空気が冷たい。地面だって冷たい。
僕は今いる場所が九尾の胃袋では無いことを悟った。
九尾の体液で濡れた体に風が吹いて体温が奪われる。
「主。いつまで寝ておる。」
「?・・その声っ・・・っ!?」
聞き慣れた声に目を開ければ、目前に黒狼。
名を呼ぶ前に前脚が腹をキツく押しつけられた。
「・・約束を破ってくろうたのか?」
・・・そうなるよね・・やっぱり。
怒りに染まった目。しかし、その奥には真実を認めたくないと、“嘘だと言ってくれ”とでも言いたそうな目をしていた・・
言い訳はしないほうが良さそうだ。
「・・・ごめん・・なさい・・・」
僕は目を黒狼から逸らし、声を絞り出した。
「・・主は儂より、九尾を選んだのじゃな・・・」
「それは違うよ。でも・・約束を破ったのは事実なんだ・・・許してとは言わないよ・・」
僕が黒狼を見上げると、黒狼は目線を逸らし、黒狼もまた声を絞り出した。
「・・所詮、人と狼じゃ・・交わり、仔を成したとしても最後まで叶わぬ愛・・・なんじゃな・・」
「・・それはちが・・」
「黙れっ!わ、儂はそなたの事を信じておったんじゃ!儂の仔もそなたの事を好いておったのにっ・・・それなのに・・それなのにっ・・そなたはっ!!」
グリィッ!ミキッ・・
「う・・がっ!?」
前脚に篭もる力が強くなり、より腹部を圧迫した。
肋骨が黒狼の付加に耐えれず悲鳴を上げる。
「儂はもう我慢ならん!!主を喰ろうてくれるわ!」
前脚の圧迫が無くなったと思った次には、足に鋭痛が走った。
ガブリと牙が皮膚を喰い破り口元から深紅の血が垂れた。
「痛っ・・・」
「痛いじゃろ!?儂の心の痛みじゃ!」
痛い。確かに痛いけど・・
僕は何も言わない。こうなる事は分かっていた。
九尾に喰われるか、黒狼に喰われるか。
どっちにしたって喰われるだけ。
「何か言ったらどうじゃ!ただ、黙って喰われるだけかっ!?どうなんじゃ!!」
黒狼の怒声はどんどん大きくなっていった。
「・・僕は黒狼さんの事・・好きだから・・」
「ええいっ!そのような事を言うても無駄じゃ!!この裏切り者めがっ!!」
足を口が捉え、空中に投げ出される。
「儂の腹の中で悔いるが良いわ!」
ヒュッ・・バクンッ!
落下する僕を口内にしっかりと収め、口が閉じられた。
真っ暗の口内、舌に服が張り付きながらも黒狼の喉に向かって落下してしまい・・
ゴクン・・・
僕は黒狼にも丸呑みにされてしまった。

 * * *

儂の伴侶が儂に呑まれてゆく・・・
喉の膨らみが生々しく下る。
「・・・グフゥ・・」
一緒に呑み込んだ空気と共に、儂は不満をも吐き出した。
このような状態でこの人間を味わえる訳がない。
胃袋に人間が落ち込み体が大きく震えるも素直に喜べない
何度でも味わいたい程なのにこの一回は無意味だ。
美味しいはずなのに美味しくないのはこ奴のせいか。
儂は巨木に縛り付けた九尾を睨む。
「に、人間ならもう・・は、吐いたじゃろっ、ま、まだ何かあるのかっ!?」
グパァ・・ポタッ・・ポタッ・・
黒狼の口が開かれ、紅い涎が滴る。
「ひぃ・・わ、儂を喰ろうてか!?ぬ、主っ、待てっ・・・い、命までは取らんじゃろ!?」
ガブッ・・・ブチン。
蔓に牙を引っかけ噛み切った。
「ひぃっ・・・え、あ・・・」
「去れ・・・儂の気が変わらぬ内にな・・・」
儂がぼそりと呟くと九尾が血相を変えて儂の前から去っていった。
「お母さん・・・いいの・・?お兄ちゃんを苦しめてたんだよ?」
「・・・・・・・」
「お母さん?お兄ちゃんは?」
幸い儂が人間を喰らう所は見られてはいなかった。
「すまぬ・・少し・・一人にしてくれるかの・・」

 

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