝裏に回す。
「原因だろうがっ!!!」
そのままズトンと自分の膝に唯の尾てい骨を叩きつける相沢先生。
「にょほおぅっ!!」
「まあ…アトミック・ドロップですわね…これはききますわ…」
尻を押さえてゴロゴロと床を転げまわると言う、乙女にあるまじき悶絶姿をさらす唯と相沢の技に感嘆の声を上げるアリエスに眩暈を感じ始めるクラスメートたちだった。
「さて…ともかくタイガーは理由は言えないが横島と戦いたいと…」
「そうですノー」
「んで…横島は嫌だと…」
「当たり前やないっすか…んな疲れること…」
とりあえず教室の中央の席につき話し合うタイガーと横島、そしてその中間にある席に腰を下ろす相沢先生。
彼らの周りを他の女子生徒が囲むという図はどこかほのぼのとした空気を感じさせる。
話している内容はかなり物騒なものなのだが。
ちなみに唯とアリエスは縛られるのは免れたが、教室の後ろに設えられた特別席に二人並んで座らされている。
縛られる代わりに唯のおでこにはキョンシーよろしく「私は今日も遅刻しました」と書かれた札が貼られて固まっていたりする。愛子たちには見えないが裏には別な言葉が書いてある。
「ふーむ…」と考え込む相沢先生、タイガーが真剣なのもわかるし、だからといって横島に無理強いも出来ないと完全に手詰まりの様子だ。
「あの…横島さん…タイガーもああ言ってますし、何か理由があると思いますから…」
なんとか二人の間を取り持とうとしたピートだったが、横島の目に落胆の色を見て凍りついた。
怯むピートに横島は軽く息を吐くとタイガーに向き直る。
「俺を殺さないと誰かが死ぬとかって脅されたのか?」
「そ、そんなことはないですケン!!死ぬとか殺すとかじゃなくって、ワッシはただワッシの強さを測りたいんですジャー!」
タイガーの言葉を「ふーん」と軽く流すと興味を失ったかのように窓の外を見やった。
相沢は普段のおちゃらけている横島からは想像もつかないことではあるが、彼の言わんとすることに薄々ではあるが気がついた。
意外とこの相沢という教師も規格外の人間かも知れない。
愛子は当惑していた。
いままでの彼女なら「友達の頼みを聞くのも青春」とでも言っただろう。
だが、以前より横島の人となりを知っている今の愛子には「青春」という漠然とした言葉では超えられない壁のようなものを彼から感じ取っていた。
ツキンと胸の奥に痛みが走る。
無意識に唯とアリエスに目をやれば、札の効果のせいか脂汗を流しながらも口を開かない唯と、対照的に憧れと賞賛の目で横島を見るアリエスの姿が見えた。
彼と会ってまだ日の浅い彼女たちの方が横島に近いような気がして、愛子の胸はまた痛む。
教室内に重苦しい空気が満ちようかと言う時に、不意に横島が立ち上がるとタイガーを見下ろして言った。
「しゃあない…俺と仕合たいんだろ?相手してやるよ…。で、今からやるか?」
感情も気負いも無く淡々と言う横島。タイガーの顔に喜色が満ちる。
そのタイガーが口を開くより先に相沢が割って入る。
「ま、待て!横島っ!!」
「へ?なんすか?」
「いや…今、ここではまずい!!」
「あ~そっすね…」
頭をポリポリ掻く横島に露骨にホッとした表情を見せて相沢は女子生徒の一人を呼んだ。
「赤井君!」
「は、はい!!」
「手配できるか?」
その短い台詞だけで相沢の意図を正確に把握したのだろう。赤井は数秒だけ考え込むと確信を持って返答する。
「はい…30分いただければ…」
「頼む。他の先生とか校長には俺が言っておく…」
「わかりました」
言うなり教室を飛び出す赤井。相沢も続こうとして横島に呼び止められた。
「あの…先生何を…」
呆気にとられた様子で聞いてくる横島に相沢は人の悪い笑顔を見せて言い切る。
「こんなイベント全校で楽しまないでどうするかっ!!」
「アホかぁぁぁ!!見世物ちゃうわぁぁぁ!!」
「やかましいっ!!みんな娯楽に飢えてるんだっ!!」
そしてピートに向かって指示を出す。
「ピート君!君はタイガーと一緒に図書室でも行って呼ばれるまで待機していてくれ!」
「え?」
「いいからっ!」
「はいっ!!さあ、行こうかタイガー…」
ピートが気合満々のタイガーを連れ出すのを見送った相沢は教室を出る寸前、もう一度横島に振り返る。
「いいか?横島…準備が出来るまで始めるなよ…」
「ううっ…遊びとちゃうのに…」
うずくまっていじけ出す横島を確認すると彼は職員室に向けて教師らしくも無く走り出した。
「遊びとは違うか…」
だからこそ何としても「遊び」にしなければならないのだと相沢は思う。
色々と規格外とは言え、ここはやはり「学校」なのだから…。
全校放送が流れ、「横島対タイガー」の一戦について校内に告げられると、二人の戦いの場所に設定された校庭グラウンドの周囲にはたちまち人だかりが出来た。
校庭正面には実況席が設けられ、放送部が忙しく機材の準備をしている。
校舎内ではいつのまにか家庭科クラブや料理研究会がクレープなどの屋台を設営していた。一番の人気は顧問の相沢先生が自ら焼くタイヤキ屋台のようだ。
保安部の面々がピートと貧の支持の元で簡易ではあるが結界を張る。
ここまでの準備と根回しを本当に30分ですませるあたり赤井という娘も侮れない。
やっとお札をはがされた唯は実況席に座る寺津に気がつくと、微妙にがに股のままテチテチと彼に近づいた。
「寺津さん。こんにちはですぅ。」
「おお。唯君。こんにちは。」
「この間お借りしたビデオ、すっごく面白かったですぅ!」
「おおっ!そうかっ!!そうだろう。そうだろう。」
「はいっ!でも、あのオッパイおばさんは酷いと思いますっ!!閣下が可哀想でしたっ!!」
「へ~。なんか面白そうな話してるじゃないか…」
「えうっ!」
背後に沸き起こるプレッシャーに驚く唯。
「おお、志摩君、君も来たのかね。」
「ふん。こんな面白そうなイベントをあたしが見逃すとでも?」
「ふむ。まあそうであろうな。」
「で、このちみっちゃいのは誰だい?」
「あ、天野唯ですぅ…」
「ああ、あんたが最近、学校で噂の「暴走おポンチ娘」・「遅刻の女神」・「貧乳の妖精」って娘かい?」
「うむ。その通りだ。」
「誰がですかっ!!」と抗議の声をあげる前に寺津に肯定されて力なく倒れ伏す唯。
噂になっている件はいいのか?
「それで寺津がかっているって坊やは?」
「うむ…まだ出てきてはいないようだな。」
「そうかい…楽しみだねぇ…」
「うむ。戦士としての彼の技量。いつかはこの目で見たいと思っていたからな。」
そう言って校庭に目を戻す寺津。
横島たちはまだ出てきていない。
一方、別なサイドでは保安部への指示を終えた安室がサングラスをつけた生徒と話し合っている。
「まさかこんな形で彼の力を見ることになるとはな…」
「気に入らんのか?安室…」
「気に食わないとかそういうことじゃない。意外だというだけだよ、西。」
「今の私は桑戸だ。西ではない。」
「学校で偽名を使う意味があるのか?」
「私は君と違って生徒だけやっているわけにはいかんのでな…」
「言っている意味がわからんが?」
「気にするな…」
校庭にマイクテストの音が響く。どうやら学校側の準備は整ったようだ。
ファンファーレとともに実況が開始される。
「真夏の太陽が燦燦と降り注ぐこの校庭に今、まさに霊能者による戦いの交響曲が響き渡ろうとしております。片や「鋼鉄の美獣・猛る狂虎」の異名を持つタイガー寅吉!タイガーと言えばかってナチスドイツの誇る鉄の虎、連合軍を恐怖の底に落とした重戦車!その名も「ティーゲル」。虎の王、今、現代に復活であります!」
その身に闘気を漲らせて堂々と入場してくるタイガー。
「一方、対しますは本校の誇る「ラスト・ヘンタイ」、「東京の種馬」と呼ばれる横島忠夫!(誰がやぁぁぁぁぁぁ!!!)、お~っと、ただ今入場してまいりました。セコンドにレオタードの巨乳美少女&机美少女を侍らせ、まさに「煩悩の限界阻止点」を超えるかの勢いであります!嫉妬に狂った男子生徒からブーイングが、まるで冬の日本海の潮騒の響きにも似てむなしく響いております。」
どっから調達したのかレースクイーン風の衣装に身を包む小鳩と愛子を従えて入場してくる横島。
こっちは完全にやる気が無いのが見て取れた。
「さて、実況は私、放送部の古達、解説は同じ霊能者であり現役のスイパーでありますピートさんにお願いいたいたしております。「どうも。ピートです」、さてピートさん。ピートさんの予想ではどういう結果になると思いますか?」
「そうですね。詳しくは言えませんが、タイガーの能力は対人戦にはかなり有効です。しかし横島さんは師匠の美神さん譲りの勝負強さがありますからね。正直わかりません。」
「なるほど!これはかなりの好カードが期待できそうです。さあ、両雄ただいま結界の中に入りましたっ!!セコンドが離れます。しかしタイガーの方はセコンドが居ないっ!!これは彼の闘志に嫉妬というガソリンを投げ入れることになるのかっ!!」
熱狂する実況と周囲の生徒の中で、横島は妙に醒めた様子でタイガーに話しかける。
「本気で…だったな。タイガー」
「そうですジャーー!!」
「そうか…」
そのまま後ろを向いて歩いていく。
実況の古達の叫び声が校庭に響く。
「さあっ!今、開始のゴングですっ!!」
カーーーーーン
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
まさに獣の絶叫とともに飛び出すタイガーだったが、後ろを向いたまま立っている横島に不審を感じ思わず立ち止まる。
「よ、横島サン?」
『縛』
「え?」
「タイガー…お前の負けだ…」
足元で発動した文珠によって動きを止められたタイガーの目の前に履き古した運動靴の靴底が迫る。
そして虎は意識を失った。
後書き
ども。犬雀です。
皆様の予想の通り、タイガー君では横島君に勝てません。当然といえば当然です。
その理由に気づいているのは今のところ相沢先生だけでしょうか。
今回もなんかキャラが増えてますが実は悩みました。
除霊委員は戦闘系が少ないのでタイガーと横島の違いとか戦いの解説とかをやれるキャラが居ないんですよね。
ピートはタイガーと同じ理由で駄目。相沢も教師ですから無理(もっとも相沢本人はかなり破天荒ですが…)
それで狂言回しの役割を別なキャラにお願いすることとなりました。ちょっと冒険です。
さて次回はタイガー君が横島に挑んだ理由を明らかにしたいと思っております。
では…また次回で。
>wata様
それもいいですね。>イチャイチャ
ただ横島君もアリエスも演技が下手そうなのが問題ですな。
>紫苑様
今回は遊びです。アリエスには後にある役目を頼もうと思っていますので同級生にするとちょっとマズイかなぁ…と。でも正直どうなるかはわかりません。
>AZC様
はい。正解です。『縛』でしたぁ。
>眞戸澤様
わははは。ご存知でしたか。犬はこういう昔のネタが好きなもんで…w
>九尾様
確かに危険な名前ですが能力も危険です。吸い尽くしますから…。
いや一発ネタですけどね。w
>法師陰陽師様
むう~。あの歌で起こされてた方が他にもいましたか…犬びっくりです。
>柳野雫様
はい。相沢先生は若いころからかなり無茶をやってきた人ですから。
今もある意味、無茶やってます。