暑い…… ……いや、どちらかと言うと“熱い”と言うべきかもしれない。 「ダメだ、ボクもう疲れたよ……」 ボクは弱々しく言うと、そのまま地面に座り込む。 「た……確かに、この日照りは……」 ロゼリアも相当参っているようで、同じく隣に座り込んだ。 ……ボクらを苦しめているのは、数時間前から続く激しい日照りだった。 「ど……どこかに、休めるところ無いの……?」 「えぇっと……この付近には炎軍の本拠地がありますけど。」 炎軍の本拠地…… ダメだ。 そんな所に行けば、すぐに捕まって捕虜にされるだろう。 「だ、誰か……」 ……ボクがあれこれ迷っていると、 その炎軍の本拠地の方から、弱々しい声が聞こえてきた。 「ありがとうな、助かったぜ……」 とりあえずボクらは、このラグラージと言うポケモンを 持っていた救急セットで手当てしてあげた。 「それにしても、何でこんな所で傷だらけで……?」 ロゼリアが、ラグラージさんの腕に包帯を巻きながら聞く。 「そ……そうだ。 早く皆に知らせんと……」 「あ、無茶しちゃダメですよ!」 立ち上がろうとするラグラージさんを、ロゼリアが必死に止める。 「ねぇ、ラグラージさん。 何があったか教えてよ?」 ボクは立ち上がれずにいるラグラージさんに近寄って言う。 「む…… そうだな、先ずはお前等に話してやらないと……」 ……ラグラージさんは座りなおすと、ボクらにゆっくりと語り始めた。 「伝説の地底獣、グラードン……?」 聞きなれない名前に、ボクは首を傾げる。 「そう言えば聞いた事がある…… 昔、陸地を広げるために、海底獣カイオーガと死闘を繰り広げたと。」 ロゼリアが何故か説明口調で言う。 「そう、そのグラードンが、どうも炎軍の闘技場の地下に眠ってたらしくてな。」 「それを、地震で呼び覚ましちゃったってワケですか。」 「……面目ない。」 ロゼリアが呆れた顔で言うと、ラグラージさんは小さくなって謝った。 「それにしても……よく生きてたね、おじさん。」 「こう見えてもまだ若いんだが……」 ボクの“おじさん”を、ラグラージさんは素早く否定する。 ちょっとかわいい。 「まぁ、ホント奇跡的だな。 一度呑まれかけたんだが……」 「ちょ…… ちょっとまって!」 「……ん?」 ラグラージの言葉を静止するように、ロゼリアが割って入る。 「“呑まれかけた”って、ラグラージさん、結構大きいですよね? それを一口で食べちゃえる位ってどれだけ大きいんですか!?」 ロゼリアは興奮した調子で聞く。 ……そういえばロゼリア、怪獣とか好きだったっけ…… 「ん…… まぁ、ざっと3m50はあったかな……?」 ……え? 「さ…… さんめーとる……ごじゅう……」 ボクはそれを聞いて目眩がした。 ボクがだいたい40cmぐらいだから…… ……その身長差、実に3m10…… 比率にして、なんとおよそ9倍……ッ! 「……そ、そんなものが……」 「あぁ、地上に出て…… 今、どっかで暴れてやがる。」 気の弱いボクは……それを聞いた瞬間、気を失いそうになった。 「話をまとめると、ラグラージさんの起こした地震が原因で 炎軍の闘技場の地下に眠っていたグラードンを起こしてしまい、 数時間前からの激しい日照りはそのグラードンが原因、と言う事ですね。」 ロゼリアは、歩きながらボクに確認する。 「……うん……」 ボクは振り返り、別の方向に歩いていくラグラージさんを見ていた。 なんでも、グラードンとカイオーガの伝説について詳しい知人を訪ねるそうだ。 「責任、感じてるんでしょうね。」 やたらと後ろを気にするボクに気付いたのか、ロゼリアは言う。 「……見た目、図太そうだけどね。」 「ええ、確かに……」 ボクらは、ラグラージさんの別の知人の所へ向かう。 ……ラグラージさんの名を出せば、暫く面倒を見てくれる……らしい。 今は…… それ位しか、すがる物が無かった。 ボクらは歩きつづけ…… そして、ついに目的の森に辿り付いた。 「く…… 暗いですね……」 「うん、しかも寒いよ……」 最初はあの日照りで丁度よくなると思ったんだけど…… 流石に夜になると日差しは無くなって、本当に真っ暗になる。 ……気温も、日中とはうってかわって寒いぐらいだ。 どうやら、“ラグラージさんの知人”の家は、この森の中にあるらしい。 なんでも、元々居た部隊で最強の強さを誇りながら、戦争が嫌で逃げて来たらしいんだけど…… 「ウフフ……」 ……ん? 「ね、ねぇロゼリア……」 「……今の笑い声なら、私じゃありませんよ。」 さすがロゼリア、ボクの気持ちわかってる…… ……じゃない! ロゼリアじゃなかったら今のは…… 「アハハ……」 「ヒヒヒ……」 「ククッ……」 ……べ、別々の笑い声が聞こえる! 前から、後ろから、右から、左から…… 「……囲まれてしまったようですね。」 「ぼ、ボク、お化けは苦手なんだけどな……」 「だ、誰です! 姿を見せなさい!」 ロゼリアは震えるボクを庇うように仁王立ちになって叫ぶ。 「ウフフ…… あら、ちっちゃい割にたくましいのね……」 首に紅い球をぶら下げた黒い影が。 「アハハ…… まぁ、その威勢もいつまで続くか……だけどねぇ。」 尖った角を持つ黒い影が。 「ヒヒヒ…… 白い方のガキはちょっと脅かしたらチビりそうだけどな!」 光る大きな目を持つ黒い影が。 「ククッ…… 味見していいか? なぁ味見していいか?」 長い舌をもつガス状の黒い影が…… ……四方から、同時に現れた。 「くっ、これはマズい事になりましたね……」 いつもより気持ちかっこよく見えるロゼリアをよそに…… 「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」 ……ボクは、震えながら何か唱えていた。 「お前、甘そうだなぁ……」 ガス状のお化けがいきなり近づいて来る。 「ひ、ひっ……」 ボクは逃げようとするが、身体が動かない。 「あら、ダメよゴースちゃん、つまみ食いは。」 紅い首飾りのオバケがガス状のオバケ、ゴースを制止する。 「ヒヒ、かてぇ事言うなよムウマ。 アメじゃねぇんだからナメた位じゃ減らねぇよ。」 ダイヤ目のオバケが首飾りのオバケ、ムウマに言う。 「あはは、ヤミラミの言う通りじゃない?」 ツノのオバケはダイヤ目のオバケ、ヤミラミに賛同する。 「カゲボウズ、あんた……」 ムウマはツノのオバケ、カゲボウズを睨む。 「さ、さっきから何のつもりなんですか! 舐めるとか食べるとか!」 ロゼリアが叫ぶと…… 急に、周囲が暗くなった。 それが時間の経過の所為なのか、この四つの影の所為なのかは解らなかった。 四つの影が、森の中で蠢く。 「何のつもり……?」 「そんなの、決まってるよねぇ?」 「……お前等を、食っちまうつもりだよ!」 その言葉を合図に、四つの影が一斉に動きはじめた。 「うあっ!?」 突然、背後から何者かに羽交い絞めにされる。 恐らく、4匹の中で唯一手があるポケモン……ヤミラミだろう。 必死に抵抗するが、ボクの力ではかなわない。 「あぁっ……!」 そして、何者かに長い舌で舐め回される。 最初は気持ち悪いだけだったが…… 次第に、身体から力が抜けてくる。 ヤミラミはそれを感知したのか、ボクの身体から手を離す。 「んじゃ、僕はこっちの子を……」 「やめっ…… やめて下さいっ!」 ロゼリアも何かされてるのか…… あぁ…… 今度こそ、ダメかも…… ……ボクは、完全に諦めてしまっていた。 その時だった…… 聞き覚えのある声が、森の中に響く。 「“フラッシュ”っ!!」 ……声のした方から、激しい光が放たれる。 「ぐわぁぁぁっ!?」 「何じゃこりゃぁぁっ!?」 「目が…… 目がぁぁぁっ!!」 「うぉっまぶしっ!?」 各自、それぞれ妙なリアクションをするが…… 恐らく、この暗い中にずっと居た上に光には弱いはず。 そこにあの閃光……暫くは目が見えなくなるだろう。 「良かった、間に合いましたね……」 僅かに残った力で声のした方に首を向ける。 ……額の紅い珠、引き込まれるように深い紺色の瞳…… 「え…… エーフィ、さん……!」 ……助かった。 心からそう思った。 「くっ…… アンタ達、やっちゃいなさい!」 体制を立て直したムウマが、他の三匹に命令する。 「了解だよッ!」 先ずはカゲボウズが物凄い勢いで飛んでくる。 「甘いぜ!“メタルクロー”っ!」 と、横から紅い閃光が走り……カゲボウズを弾き飛ばした。 「……助けに来たのは、エーフィだけじゃないぜ?」 光沢のある紅い身体…… 大きな二つの鋏…… 「ハッサムさんも……!」 「くっ…… 何やってんの! とっとと行きなさい!」 ムウマの号令にあわせて、他の二匹も襲い掛かってくる。 「おらぁっ!“かみくだく”っ!」 「隙ありッ!“シャドーボール”だ!」 ヤミラミに“かみくだく”が、そしてゴースに“シャドーボール”が、それぞれ命中する。 「うちらも助けに来たったで!」 「まったく…… 情けないぞ、わが息子よ。」 「クチート…… それに母上も!」 ……バラバラになっていたものが、完全に一つになった瞬間だった。 「さて…… 残るはあなた一匹のようですね。」 エーフィさんがムウマににじり寄る。 「く…… くっ……」 ムウマはゆっくりと後退し…… 「お…… 覚えてらっしゃい!」 ……捨て台詞を吐いて、どこかへ飛んでいってしまった。 「生きてたんだ、ハッサムさんも、クチートも……」 ボクは助かった喜びと、二匹に再会できた喜びで胸が一杯だった。 「母上、ずっと会いたかったです……」 「暫くだな、ロゼリア。」 ロゼリアは、ロズレイドさんと抱き合って再会を喜んでいる。 ……そういえば…… 母さんは、生きているのかな……? それから、少し後…… ……どこかにある、地下室での話。 「……失敗……?」 「も…… 申し訳ございません、ムウマージ様……」 ムウマが地面に額をつけ、それをムウマージがそれを見下ろしている。 「おかしいですね、二匹相手に四匹で敗退ですか?」 「そ…… それが、邪魔が入りまして……」 ムウマは顔を上げ、必死に訴える。 「邪魔、ねぇ……」 ムウマージはムウマの顔を見ながら、少し考え込む。 「……もういいです、暫くあなたの顔は見なくない。」 「は…… はっ! 失礼します!」 ムウマージの言葉にあわせ、ムウマは急いでその場から去る。 「全く、助けが入ったのでは意味がありませんね……」 ムウマージは、不機嫌そうに呟きながら奥の部屋に入っていった。 ……しかし…… その口元は、僅かに緩んでいた。 −第六話 完− |