・・・時は、ソッドが丁度村を全壊させ、村人を全て丸呑みにしてしまった
その場面から始まる。実際には、あの惨劇の瞬間から数時間経っている。
ソッドは、満腹感に満たされていて・・・とても・・・眠たかった。
横になって、今にも眠ってしまいそうだった。

・・・・・・・・・スリスリ・・・・・・
ソッドは、まるでお腹の中に身ごもったわが子を愛でるかのように
とろんとした目つきで、ゆっくりとお腹を撫でていた。飲み込んだ人々の体温の
温かさが、ソッドにこれまでになかった感情を与え・・・不思議な気分にさせる。

・・・・・・・・・。 ・・・? ・・・・・・はっ!!!!
突然ソッドはがばっと起き上がり、目を丸くして自分のお腹を見る。
その揺れで、お腹の中で絡まりあう人々の位置が大きくずれ バランスを崩させた。
「ぼ・・・ぼくは、ぼくは・・・! 何てことをしてしまったのだ・・・!!!」
目の前に広がる跡形もなく崩壊した村を見て、自分のお腹の膨らみを見て、
ようやく たった今、自分が何をしてしまったのかを自覚した。

「み・・・みんなを、た、食べてしまったのだ!!! 襲ってしまったのだ・・・!!
早く、出さないと!! ウ・・・クパァ・・・ゴババババッッ!!!!」
ソッドは慌てて、飲み込んだ村人全員を 柔らかな草原の上に吐き出した。
恋人・・・家族・・・仲間同士で、丸くなって絡まっている。
さぞかし死の恐怖を感じていただろう。胃液でまみれている子供の顔には、
明らかに胃液の湿りとは違う液体の筋が、目から流れて乾燥している。

・・・危ない所だった。村人は全員まだ息はあるようだが、ひどく衰弱し、気絶している。
黄土色の粘つく胃液にまみれた彼らは、服はちぎれほとんど溶解されていて、
まるで獣の皮を剥いで身に着けたような 粗末な格好の原始人のようである。
戦士たちが身に着けていた軽装の鎧でさえ、異臭を放って錆び付いていた。
もうすこし吐き出すのが遅れていたら、そのまま消化されてしまっていたに違いない。

ソッドは急いで 村人ひとりひとりを翼の羽で胃液をふき取り、重ねると
柔らかい植物の葉っぱをたくさんかき集めて、折り重なる彼らにかけた。
近くの小さな木を切り裂き、焚き木をつくり彼らの周りに置き それに炎を吐きつけた。
村の真ん中に おおきな葉っぱのベッドと、焚き火のストーブができた。

「ごめんなさい・・・!!! ごめんなさい・・・!!!」
ソッドは泣きながらその場を後ずさった。 その大きな目から滝のように涙がぼろぼろ流れる。
「とうとうぼくは・・・傷つけてしまったのだ・・・。みんなを、襲ってしまったのだ・・・!
本当に・・・恐ろしい凶悪なドラゴンになってしまったのだ・・・!!
もう・・・ぼくは、ここにいてはいけない・・・。 ここに・・・いや、
この世界に・・・さえも・・・!!!」

うううわあああぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜んんんんん!!!!!
うううわあああぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜んんんんん!!!!!
ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・!!!!!
ぼくがここにいて・・・・ごめんなさい・・・・・・・・・・・・!!!!!

ドスドス・・・・・・!!! ドスドス・・・・・・!!!
ソッドは大声で泣きながら(吼えながら)その村を走り去った。
そのありあまる悲鳴は、周囲の生き物たちを 震え上がらせたという・・・。



ソッドがいなくなってしばらくして、とある行商一行のキャラバンが
偶然その村に現れ、幸いなことに村人は彼らによって介抱を受け 事なきを得た。
ソッドは、だれも・・・死なせずに済んだのだ。だがあの処置をしていなければ、
どうなっていたかは解らない。 とにかく、みんな 無事だった。

そして意識を取り戻した村人たちは 今回の出来事を証言し、ソッドは・・・この時点で
「人里に容赦なく襲い掛かる 残忍な人食いドラゴン」というレッテルを貼られる事となる。
ソッドの施した処置については、勇敢にも凶暴なドラゴンと戦い我々を救出し、あの処置をして
見返りも求めずに去っていった名も無き勇者がいた・・・という風に解釈されたようだ。
もちろん彼らにすれば ドラゴンがまさか自ら自分達を吐き出すなんて考えられないだろうし
そうとでも考えるしかないようであった。ただ、ドラゴンの死骸がないのは不思議そうだったが。



ソッドは、一心不乱に走りつづけた。飛び続けた。どこまでも・・・どこまでも。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
だが、どれだけ走ろうとも 飛ぼうとも・・・この世界から逃げることなどできない。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。 うっ・・・クラッ・・・」
ズザザザザザザザザザザザザザザザッッッ!!!!! ドシャシャシャシャッッ!!
ソッドは一瞬気を失いバランスを崩し、森の中に墜落した。爆音のような音が響き渡る。
「う・・・ああぁ・・・ガクッ・・・」
ソッドはそのまま倒木の下敷きになって 気を失ってしまった。



場所は少し変わり、同じ森の中、深部の泉のほとりに一軒の大きめの小屋がある。
そこにはひとりの少女が住んでいた。年は17,8くらいで もうそろそろ「女性」と
呼ばれるくらいである。長髪をなびかせる美しい外見もさることながら、森の奥に
住んでいるせいもあるのか・・・いささかたくましそうにも見える。
その少女は、ソッドの墜落の轟音を聞いて少女は一瞬驚いたが、
すぐに身支度をして 轟音のする方向へと向かっていった。

「・・・・・・・・・!!」 彼女は驚いたが、怯えた様子はない。
そこには、倒木の下敷きになって倒れている傷ついた一匹の緑竜の姿があった。
その光景を見て 彼女は慣れた身のこなしでソッドに駆け上り、重なり合った倒木を
ぐいっ・・・と力をこめて転がし、一本ずつどかしていった。そして、苦しそうな顔をする
緑竜の額を優しく撫でると、硬い樹に擦り付け擦りむいた部分に ある程度の手当てを施した。
彼女は、今日はまだ時間があるから その緑竜が目覚めるのを待つことにした。
ソッドの脇に寄りかかって眺めているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。



「うう・・・いたたた、うううぅ・・・っ。」 ソッドはしばらくして意識を取り戻した。
「そ、そうだ・・・空飛んでるときに気を失って落っこちてしまったのだ・・・っつ。
・・・? でもなんか変なのだ・・・きずぐちに何かまかれているのだ・・・。」
体の数箇所に人間の道具「ほうたい」が巻かれている。したにはきずぐすりが塗られている。
しかし、随分長い包帯をよく持っていたものだ・・・彼女は・・・?

・・・・・・・・・ずるっ。
いくらかの沈黙の後、ソッドが少し体を動かしたことで 寄り添っていた彼女の体がずれた。
「・・・・・・・・・がうっ!? な、なんなのだ・・・!?」
恐る恐る横に首をかしげてみると・・・そこには、少女がいた・・・。

「うわっ・・・・・・もごっ。叫んじゃいけない・・・起こしてしまう・・・」
自分がついさっき襲い掛かった・・・「人間」がすぐ目の前にいて、いろんな感情が一気に襲った。
混乱と怯えと悲しみと・・・さまざまな思いに心渦巻くが、なんとか落ち着いてソッドは考え、
この少女がどうやら倒木をどけ 自分の事を助けてくれたのだと辛うじて理解する。
だが、ここでさらに混乱が増し・・・ソッドは頭を悩ませた。

このひとは・・・このぼくが、こわくなかったの? おそろしくなかったの?
ぼくは・・・人間をおそった、傷つけた・・・凶暴はドラゴンなんだよ・・・?
いや・・・その前に、もうぼくの存在さえが・・・もっともいけないものなんだ・・・。
ぼくが”そこにいる”だけで みんなを怖がらせ、おびえさせ、へいおんな時間を奪ってしまう。
それなのに・・・どうして・・・ぼくを、たすけてくれたの? ねぇ・・・。

ソッドは恐れ多く感じながらも、そっと少女の顔を震える舌の先端で舐めた。
倒木をどかすのは やはり体力を多く使ったのか、少女はソッドの横腹で気持ちよさそうに
眠っている。ソッドは彼女の安眠を邪魔するのは悪いと思ったけれども・・・

「こんなぼくをたすけてくれて・・・ありがとう・・・。でも、ぼくはアナタと
いっしょにいることは・・・できません。ぼくがそばにいたら、きっとアナタは
不幸になります。どうか、こんな醜いぼくのことは 忘れてください・・・。」
そういうと ソッドはそっと抱きしめて涙を流し、少女の頬を少し濡らした。
ソッドは、”ある覚悟”をしていた。そして、それにふさわしい場所を求めて・・・
傷ついた体を引きずって、森の中をノッシノッシと・・・歩いていった。


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