第1話 「目覚め」
警察病院から「唯が目覚めた」との連絡を受け、横島たち除霊委員が美神令子とともに駆けつけてみれば唯はやっぱり寝ているままだった。
「何よ!目なんか覚ましてないじゃない!!」
思わず怒鳴る美神、ピートやタイガーの顔にも落胆の色が濃い。
だが…
「いや…美神さん。あれって…」
「そ…そうね…」
どっか疲れた風情で言う横島にやはり同じような風情で頷く愛子。
唯はと見れば眠っている。ただし以前のような人形めいた気配はなく、半開きにした口元からわずかに銀の雫をしたたらせつつ、スピョスピョとそりゃあもう気持ち良さそうに…「寝て」いた。
どっと肩にのしかかる何かを感じつつも横島はベッドに近づき、すうっと大きく息を吸い込むと唯の耳元に口を寄せ大声で一喝。
「起きんかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「へっ?!うひょっ!あひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ドゲン!
飛び起きた拍子にバランスを崩し、ベッドから頭を下にして転げ落ちる。
「う〜」と唸りつつ頭をさすりさすり起き上がってくる唯を横島は力強く抱きしめた。
「へっ?あの?タダオくん?」
「……」
「く、苦しいかなぁ…なんて…」
「唯ちゃん…」
「は…はい」
「おはよう…唯ちゃん…」
そういってますます強く抱きしめる。
呆然としていた唯だったが、やがて目を閉じて横島の背に手を回しギュッと抱きかえす。
「おはようです。タダオくん…」
そんなこんなで今日は唯の復帰記念パーティ。
魔鈴めぐみのレストランを借り切っての大宴会と相成った。
何も言わずにただ唯の頭を撫でる黒岩や、「いがったなぁ」と涙で顔中くぢゃぐちゃにしながら抱きつく五郎や、無愛想な中にも隠しきれない喜びを見せる掃除のおばちゃんや、涙と笑顔がごっちゃになった滝沢を筆頭とする婦警の面々に囲まれて幸せそうに笑う唯を暖かな眼差しで見つめる除霊委員たちと美神除霊事務所の面々。
そしてその様子をどこか申し訳なさそうな表情を見せながらも魔鈴とともに見守る美神美智恵。楽しい時間はまたたくまに過ぎた。
やがて夜も過ぎ、警察関係の皆様が勤務の都合などでお引取りとなり、霊能関係者がいるだけとなった魔鈴の店では彼等による話し合いが行われていた。
議題はもちろん唯のこと。
口火を切って令子。
「そもそもママは唯ちゃんのこと知っていたの?」
「ああ、唯ちゃんは私が学生のころの後輩だったのよ。」
「へー。そうなんですか。」
「そうね。直接面識はなかったけどね。」
おキヌの問いに軽く頷きながら答える。
「えへへ〜。美神先輩は私たちの憧れだったんですよ〜」
魔鈴が出してくれたハーブティとシュークリームのセットを堪能しながら唯が答える。
「昔から強くて美人で評判だったんですよ〜。今もちっとも変わりなくて…。いいなぁ。私もあんな風に年取りたいですぅ…」
途端にピシッと凍りつく空気。
ピクピクとこめかみを振るわせつつも平静を保とうとする美神母、「あわあわ」しながら口を挟めない他の面々。シロとタマモの獣っ娘シスターズはシュークリームとともに部屋の隅へ退避を開始した。
「あ〜ら。私は唯ちゃんがうらやましいわよ。二十何年も成長もしなかったなんて…」
「へうっ!」
そう言ってニヤリと笑う美神母。背後に黒いオーラが見え隠れ。
美智恵の視線が自分の胸に向いていることから、何を言われたのかさすがに気づく唯。
やがて二人同時に「「ふっふっふっ」」と笑い出す。
「あああああ、あの、そ、それでですね。唯さん、今後どうなるんですか?」
おキヌが必死に話題の転換を図る。さすが調停の女神の異名は伊達じゃない。
「それはワッシも気になりますノー」
「そうですね。」
おキヌの発言に同調するタイガーとピート。こちらも必死の形相だ。
「うーん。そのことなんだけどね…」
ハーブティで口を湿らせつつ続ける美智恵。
「唯ちゃん、戸籍年齢は三十何歳だけど実質年齢は横島君たちと同じなわけよ。でね、今までは目覚めた唯ちゃんの生活のこととかもあって特例としてGメンからの出向という形で処理していたんだけど、今回みたいに無茶苦茶な使われ方しちゃうとねぇ。」
三十何歳を微妙に強調しつつ「まぁ、監督不行き届きだった私が言うのもなんだけどねぇ」と呟きながらハーブティをまた一口。
「だから唯ちゃんには正式にGメンの職員になって欲しいのよ。でもそのためには…」
「高卒資格ですか?」
美智恵の後を受けてピート。
「そうなのよ。という訳で唯ちゃん。高校に復学する気はないかしら?」
「ほへっ?私がですかぁ?それは行けるんなら行きたいですけどぉ…」
そう言いつつ顔を伏せながらチラチラと横目で横島たちの方を見やる。
その目線になにやら危険な予感を抱く美神とおキヌ。
「お金のことなら心配しなくていいわ。唯ちゃんは今後も城南署でお仕事してもらうから。ただし非常勤の相談員としてね。もちろんお給料は出るわよ。」
「ちょっと!ママ!!そんなことさせてまたあんなになったら!!」
「ああ、それなら大丈夫よ。今度の署長さんは苦労人だしね。ちゃんと話したらわかってくれたわ。」
「でも、またあんな力を使っちゃったら…」
「そうね。やっぱりあの能力は封印なり制限しなきゃ駄目でしょうね。使うなって言って聞くような娘でもないでしょうし。」
「うーむ。」と考え込む一同。唯はオロオロと皆の顔を見渡している。獣っ娘たちはシュークリームと格闘中。その時、「お茶のお変わりいかがですか?」と魔鈴がトレーにクッキーを載せて入ってきた。その後に箒がお茶を載せたワゴンを押して続く。
その様子を見ていた横島はふと気がついた。早速聞いてみる。
「あの〜。魔鈴さん?」
「はい?なんでしょう?」
「魔鈴さんて普通に物を人みたいに動かしてますよね。それで何ともないんすか?」
「えっと…どういうことですか?」
「実は…かくかくしかじか」と再びピートがこれまでの出来事を簡単に説明する。
こういうことはピートの役目と定着したようだ。「なるほど…」と魔鈴。
つと唯の方に近寄るとその手を優しく握って話しかける。
「あなたは物を動かす時にどんなことを考えてますか?命令ですか?お願いですか?」
「えと…よくは解らないんですけど、お願いだと思いますぅ。」
「魔鈴さんは違うんすか?」
「私の場合はお願いというよりは魔法による契約によって使役するんです。」
横島の問いに答える魔鈴。「でも…」と続ける。
「唯さん…でしたか?彼女の場合は契約も無しに「依頼」という形で物に仮初の命を与えているんだと思います。だからその力の反動が彼女にダイレクトにかかってくるのではないでしょうか?」
「だったらどうすればいいのよ」
不機嫌さを隠しもしない美神。犬猿の仲ゆえに仕方ないと言えば仕方ないかも知れない。
「そうですね…」
唇に手を当てて考え込むことしばし、やがてニッコリと
「それでは私が魔法をかけてさしあげます。」
「はえ?」
展開についていけないでいる唯に向かって穏やかな笑顔を見せると「私を信じてくださいますか?」と尋ねる。「は…はい」と頷く唯を優しく促してイスに座らせ、他のメンバーを見渡して厳かな口調で言う。
「では、これから唯さんに魔法をかけます。かなりデリケートな魔法なので皆さんは黙って見ていてくださいね。」
「わかったわ。約束する」と頷く一同を満足げに見渡した後、テーブルの上にあった飾台から一本のろうそくを手に取り唯の前にかざす。
「この炎をじっと見つめてください。」
コクリと頷く唯。
「いいですか?今から三つ数えるとあなたは眠くなります。」
そう言って一拍おいてから数を数え始める。
「一つ…」
「くかー…」
(((もう寝ター!!!)))
魔鈴との約束を守って無言で突っ込む一同。魔鈴も唯のあまりの寝つきのよさに後頭部にでっかい汗を浮かべるが気を取り直して次のステップ。
実にあっけなくも完全なトランス状態に落ちた唯にささやくように聞く。
「あなたは今どこに居ますか?」
「えぅ…お花畑ですぅ…」
「あら?」ってな表情を浮かべる魔鈴。気を取り直しつつ聞いてみる。
「そこでは何が見えますか?」
「金髪でマッチョでビキニパンツを履いた鬼さんがたくさんの埴輪さんとお茶してますぅ…」
その言葉に嫌な予感を感じる横島。見れば唯の鼻から天使のコスプレをした彼女の魂が天に向かって尾を引きつつ上っていく。
「成仏禁止ぃぃぃぃ!!」
ダン!
ビシッ!
ビタン!
ピャッ?!
とっさにジャンプ一番『栄光の手ハエ叩きバージョン』で昇天しつつある魂を叩き落す。テーブルに叩きつけられた魂はしばしピクピクと痙攣していたが、やがてピーッピーッと泣きながら唯の体に戻る。
それと同時にパチッと目を開ける唯。
「え、えうぅぅぅ。なんか酷いことされた気がしますぅ〜」
半べそかきながら訴える唯に、心の中では「催眠術で昇天しかかるこの娘って…?」と思いつつも、まあまあと宥める魔鈴。気をとりなおして再度挑戦。
「はい。1…2…3…」
再び「くかー」と口を開けてトランス状態に入る唯に穏やかに語りかける。
「はい。今、あなたの大切な人が危機に陥ってます。」
「ああっ。タダオくんがおっきなギョウザに〜。逃げて〜タダオく〜ん!」
大切な人=横島という部分に反応して顔が引きつる女性陣、美智恵だけはその様子を面白そうに見やっている。
一方、横島は「俺はどんな危機に陥ってるんじゃぁ」と冷や汗混じりに考えていたりするからそっちには気づかない。
「あなたの力なら助けられますよ。」
「お願い!もんじゃベラさんたち。タダオくんを助けてっ!」
もんじゃベラって何だ!と突っ込みたいけど我慢する一同。
「はい。あなたの力でタダオくんは助かりました。」
「よかったです。ありがとう。もんじゃベラさんたち…お礼に」
「はい!そこでストップです。いいですか?今からあなたに魔法の言葉を教えてさしあげますね。」
いよいよ佳境に入ってきたと緊張の面持ちで見つめる一同。
「お礼をしなきゃと思った時はこう言ってください。「それはそれ!これはこれっ!!」」
(ドングワラガラガッシャアァァァン!!!)
美神たちは器用にも、音を立てずに盛大にずっこけた。
後書き
ども、犬雀でございます。
調子に乗りまして「除霊委員シリーズ第二弾、除霊委員の身体測定」を始めました。
前回はダーク系統でしたので今回からは壊れ系統で書いてみたいなと思ってます。
ゆくゆくはバトルものとか15禁とか18禁とかも書いてみたいな、なんて野望も持ってますがどうなることやら…。
えーと…唯嬢、あっさり目覚めました。その理由とかちゃんとした能力封印とかは後の話の中で書いていこうかな…なんて思ってます。
前回は皆様の様々なご意見やご感想が犬にとりまして励みにも参考にもなりました。
今回もよろしくお願い申し上げます。