浮かれているのか、ぺらぺらと余計なことまでしゃべってる
「心配してくれなくても大丈夫だよ 自分の妖気を内側に向けることで、血の匂いは相殺できるからね タマモちゃんだって、全然気が付かなかっただろう？」
これなら、ちょっとした倦怠感と引き換えに、気付かれることもない
生きるための知恵ってやつだね
……倦怠感……そんな生易しいものじゃないはず
これほどの妖気を相殺するなんて、殆ど自分に止めを刺しながら歩いているようなものだ
その執着の向かう先は……同族の血
狡猾というのは、確かだ
この結界 恐らく部屋の外には、毛一筋ほどの妖気も漏れていないだろう
「タマモちゃんに選ばせてあげるよ 犯されるのと殺されるのと喰われるの どういう順番がいい？」
俺としては、犯しながら喰いたいところだけどね
タマモちゃんは可愛いから、一つだけお願いを聞いてあげる
冗談じゃないっ あたしにだって、まだやりたいことがあるんだ！ だからあたしはこんな――
……こんな……何？……いま……何かが頭を掠めた
倦怠感……執着……弱すぎる妖気
まさかと思う そんな都合のいいこと
「希望がないなら、俺のしたいようにしちゃうよ」
あたしの意識が自分から逸れているのを感じたのか、声を大きくして
うるさい あともう少しで分かりそうなんだから
「……あんた……あたしのことどういう風に見えた？」
「そりゃ、とっても綺麗に見えたよ なのに妖気はほとんどないんだから、たまたま君の方を見てなかったら、気が付かずにすれ違ってたかもね」
運が悪かったねぇ
まだ生まれて10年もたってないんだろう？
高い授業料かもしれないけど ま、諦めて――
「……あたしは、この身体になってまだ２年よ」
ぴたりと、タケシの戯言が止まる
まじまじとあたしのことを見て
「……いや……それはおかしい……だけどその姿を取れるにしては、妖気が薄すぎ……」
「あんたが言ったじゃない 相殺できるって」
苦痛どころか、記憶まで反転させて押さえ込んでたなんて、我ながら呆れてしまうけれど
それに、たかが２年でもね
「……執着が強ければ、それなりになっちゃうのよ」
ぺり
薄皮を一枚剥がす
それだけで、身体が軽くなる
でもせっかくだから、このまま結界を乗っ取って
ぺりり……ぴきっ……
２枚 ３枚
「ひっ！……な、なんだ、お前っ！」
「どうしたの？ まだあと６枚あるのよ」
それに、殆ど結界の強化に回してるんだから、そんなに苦しくないでしょう？
終わったあとも、何の歪みも残らない……はず
一枚 剥がれ落ちるたびに、力と一緒に想いが沸きあがってくる
胸がどきどきして、頬がこんなに熱い
……まるで、恋する乙女だ
「こんなんじゃ、美神たちを笑えないじゃない」
恥ずかしすぎる
そう言えば、だから封じたんだっけ
しっぽの数 九重の封印
それでも
「ねえ、あたし、本当に綺麗に見えたの？」
ぶんぶんと首を縦に振る
……強くなってる？ 九重の封印が効かないくらい
いや 妖気を伴っていないと言うことは……多分……
「……ただ、綺麗に見て欲しかっただけ……かも」
うわ 本当に恥ずかしすぎる
「あ そうだ」
頭を切り替えないと、ピンク一色になっちゃう
そんなの、あたしのキャラじゃない
こいつ どうしよう
食べるなんて、論外
あたしまで濁っちゃうもの そんなことになったら、アイツのとなりに――じゃなくて
頭を振って
こいつに食べられちゃった 名前も知らない子ギツネ……
睨みつけた瞬間
――じゅっ
「……あ」
あ〜あ 焼き尽くしちゃった……塵も残さずに
加減が全然利かない
ここを出る前に、もう一度しっかり封印し直さないと
「名前くらい、聞き出しておけばよかったな」
ごめんね
油揚げ、お供えしてあげるから
……足が重い
重力を、いつもの何倍にも感じる
ちょっと開放しただけだって言うのに……はぁ……慣れるまで、またしばらく掛かりそう
……おキヌにお願いして、油揚げ増やしてもらおうかな
お供えと併せて、２枚
あ
「よう、お帰り」
丁度事務所の入り口で、ばったりと出くわした
これから出かけるところなのか
でも口を開いたら今のあたし何だか馬鹿なことを口走っちゃいそうで
――ぽん
「んじゃ、俺ちょっと厄珍のとこ行ってくっから」
……頭の上に感じる ヨコシマのてのひら
「い……行ってらっしゃい」
気をつけてね……ごにょごにょと口の中だけで
あんなに重かった身体が、全然気にならない
結局、あたしの帰る所は……ここ なんだ
ね ヨコシマ