第1話 「汝の名…それは…」(前編)
唯が編入してからしばらくたったある夏の日。
その日は珍しくも除霊委員のほとんどが朝から登校していた。
「あら、横島君まで遅刻しないなんて今日は雪かしらね?」
「お前なぁ〜」
軽口を叩く愛子に返す横島の表情もいつもよりは生気に満ちている。
「ははは。でも本当に珍しいですね。誰も遅刻も欠席もせずなんて」
「そうじゃノー」
「ふふふ。甘いわね。まだ一人来てないわよ。」
「あ〜。唯ちゃんか」
ピートとタイガー、そして愛子といういつもの連中の何でもない日常会話だが一人足りない。教室を見渡せば他のクラスメートがいるばかり。
そのクラスメート達はといえば皆、黒板の前に集まって何やら騒いでいる。
黒板に書かれた字は「一歩」「二歩」「三歩」、「なし」、その横にそれぞれ何倍とか言う数字が書いてあったり。まるで競馬の予想屋のような雰囲気だ。
「横島さんは賭けないんですか?」
「賭けたいが金がねー」
「ワッシもじゃー」
肩を落とす赤貧ブラザーズに愛子がいつもどおりの台詞。
「貧乏も青春のエッセンスよっ!」
「そんな青春はいらんっ!!」
キンコーンカンコーン〜キンコーンカンコーン♪
朝の鐘がなりHRの始まりを告げた。慌てて席に着く生徒たち。
やがてガラっと音を立てて入室する担任教師。
教室内を一瞥して横島たちの姿を見つけると「ほう」と一声。
「こりゃ今日は雪か?」
「なんでやぁぁぁ!!」
「五月蝿い!お前たちが朝から揃うなんて四暗刻単騎を一発ツモるぐらい珍しいことだろうがっ!!」
「そ、そうかも知れないですね…」
額に汗をかきながら言うピートに頷くと黒板を見る。
そこには消し忘れたオッズ表。それぞれの倍率のところにクラスメートの名前が書いてある。一番人気は「三歩」のようだ。
担任教師はしばらくそれを眺めると、「一歩」のところに自分の名前を書いた。大穴っぽいのか名前は担任ともう一人しかない。
その時、廊下から聞こえる足音。
やがて…
ガラッ!!
「あ、天野唯っ遅刻しましたっ!!」
そう言って教室に入ろうとした唯は一歩目を踏み出したところで、常人には見えない「お約束」にけっつまずく。
「へあっ!」
ビタン
「うきょっ!!」
「「よっしゃぁぁぁ!!」」とガッツポーズをする担任とクラスメートの天田君。
今日の昼飯は豪華になりそうだ。
「えう〜。またコケちゃいましたぁ…」
教室の床に顔面ダイブをした時にぶつけた鼻をさすりながら立ち上がる唯の前に立ちふさがるは担任の相沢先生26歳既婚。
「おはよう。天野君…」
「へ!あ、せ、先生おはようございますっ!!」
「さて…編入してから一日も欠かさず遅刻してくれている天野君の今日の言い訳は何かな?」
「え、えう…んと…その…白基地君が…」
「白基地くん?ああ、君の愛車だね。で、それが?」
「へう〜。来る途中で急に持病の癪を起こしまして…って痛っ!痛いですぅ先生えぇぇぇ!!」
言い訳途中で相沢先生、唯のコメカミに梅干攻撃!!
「阿呆!!自転車が胃痙攣起こすかぁっ!!」
グリグリグリグリ
「ふにぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
「昨日は「ウルトラマンの目覚まし時計が光の国に帰ったからお見送りしていた」だとぉぉぉ!!もっとマシな言い訳考え付かんのかぁぁぁぁ!!このおポンチ娘ぇぇぇぇぇ!!!」
手の回転があがる。ドリルを持っていれば5センチの鉄板も貫く勢いだ。
「にょほぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「せ、先生っ!!」
慌てて止めに入るクラスの良心。
「何だね?愛子君」
「あの…煙出てますけど…」
「む?発火させるわけにはいかんか…ちっ!運のいい奴…」
とても教師とは思えない台詞を吐く相沢先生。
「天野…ちょっと職員室まで来いっ!!」
自分の足元で、頭から煙を出しながら両手を真横に広げ、尻を高く上げるという愉快な格好のまま突っ伏している唯に向けて非情な宣告をすると、まだブスブスとくすぶり続けている彼女をそのままヒョイと小脇に抱えて連行していった。
昼休み…
午前中をフルに使った説教から開放されて、教室に戻るなり机に伏せてへたり込んでいる唯を「気分転換」と校庭の芝生での昼食に誘う除霊委員の面々。
愛子が買ってきたパンを受け取りながら沈んだ表情の唯を生暖かい目で見守っている。
「へう〜」
「大丈夫?唯ちゃん…」
「果てましたぁ…」
「だってなぁ…毎日遅刻は流石にまずいだろ…」
「えう〜。タダオくんだって人のことは言えないと思いますぅ。」
「だって俺たちGSの仕事あるし」
「だったら私だってお仕事ありますぅ!!」
「徹夜とか深夜勤務もあるんですか?」
「へうっ!…今のところは無いですう…」
「だったら単なる寝坊ってことですかいノー」
「そうみたいね…」
「し、仕方ないんですぅ…」
「ほほう…話を聞こうか?」
「朝、起きるとですね。布団さんとか枕さんが「もっと僕を使おうよ」って囁くんですぅ…。折角、頑張ってお仕事しているのに布団さんとかに悪いじゃないですかぁ…」
「物と話せる唯さんならではの悩みですねぇ…」
「唯ちゃん?ちなみに「目覚まし君」はお仕事してないの?」
「っ!!してますぅ…」
明らかにギクッとした様子の唯に横島が追い討ちをかける。
「ほほう…目覚ましの努力は無にしてもいいと?」
「……それは…目覚まし君の努力不足と言うことで…」
コメカミに汗を貼り付け、目を逸らして返答する唯を襲う鉄拳!
ボカッ!!
「えうぅぅぅぅ〜。ぶったぁぁぁぁぁ!!またタダオくんがグーでぇぇぇぇぇ!!」
「よ…横島さん…唯さんには容赦がありませんねぇ…」
「うーむ。なんて言うか関西人の血が黙っていられないと言うか…」
自分でもなんでだろ?と思っている横島、まれにシロにも鉄拳突っ込みするが頻度が違うとでも思ったのだろう。
「確かに突っ込みどころが満載ですからノー」
「私は突っ込まれキャラじゃありませんっ!!…ってどうしてみんなで目を逸らすんですかぁっ!!」
タイガーの当然過ぎる感想にクリームパンをブンブカ振り回しながら猛抗議する唯に冷酷にも愛子が真実を告げた。
「唯ちゃん…周りをみてごらんなさい…」
「へう?……あうぅぅぅぅ。通りすがりの皆さんまで裏手で突っ込みアクションしているぅぅぅ!!」
「決まりだな…」、「ですね…」、「そうね…」、「ですノー」
速やかに満場一致で可決される「天野唯ボケキャラ説」に、床に落ちて砕け散る花瓶と言う心理描写を背負いながら「そ…ん…なっ…」と力なく崩れ落ちる唯であった。
「ぐすっ…良いんです…この悔しさは春の大会で晴らして見せますぅ…」
「何の大会じゃあ!」
ケリッ!
そう言ってしゃがむと校庭の砂をクリームパンの空き袋に詰め始める唯に、再び横島の足技による突込みが炸裂した。
しゃがんでいたところを後ろから蹴っ飛ばされて「にゃほぉぉぉぉぉ」と愉快な悲鳴を上げながら転がっていく唯。
「ちょっと唯ちゃん!!横島君やりすぎよっ!!」
「す、すまん。まさかあんなに転がってくとは…」
愛子の抗議に横島も冷や汗を流しながら謝るが、タイガーとピートは別の感想があったようだ。
「ていうか…あれはワザと転がっとりゃせんかノー」
「なんか表情も楽しそうですしねぇ…」
「そうなのかしら?」とまだ転がり続ける唯を見る愛子の目に映る新たなトラブル!!
「ああっ!唯ちゃん!!そっちは駄目よっ!!」
「な、なんだ?愛子!!」
「あっちには生き物クラブが…って遅かったわね…」
ドガン
パオオオォォォォォォン
ガオー
グオー
クエークエー
「きょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「あ〜あ、檻の中に突っ込んじゃって…顧問の葉月先生怒るわよ〜」
「なあ…愛子…なんで学校に象とか黒豹とかライオンとか鷲が居るんだ…」
「…ほら…うちって部活盛んだから…」
「どんな学校やぁぁぁ!!」
「そんなことより助けないと!!」
「ワッシには唯さんが象に踏まれているように見えるんじゃが…」
「「「唯ちゃん!!!」」」
小休止…
「へう〜へう〜死ぬかと思いましたぁぁぁ」
「いや…普通死ぬって…」
顔に象の足跡をつけながら溜め息をつく唯に呆れながらも安心する横島。
もしかしたらあの時空内では唯は自分を超える不死身能力を身につけるかも知れないなぁ…と思っていたり。
無事な唯に安堵してとりあえず本題を再開することとなった。
「で、先生はなんて言っていたんですか?」
「うっ!…これ以上遅刻すると…」
「遅刻すると?」
「保護者に連絡すると…」
「保護者?隊長のことか?」
「それは…」
「怖いことになりそうですノー…」
ビビる男性陣。まあ無理も無い。
「へうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「でも確かに婦警寮から学校まで遠いってのも原因の一つよねぇ…」
おびえる唯に愛子が助け舟を出す。
「そ、そうなんですっ!!」
「では引っ越しますか?」
「そうですねぇ…出来ればタダオくんと小鳩ちゃんの近くがいいですぅ」
「あ〜。はいはい…」と愛子、ピート、タイガー…。
「確かに近いし安いものなぁ…」なんて考えている横島。
これで気づけないってのはある意味、天才的な朴念仁と言えるかも知れない。
「でも隊長さんならなんとかしてくれるんじゃないでしょうか?」
「そうですねぇ〜。先輩って昔から頼りになりましたし…」
「そうなんか?」
もごもごとヤキソババンを齧りながら聞く横島に元気いっぱいに唯は答える。
「はいっ!学生の頃の先輩って凄く素敵だったんですよ〜。強いし、スタイルいいし、美人だしっ!!」
「そういやそうかもなぁ…」
前に唐巣から聞いた話を思い出す。
「はいっ!もう私たちの憧れでしたっ!!「炎の女神」とか「闘うホルスタイン」とか色々と呼ばれていたんですっ!!」
♪チッチチッチオパーイ
突如鳴り出す唯の携帯電話…「へう?」と言いながら電話に出ると…
(何か言ったかしら…)
「へあっ!!」
地の底から響くような美智恵の声に硬直する唯と、聞こえていないはずなのに電話から伝わる気配を感じて怯えだす他の面々…。
そんな彼らが見守る中、唯は嫌な汗をダラダラと流しながら直立不動で会話を続けていたが、会話が終わり電話を切った途端に糸の切れたマリオネットのようにくたりと倒れた。
「お、おいっ!!」
慌てて駆け寄り思わず唯を抱きかかえる横島に力ない笑顔を向けると弱弱しく呟く…。
「…パトラッ○ュ…僕はもう疲れたよ…」
「誰がパトラッ○ュかぁっ!」
デコピン!
「えうっ!!こ、これはマジで痛いっ!!」
(((今までのは痛くなかったってこと?!)))
象に踏まれたくせに…と呆れる一同を尻目にチャンス到来とばかりに抱きかかえる横島の胸に頭を押し付けグリグリとする唯だか「ハッ」と我に返った愛子に引き剥がされる。
「で…隊長さんはなんて言っていたのかしら?」
「えとですね…今度の日曜にですね。学校の近くに引越しなさいって…」
「「早っ!!」」
「な…なして隊長さんが引越しとか知っているかノー?」
「まあ、あの方ですからねぇ…」
驚くタイガーに説明にもなってない答えを返すピートだが、それで納得できるあたりが美神美智恵という女傑なのかも知れない。
「場所は決まったのか?」
「はいっ!タダオくんの横が開くそうですのでそこにしましたっ!!」
そう言って嬉しそうに「ニバッ」と笑う唯だったが除霊委員たちはと言えば…
(隊長…「開く」って何ですかぁぁぁぁ?!)
(知らないっ!!僕は何も聞いてないっ!!)
(ワッシは〜ワッシは〜)
混乱する男性陣と考え込む愛子とに別れていた。
こうして次の日曜日に「天野唯引越作戦」が決定したのだった。
後書き
ども。犬雀です。あれ?刺客出せなかった…。
かわりに別なキャラがチラホラと…。
横島たちの担任ですが、原作と違う人にしちゃいました。
なんつーか唯と先生からませたら面白いかなぁなんて考えまして。
学校生活がメインになるからどうしても教師キャラが欲しかったんですよね。
ではまた続きでお会いしましょう。(中篇になるか後編になるかは犬もわかりません…ガックリ)
>法師陰陽師様
謎の人出せませんでした。唯嬢暴走しちゃいまして…
>九尾様
ドキドキ…あくまでもシリアスバトルは希望ですから…。
>紫苑様
お姫様ですねぇ…ちょっと能力の設定をあの人をモデルに変えようかと…。
近々登場させたいです。
>wata様
今回は唯嬢の暴走でこんな話になってしまいました。
将来的にはどういうカップルが誕生するんでしょうか?
>Dan様
犬は横島うらやましいです。そりゃあもう…。鈍いのは何か理由があるんでしょうか?
>柳野雫様
おっしゃるとおり量より質ですね。けど犬の書く横島君はまだ量の方に価値があると思っているんでしょうか。まだまだ謎です。
>ザビンガ様
勉強になりますです。こうして色々と教えてもらって知識が増えていくのは犬にとって快感です。また宜しくお願いします(平伏)