第3話 「『天』 覚醒?!」
「唯ちゃん!駄目えぇぇぇぇぇ!!」
絶望の叫びをあげる愛子の声に応えるがごとく倒れ伏していた横島の指先がピクリと動く。だが愛子の叫びを打ち消すかのように轟音と共に唯に迫り来る『風』の猛威。
その『風』をしっかりと睨みつける唯、その光り輝く顔には普段のお茶らけた表情は微塵も無い。
「はーっはっはっ!!消し飛べぇぇぇぇ。ハイパー・幼児体型っ!!」
「誰がハイパーですかぁぁぁ!!!」
力の発動も忘れて思わず泣き突っ込みを入れてしまう唯。ポンとマヌケな音を立てて唯の体から光が消えた。
叫ぶ愛子。
「唯ちゃん!!危ないっ!!」
「えうっ!しまったぁぁぁぁ!!」
「食らえいっ!!うおっ!何いっ?!!」
突然、夥しい光芒に包まれる公園。
唯の目の前で彼女らを守るために発動した光の珠…その珠に浮き上がる文字は『壁』!
不可視の壁に行く手を阻まれてはじけ飛ぶ『暴風』!
バーニア全開の状態で転倒し制御を失った『風』は火を吹いて転げまわる。
「おきょきょきょきょきょ〜」
間抜けな悲鳴を上げながらネズミ花火のごとく回転しあちこちにぶつかり転げまわっていたが、最後にコンクリート製のタコさん滑り台に激突して爆音をあげて沈黙した。
「ぐ…ぐふう…な、何が起こったと言うのだ…」
しばらく痙攣していたが体中から煙を上げつつもヨロヨロと立ち上がってくるあたり、彼も並みの変態ではない。さすがは八卦衆と言うところだろうか…。
その『風』の前にゆらりと立つ男の影。
全身を自らの流した血に染め、流血していた鼻を押さえるかのごとく左手で顔全体を覆いながらも立つその姿は紛れもなく横島忠夫!
だが、覆った指の隙間から見える目はいつもの彼らしくない酷薄な光を宿していた。
「くっくっくっくっ…無様な姿だな…『風』よ…」
「なっ!貴様っ!!「萌え血」を流しつくして死んだはずっ!!」
「ふ…ふはははははははっ!!」
「何がおかしいっ!!」
「くくく、あの程度の風でこの『天』が揺らぐとでも思ったか…」
「何だとっ!!」
「えう〜。タダオくんが何か変ですぅ…『天』とか認めちゃってますしぃ…」
「完璧にキレちゃったのねぇ…しかもさっきまで臨死体験していたし…なんか別の人格拾ってきちゃったのかしら?」
人が変わったかのように冷酷な姿を見せる横島を見て戸惑う少女たち。
そして攻撃手段を奪われた『風』は逃亡しようと横島に背を向けた。
「く、くそっ!!」
「ふん…逃がすと思うか」
横島の両手が光を発する。
そこに現れたのは光の珠。右手に『爆』、左手に『消』。
「ふはははは! 塵一つ残さず消し去ってやる…」
発動…『風』の周りに巻き起こる光と爆炎の奔流!その圧倒的な光の渦に飲み込まれ消えていく『風』の苦鳴が響き渡る!
「うぎょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「横島君っ!!まさかっ!!」
「タダオくんっ!」
あの横島が自分たちのために、超えてはいけない一線を越えてしまったかと驚愕する少女たち。そんな彼女らの心配を裏付けるように爆光がおさまったその場には『風』の姿は微塵も残っていなかった…。
「嘘…横島君…」
「タ…タダオ…くん…」
呆然とする愛子と唯…。しかし彼女たちの耳に聞こえてくるのは『風』が消え去った場に立ちながら狂ったように笑い続ける横島の声。
「はーっはっはっはっ!!」
ヒュルルルルルルルルルル…ポテ。
その横島の前に空から落ちてくる全裸の男。
やがてむくりと顔を上げると笑い続ける横島に向けて途切れ途切れに声を絞り出す。
「くっ…この『風』を倒し、カメラを全て消滅させたくらいで勝った気になるなよ…画像データはアジトに送信されている…俺は負けたが…必ずや残りの八卦衆が貴様を倒すだろう…」
そう言ってパタリと頭を落とし完璧に気絶した。こいつもたいがい丈夫な奴である。
「ふん…ならばアジトごと消し去るのみよ…」
冷酷な笑みを浮かべたまま気絶する『風』を見下ろしていた横島だったが、愛子たちの方に振り返ると、ゆらりとよろめいて倒れた。
「横島君っ!!」
「タダオくんっ!!」
駆け寄る少女たち。抱き起こしてみれば目を閉じ青白い顔で意識を失っている横島の顔が見えた。その顔には先ほどの冷酷な様子はかけらも見られなかったが。
「いけないっ!!出血が多すぎるわ!体が冷たくなっている…」
「えう〜えう〜。タダオくん〜じっかりじてぇぇぇぇ!!」
横島の体を抱きかかえ必死に揺さぶる愛子、とりすがり鼻から目から水を垂れ流す唯、そんな彼女たちを覗き込むように立つ少女。
先ほど呆然とした表情とは変わり、今、その顔にあるのは深い悲しみの思いだけ…。
「小鳩ちゃん?」
「ごめんなさい…横島さん…小鳩のせいで…」
ゆっくりとしゃがみこみ、冷たくなりつつある横島の手を額に押し当てて泣く小鳩。
そんな彼女を唯と愛子が必死に宥める。
「ち…違いますよぅ!悪いのはあの変態さんですっ!」
「そうよ!小鳩ちゃんは悪くないわ!!」
「でも…でも…横島さんがっ!!」
愛子は泣きじゃくる小鳩の言葉に横島の容態を思い出し慌てて叫んだ。
「あ、あああ、そうだったわ。唯ちゃん救急車っ!!」
「はいっ!!」
おたおたと携帯電話を探す唯、事態は一刻の猶予も待たないか?という緊迫した中で突然、彼女たちに場違いにのんびりとした声がかけられた。
「あの〜皆様…どうかなさいましたの?」
そこに立っていたのは夏だと言うのに黒いロングワンピースを着て、しかも古めかしい旅行カバンを持った金髪の女性。
ご丁寧に黒い毛皮の帽子をかぶっている。
「え?誰?」
「お久しぶりですわね。皆様…」
「えう…どっかで会った気がするんですけど…」
なんとか記憶の糸をたぐろうとする唯たちを置いて、その女性は愛子に抱かれた横島に目を留めた。
その口から出るのは驚愕の叫び。
「まあ!鉄郎!!じゃなくて横島様!!なんてお姿に!」
「あの…あなたは?」
「あら…いけない。わたくしったら…この格好ではわかりにくいかもですわね。アリエスですよ。」
愛子の問いかけにのんびりとした口調で答えたのはカッパの城のお姫様。
アニメ大好きのアリエスその人!
「「カッパのお姫様ぁぁぁあ!!」」
「はい。ご無沙汰してました。」
ペコリと頭を下げるアリエス。
思わず知らず聞いてしまう愛子。とりあえずあまりの展開に瀕死の横島は忘れられてしまったか?
「そ、そのお姫様がなんで…」
「ええ。今日は日曜日ですので聖地の巡礼に…」
「聖地?」
「はい…アキハ…」
「それ以上は言わなくていいわっ!!」
なんかお姫様のイメージがぶっ飛びそうになって愛子はアリエスの言葉を遮る。
「それよりも今は横島様ですわ。」
「そ、そうね…なんとか出来そうですか?お姫様」
唐突に真剣な表情になるアリエス、愛子も先ほどより青みの増した横島の顔を見る。
そして一縷の望みを託してアリエスに聞いた。
「アリエスでよろしいですよ。そうですね…見たところ「萌え血」を流しすぎたようですわね。」
「萌え血って何よっ!!」
愛子の叫びをさりげなくスルーしてアリエスはにっこりと笑った。
「なんとか出来ますわ。」
「本当?!」
「はい…カッパの城で改造しましょう…。えーと…今開いているのは…」
そう言うと胸元から今度は手帳を取り出しなにやら真剣に吟味し始めるが、愛子たちには台詞の方が気がかり…。ていうか激しく気になる!
「「改造ぉぉぉぉぉ?!」」
「「ミズスマシ」は…もう居ますね…んーと…ああ、「マツモムシ」なんてどうでしょうか?」
「却下あぁぁぁぁぁ!!!」
「でも…今でしたら「水生昆虫の体をタダでくれる城」へのフリーパスが格安なんですけど…」
「だからって「マツモムシ」はないでしょうがぁぁぁ!!」
「そうですっ!!そんな背泳ぎしか能の無い虫より、改造するならやっぱり「バッタ」が…おきゅっ!」
「あんたは少し黙ってなさいぃぃぃぃ!!!」
「えぅぅぅぅう。愛子ちゃんが凄く怖いぃぃぃっ!!」
マヌケな同意をかます唯をグーで強制的に沈黙させようとする愛子。ほとんどバサーク寸前!!
とりあえず泣きながら後ずさる唯を放置してアリエスに向き直る。
「それ以外で何か方法無いのっ!!魔法とかっ!!」
「ありますけど…そんな…皆様の見ている前でなんて恥ずかしいですわっ♪」
照れているんだか喜んでいるんだか…
「いいからっ!!」
「そ、そうですわね。夫の危機ですものね…」
「「夫ぉぉぉぉぉ!!」」
いつの間にっ!!と愛子と復帰した唯が大絶叫。
「え?ではご主人様?」
「あーもう!!そんなことは後で突っ込むから今は横島君を何とかしなさいっ!!」
「わ…わかりました…では…」
そういうとアリエスは愛子の手から横島を預かり、そっと地面に横たえるとその口にかなりディープな口付けをする。その白い喉がこくこくと動くとつられたように横島の喉も動いた。
「えう〜えう〜キスしてるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「落ち着きなさいっ!!後で私たちもすればいいでしょっ!!」
完全にパニックの陥ってしまった唯と「落ち着け」といいながら、やはりパニックな愛子。唯の泣き言が続いた。
「で…でもぉ…なんかこう深いですよぅ。舌とかぁぁぁ」
「ふう…終わりました…」
おもむろに横島に覆いかぶさっていた体を起こし、その濡れた唇を舌で舐めるアリエス。意外に妖艶なその姿にちょっと圧倒される少女たち。
「な、何をしたの?」
「流れ出た「萌え血」のかわりに「カッパ液」を入れてみました…」
「カッパ液ぃぃぃ?」
「よ、横島さんカッパになっちゃうんですか?」
涙を流しながら焦ったように聞く小鳩にアリエスはゆっくりと頭を振って答えた。
「いいえ…しばらくすれば横島さんの中でちゃんと普通の「萌え血」になりますわ…ただ…」
「ただ…何かしら…」
「今日一日ぐらいは人格に障害が出るかもしれないですわね。」
「一日だけなのねっ!」
「ええ、そうです」
「そ…そう…なら良しとすべきね…命には代えられないわ…」
少女たちはアリエスの話を聞き、やっと安心した表情をうかべることが出来た。
その時、地面に横たわっていた横島がかすかに身じろぎする。
「う…」
「あ、横島さんが気づいた見たいです…」
「横島君!」
「メーテルぅぅぅう!!…ってここは?」
謎の叫びとともに覚醒した横島に小鳩が飛びつく。
「横島さんっ!!!」
「うおっ!小鳩ちゃん。どうしたの?!」
「ごめんなさい。横島さん!!ごめんさないっ!!小鳩のせいでっ!!」
横島の胸に顔を埋めたまま泣きじゃくる小鳩の様子に、しばらくボケッとしていたようすだったが、ハッ!と気がつくと小鳩の肩を抱きながら真剣な表情で聞いた。
「お?そうだった!!小鳩ちゃん大丈夫か?あいつに変なことされなかったか?」
「え?横島さん…?」
「もしかして…横島君…記憶が無いの?」
「え?…あれ…そういえば…愛子のパンツ見た後の記憶が無いような…」
「な〜ん〜で、そこは覚えているわけっ!」
「カンニンやぁぁぁぁぁ。仕方なかったたんやぁぁぁ!!」
「わ、私のパンツはどうですかっ!」
「知らん!あんなお子様パンツ記憶に残るかっ!!」
「へうぅぅぅぅぅぅぅぅ」
勢い込んで聞く唯に冷淡な一言が返る。途端にへこむ唯。
そんな彼女らの様子を肩を抱かれたまま見ていた小鳩だったが…。
「あの…横島さん…」
「ん?どうしたの小鳩ちゃん?」
抱きつく!!
「うおっ!」
「横島さん!横島さん!横島さ〜んっ!!」
「あああ…何があったか知らないけど泣かないで…」
横島は言葉に出来ない想いを涙に込めて自分にすがりつく小鳩を、彼女が泣き止むまで抱きしめ続けるのであった。
やがて小鳩も泣き止み、横島は彼女の頭を優しく撫でると「折角の可愛い顔が涙でぐちょぐちょだぞ〜」と笑いながら言う。色々な意味で頬を染める彼女に公園の水飲み場で顔を洗ってくるようにと諭した。
コクリと素直に頷いて顔を洗いに行った小鳩を見送ると「うんしょっ!」と声を上げて立ち上がる。
そんな彼に愛子が近づいてきてささやきかける。
「とにかく…このままにはしておけないわね…。」
「ああ、そうだな…」
「え?」
「ヤツラのアジトをぶっ潰してデーターを消さないと…な。」
「横島君…」
本当は記憶が…と言いかけた愛子の脇から唯がヌポッと現れた。
「ホントに嘘の下手な人ですねぇ…」
「むお…どっからわいたっ!」
「人を虫みたいに言わないで下さいっ!!」
「さっきは横島君を虫に改造しようとしたくせに」と心の中で突っ込む愛子だが黙ってみていることにする。
「そういえばぁぁ」
「へう?」
いきなり口調が変わった横島はキョトンとする唯を捕まえるとガシッ!と彼女の頭を抱え込んでサイドヘッドロックでギリギリと絞り上げる。
「お前という奴はぁぁぁ。またあの力を使おうとしただろうがぁぁあ!!」
「あだだだだだっ…ギブ!ギブですってばぁ!!」
もがく唯だったが、唐突に横島の力が緩む。「?」と見上げれば優しい笑顔を湛えた彼の顔。
思わず唯の胸がトクンと高鳴る。
「まったく…心配させるなよな…」
「えう…ごめんなさいですぅ…」
申し訳なさそうに顔を伏せる唯。声にも元気が無い。
そしてヘッドロックをされたまま横島の腰に両手でギュッとしがみつく。
「まあいいさ…ってどうしたの唯ちゃん?」
「バ…」
「ば?」
「バックドロップはヘソで投げるうぅぅぅぅぅ!!!」
「ぐばあっ?!」
「まあ!なんて綺麗なバックドロップ…」
かっての鉄人なみに綺麗な弧を描いて決まったバックドロップにアリエスが感嘆の声をあげる。
油断していたため後頭部を痛打してのた打ち回る横島に唯が追い討ちとばかり覆いかぶさった。
「フォールですうっ!!」
「のおっ!ちょっと唯ちゃん!!」
「うりうりうりっ!」
四方固めから全身をこすりつける。またまた萌え血が臨界っぽい横島。
そんな彼らの様子を見ていたアリエスはオロオロと愛子に聞いた。
「あの…わたくしカウント取りに行った方がよろしいのでしょうか?」
「ほっときなさい…」
しかし!なんだかなぁ〜と思いながら見守っている愛子目に飛び込む衝撃映像!!
「むーーー」
横島の顔を押さえつけ思いっきりキスをかます唯の姿!
「ちょっと唯ちゃん!!何してるのよっ!!」
「愛子ちゃんさっき後ですればって言いましたっ!!」
「くっ…そうきたかっ!」
「あ〜。唯さんずるいですっ!!」
「小鳩ちゃんまでっ!!」
戻ってきた小鳩も交え展開される甘甘空間を見ながらアリエスはポツリと呟く…。
「なんか…ほったらかしですね…わたくしって…」
クスン…
後書き
ども。犬雀です。
今回はこんな話になっちゃいました。ちょっと長すぎか?
では次回 「八卦衆 散る!」でお会いしましょう。
>ろろた様
過分なお褒め恐縮です。
えと。犬のストックにはピート編とタイガー編があるんですが、ちょっとシリアス風味です。でも唯嬢が出ると…犬も制御利かないぐらい暴走するもので。
なんとか頑張ってみますです。
>法師陰陽師様
あの力、使いませんでしたぁ。とりあえず完璧な封印が出来るまでは大きな形で力を使うかどうかは不明です。
>紫竜様
お褒めいただき光栄です。初期のようなダーク系統の話…今の犬に書けるかなぁ?(無責任)
>九尾様
おおっ。そういう前歴もありましたな。なんかに使えないかな?
>柿の種様
あはは(汗)、あれは愛子主観ということで…って駄目?(上目遣い)
>紫苑様
なんか今回、姫様が「夫」とか言ってます。どうなるんでしょうねぇ?
>梶木まぐ郎様
ありがとうございます。彼女にも伝えておきます。
>wata様
いつか唯にも大人パンツを…とは思ってます。
>極楽鳥様
ナイロンタワシもあるということで…駄目でしょうか?(再び上目遣い)
>hitomalu様
八丈島のキョン♪
気づく人がいるかなぁとは思ってましたけど…参りました。降参です。
犬はこういう本筋とは関係ないの入れるの好きなんで…。
>柳野雫様
まあ、風には痛い目にあってもらいましょう。
>Dan様
そう言えばあのゲームでは飛ばして敵を攻撃してましたな。乳。
確かに武器です(笑)