第2話 「編入生」
魔鈴の魔法?が終わって目を開けた唯が最初に見たのはいろんなポーズでひっくり返っている除霊委員と美神の関係者たちだった。
「あ、あんたねぇ…」
復帰第一号の美神令子が気力を振り絞って立ち直る。
「なんでしょう?」
「いくらなんでもあれはないでしょうが!!」
涼しい顔で返す魔鈴に青筋を立てながら詰め寄る美神。
「ま、待ちなさい。令子」
「何よ。ママ!」
「魔鈴さんのやっていることは理にかなっているわよ」
「そうなんすか?」
横島も加わる。
「ええ。一種の自己暗示ってことでしょ?」
そう言って魔鈴を見る。
「そうですね」
頬に手をやってにっこり。
「彼女の場合は「物」を使役することに対する一種の罪悪感によるものではないかと思ったものですから…」
「なるほど、だからそれを緩和するって意味でさっきの台詞ってことね」
納得する美神。そう言えば中世のころ魔女は医師やカウンセラーの役割を担っていたことを思い出す。それにしても他に言いようがあろうというものだ。
「自分が使ってしまった「物」に対する罪悪感が、彼女にとっては自分を差し出さなければならないって言う強迫観念になっていたかもと思いましたので、一応、暗示として逃げ道を用意してみました。」
「でも、いいんですかいノー。本人がそれを聞いてしまっては効果が薄れると思うんじゃが…」
「あ、それはいいみたいよ…本人聞いてないし。」
振り返った先ではクッキーを喉に詰めてジタバタしている唯がいた。
とりあえず一時的とはいえ唯の能力に対する危険性は減じた。
そうなると次の問題は今後のことということになる。
先ほどの美智恵の話では収入の目処はあるようだ。
「じゃあ編入先ってことになるかしらね。」
コホンと咳払い一つして美智恵。
「六女じゃ駄目なの?もともとあそこの学生だったんでしょ。」
「私の先輩ってことになるんですか?」
美神の後を受けておキヌが言う。
「唯ちゃんは六女でもいいの?」
「う〜ん。私は出来ればタダオくんやピート君やタイガー君や愛子ちゃんたちと一緒に学校に行きたいですぅ。」
愛子の問いかけに小首を傾げつつ答える。それを受けて愛子もうれしそうな表情になる。もともと擬似的とはいえ付喪神を作り出す唯の放つ波動は愛子には心地よいものだったからだ。それに唯とはすでに友人以上の関係とも言える。
時々湧き出る珍妙な時空にはさすがに戸惑ったが…。
「だったら決まりね。唯ちゃんは横島君たちの学校に編入という形で復学。そして高卒資格をとってから正式にGメンで採用させてもらうわ。」
「ちょっとママ!!」
「何?何か文句あるの?」
またまたニヤリと笑う美智恵。娘が慌てる様子が楽しくて仕方ないという風情だ。
もちろん娘に対する叱咤の意味があるのは言うまでも無い。
その母親の思惑はわかっているが、そこは筋金入りの天邪鬼たる美神令子、認めるはずがない。そんな美神親子の様子に心の中で溜め息をつくおキヌ。
またまた横島の身近にライバル候補の存在が出来てしまった…。
そんな娘とおキヌの様子を見た美智恵はもう一手布石を打っておくことにする。
「住むところは城南署の婦警寮をそのまま使って良いそうよ。でもあそこだと通学に不便でしょうから学校に近いところに部屋を借りるのが良いかもね?」
そう言って「何か希望ある?」と唯に話を向ける。
それほど考えた様子も無く「特に無い」とあっさりと答える。
「いやでも女の子だったら色々とあるでしょ。お風呂が無いと困るとかさ」
「銭湯がありますから、内風呂なんて贅沢はいいですよぅ」
多少あせったような令子の言葉を簡単に返す。確かに二十年前の価値観で言えば一人暮らしで風呂付は贅沢と思っても仕方ないだろう。
「まあ、住むところは後でもいいわね。とりあえず編入とか保証人の件は私にまかせてくれるかしら?」
(そろそろ潮時かしらね)とあんまり娘を追い詰めても逆効果になると判断した美智恵が話を打ち切る。その思惑にはさっぱり気がつかないまま「お願いしますう」と頭を下げる唯。
こうして彼女の処遇が決定した。
娘とその部下や居候の娘たちの心に微妙な波風を立てながら…。
さて今日はもうお開きということになって、美智恵は託児所に預けてあるひのめを引き取りに、令子たちはそれぞれの自宅に帰宅するという段になって困ったことが起きた。
唯の行く場所がないのである。
婦警寮は空室のままだが荷物はすべて愛子がその身の中に保管している。
「じゃあ横島君のところに泊まれば?」と言う美智恵の爆弾発言に血相変えて反駁する令子・おキヌ・獣っ娘シスターズ+付喪神娘。
当の本人は「にへへへ〜」と笑うだけ。
肝心の横島も「そりゃまずいっすよ」と簡単に流すだけだったりする。
流石につい先日まであんな状態だった唯に煩悩を炸裂させるほど無軌道ではないということか。
なんだかんだ言ってもこの朴念仁は女子供にはとことん甘い。
ピートとタイガーは下手に口を出すとわが身に厄災が降りかかるといわんばかりの表情で沈黙を守るだけ。
結局、おキヌの部屋に唯とついでだからと愛子も泊まるということで決着がついた。
愛子も唯も友人の部屋にお泊りという経験はないから素直に喜んでいる。
そして話もまとまったことだしと一同は魔鈴の店から外に出た。
「あの…横島さん」
店から出た横島にそっと近づいて小声で話しかける魔鈴。
「なんすか?」
「唯さんの能力のことですけど、あれで完璧に封じたって訳ではないので…。やはり大きい力を使ってしまうと…」
「わかってます。今度はあんなことさせません。」
そういってにっこりと笑う横島。その笑顔は少年と青年の中間にある輝きを持って魔鈴の心を真っ直ぐに射抜いた。そんな魔鈴のかすかに朱に染まった頬に気づかずに横島は宣言した。
「いずれ小竜姫様か誰かに頼んでちゃんと封じてもらいます。」
「彼女にはおっきな借りがありますからね」と笑う横島。その台詞が照れ隠しを含んだものであるということに気づかないほど魔鈴も子供ではない。
「お願いしますね」と微笑みつつ横島の手を握り小さな包みを渡す。
「これは何っすか?」
「フォーチュンクッキーです。お土産ですよ。」
「ありがとうございます」と礼をして立ち去る横島たちを見送る魔鈴は彼らの姿が見えなくなるまでそこに佇んでいたが、やがて「エイッ」と一つガッツポーズをすると店へと戻っていった。
それからしばらく日も進み…
「おはよーす」
「おはようございます。」
「おはようさんですじゃー」
「おはよう。横島君、ピート君、タイガー君。今日は早いのね。」
「今日は唯さんが転入してくる日ですけんノー」
「そうですね。晴れて良かったです。」
「あら?横島君は嬉しくないの?」
「いや、そういうんじゃなくてさ。昨日、バイトが遅くて寝不足なんだわ。おまけに…」
シロの散歩にも付き合わされたようだ。
「俺、とにかくちょっと寝るわ。」
言うなり机に突っ伏す。
「相変わらずハードな生活しているわね。」
「粗食に耐えてあの重労働ですからね。昔で言えばほとんど修験僧ですよ。」
「ホントにタフな人じゃノー」
「したくてしてるんじゃねーわい」
などといつもの会話をしていると、担任が教室に入って来る。
一応、静かになる教室。いつもの朝の風景。
しかし今日はいつもと違う。担任がドアを閉めない。
目で合図する彼に促された様子でおずおずと教室に入ってくる少女。
小柄でスレンダーな体型に雪を連想させる白い肌。
肩口で切りそろえられた髪を今日は両側で小さくリボンで結んでいる。
栗色の髪と黄色いリボンの対比が清楚な感じをかもし出す。
新品のセーラー服も初々しいその少女は「ペコッ」と頭を下げ
「天野 唯です!よろしくお願いしますっ!!」
鈴が転がるような声。
教室に男子生徒たちの歓声が沸き起こった。一部女子も混じったようだったが…。
「あ〜。天野の席は…都合よく横島の横が空いているな。」
「へ?あ、そうっすね。」
「んじゃ、天野は横島の隣に座るように。横島…くれぐれも解っていると思うが…」
「あんたは俺をなんだと思ってるんやー!!」
「横島だろ。だから言っているんだ。」
ニヤリと笑み一つ。
「あ〜。一時限目は俺の授業だったな。自習するも良し。親睦を深めるのも良し。ただし騒がしくなったら授業するからな。ついで伝達事項は昨日の通りだ。んじゃ愛子くん後は頼む。」
そう言って教室から出て行く。なかなかさばけた教師のようだ。
唯は教師にペコリと頭を下げるとテチテチテチと横島たちに近づきニコッと笑ってご挨拶。
「よろしくですっ!!タダオくん。ピートくん。タイガーくん。愛子ちゃん。」
そして振り返り今度は全員に向かってもう一度。
「よろしくお願いしますっ!!」
再び歓声が教室を包んだ。
「しかし本当にうちに編入してくるとはなー。」
「へう〜。いけませんでしたかぁ?」
「いや、そうじゃなくて六道ならお嬢様学校だろ。あっちの方がいいじゃん。」
「あっちにはタダオくんやお友達がいませんからぁ」
「あ〜そうっすか…」
赤く染まった頬をポリポリと掻きながら窓の外を見る。
その、ほのぼのした様子を見つめる愛子。決め台詞の「青春ね〜」にもなんかキレが無い。二人のバックに点描が飛んでいる気がするからかも知れない。
無論そんなものは飛んでないが、彼女の乙女回路がそれを感知したのだろうか。
そんな様子を写真に取りながらも、唯にインタビューする新聞部の赤井さん。仕事熱心なことだ。
「しかし一時間目が自習で助かった〜」
新聞部、放送部、ワイドショー研究会などのインタビュー攻勢にさらされている唯を横目で見つつ、再び机に突っ伏してタレ始める。
「あ、そういえば今日は2時間目と3時間目の授業もありませんでしたね。」
「そうですノー」
「お、何でだっけ?」
ピートとタイガーの会話に割り込む。その二人の変わりに委員長のような貫禄を見せつつ愛子が笑いながら横島に教える。
「もう。いっつも寝ているからよ。今日は身体測定日じゃないの」
「へっ!」
返事は意外な方向から来た。
見れば唯が顔面蒼白で立ち尽くしている。
インタビューしていた面々も唯の変わりように驚いているようだ。
「どうしたの?唯ちゃん…」
尋ねる愛子に油の切れたブリキロボのようにギギギギと振り向く唯。
「き、聞いてないですぅ…」
「そりゃ昨日の話だから聞いてないだろ。」
「き、今日はお日柄も悪いので…ほ、保健室でお休みしてますぅ…」
「保健室は身体測定で使ってますよ?」
「へう〜〜。じ、じゃあ…」
「何だ?もしかしてパンツを履き忘れたグハッ!!」
「その発言はセクハラよっ!…でも、唯ちゃん何か心配なことでも?」
横島をエルボーで沈黙させた愛子が唯に聞く。
「いえ…心配というか…あ、えとですね。天野家の家訓で身体測定は一生に一度と好日をもって執り行なうべし決められております次第でありまして、なんと言うか今後の展開を鑑み前向きに検討したいと思わなくも無い今日この頃…」
「ようするに唯さんは身体測定が嫌だと言う事ですか?」
「うえっ!そ、そそそんなことはないですニョ!」
だんだん語調もろれつも怪しくなってきていたり…。
「なんか身体測定にトラウマでもあるんですかいノー」
「うーん。察するに…胸囲測定ねっ!」
「はううっ!」
図星だったようだ…。
そのとき、全校内に緊急警報が響き渡たる。
「緊急!緊急!除霊委員はただちに保健室に急行せよ。除霊委員はただちに保健室へ急行せよ!これは演習ではない!!繰り返す!これは演習ではない!!!」
「な、何事じゃーーーーっ!!」
そして事件が始まる…
後書き
ども。犬雀です。結局、唯嬢は横島君のクラスメートになりました。
今回はギャグ少な目。
しかし途端に起きる奇怪な事件。(あ、でも今回は暗い話になりません。)
では次回『天野 唯、堕ちる…』 お楽しみください。
>九尾様
次回は突っ込みどころ満載娘がますます暴走しちゃいます。もう作者も制御しきれません。
>極楽鳥様
そうなんですよね。唯の復活早すぎ〜と犬も思いました。実は唯を復活させるために横島君とシロタマが活躍する話のプロットは出来てたんですけど、犬は戦闘シーンを旨く書く自信が無かったもので唐突な形での復活になってしまいました。
今後、挿話か外伝と言う形の中でその辺は語っていきたいと思います。
犬めのバトル描写が上達するまでお見捨てなきようお願いします。
>黒川様
>誰を見た
はい。もちろんあの方でございます。
>心に棚
その通りです。(笑)ただしこれが封印として有効かどうかはまだ定かではありません。
>wata様
こちらこそありがとうございます。ますます頑張ります。
>法師陰陽師様
魔鈴さんは犬も好きなキャラなんです。なんとか話に絡めたいなぁとは思ってますが壊しにくいキャラなんで…。シリアス回の時に頑張ってもらおうかなぁと…。
>眞戸澤様
唯に伝えておきますね。今後ともご贔屓くださいませ。
>梶木まぐ郎様
私も好きな言葉です。(おいおい)