第1話 「汝の名…それは…」(後篇)
日曜日、美神令子除霊事務所では前夜の除霊が比較的簡単に済んだことから、リラックスした様子のいつものメンバーが遅めの朝食をとっていた。
テーブルの並ぶのは美神とおキヌのためのフレンチトースト、シロのために分厚いハムを挟んだ、ほとんどハンバーガーと言ってもいいホットサンド、そしてタマモはお揚げの新境地ver2「お揚げのフレンチトースト」、それを頬張るタマモの顔からすれば今回はそこそこの出来だったらしい。
だが一見すれば日常的なその景色の中に除霊作業後の日曜の朝なら当然のように朝飯をたかりに来るあの男が居なかった。
「横島君がご飯たかりに来ないって珍しいわね」
誰に言うでもなくポツリと呟く令子。言ってしまってから気づいたのか「まあ、居ないほうが静かでいいんだけどさ」と言い訳がましい台詞をはく。
「そうですね。横島さんまだ寝ているのかな?シロちゃん何か知らない?」
おキヌが令子の後を受けてシロに聞くが答えたのはタマモだった。
「ヨコシマは今日は引越しの手伝いするって言っていたわよ」
「そうでござる。今日は唯殿が引っ越しなされるので助太刀に行くと申しておりました」
「あら?唯ちゃん引っ越すの?」
「そうよ。ヨコシマの隣の部屋が開いたらしくてそこに引っ越すらしいわ」
ピキッと固まる令子とおキヌ。
「ち、ちょっと!横島君の隣ってどういうことよ!!」
「え?聞いてないの?美智恵が保証人とか言っていたけど?」
「ふおうふぇほはる」(そうでござる。)
「ママぁ〜!!」
ギシリ…手の中でマイセンのカップが悲鳴を上げた。
「あ、あの…それで…どうしてそれをタマモちゃんが知っているのかな?」
「だって今朝聞いたもの」
「ふぁうふぁう」(そうそう)
「「え?!」」
「も…もしかして…タマモちゃんもシロちゃんと一緒にお散歩に行っているの?」
「そうよ」
「そう言えばあんたたち北海道から帰ってきてから妙に仲良くない?」
「そうかしら?いつもと同じよ」
「そうでござるっ!」
「「ねー♪」」
顔を見合わせて息ぴったりの獣っ娘たち。
令子の額に血管が浮く。
「よ…横島ぁぁぁ!!貴様、北海道で何をして来たぁぁぁぁ!!!」
花戸小鳩の朝は早い。
まだ日も開けきっていない早朝、誰よりも早く目覚めて洗濯を一通り済ませる。
それが終われば、妙に元気な病人である母と居候の貧のために朝食と昼食を用意する。
少ない生活費を工夫して作り出す朝食は自分でもなかなかの出来だと思っていた。
(もう少し余裕があれば横島さんにもおすそ分けできるのにな…)
思わず出そうになる溜め息を抑える。
貧は貧なりに自分に幸福をもたらそうと頑張っているのだ、自分が足を引っ張るわけにはいかない。
質素な朝食の支度を終えた頃、アパートの入り口が騒がしくなる。
横島がシロとの散歩から帰ってきたようだ。
見慣れた光景だが最近はちょっとした変化が出来た。
尻尾をブンブン振って横島にまとわり着くシロの他にもう一人、まだシロ流散歩術に慣れていないのか肩で息をしているナインテールの少女の出現である。
その娘がタマモという妖狐であることは彼から聞いていた。
「最近、急になついてくれるようになってさ〜」と頭を掻いていた横島の姿を思い出すが、小鳩の目から見れば「懐いている」というレベルはとうに超越している気がする。
気づいてないのは横島本人だけかも知れない。
自分とて控えめながら様々なアプローチをしてきた。
それもことごとくスルーされてしまっている気がする。
もちろんワザとではないということは理解できる。
だが愛子が言うように天然記念物並みの鈍感さというのも違う気がするのだ。
最も小鳩にそう言っていた愛子も半信半疑といった様子だったが…。
母たちをリヤカーに乗せて逃げ惑ったあの日以来、何が?とは言えないが彼は変わった気がする。
霊能者ではない自分には踏み込めない世界のことと、聞くのを諦めてはいたがそれでも…。
(いつか…小鳩にも話してくれませんか…横島さん…)
そんな想いを現実に戻したのはシロたちと別れて階段を上ってくる横島の足音だった。
慌てて食器の準備を始める。
ところが普段ならそのまま自分の部屋に向かうはずの横島の足音がピタリと小鳩の部屋の玄関の前で止まった。
「あれ?横島さん何か御用かしら?」
疑問符を浮かべる小鳩だが、すぐにドアをノックする音と彼女を呼ぶ声に玄関に飛んでいく。ドアを開けるとそこには笑顔の横島がいた。
思わず頬に朱がさす。
「おはよう小鳩ちゃん…ぬおっ!!」
「おはようございます。横島さん…どうかしました?」
「いや…パジャマにエプロンの小鳩ちゃんって可愛いなぁと思って…」
「え?あ、私ったら!!」
耳まで赤く染まる小鳩。こういう男なのだ。良くも悪くも裏表が無い。
可愛いと思えば素直に口に出る。もっともいらんことまで口に出して自分を追い込むことの方が多いのだが…。
「あ、あの…それで小鳩に何か御用ですか?」
「え?小鳩ちゃんもしかして忘れてる?」
モジモジしながら聞く小鳩に意外そうに聞き返す横島。「あれ?」と考えた小鳩だったが…思い出した。今日は唯の引越しだったのだ。自分も手伝いを頼まれていたはずだった。
小鳩にとっても唯は友達である。時々、指をくわえて自分の胸を凝視したり、手をワキワキさせてゾンビのように「わけて〜」とユラユラと近寄ってきたりするのは困りものだったが…。
「あ!!ごめんなさい!!すぐ支度しますから!」
「オッケー。だったら外で待ってるよ。」
「は、はい」
ニッコリ笑う横島に赤面度合いをアップしながら奥に戻ると着替え始める。
母と貧は狭い茶の間で朝食の奪い合いをしている。
その様子を見ながら小鳩は部屋の一部を仕切るカーテンを引いた。
「いそがなくっちゃ…」
昨日の夜に選んでおいた若草色のワンピースを用意する。
エプロンをはずし、パジャマの上を脱いでブラをつける。
そしてパジャマの下を脱いだところでボッと音が出るほど赤面した。
「やだ…汚れている…」
小鳩とて年頃の乙女である。それなりに性的な欲求もある。
特に先日のカッパの城でのあの出来事以来、そういう夢を見て、起きてみたら下着が濡れていて赤面したことが何度かある。思い起こせば今朝の夢もそうだった気がする。
なんと言ってもあの体験は強烈だった。
自分が恋している少年の秘密のつっかえ棒を至近距離で見てしまったのだ。
しかも、発射直前までにエネルギー充填済みの列車砲である。
ナース服に着替えるときに女官から説明を受け、これが医療行為?であると頭は理解していても感情はそうはいかない。
思わず唾を飲み込みながら凝視してしまった。
隣の愛子の似たようなものだった。
唯だけは興奮のあまりネジが飛んだのか、ノギスを持って「けけけ。直径は…」と怪しいこと呟いて女官に「殿中でござる」と羽交い絞めにされていたが…。
唯に後で聞いたら記憶も飛んだのかキッパリサッパリそのことは忘れていたが、自分は今でも目を閉じればリアルに思い出せるぐらいに見つめてしまっていた。
そこまで考えて再び軽い疼きを感じた小鳩は慌ててパンティを脱ぐ。
と、唐突に室内から横島の声が聞こえてきた。
「いや〜すんませんね。お母さん。お茶出してもらっちゃって…」
「まあ何も外で待つことあらへんやろ」と貧。
「小鳩。あんまりお待たせするものじゃありませんよ」
母の台詞と着替え中の室内に横島が居ることに軽いパニックに陥る小鳩。
慌ててワンピースを着るとカーテンの外に出る。
「ご、ごめんなさい。横島さん。お待たせしましたっ!!」
「いや、そんなにかしこまらなくてもいいよ。まだ待ち合わせまで時間があるし…」
恐縮してますと態度全体で表しながらペコリと頭を下げる小鳩に軽く返答する横島。
そう言えば近くの公園で唯や愛子と待ち合わせしていたことを思い出す。
つまり公園までは横島と二人っきり…そんな些細なことに高鳴る小鳩の胸。
とりあえず掃除のときに使うかもしれないと手近にあった紙袋にエプロンを詰める。
心の中で「ホッ」と一息つき少し落ち着くと母と談笑している横島に準備が出来たと告げた。
「あ、じゃあ行くか。小鳩ちゃん。」
「はいっ!」
そう言って母と貧に挨拶をし、玄関に向かう横島の後にトテトテと続く。
玄関を閉める間際に聞こえた貧の「頑張りや〜」という台詞に心の中で頷きながら。
夏の風が肌に心地よい。
日差しもいつもよりきらめいて見える。
それがわずかな時間とは言え恋する人と一緒に歩く、ということにときめく乙女心のせいだったとしても、小鳩はこの時間を与えてくれた横島に感謝した。
もっとも当の本人は「暑〜」とか考えていたりするのだが…。
もしかしたら自分と居るのが退屈なのかしら?と少々悲しくなる。
今日の服装も、もう少し自分をアピールしようと昨日の晩、貧に呆れられながらも何時間もかけて数少ない私服の中から選んだものだ。
若草色のノースリーブのワンピース。胸元もいつもの私服より強調されるようなカットになっている。横島はどう思っているだろうか?
少し探りを入れてみることにしてみた。
「あの…横島さん?」
「ん?何?」
「あ、あの…」
(ファイトよ…小鳩…)
「?」
「え、えーと。今日は誰がお手伝いに来るんですか?」
(ううう…小鳩のいくじなし〜)
「うーん。愛子だけかな。ピートは昨日から神父と九州に行くっ言ってたし、タイガーは…あの野郎……」
「え?」
「友情より女を選びおったわぁぁぁ!!」
「明日はデートじゃぁぁ」と一応申し訳なさそうにしながらも浮かれていた大男のことを思い出し嫉妬の炎を吹き上げる横島に驚く。
「きゃっ!!」
「あ、ごめん。小鳩ちゃん。」
驚いた拍子に座り込んだ小鳩に手を差し伸べる。
「あ、いえ…」
「折角の可愛い服が汚れちゃったかな?」
「い、いいいいいぇぇぇぇぇ。そんなことはありませんですっ!!」
予想もしなかった時に聞きたかった言葉を聴かされ、あまつさえ手まで握られてパニックになる。
その普段の大人しい様子との違いに今度は横島が驚いた。
「うお!」
「あ、やだ!小鳩ってば…」
驚く横島の姿に我に返る。
右手を横島に握られ、左手で押さえた頬が熱い…。
心の中で呟く。
いつかちゃんと声に出して言いたいと思いながら…。
(横島さん…小鳩は…大好きです…)
公園のタコさん滑り台の影…。こそこそと覗き見ている二人の少女。
「…愛子ちゃん…」
「…なあに…唯ちゃん…」
「…口から砂が出てますぜぃ…」
「あら…そう言うあなたは砂糖が出てるわよ…」
どうやらラブコメやっている間に公園に着いていたらしい。
「負けてられませんねぃ…」
「そ、そうね…って唯ちゃん何する気?!」
愛子の言葉に答えず、どこからか取り出したサングラスを装着するとほのぼの空間にいる横島たちに近寄っていく。わざわざ肩を怒らし、ガニ股で歩くという念の入れようだ。
「おうおう!見せ付けてくれるじゃねーですかぃ…」
「え?唯さん?」
「けっけっけっ。あっしは天野唯なんてナイスプロポーションの美少女とは関係ない、ただの通りすがりの不良ですぜぃ…うきょっ!!…」
「な〜にをしとるかっ!!」
横島会心の一撃を受けてシュゥゥゥゥゥと脳天から煙を出して崩れ落ちる唯、しかしすぐにむきょっ!と立ち上がるとピーピー泣き出す。
「へうぅぅぅぅぅぅぅ。またまたぶったぁぁぁぁ。グーでえぇぇぇぇ。しかも、なんかこう抉りこむようにぃぃぃぃ!!!」
「あ、あの…横島さん…?」
とりなそうとする小鳩にちょっと待っててと目で合図して大きく息を吸い込むと突っ込み再開!
「ナイスプロポーションとはどういう意味だぁぁぁ!!」
「へあっ!しかも突っ込みどころはそこおぉぉぉぉぉ!?」
くたり…再びひざまずく唯。しかしすぐにぬぺっ!と立ち上がるあたり今日の彼女は一味違う!
いわば「真・天野唯」とでもいえる存在に生まれ変わっていた。
なぜなら今日は…。
「ふっふっふっ。タダオくん…この姿を見てもそんなことが言えますか?」
言われて唯の姿を眺めてみる。
白いハイソックス。膝上の赤いチェックのスカート。そして白い薄手のサマーセーター。胸のワンポイントの犬が可愛い…。
が…
「何っ!おおっ!!まさかっ!!」
「ふっふっふっ…」
「馬鹿なっ!!胸があるっ!!」
「なんか…そこまで驚かれるとすっげームカつくんですけどぉ…」
「いや…だってなぁ…というより何を入れているっ!!」
「ふふん♪何もいれとりゃせんですよぅ♪」
「赤城先輩のブラね…」
冷静な愛子の指摘。
「へうっ!そ…そうですっ!!」
「アレかぁぁぁ」
しかめっ面になる横島、嫌なことを思い出したらしい。
「ふふふ…ト○ンプ、ワ○ール、数々の下着メーカーにすら見放されたこの天野唯にさえ夢の80台を実現させる奇跡のブラ…その名も「黄金バストぉぉぉぉ」!!!」
どこかで「ワハハハハハ」と高笑いする骸骨の姿が見えたような…
「どうですっ!!タダオくん!!80台ですよっ!スキージャンプ70メートル級ならK点超えですよっ!!」
そう言ってウリウリと押し付けてくる唯。それでK点なら小鳩はバッケンだ…。
その時、唯のポケットからヒラリと一枚の紙が落ちた。
「あれ?唯さん何か落ちましたよ…」
小鳩が拾って読んでみればそれは「黄金バスト」の使用説明書。
「えーと…使用上の注意…一時間以上装着していると締め付けにより心肺機能に障害を起こす可能性があるので注意して下さい………って唯さんっ!!」
「へう?」
「はずせっ!!そんな危険なブラっ!!心なしか顔色が青黒いし…ってチアノーゼ?!!」
またまた「ワハハハハハハハ」と聞こえる気がする骸骨の高笑い、だがその右手に握られているのはバトンではなく大ガマ…いわゆるデスサイズ?
「い…イヤで…(とっす!)…ヴっ!!」
首筋に手加減なしの手刀を落とした愛子が白目を剥きくたりと崩れ落ちる唯を抱えた。
「小鳩ちゃん。あっちの影で脱がすわよっ!!」
「は、はいっ!!」
数分後…
「えうぅぅぅぅぅぅ。短い栄光でしたぁぁぁぁ」
泣き崩れる唯の頭をよしよしと撫でている愛子。
「まったく…命がけで胸欲しがる奴があるか…」
そう言いながら横島も唯の頭を撫でる。エグエグしていた唯だったが顔を上げると彼に言う。
「だって…ちょっとでも大きいほうがタダオくんも嬉しいじゃないですかぁ…」
「え…いや…それは…」
「「そうなんの(ですか)!横島君(さん)!!」」
勢い込んで聞いてくる少女たち。
考えて見ればここには胸だけで言えば「大」「中」「無」と揃っているわけで…。
ここで何でもいいと言ってしまうと「やはり見境なしなのね!」と言われそうな気がする横島は返答に詰まる。よほどあの新聞記事がトラウマになったらしい。
はっきり言って杞憂にすぎないのだが…。
だがそんな「ラブコメ」空間をかき乱す声が閑静な公園に響き渡った!!
「ふん!いいご身分だな!!横島忠夫っ!!!」
「え?誰だお前…」
公園の入り口に立つのは、フルフェイスのヘルメットをかぶり、全身をスカイブルーのマントに包んだあからさまに怪しい風体の男。
「ふん…貴様のような裏切り者などに名乗る必要も無いが…わが名は『風』!!横島忠夫…いや!『天』の横島っ!!貴様に天誅を加えるっ!覚悟するがいいっ!!」
そしてまた事件が始まる。
後書き
ども。犬雀です。ちょっと長くなってしまった。うーむ…風の攻撃までいかんかったなぁ…。反省。
北海道で何があったか…は外伝として書き溜めてます。
除霊委員は出てきませんので…。シロタマメインになる予定です。
それはともかく次回でまたお会いしましょう。
>訳あって匿名様
犬は身内に知らぬ間に着メロをケロロ軍曹に変えられて職場で鳴らされるというテロ行為を受けたことがあります…
>法師陰陽師様
横島越えましたか…。確かに(笑)
美智恵さんのアレは霊感?なのかな?
>九尾様
ぼいんぼいんの方かモゲモゲの方か…微妙なところですな。
>紫苑様
おキヌちゃんはそのうち絡んでくる予定ですが…予定は未定ということで(ショボーン)
>ムギワラ梟様
初めましてです。笑っていただけているようで光栄です。今後ともよろしくお願いします。
>Dan様
彼女の場合は計算で出来るボケを超越してるような…。
着メロおんなじですか。喜んでやってください。唯も喜ぶでしょう。
>極楽鳥様
お久しぶりです。
愛子さんですねぇ…やはりそういうことを考えていると思いますです。
>柳野雫様
確かに規格外の学校ですなぁ。唯嬢のボケぶりは職員室でも評判ですから…。
学校の平和は「薔薇の園」と「保安部」が守ってます。(笑)