第4話 「八卦衆 散る!」(−『火』と『水』と−)
一人の少年を囲んでワキャワキャと戯れる少女たちを、しょんぼりと見守っていたアリエスだったが、不意によろめくとパタリと倒れた。
それに気づく愛子たち。
「お、お姫様!!」
慌てて駆け寄ってみれば青白い顔で熱い息を吐くアリエスの姿。
「ど、どうしたの?!」
「あ…」
「え?」
「暑いですわ…」
「そんな格好しているからよぉぉぉ!!」
確かに真夏に黒の服&毛皮の帽子なら暑かろう…。
「み…水を…」
「おおっ。ちょっと待ってて!!」
「タダオくんこれっ!!」
横島が唯の渡したペットボトルを持って水を汲みに行く。
その間にとりあえず帽子だけでも脱がそうとする愛子、小鳩もパタパタとアリエスの顔をワンピースのすそを使って仰ぐ。
小鳩ちゃん、もしかしてパンツのことまた忘れた?
「ぼ、帽子は取らないでください…。」
「そんなこと言っている場合じゃないでしょう!!熱中症になるわよっ!!」
「ああっ。恥ずかしいですわ…」
「いいからっ!!」
そして強引に帽子を脱がす。
ガビーンってな表情を浮かべてるアリエス。
「ううっ…もうお嫁にいけない…」
そんなときに横島が水を汲んで戻ってきた。大急ぎでアリエスを抱きかかえ、それを姫様の口に当てる。
「さあ、早く飲んで!!」
「はい…ご主人様…」
コクコクと動く白い喉。
「ぷはーーーーっ!!効きますねぇ…」
横島の汲んできた水を一気飲みして復活するアリエス。
ここで横島は初めて彼女に気がついた。
「あれ?お姫様…なんでここに…それにその格好は?」
頭上に「?」のV字編隊を浮かべる横島、嫌な記憶が股間で蘇る。
そんな彼の前におたおたと正座するアリエスだが三つ指をつくと深々とお辞儀。
「不束者ですが宜しくお願いいたします…旦那様…」
「え?え?」
混乱する横島を遮って前に出てくる愛子だがそのコメカミにはキッチリと青筋が浮いている。笑顔もこころなしか、いやかなり引きつっているし。
「そ、そういえばさっきから横島君のことを「夫」だとか何とか愉快な呼び方してくれているのは何故かしら?…」
「えうっ!愛子ちゃんからどす黒いオーラがっ…めきょっ!」
後ろも見ないで放たれた愛子の裏拳に吹っ飛ばされ沈黙する唯、小鳩がわたわたと介抱に向かう。
「あ、はい。実はカッパ族の王族のしきたりで…」
「ふむふむ…」
「「尿道カテーテルは婚儀の証」と言うのがございまして…って愛子様?どうなさいました?」
「絶対!嘘よ!!それぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
突っ伏していた愛子ちゃん、起き上がるなり大絶叫!
「まあ?本当ですわよ。私のお父様なんか婚姻のたびに18回もやりましたもの…」
「18回って…どんな勇者なのよっ!!あなたのお父さんっ!!」
「勇者なんかじゃありませんわ。今は隠居して越後のちりめん問屋として全国の川を漫遊しておりますし…」
「あああ…まるで唯ちゃんが二人いるみたい…横島君!!あなたも何とか言いなさいよっ!!」
「え?俺?」
「そうよっ!!」
「う…わかった。あ…あの…お姫様?」
「アリエスとお呼び下さいませ。マスター」
小首を傾げてニッコリと笑うアリエスに「うわ。可愛い」と素直に思ってしまう横島だったが背後に感じるオーラが黒さを増していくのに気づいて冷や汗を流す。
「い、いや…人間の世界ではあれは単なる医療行為であって婚約とかそういうんじゃないんすよ…」
「ええっ。そんなっ!お皿まで見られたのに…」
「え?お皿?」
「はい…」
「って…どこにもないじゃん。」
アリエスの頭を見てもそんなものはどこにも見えない。
アリエスは疑問符を浮かべている横島にずずいと近寄るとその小さめの頭を差し出した。横島の鼻をくすぐる薔薇の花のような香り。
「あ、ここですわ」
「どれどれ…って小さっ!!」
そう言ってアリエスが自分の髪の毛を掻き分けて見せたのは直径1センチ程度の白いお皿。見ようによっては10円はげにも見えるが…。
「陸上に適応するために進化しましたんですのよ。」
「へー。そうなんだ…」
なんとなく物珍しさもあって、その小さな皿を指で触ってみる横島。
すべすべして意外と柔らかい感触が指先から伝わってくる。
「あふん……」
ビクっと電気に打たれたかのように硬直するアリエスは艶っぽい吐息を吐いて横島にすがりつく。
「えっ!!痛かった?」
「い、いえ…とっても気持ちよかったです…ああ、あなたぁ…」
「ぬおっ!」
横島は心なしか潤んだ目で彼を見上げ抱きついてくるアリエスに、またまた体からこみ上げてくる何かを感じて咄嗟に鼻を押さえる。
「ああ、いけませんわ。旦那様…また萌え血を噴き出されては…」
「そういえば…「萌え血」って何ですかぁ?」
「殿方と一部の婦女子の方たちの体を流れる「萌え」に反応する液のことらしいですわね。聖地ではよく見られる光景らしいですけど…確か体重の1/3を流すと死にいたるとか…」
「嘘っ!!」
アリエスの説明に突っ込む愛子、だが気を取り直してさっきから気になることを聞いてみた。
「そ…そういえばその「萌え血」の替わりに入れた「カッパ液」って何なの?」
「え゛…俺…そんなもの入ってんの…」
「そんなものって…ヒドイですわっ!ご主人様!!」
「あ…ごめん…」
愕然とする横島に彼からパッと離れて抗議の声を上げるアリエス。謝る彼に向かって女教師よろしく腰に手を当て人差し指をふりふり説明開始。
「そもそも「カッパ液」とはですね。カッパの緑魔法によって体内で精製される特殊な液体ですのよ!その効能は疲労回復からリウマチ、神経痛、怪我、夜尿症、不能など様々な病気に効果があるんです。もちろん失った「萌え血」を復活させるなど簡単ですわっ!!」
「いや…本当にもう色々とすんません!!」
「いえ…解っていただければいいんですのよ。ダーリン…」
再び彼に甘えるようにしなだれかかる。
そんな彼女の様子に内心はカチンとしながらも唯が口を挟んできた。
「あのですねぇ…」
「はい。なんでしょうか?えーと…唯様でしたわね。」
「あ、はい!よろしくですぅ…ってそうじゃなくって!!なんでさっきからタダオくんの呼び方が変化しているんですかぁ?」
「え?だって…横島様はわたくしの夫で旦那様でご主人様で…」
「いつからっ!さっき横島君もいったでしょ!!「あれ」は医療行為!!結婚とか関係ないのっ!!」
「そ…そんなっ…お皿まで見られたのに…」
ヨヨヨ…と泣き崩れるアリエスに愛子がここは譲れないとばかりに突っ込む。
「自分で見せたんでしょうがっ!!」
「チッ」
(今「チッ」って言った。今「チッ」って言った。今「チッ」って言ったぁぁ。)
聞いてはいけないものを聞いた気がして、密かに心の中で絶叫する横島であったが、なんとか精神の再建を果たそうと話題を戻す。
「と…とにかくさ。旦那様ってのはマズイから…普通に呼んでくれないか?」
「はい…ご主人様がそうおっしゃるなら…では「忠夫様」でどうでしようか?」
「あ〜。もうそれでいいから…」
「はい!忠夫様♪」
アリエスは嬉しそうに返事をすると横島の腕に抱きついた。その様子を見ている三人娘たち…なんか言いたいことがたんまりとありそうな表情だ。
「なんか…許しがたいものを感じない…」
「へう…そうですねぃ…」
「小鳩もちょっと…」
その危険な気配を敏感に察知した横島は慌てて話題を変える。
「そ…それより…お姫様。その格好は暑いでしょ!!」
「やっぱり…そうでしょうか…」
「そうそう…」と頷く三人娘。
「わかりましたわ。着替えますね。ちょっと後ろを向いていてもらえますか?あ・な・た♪」
「「あなた」じゃないですぅ!!」
「あ、ああ…つか、ここでっ!」
「はい。すぐ済みますわ。」
「わ、わかった。」
(えう〜。またまた無視されたぁぁぁ)と今度は小鳩にすがりつく唯をきっぱりと無視してアリエスは口の中で何やら唱えた。
その途端、彼女の体が緑色の閃光を発したかと思うと着ていた服が水の雫となってあたりに散り、輝く白い裸身をさらしている彼女の身に再びまとわりつく。
光がおさまった時、そこに立っていたのは先ほどの格好とは似ても似つかない白を基調としたミニのワンピースを着て佇む彼女の姿。
金の髪は白いカチューシャでまとめられ後ろにたなびいている。
顔の雰囲気も先ほどに比べて快活になったように見えた。
しかも、その胸も一回り大きくなったような…。
「よろしいですわ。忠夫様…」
「ん、って…おおっ!!お姫様?」
「アリエスとお呼びくださいっ♪」
「あ…ああ…アリエスさん…」
「ア・リ・エ・ス…ですよ。忠夫様…」
一語ずつ区切って言うとトトトと横島に近寄ってきて抗議の視線で彼を見上げる。
「ん…んじゃ…アリエスちゃん…」それでも簡単に女の子を呼び捨てに出来ない横島、さっきも律儀に後ろを向いていたりと「亀甲龍」に『天』呼ばわりされている割には純情なところがあるようだ。
彼の上司は絶対に信じないだろうが…。
「す、凄いわね…」、「ですね…」と驚く愛子と小鳩だったが唯だけは真剣な面持ちですっかり様子の変わったアリエスを見つめ続ける。
そして…
「師匠ぉぉぉぉぉぉ!!」
いきなりアリエスに土下座した。
「はい?わたくしですか?」
「はい。師匠と呼ばせてくださいっ!!」
キョトンとするアリエスをなおも師匠と呼び続ける唯、その目にはめったに見られない真摯な輝き。
「その…その…『胸』が大きくなる技を是非、私に伝授してくださいぃぃぃぃ!!!」
再び地に額をこすり付けんばかりに土下座する唯とひっくり返る横島たち。
そんな彼らには気がつかないのかアリエスは唯に近づくとその肩に手を乗せた。
「顔をお上げになってくださいな。でも修行は厳しいですよ…ついてこれますか?」
「は、はいですぅ!」
「そうですか…」とにっこり笑うアリエス。そして優しく唯を立たせ、その肩を抱くとビシッと空を指差す!!
「見えますか!あの星が!!」
「はいっ!見えますぅ!!」
つられて空を見る横島たちだが、そこに見えるのは真夏の太陽だけ…。
まだ午前中なんだから当然である。
「そうです…あれこそが『巨乳の星!』、さあ!二人であの星を掴みましょう!!」
「父ちゃん!!俺はやるよっ!!」
「誰と誰が父子かぁぁぁ!!!」
ゴゲン!×2
「へうっ!!」
「あうっ!!」
パタリ×2
ムクリ×2
「ぶったぁぁぁぁ!!!またまたまたタダオくんがグーでぇぇぇぇ!!!」
「痛い…ぐっすん…」
「ああああ!もうっ!!どっから突っ込んでいいのやらぁぁぁ!!…って小鳩ちゃん何しているの…?」
見れば木の影からこっそりと唯とアリエスを覗いている小鳩がいたり…。
「あ、私ったら!つい…」
「ああああ…とうとう小鳩ちゃんまで壊れたぁぁぁ…」
がっくりと地に両手をついて倒れこむ横島、そんな彼に愛子が抱きついてくる。
「しっかりしてっ!!横島君!!!」
「愛子ぉぉぉお!!」
「横島ぁぁぁあ!!」
マウンド?で両目から目の幅に滝のような涙を流しつつ抱き合う二人…。
二人ともしっかりとこの異様な空間に染まっていたようだ。
「「いい加減にせんかっ!!」」
突然、ハモリつつ響き渡る男の声!!
「誰だっ!!」
一同が振り返った先に立つのは『風』と似たような姿の二人の人影、しかし一人は真紅、そしてもう一人は紺碧色のマントを羽織っている。
「「『風』からの業務連絡がないから来て見れば!何をオナゴと乳繰り合っておるかっ!『天』の横島忠夫っ!!」」
「えうっ!あなたたちはっ!!」
「「いかにもっ!!我らは「亀甲龍」が八卦衆、『火』と『水』!!」」
「また変態なの?!」
「ふん…変態だと?我はただこの蝋にまみれるオナゴの写真が好きなだけっ!!」
とマントの中から取り出したのは一本の巨大な赤い蝋燭。
「我はこのヨーグルトやら山芋やらから我が作った特殊白濁液にまみえるオナゴの写真が好きなだけっ!!」
こちらは何やら得体の知れない白濁液が詰まった水鉄砲。
「「我らのどこが変態だっ!!」」
「充分変態よっ!!……小鳩ちゃん?」
愛子の目に映るのは先ほどの恐怖を思い出したのか震え始める小鳩の姿。
「小鳩ちゃん!大丈夫ですよっ!!タダオくんがまた守ってくれますっ!!」
「は…はい…」
それでも震えを押さえきれない小鳩の頭にポンと優しく乗せられる手。
小鳩には見なくてもそれが横島の手だとわかった。
体から震えが消える…。
「「ふははは。お宝写真貰い受けるっ!!」」
そう言って襲い掛かろうとする『火』と『水』だったが、ギンとあたりに張り詰める尋常でない気配に思わず知らず硬直した。
そんな二匹の変態の前にゆらりと歩み出る横島…。
下を向いていた顔をゆっくりとあげる。
そこに浮かぶは先ほど見せた冷酷な表情。
「えう…タダオくんの雰囲気が…」
「ええ、本気で怒っちゃったわねぇ…」
「どうやらカッパ液の後遺症ですわね。怒ると人格が変わっちゃうみたいですわ。」
「「な、な…」」
怯える変態ども。たかが変態が何度も修羅場を潜った男の闘気に抗えるわけもないのだ。
「…この『天』を本気で怒らせるとはな…愚かだぞ八卦衆…」
「「ひ…」」
「消し飛べ…冥府の果てまでっ!!」
再び現れる文珠…そして爆音…
しばらくして『風』の横にボテッと落ちる全裸の変態二人。
つかつかとその片方に近寄る横島、まだ意識があったのか蠢いている方を頬を掴むと無理矢理に口を開かせる。
「飲め…」
そう言って口に放り込むのは『伝』の文珠。
「吐いてもらうぞ…貴様らのアジトの場所…」
「くっ…誰が…」
「もういい…確かに伝わった…」
そう言うと興味を失ったかのように男を放り捨てる。
そのまま気を失う男。
そして横島はゆっくりと公園の外に歩き出す。
「横島さんっ!」
小鳩の叫びに振り向く横島だが、その顔にはいつもの優しい表情はない。
けれど小鳩は怖くなかった。
彼が自分ために真剣に怒ってくれたことを知っているから…。
だから…。
「横島さんっ!!」
全身で飛びつき、そして…先ほどのじゃれあいの中でもどうしても出来なかった行為を…。
チュッ♪
小鳩の全ての想いを込めたキス…。
横島の目がいつもの色に戻る…と再び鼻から盛大に血を吹く!!
「まあ…また萌え血が…」
ちょっぴり呆れたような悔しいような響きのアリエスの声。
この時「亀甲龍」と「八卦衆」の命運は尽きた。
後書き
あああ。ごめんなさいの犬雀です。
八卦衆、二人までしか出せんかった…。お姫様が暴走しちゃって。
え〜。本来はお姫様出す予定はなかったんです。
ただ書いていて気づいたんですが、除霊委員のメンバーだと回復役が居ないんですよね。
だから戦闘ものを書きにくいってのもありまして、ピート編はともかくタイガー編は戦闘があるもんですから早めに出しておこうかな…と思ったらこの始末。
今回も小鳩メインのはずがすっかり食われちゃってる気が(汗)
さて、まとまるんでしょうかねぇ…。
では当てにならない次回予告
小鳩の悲しみを癒すため亀甲龍のアジトに向かう横島たち。
そんな彼らの行く手を遮る他の八卦衆。
そして八卦衆最強の『雷』が立ちはだかる。
次回 「八卦衆 散る!」 (−「雷鳴落つ」−) 乞うご期待。
>wata様
ごめんなさい。決着しませんでしたぁぁぁ(平謝り)
>九尾様
その幸せに本人は気づいているのかいないのか…
>紫竜様
突入出来ませんでした。ごめんなさいぃぃ。
>紫苑様
潰すのは確実ですが、さてどんな方法になることやら。
>ムギワラ梟様
あの辺りはパロですからあまり気になさらないで下さいませ。
カッパ液は一種の漢方薬?みたいな…(汗)
>法師陰陽師様
横島君にはハーレムという自覚が無いような…羨ましい奴です。
いつかは自覚を持たせなきゃとは思ってますが…。
>柳野雫様
アリエスはアニメ好きとですから、その能力をフルに使ったある趣味を聖地でやっております。
何しろ水中には電波が来ないので主にDVDを捜し歩いているようです。
>Dan様
カッパ液の効能は本文の通りです。
あと生理不順にも効くとか効かないとか…