「美神くん。仕事始めはいつだったっけ?」
自分の教会で、まるで前回妙神山に行って帰ってきた事など無かったかのような笑顔で、唐巣は美神に言った。
「え〜と、7日からですね」
「仕事の依頼は入ってるのかい?」
「ええ。おかげさまでもう4件ほど」
「4件かぁ…」
「ええ、4件です」
そう言って遠い目をして、唐巣は微笑んだ。
それはまるで疲れ果てた人が浮かべるような、澄んだ笑みで。美神はその原因に薄々感づいてはいたが、聞かずにはいられなかった。
「ど、どうしたんですか唐巣先生?」
笑みを崩さず、それに答える唐巣。
「ふふ……足りないんだよ」
「髪の毛が、ですか?」
「時間だ」
場を和まそうと放たれた美神のギャグが、滑って眠れる獅子を呼び覚ます。
「人々の為になるように……誰かの助けになるように…とどんどん新しいエピソードやキャラクター除霊やお払いを引き受けて!これでもかこれでもか!と風呂敷を広げまくり――気が付いたら大変なことになっちゃってるもんなんだよ!!」
「落ち着いてください唐巣先生!先生は良くやってらっしゃいます!正直私だったら知った事かぁ!とすでに投げ出してます!」
ダメっぽい事をむしろ堂々と言い放つ美神。しかしそれは今の唐巣には火に油だ。
「投げる…?もし、だよ?もし、私が逃げたら……GSの責任はどうなる?私を信頼して助けを求めてきた人々の希望や期待はどうなるんだ!?君はそれを裏切れると言うのか美神くん!!」
妙な気迫に物を言わせ、上半身が巨大化したかのような幻覚を美神に見せつつ凄む唐巣に、さすがにビビる美神。
「う、裏切れません!」
「ここに依頼する人は、大抵最後の希望を持ってここに来る。そんな依頼してくれた人たちに、キッチリ答えてこそプロの責任が果たせるというものじゃないのかねっ、美神くん!」
一般の人々は除霊には縁遠い。国家資格があるという事すら知らず、インチキまがいの自称霊能者や、新興宗教に騙されて金を失うケースはこの世界にも多々あるのだ。
実際に霊障にあっていてそうやって騙され、それでも何とかできる人を探してGSの事を知るも、その高い料金に絶望し……最後の希望として唐巣の事を知ってやってくる者もかなりいたのだ。そんな人々の依頼を多数こなしてきた唐巣は、吼えた。
しかし…
「で、でもですね先生。そうでないプロのGSも、結構いますよ?」
そうなのだ。そんな奇特なGSなど、唐巣の他には殆どいない。いたとしても、能力が低い。
唐巣ほどの――日本有数の――高い能力を持ち、なおかつ低料金もしくは無料で除霊を引き受けるGSなど、他にはいないのだ。
他のGSに高い料金を取るなと強要など出来ない。自分にそんな権限などはないし、彼らにも生活はある。レアな能力を使って、命がけで仕事をする。その報酬を勝手に値切ることなど出来はしない。だが、それではその高額な報酬を払えない人々は救われない…
そんな常日頃から抱えていたジレンマを吐き出すように、唐巣は言った。
「そりゃあ、あるさ!!」
ぐびっぐびっ…っ
どこからともなく取り出したワインを、そのままラッパ飲みで一気に飲み干して更に語る。
「あるよ!途中でいきなりキャラが変わったとか!前に書いたのと矛盾してるけど、面白いからいいだろうとか!もうメインのストーリーは終わってるのに作品は終わらず、キャラが死んだ目でこれといった目的も無くダラダラ話が続いているものとか!」
「せ、せんせい!なんのはなしをしてるんですかっ!?」
なぜか自分の存在を根底から揺さぶられたかのような動揺と不安を覚え、ひらがなツッコミで唐巣を止めにかかる美神。
だが唐巣は止まらない。
「ええい、放せ美神くん!」
「放しません!これ以上危険な発言はダメです!!」
「ええい、放せと言って…!?」
ガシャーン!ドサッ!ボゥッ…
「のわちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃー!!」
「キャーー!先生!!」
暴れる唐巣の腕が、いくつかの周囲の物をなぎ払った。その中の一つ、燭台に今日はたまたま蝋燭がさしてあり、火が灯されていた。
そしてそれが唐巣の僧服に燃え移り…
「全治4週間か……そんな暇は無いんだが」
唐巣は全身火傷を負った。
唐巣は周囲から霊力を集め、束ねて放つ除霊スタイルで自分の持つ霊力以上のものを操れる。だが火傷を負った皮膚がその過剰な霊力に耐えられずに痛むのだ。
しかし安静にしている暇など無い。唐巣には今日も助けを望む人々が待っているのだ。
「だったら先生。依頼を交換しませんか?」
「交換?」
さすがに罪悪感があったのか、美神がそう提案した。唐巣の持つ無数の依頼と、自分の今引き受けている4件の依頼を交換しないか、と。
「私の受けた依頼には、温泉地での依頼も入っていますから…ついでに湯治されたら、治りも早いと思いますよ」
「そうだね。今回は好意に甘えるよ美神くん」
唐巣の受けた依頼の中に、億単位の依頼でもあれば美神はこの提案はしなかっただろう。しかし、流石に駆け出しでそこまでの依頼をもぎ取ってくるのは、美神にもできなかった。
一方、たくさんある唐巣の依頼の中には時に報酬を引っ張れるものも混じっている。4件しかない依頼よりも、ひょっとしたらオイシイかもしれないし、今は経験と実績を積むのが得策。
そう計算したのをおくびにも出さずに、表面だけはしおらしく頭を下げる美神。
「いえ、私が先生に怪我をさせたようなものですし、これくらいは当然ですわ」
ところで。今回唐巣が代わりに向かった温泉は白骨温泉と言い…送迎バスに乗ってホテルまで辿り着いた唐巣は、当然ながら途中で巫女さん姿の幽霊になど合わなかったという。
そしてその日、一人のワンダーフォーゲル部員の幽霊が強制成仏して依頼は完了した。
こうしてまた一つ、何かが変わってしまったが……
銀河の歴史がまた1ぺぇじ。
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