夜の森の中、横島は佐山という少年と共に走っていた。
走る速度は全力に近い。
横島のやや後ろを佐山が遅れずについていく。
「スポーツでもやってんのか?」
「とある山猿の居る道場で武術を少々」
「猿か。俺の師匠も猿だぞ」
「GSなどという怪しげな職業に就いている貴方だ。そこらの野猿か何かにでも師事していたのかね?」
「いい感じに礼儀知らずだなオマエ。年長者に対する礼儀はないのか」
「礼儀とは消費物だ横島・忠夫。無闇に使って良いものではない」
「最近のガキは……」
吐息。
つい教育上不適切なお仕置きをしたくなるが、状況が状況だ。またの機会にと我慢する。
前方、人狼が進む足音が近付く。
急げ、とさらに加速しつつ、右手に霊力を集める。
腕を一振りして生まれるのは、霊力で出来た盾だ。
サイキックソーサーと名付けたそれは、ただ霊力を固めたもの。五年前とは違い、この程度ならば全身の霊気を集めずとも軽く作れる。
それが四つ。六角形の霊盾は淡く輝きながら、横島の周囲をくるくると旋廻する。
「このスーツとも、今日でお別れか……」
背後の少年が漏らした呟きに横島は苦笑。
……この状況で服の心配か。
大物だな、と思う視覚が人狼と、その前を走る何者かの姿を捉えた。
人狼の前を走っているのは、一人の少女だ。
歳は後ろの佐山と同じくらいか。頭部には黒のロングヘアが疾走に踊り、身には黒と白のドレスのような服を纏い、そして手には、
……蛍光灯?
少女は二メートルほどの杖を持っており、その上部側面に設置された蛍光灯にしか見えない長い円筒形が、青白い残光で少女を照らしている。
どうやら武器らしく、少女が杖の残光を人狼に当てると水飛沫のような音が立ち、人狼を弾く。
後ろの佐山が呟いた。
「――いかん」
声に一瞬振り向き、そして佐山の視線の先を見る。
佐山が足に力を込めて前に飛び出た。
同時。走る少女が己の足元を見、くぼ地に足をとられかけて跳躍する。姿勢の崩れた、転倒に近い動きだ。
人狼はそれを見逃さない。空中でバランスを崩した標的に向かってすくい上げるように左腕を、
「――っ!!」
振るう前に横島はソーサーを飛ばした。
四つの霊盾のうち二つは左腕に。残る二つがそれぞれ両脚に直撃。
だが弱い。
何故かは分からないが威力が軽減されている。
しかし体勢の崩れた人狼に、少女が杖を振って残光をかざす。
飛沫音を立てて人狼の左肩が焼けた。
そして、
「!」
人狼が右腕を振るい、少女の身体が飛んだ。
聞こえた音は衣服の千切れる裂音。
そして、佐山が人狼を蹴った打音。
二つの動音と共に風が巻き起こり、森がざわめいた。
○
夜のとばりの降りた街外れを、一台の自動車が走っている。オカルトGメンのロゴが張られたライトバンだ。
運転席には居るのは三十路の男。髪が長く、オカGの制服に身を包んでいる。助手席には鞘に収めた西洋風の剣があった。
後部座席には二人の女が退屈そうに座っている。いずれも長身の美女だ。
一人は腰元まで伸びる白銀色の長髪で、額の一房だけが赤い。腰には折りたたんだ神通棍を差し、紺色のGパンの尻には白い尻尾が揺れている。
もう一人は先の女より少しだけ背が低く、九つに分けた金髪が印象的だ。大きめのハンドバッグを傍らに置き、右の肩には妖精を乗せている。
金髪の女があくびをして、涙の滲んだ眼を擦りながら肩の妖精に問う。
「鈴女、何か来てる?」
「なーんにも」
鈴女と呼ばれた妖精は答え、羽を振るわせる。
「なんかちっちゃい霊の気配はいっぱいあるけど」
「墓地が近いからね。雑霊はたくさん居るさ」
答えたのは助手席の男だ。
金髪の女は眠たげな瞳をバックミラー越しに男に送り、
「ねえ西条。ホントに襲撃来るの?」
「その確率が高いからこそ君たちに同乗してもらったんだよ、タマモ君、シロ君」
西条は言いながらステアリングをきり、急カーブを曲がる。
「っていうか……その、襲撃者? オカGの装備運搬車を強奪してるって連中。犯人の目星はついてるの?」
「プロファイリングでは、神魔ないし人間の弱小テロ組織だと推察されたよ。……だが残留霊波もなく、他の手がかりが一切なくて手詰まりだ」
「だからこうして囮でござるか?」
GS試験合格時に師からもらった神通棍をいじり、シロが言う。
タマモは、ふん、と鼻で笑い、
「猿の浅知恵って感じね」
「……タマモ君。君はどーも最近、妖怪じみた言動が多くなっているようだが」
「妖怪だもの。六女通ってGS免許取ってオカGの手伝いしてる方が異常なのよ」
タマモの言葉に西条は口を閉ざし、やがて口元に意地悪い笑みを浮かべた。
「ああそうだね。ましてや人間の横島君と昼食を共にするなど、ありえないことだね?」
「なっ!?」
顔が一瞬で紅潮した。
うろたえるタマモをシロが半眼になって睨み、鈴女がニヤニヤと笑みをつくる。
「……タマモ?」
「何のことかしら。記憶にないわ」
「なるほど。記憶にないぐらい珍しい事のようだ。あまりに珍しいからつい写真に撮ってしまっていたよ」
「西条ー!」
「タマモー!」
西条が胸ポケットから取り出した写真を見てシロが激昂し、霊波刀を構えた。
「いいじゃない別に! ただ狐うどんおごってもらっただけよ!? ホントに何にも無かったんだから!」
「それでも譲れないものはあるでござるよ……!」
「でもシロもあの男とむぐっ」
余計な事を漏らした鈴女の口をシロが抑える。
「……シロ?」
「な、何でもないでござるよ?」
「韜晦は無駄よ。私が前世から引き継いだ自白術を試してあげる。どんな強情者でも一分で全てをゲロするわ」
後部座席で言い合う二人をバックミラー越しに見やり、西条は苦笑。
その時だ。
「――何か来る!」
鈴女が羽を逆立て、叫んだ。
○
時間軸を原作五年後にするんじゃなかったと悔やんでる伏兵です。
五年も経てば皆大人ですよ。パピリオとひのめ以外。
とにかくも今年最後の投稿となるであろう四話でした。
ちなみに本作の横島は文珠あんまり使いません。何でもかんでも文珠に頼るのは成長した霊能力者としてどうかと思ったので。
あと、本作はマイナーをウリにするべきだと悟ったので猫親子だとか蛇娘だとかは出ません。多分。代わりにバロンだとか小次郎だとかエンゲージだとかラプラスだとかそういうのが出ます。多分。