何となく毎日をつまらなく感じながらも
それでも、今の自分がただいまと言って帰るところは、あそこなんだ
「けっこう、疲れるんだけどねぇ」
ばか犬は、よく平気なものだ
それとなく聞いてみたときも、分かっているのかいないのか
そうでござるか？ 拙者、そんなこと考えたことないでござるよ
まあ、そのすぐ後に、先生ーっ散歩に行くでござるーっ！ と叫びながらアイツを引き摺って飛び出していったから
上手く発散している という事なのかもしれない
それにしても
掌を翳して見る
２年もあれば、中も外も、もう少し成長していてもいいと思うんだけど……
かと言って、こうして街に出ても、誰かから精気を吸おうとかは思わない
実際、美味しくなさそうだし
濁っている というのとは、少し違う
薄いのだ
……アイツらと比べちゃうと、どうしてもね
だから、後ろから肩を叩かれたときは、心底驚いた
「や ちょっと、付き合ってくれないかな」
お決まりのセリフに、淡い金髪と左だけのピアス
カーキ色のジャケットを軽く崩して着こなした
どこにでもいるようなナンパ師の振りをして……押し殺して、それでも瞳の奥に微かに揺れる精気の色は
「……あんた、もしかして」
ぴくりと、眉を震わせる
「へぇ……そりゃ気付かれるとは思ってたけど、一目で見抜かれるとは思ってなかったよ」
「ばかにしないでよ ただのナンパが、あたしの肩を叩けるはずがないんだから」
雑踏の中、お互いに、流れからはみ出さないようにしながら
「キツネ……ね」
「当たり お嬢ちゃんもだろ？」
くすくすと、余裕の笑みを浮かべている
あたしが足元を確かめたのに、気にするそぶりもない
「せっかくこうして逢えたんだしさ お茶でもしようよ」
なにせ、同族に会うのは、80年振りなんだ
……そうして、ホテルの一室
別に、へんなことをしようって言うんじゃない
人目のないところというと、手っ取り早いのがここだっただけだ
仮に向こうがその気だったとしても、あたしには全然そんなつもりはないから
……誰に言い訳してるのよ
自分で少しへこむ
とにかく、都会で生きていく上では、何かと気を使うのだ
「さてと とりあえず自己紹介でもしようか」
冷蔵庫からバドワイザーを２缶取り出して、片方をあたしによこしながら
「名前は……タケシでいいや 年は22 大学生 ヨロシク」
「……タマモよ」
どうせ全部でたらめだろうし 呼び方さえ分かればそれで十分
妖狐と言えば、玉藻の上と葛の葉はあまりにも有名だ
勝手に偽名だと思ってくれるだろう
……『気を使っているなんて思われたくない』と思ってしまうくらい気を使っている？
何か、変だ
改めて、相手の頭から足までをもう一度よく見てみる
妖気は、正直言って、大したことはない
今のあたしよりかは幾分強いかもしれないけど、それでもアイツの周りにいる連中のデタラメさに比べたら、この程度……
そう……この程度のはず……なのに
「タマモちゃんってさぁ、もしかして、産まれたばっかりなの？」
くすくす
そんなわけないでしょう
殆ど記憶の彼方とは言え、あたしは金毛九尾本人なんだから
それなのに、気圧されてる こんなヤツに
目を逸らして、バドに口をつける
「最初は、隠してるのかと思ったけど、でも見てたら全然普通なんで、逆に驚いたよ よく狩られなかったね
もっとも、タマモちゃん程度の妖気なら、そんなに気にしなくてもいいのかな」
羨ましいな
そう言いながら、ベッドから立ち上がって
ちょっと、こっち来ないでよ
妖気の濃さなら、あんただって似たようなものじゃない
睨みつける視線をひょいとかわされて……腰に手が
「突っ立ってないでさ ほら」
ぽすっ
仲良く並んでベッドの上……え？
肩に回された手が、ゆっくりと動いてる
カラ……
飲みかけの缶が、手から滑り落ちる
どうして……
ゆっくりと、薄皮が剥がれるように……タケシの色が変わっていく
「知らない人には付いて行っちゃいけない……学校で教わらなかった？」
……重い
指一本持ち上げられない
タケシは首をぐるぐる回しながら ああ、楽になった と
信じられないけど、さっきまでとは雲泥の差
……これが、こいつの本性
噎せ返りそうな妖気 しかも……
「あんた……これ、血の匂い」
「へぇ、しゃべれるんだ やっぱり、資質は結構高いみたいだね」
こっちが先に見つけられてよかったよ
今なら、余裕で喰えるからね
……こいつ まさか
「……80年前って言ったわね……その時、あんた何をしたの？」
「あ ばれた？ そうだよ 同族を喰ったんだ タマモちゃんよりも小さな女の子だったよ」
……狂ってる