今、ソッドの中でこのような思考回路が生まれている。
自分は、この世界にいてはいけない。なぜなら、自分がそこに存在するだけで
周りの皆を怯えさせ、苦しめる。またいつか己の中の寂しさが火を噴いて、
あの惨劇のときのように皆に襲い掛かって・・・苦しませてしまうかも知れない。
そんな恐ろしいバケモノは、滅んでしまうべきである。消え去るべきである。
自分さえいなくなれば、皆は平穏な日々を過ごせるのだ。怖い思いもしなくて済むのだ。

そう・・・ソッドは、最悪の選択 「 自 殺 」 をしようとしていた。

ソッドは・・・森を歩いていくうち、開けた空間を見つけた。
そこには 気が遠くなりそうな幅の広さと底の深い「谷」があった。
ここから勢いつけて飛び降りれば、たとえドラゴンといえども無事では済まないだろう。
ソッドには谷が・・・大きく口を開け、エサが飛び込んでくるのを待つ巨大な捕食者に見えた。
そのスケールに思わず身震いし、このうえない恐怖を感じている・・・。

ぶつかったときは・・・どれほどいたいんだろうか・・・。
いっしゅんで・・・確実に・・・、確実に・・・「逝け」るのだろうか・・・。
がりっ・・・ころころ・・・ぼろっ・・・・・・
ソッドは崖っぷちに足をかけた。小岩が崖からくだけて転がり落ち、
谷という巨大な捕食者に飲み込まれていった・・・。

「かみさま・・・ぼくさえいなくなれば、みんな幸せになれるよね・・・?
みんなを襲おうとする愚かしく凶暴なドラゴンは・・・消えなくてはならないよね・・・?
さよなら・・・・・・・・・みんな・・・・・・・・・。」
ソッドがまさに一歩を踏み出そうとした、その時!!!!

「見つけた!!! あなた、こんな所にいたのね・・・探したわよ・・・。」
そう、あの少女だったのだ。
目が覚めてから 緑竜がいなくなったのに気がつき、あの傷ついた体でどこに行くのかと
心配になって・・・森の土にしっかりと刻まれたおおきな足跡をたどって追いかけてきたのだ!

「ガウウウッッ!? グ、グルルウ・・・!!」(きみ・・・は!ど、どうしてここに・・・)
ふたりの間にコトバは通じない。だが、大声で叫んだ少女の声に踏み出しかけた足が引っ込む。
「あなた・・・こんな傷ついた体でまだ動いてはいけないわ・・・。さぁ、帰りましょう?」
少女は臆することもなく、目の前に巨大な緑竜に小さな手を差し伸べる。

ソッドはドキドキした。
少女が自分にナニをいっているのかは、理解しえない。ただ少女は、心配そうな眼差しを含んだ
とても優しそうな目をして 自分に怯えることもなく、近寄ってくるのだ。
「ガルルル・・・ゴガアアァァァ!!!!」(だめ・・・こないで、きちゃだめ・・・!
きみまで巻き込んでしまうわけには いかないの・・・!!!!)
ソッドは後ろは崖なのに、少女からあとずさる。

「怖がらなくてもいいわ・・・さぁ、私と一緒にいきましょう?ここは危ないわ。」
ソッドの咆哮に、やはり怯えることはなく 彼を説得している。これまでにない反応に、
ソッドはかえって 初めてのことでより困惑した。
「・・・・・・・・・グルル・・・」
ソッドはさらにあとずさる。崖までの距離はどんどん縮まっていく。
少女は、ソッドがとても悲しそうな目をしていることに気がつく。
ソッドの目に・・・もう希望はない。自分を滅ぼすことしか、考えられないのだ。

「あなた・・・・・!!まさか、ここから飛び降りようとしているんじゃ・・・!?
どうして、そんなことを・・・!! ・・・まさか、あなた・・・。」
少女にはソッドに思い当たる節があるようである。
「行商のおじさんたちが、そういえばこんな話をしていた・・・。
ある緑竜が 村を襲って壊滅させたって・・・。あなたは、その緑竜。そうなのね?」
少女は真剣な眼差しで、でも威圧感を与えないようにあくまでおっとりと尋ねた。

「グル・・・・ガアァアアァァ!!!!!」(よく・・・知ってるね。そうだよ、そうだ。
ぼくは村のみんなを丸呑みにした凶暴な人食いドラゴンだよ!!!!!)
ソッドは大きく咆哮を上げ 口を思いっきりかっ開いて少女に突進した。
さすがにこの剣幕でかかれば、例えこの少女でも 逃げ出してしまうだろう。
自分を恐れて・・・この場を離れてくれる、そう思った。

「・・・・・・・・・。」
少女は、一歩も動かない。
ソッドは、少女にかぶりつく一歩手前で寸止めすることとなった。
別に少女を飲み込もうとして襲い掛かったわけではないからだ・・・。
パカッと開いた口を、少女はそっと閉じて ソッドの首を優しく撫でた。

「あなたは・・・とっても綺麗な目をしている。・・・さみしかったんでしょう?」
「ウグル・・・・ガウウウ・・・!?」(えっ・・・えっ・・・!?)
「あなたが村を襲ったのは、さみしかったから・・・違う? その姿をみんなに怖がられ、
どうしようもできなくて 襲い掛かるしかなかった?そうでしょう・・・?」

「・・・・・・・・・。」
ソッドは・・・呆然としていた。だって、まさにその通りだからだ。
自分の瞳を見ただけで、心が読み取られてしまった・・・。
「でも、もう大丈夫よ。私がいるから・・・あなたの存在・・・私に愛させて。
そして どうか、この私を愛してください・・・・・・。」

「・・・ギュワアアァァァ・・・・!!!ガアアァァアアァ・・・・・!!!!」
ソッドは少女を抱きしめて大声で泣いた。もとい、大きな咆哮をあげた。
少女の大きな優しさに ソッドの凍てついた心はどんどん溶け出し・・・
それが涙となって止め処なく 流れる。流れる。あふれ出して止まらない・・・。
自分の存在を、認めてもらえたのだ。この世界で・・・生きていていいのだ!

「つらかったでしょう・・・?もう、あなたはひとりじゃないわ・・・
この世界で・・・みんなといっしょに、生きてていいの・・・!!!!」
少女もまた、その小さな腕いっぱいにソッドの顔を抱きしめて愛情たっぷりになでる。

じゅるっ・・・べろ・・・べろ・・・!!!!
少女を抱きしめてベソをかきながら、ソッドはよだれいっぱいの舌でめいいっぱい少女を嘗め回す。
「ガウ・・・・・・・!!!!! グルルルルァァァ・・・・・・・!!!!」
少女はもう、大量に溢れて止まらない大粒の涙と波打ち跳ねる唾液の海におぼれていた。
「や・・・やだ!あなたったら・・・オーバーね! あはは!!!くすぐったい!!!」

しばらくふたりの微笑ましいやりとりが続いていた・・・。
谷の空間も、今は笑い声とよろこびの鳴き声が共鳴し 歌を歌っているようだった・・・。


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