第1話 「ヘブン&ヘル」
ミーンミーンと力なく鳴くセミの声。
都内とは言え夏にもなればセミも鳴く。
だが特に今年は猛暑だった。さしものセミも元気が無い。
そんな中で除霊委員たちは天国と地獄に別れていた。
「なんでこの炎天下に走りまわらにゃならんのやぁぁあ」
「ワッシはもう駄目じゃぁぁぁ」
「さすがに僕も限界かもしれません…」
体育の授業でグラウンドを周回させられた横島たち男子生徒。
休憩と言われ先を争うように木陰に涼を求める。
遅れた生徒たちは、ともかく水分補給と水道の水を頭からかぶったりがぶ飲みしたり。
だが生徒にこの拷問を課した教師にも言い分はある。
今日は「1,2学年合同プール授業の日」なのだ。
午前中は女子、午後は男子と別れているとはいえ、そこは青い欲望を下半身に滾らせる男子学生。放っておけば「覗き」だの何だのと不埒な行為に走りかねない。
教師たちも一目おく「保安部」や「薔薇の園」は外部への対応で手一杯。
それがために彼らの欲望をグラウンドで絞りきってしまおうと言うのが教師たちの考えであった。凄まじく前時代的な考えではあったが。
生徒の不幸は教師が煩悩のレベルを横島に設定したことだ。
彼の煩悩を絞りきるまで走らせるとなれば、一般の生徒はミイラになりかねない。
遅ればせながらその過ちに気づいた教師は急遽休憩を指示した。
彼の目から見ればさしもの男子生徒たちもあと1時間は動けないはずだった。
一方、こちらは「天国」。
これでもかと赤外線やら紫外線を叩きつける太陽をものともせず、プールでキャピキャピと戯れる濃紺の乙女集団。その名も「スク水女子高生」。
もちろん小中高生が着るようなものではなく、高校生用に競泳水着をベースとしたものだが、それでもスク水はスク水。しかもこの学校のスク水はデザインや機能性など中々に評判がいい。この水着を選定するにあたっても、下着愛好会と科学部の暗躍があったと言われているがその真偽は定かではない。
これを是非、フィルムに収めんと都内各所はたまた関東一円から集まってくる「盗撮者」たち。
だが、一人で12人の盗撮者を確保したとことから盗撮者たちの間で「白い悪魔」と恐れられる安室率いる「保安部」の面々。さらに彼ら保安部の監視を突破して何とかプールサイドにたどり着いた盗撮者の前にふんどし一丁で仁王立ちし、漢のフェロモンに満ち満ちたポージングを見せつけ、盗撮者を文字通り悩殺した「フェロモンの悪夢」こと加藤率いる「薔薇の園」の面々の活躍でその野望を達成できたものは極わずかしか居なかった。
「へう〜。今日も暑いですねぇ…」
一泳ぎしプールサイドに腰掛けながら言う唯。
そのスレンダーな肢体に飾りけの無い紺の水着はよく似合っていた。
「本当ねえ…それにしても唯ちゃん泳ぐの速いわねぇ…」
こちらは水着の上に白いパーカーを羽織った愛子。背中の机が無ければ完璧なスク水女子高生委員長バージョンと盗撮者の格好の標的になったことだろう。
「本当に天野さんて泳ぐの上手ですね。」
こちらは科学部の矢吹麻耶。スレンダーながらメリハリの利いた肢体はこれまた盗撮者垂涎ものだ。だがプールサイドであるにも関わらずノーパソを持っているのはどうだろうか?
「えへへへ〜。私って昔から水泳だけは得意だったんですぅ。」
照れ笑いしながら足で水をパシャパシャと蹴る唯。運動系で誉められることが無いのでかなり嬉しい様子だ。
「いや、でも本当に凄いわよ。まるで魚みたいだったわ。」
「そうですね。本当に水族館のイワシみたいに綺麗に泳いでいたわ」
「なんか…素直に喜べないですぅ…」
「そうよ。摩耶ちゃん。せめてサンマと言ってあげなきゃ。」
「なんで青魚ばっかりなんですかっ!しかもみんな細いしっ!!」
「だって青いし…。」
「なんかスルっと水の抵抗を受けなさそうなところがサンマっぽいですよね。」
「へうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
口をへの字に結んで抗議の態度を示す唯を「まあまあ」と宥めながら摩耶が話を変える。
「あの…ちょっと聞いていいですか?」
「へう?なんでしょうか?」
「あ、えーと…たいしたことじゃないんですけど…。」
「う?」
「天野さんって横島さんと付き合ってたりしてます?」
「へあっ?!そ、そそそそそ、そんなことは無いですよぅ!!!」
「そ、そそそそそうよ。唯ちゃんと横島君はお付き合いってしてないわ!してないわよねっ!!」
「ギブギブ…」
興奮した愛子にネックハンギンクで吊り上げられる唯。パンパンと愛子の手をタップする。ハッと我に返って愛子が唯をポテッと下に落とすと唯ちゃん涙目で喉を押さえてケホケホ…。
そんな彼女らの会話をそれとなく盗み聞きしている女子高生の一団。やがて一人また一人とさりげなくプールに入ると、水面から目だけを出して獲物を狙うワニのように愛子たちに近寄っていく。
「ケホケホ…ど、どうしていきなりそんなこと聞くんですかぁ?」
「そ、そうよ。なして摩耶ちゃんがいきなしそったらこと聞くのさ!なんぼなんでもあずましくないんでないかい!!」
再び興奮して謎の言語を使いながら、今度は摩耶に詰め寄る愛子に思わず二・三歩下がりながらビクビクと話しはじめる摩耶。
「あ…あの…先週の校内新聞で…」
「へあ?……あうううう〜恥ずかしいですぅ〜」
「あ〜あれねぇ…」
「ええ…おんぶですよっ!!おんぶ!!女子高生の憧れ「お姫様抱っこ」に次ぐと言われるベストフュージョン!!!その名も「お・ん・ぶ」…これを気にせず何を気にしろとっ!!!」
「でも、そういうことが付き合っていない娘にも自然に出来ちゃうのが横島君なのよねぇ〜」
「そうですねぇ…タダオくんは優しいですから…」
「やっぱり横島さんってそうなんですか?」
「やっぱりってどういうこと?」
「え!ああ、横島さんって結構人気あるんですよ。特にこの間の「チチナシ」との戦いでまたファンが増えたんじゃないかしら?」
「へうっ!!」
何気なく摩耶にトラウマをつつかれて沈没する唯。こそこそとプールサイドから水中へと逃げ出していく。
後に残ったのは笑顔を浮かべながら摩耶に問いただす愛子。
「そ、それはどういうことかしら…青春の参考のためにも是非聞きたいわね…」
「あ、愛子さん…なんか目が怖いですけど…」
「気のせいだってば!そったらことはいいから早くしゃべればいいっしょ!!」
「は、はいっ!えーとですね。なんか「女の子を助けるためになりふり構わず戦った人」って評価ですね。」
「「ブラ男」だったのに?」
「「ブラ男」だったからこそですっ!それに寺津さんや安室さんも凄く褒めてましたし…」
「でも横島君って女子に嫌われてたんじゃ…ほ、ほら、よく更衣室とか除いていたし!!」
「そうですねぇ…確かに昔は保安部と敵対してましたね…」
「昔っからあったんかい保安部…」とは聞かないようにする。怖い答えが帰ってきそうだし…。
「でも、考えてみてください。横島さんの覗きの成功率は?」
「言われて見れば0に近いわねぇ…」
「ですよね。赤城先輩が分析したことあるんですけど、彼って覗きの時に無意識のうちに自分から見つかるようにしていた節があるそうです。」
「そりゃまた何でかしら…」
「推測だそうですが…「覗きたいって欲望があって覗いてもすぐに後悔しちゃうんじゃないだろうか?」って言ってました。「根っからの変態じゃないってことね」とも」
「そんなもんかしらねぇ?」
「ええ!そうだと思います。だって本当の覗きって…」
そういって摩耶が見るのはプールのフェンス。その外で獅子奮迅の活躍をしている保安部の面々。
「見える!」とライフル型水鉄砲を木陰に放つ安室だとか「お前はここにいてはいけないんだぁ!!」と茂みに突撃する生徒とか、「見える。私にも敵が見えるぞ!!」と迷彩服で擬態した盗撮者を狙撃するサングラスの生徒とか…。
「あの…あれって聖水なの?」
「いえ…なんか「薔薇の園」と赤城先輩が協力して作った「漢汁」が入っているそうです…」
「何よ…それ…」
「詳しくは知りませんが…「薔薇の園」の皆さんが一ヶ月履き倒した靴し…」
「言わないでっ!!いゃぁ〜そんな濃い青春はいやぁぁぁ」
「と…とにかく本当の変態ってあんなふうに陰湿だと思うんですよね。」
指差す先には、カメラを抱えて倒れ付し痙攣する漢汁の犠牲者。威力は抜群のようだ。
「そ、そうかもねぇ…」
「だから、横島さんの行為を嫌悪している人ってあんまりいないんですよ。で、よくみたら結構格好いいじゃないですかっ!私もこの間みた…その…横島さんの裸…ちょっとびっくりしちゃいました。」
「あ、あのねぇ…」
「安室さんも寺津さんも「戦士」と言ってましたけど…言われて見れば横島さんってワイルドですよね。けど、優しいしなんか可愛いところもあるし…そんなんでファンの子は多いんです!!」
「あ〜…そ、そうかも…」
ふとプールを見れば乙女の姿をしたワニたちが「うんうん」と頷いていたりして。
愛子ちゃん…多難な前途にちょっと溜め息…。
(このままじゃあ…いけないわね…)
一方、その頃、唯はと言えば摩耶に指摘された校内新聞のことを思い出して一人赤面しつつそれを隠すようにニュルニュルと泳いでいた。
ポニャン
頭にあたる柔らかい感触。
慌てて浮かび上がってみれば目の前には驚いた顔で胸を押さえる小鳩の姿。
貧はさすがにプール授業と聞いて遠慮したのか姿が見えない。
「あ、小鳩ちゃん。すみませんでしたぁ…」
「いえ…ちょっとビックリしただけですから…」
そう言ってニッコリ笑う小鳩だが唯の視線が自分の胸に集中するのを感じてちょっと困惑する。とにかく話をそらそうと軽く話題を振ったのだが…。
「唯さんて泳ぎ上手ですよね。私はぜんぜん駄目なんですよ。」
小鳩に悪気はこれっぽっちもない。だが…タイミングが悪かった。
プツン…
唯の中で何かが切れる音…。
顔を伏せ影になった唯の眼光が奇妙な色を帯びたかと思うと、その両手をワキワキさせながら小鳩ににじり寄る。
「そこのないすばでいのネーちゃん。ちょっとまちなせい…」
「え?え?あ、唯さん?…どうかしたんですか?」
驚く小鳩の反応をよそに、ますます怪しくなっていく唯の言動…。
「くっくっくっ。これですね。これが水の抵抗をモロに受けているんですねい…」
台詞とともにニュルリと小鳩の背後に回ると、後ろから小鳩の胸をむんずと掴む。
「え?唯さんっ!」
「浮くんですねっ!浮きまくりやがるんですねっ!これがっ!!」
ワキワキと手を動かす。
「あっ…あの…唯さん…ちょっと止めて…うん…」
「くっくっくっ。これ一個で砂漠で半月は生きていけるんですねぃ…」
「あ…ゆ…唯さん…駄目です…」
唯に背中越しにその豊かなバストを揉みしだかれ身悶えする小鳩。
その後ろからワキワキと手を動かし、前髪に隠れた目だけを爛々と光らせつつ小鳩を責める唯。
「ち…ちょっと唯ちゃん何やってんの!!」
「あ、天野さん。ふ、不潔ですっ!!」
小鳩を妖しく責める唯を見咎めて叫ぶ愛子。
「不潔です」と言いながらどこからともなく取り出したデジカメを録画モードにする摩耶。奇妙な雰囲気に慌ててプールから退避する女子高生の皆さん。
そんな周囲の様子には構わず小鳩を責め続ける唯。
「けっけっけっ。てやんでぇこんちくしょうーですぅ。さすがに表面積が大きいといろんなところが気持ちよさそうでいいですねぃ…」
「ああ…唯さん…もう止めてっ…」
瞳を潤ませ桃色の吐息を漏らし始める小鳩。
「くけけけけけけ。そうは言ってもだんだん硬くなってきましたねぃ…」
「あふ…あ、あの…駄目…んっ!…です…」
「あ、愛子さんもしかして天野さんまた何かに?!」
「違うわねぇ…きっと何かがキレちゃったのね…」
オロオロと愛子に問う摩耶。どこか達観したかのように愛子が答える。
しかしその間にも唯の責めで追い詰められていく小鳩。
その目尻はピンク色に染まり、ここに男子生徒がいれば匍匐前進は大怪我になりかねない空気が漂っていく。
「あ…あの…うんっ…た、助けてくださいっ…」
「うけけけ。コリってしちゃいますよぅ…」
「お願いです…やめてください…ぁふ…」
「な、何とかしないとっ!」
「あ〜もう。本当に難儀な娘ね!!」
プールが桃色の気配に包まれ、愛子が唯を止めるべくビート板の投擲準備に入ったその時、天から声が響く!!
「待てい!!」
「え?何?誰なの?!」
「あ、あそこです!」
摩耶の示すほうを見れば、塩素タンクの上に腕組をしながら屹然と立った男の姿!
太陽は中天にあるにもかかわらずその顔はなぜか逆光になって見えない。
メタリックな光沢を放つその体は細身ながら武道家のように引き締まっている。
だいたい「保安部」、「薔薇の園」の警戒網をかいくぐってそこに立つこと自体が只者ではない。やがてその男はゆっくりと口を開いた。
どこからかベベンベベンと聞こえてくる気がするギターの音色。
「燦然と輝く日輪の下で舞い踊るスク水の乙女たちを見よ!!乳繰り合う少女たちの姿態を包み込む水の煌き…人それを『楽園』と言う…」
「「「何者なのっ!?」」」
「君たちに名乗る名は無いっ!!」
そしてまた事件が…
後書き
ども。犬雀です。
今回は『除霊委員のプール授業』をお送りします。えと…とりあえず今回を目安に15禁とか書いて見たいななんて思っていたり…。「ぬるい」と思った方ごめんなさい。
今回は「愛子」を中心にすえて書いてみたいなぁなんて。
でも愛子嬢、プールとかに入れないと思うんですよね。どないしませう…。
では次回「伝説の秘宝」でまたお目にかかりましょう。