惑星カヴァル・クラッド大陸にある大都市、コラーノシティ。


大小様々なビルが入り組んでそびえ立つその上空が、
何かが空を横切るように微かに歪んで行く。

飛行機の様な音が地上まで響くものの、
誰一人としてその音を気にとめる者はいない。



そしてその“影”は街を通り過ぎ、
10数キロ離れた郊外の道路の脇にゆっくりと降りていった。


―"ヴゥ゛ゥ………フィインッ"―


草むらに着陸した透明な影の表面に稲妻の様なモノが走り、
やや耳障りな高音を発して大型の自動車になった。
透明化が解除されて周囲を視認できるようになり、
3人は車の中から辺りの風景を見渡していく。


「……この辺りが、待ち合わせの場所なの?」
「なんだか、目立ち過ぎじゃねぇか…?」


周囲は葉の落ちた林と草むらしかなく、かなり遠くまで見渡せてしまう場所だった。

「だから良いのよ。これなら誰かが近くに隠れてても分かるでしょ?」
「あぁ… そういや、そうだな。」

林の木々は細く、誰かが身を隠す太さは無い。
目に映る範囲にも目立つ物はなく、生き物の気配も感じない。

「じゃあ・・・・っと、その前にゼルは荷台に隠れてて。」
「あ? なんでだ?」
「この星じゃ竜族は殆ど生息していなくて珍しい存在なのよ。
 あなたの姿を見ていきなり逃げられたんじゃ、大変だしね。」
「ムゥ・・・しゃ〜ねェな。」

ゼルは荷台にあったシートを頭から被って荷台に寝そべった。

「じゃあ…レイ、頼んだわよ。」
「了解。ンッ………  "シュウウゥゥ・・・・・"  」

レイは体に意識を集中させて全身に魔力を集めていくと同時に、
次第にその体が光り出し、その外見が獣人から人間の青年へと変化していった。

「……っと、どう?」
「良い感じね。それなら普通の人間に見えるわ。
 後は、清掃会社の人を待つだけね……」



それから数十分後に、街の方から中型のトラックが近づいてきた。
トラックの側面には『清掃会社エルカミーノ』と描かれている。

「…来たわね。作戦は覚えてる?」
「大丈夫。」

2人を見つけたのかトラックがスピードを落として近づき、
路肩の草むらに少し突っ込む形で止まった。

「っと〜……『デカいクラシックの車にGジャンの女性』……か。
 あんたが、ウチに依頼してくれたマリアさんかい?」
「ええ。マリア・ランドールです、宜しく。」
「ヨロシク…っと、そちらさんは?」

作業服の男性が、アヤの背後に立っていた青年を見た。

「彼が今回、貴方の所に臨時勤務する事になったショウです。」
「ショウ・岩浜です。よろしくお願いします!」

ショウ・・・・もとい、人間姿のレイが挨拶をする。

「おう、ヨロシク。仕事の手順はそこの〜…マリアさんから聞いてるな?」
「ハイ。基本は、全部覚えました。」
「じゃあ、俺は先に事務所に戻ってるから、後はあんたに頼むわ。
 道具一式と、あんたの作業着は荷台に積んである。
 車は、仕事が終わったら事務所の横にある駐車場に戻しておいてくれ。」

それだけ言うと、男性は荷台から電気スクーターを取り出し、
さっさと街へ戻って行ってしまった。


スクーターが見えなくなったのを確認すると、
アヤは小さな装置を取り出してトラックの周りを一周した。

「ン………このトラックには、盗聴器や探知機は無いみたいね。」
「じゃあ、準備をしよう。 ゼルー、出てきて良いよ〜。」

「ン・・・・・・・・・・・・・寝ちまってた……」


3人揃った所でトラックの荷台の扉を開けると、
中には専門的な掃除用具が並んでいた。

「色々入ってるわね……あ、コレは丁度良さそう…」

アヤは少し大きめの業務用掃除機の蓋を開け中を確認すると、
その中に特殊ビニールで包んだC4を入れて蓋を閉めた。

「しかし、そんなモンで見つからねぇか…?」
「大丈夫よ。局の研究室でテストはしてあるし、耐熱性もあるわ。」
「へぇ、耐熱も?・・・・・あ、作業服みっけ。」

レイは荷台の壁に掛けられた作業服を手に取り、サイズを確認する。

「これなら〜…大きさは丁度イイみたい。」
「じゃあレイ、ビルに着いたら・・・・・を、ね。私達はビルの近くで待機するわ。」
「しっかり頼むぜ。」
「ン、分かった。」

アヤが何かを耳打ちし、レイは笑いながら頷いた。
手早く作業服に着替えて帽子を目深に被ると清掃道具をチェックし、
トラックを運転して街に向かった。

サイドミラーからはやや距離を開けてアヤの車が付いて来ているのが分かる。

「後は、中でバレないようにするだけか……」


少し楽しくなる程度の緊張を感じながら、
レイと後ろの2人はコラーノシティの中心へと向かって行った。



---------------コラーノシティ:中央地区・オフィス街---------------


街の中心部に近づくにつれて、ひと際大きなビルが目に入る。

「あれが今回の作戦区域、ね…」


少々入り組んだ感じの大通りを走り、マレンダテックのビルへと向かう。
幾つかの交差点を曲がった所でアヤの車が別方向へと走っていった。

(ん、2人はあの辺りで待機か。覚えておかないと…)

その後もレイは交差点やT字路を曲がりながら、
自分が走った道や、その風景を頭の中に叩き込んで行く。


数分後、レイのトラックは目的地のビルへ辿り着いた。

「ここかぁ〜・・・・・ん?」

ビルの周りを走っていると、警備員らしき人物がこちらに合図をしている。

(?………あ、そっちから入れって事か。)

警備員の指示通りにビルの裏側まで行くと、
ビルの駐車場への入り口が見えてきた。


「おっ。 あそ・こ………アレ、何だろ?」

駐車場にトラックを入れていく際、
駐車場の端にある一部の床と壁が奇妙に区切られているのが見えた。

よく見れば、ここはほぼ地下1階に当たる低さであるにもかかわらず、
その天井が地上2階部分の床に達する程に高い。

(・・・・・なんだか、不必要に広いなぁ・・・・・)

車内から軽く周囲を見渡し、そのままトラックを運転して指示されたスペースに駐車する。
レイが車から降りると同時に、担当者らしい男性が声を掛けてきた。

「キミが、今日からこのビル担当になった?…」
「ショウ・岩浜です! まだ新人ですが、基本はキッチリ叩き込まれてます!
 わが社のモットーはあらゆる汚れを新築同〜…」
「あーぁー分かった! 分かったから黙っててくれ!
 (ったくこの会社はいつも新人に能書きばっか教えやがって…ブツブツ…)」


男は慣れた口調でレイの能書きを遮ると探知機を取り出し、
レイの全身やトラックの中を調べ始めた。

「・・・・・危険物の反応は無いな…行っていいぞ。
 今日のキミの担当は、1階と2階の間だ。清掃箇所の順番はそっちに任せる。」
「了解しました〜!」
「(……ったく、ガキは気楽で良いよなぁ・・・・・…ブツブツ…)」


一通り検査を終えると、レイの話し方にウンザリした様子でエレベーターに乗っていった。

(ふむぅ、「能書きをたれれば直ぐ居なくなる」か……
 アヤさんの言った通りだったなぁ……。)

周囲を見渡すとさっきまで居た警備員もいなくなっており、
今自分を見ているのは所々にある監視カメラだけだ。

「それでは、“清掃”を始めよっかな・・・・」

掃除機をトラックから降ろしてその『重さ』を確認し、
社員用通路を通って1階へと向かった。



---------------M-Techビル内部:地上1階---------------


先ずは廊下を掃除しながら、周囲のドアや天井の隅を見ていく。

(カメラは左右の壁に、等間隔か……AIだな。)

その後も各通路を見ていくが武器探知機能付のカメラが無数に存在し、
死角になりそうな部分は見つけられなかった。

(これはどっかの部屋に入らないとダメだな……)


掃除を続けながらロビーまで出ると、大きな案内パネルが目に付いた。
周囲にはスーツ姿の社員らしき人達がいるが、何か不自然に感じる。

(あの歩き方とスーツの膨らみ……防弾装備と銃……か。
 さっきの厳重過ぎる危険物の検査といい、どうやら本当みたいだなぁ…)

ロビーの床を掃除しながらさり気なくパネルの案内を見る。

(地上65階、地下は・・・・・1階?
 研究設備は〜……ここには書かれてないな…)

パネルの表示に違和感を感じつつ、現在いる階の間取りを素早く頭に入れ、
一通りフロアを掃除してエレベーターに乗った。



---------------M-Techビル内部:地上2階---------------


(ん〜・・・・・一気に雰囲気が変わったな…)

2階のホールには白衣を着た研究員風の人影もちらほらと見える。
スーツ姿の男達は、やはり服の下に武装をしている様だ。

(とりあえず…部屋を見て回ろうかな。)

ホールの掃除を手早く済ませながら、レイは一般通路の方へと歩いていった。


暫く進むと複数のドアに『●●番研究室』などと書かれた場所に出たが、
その全てがガラス張りになっており、その機密性は殆ど無い部屋ばかりだった。

(やっぱ、地上には無い・・・・・か。 んじゃあ……)

廊下を掃除しながら辺りを見渡して行き、
通路の奥にあったトイレの中へ掃除機を持って入っていく。


トイレの中を素早く見渡すが、カメラや人の気配は感じない。

(ここなら、大丈夫かな……)

少し広めの個室に掃除機ごと入り、ドアに鍵を掛けた。

「ん〜〜っと、さて……」

軽く伸びをして掃除機の蓋を開けると中からビニール袋を取り出し、
中の密封ケースを作業着のポケットに入れていく。

(後は潜入箇所だけど〜………お!、あの通風孔からなら…)

周囲を見渡すと、丁度自分の真上に換気用のダクトを見つけた。
レイは音に注意しながら個室の壁を登り、
天井のダクトカバーに指を掛けて力を込めた。


―"ググ…グ………  バカンッ"―

少々大きな音がトイレに響いたものの、蓋は歪む事無く綺麗に外れた。
ダクトの内部も大人一人が通れるほどの広さはある。


「ふッ……ンッ……」

―"ゴ・・・・・・ボゴ・・・・・・・ゴワ、ン・・・・"―


垂直に近いダクトの壁を片腕の力と背中のみで上り、
蓋を内側から元に戻して、狭いトンネルの中を這って行く。


一本道のダクト内を暫く進むと、先が上下左右に分かれていた。

(ん〜、多分研究施設って…下だよな〜・・・・・ヨシ。)

―"ググ・・・・・ブシュッ!  ジュググ……"―

レイはベルトのバックルに仕込んだナイフで自分の手を切り、
出てきた血を魔力で操ってロープ状にし、ダクトの壁に浸透させる様に貼り付ける。

(ココからは慎重にいかないと……)


ワイヤー程度の硬度を持たせた自分の血をウインチの様に操りながら、
レイは垂直なダクトを、音を立てない様にゆっくりと降りて行った……



---------------M-Techビル内部:ダクト内部---------------


垂直な部分を降りて行くと、
次第に機械の稼動音の様なものがダクトの外から響いてきた。

「ンッ…よっ………(……ん? 何か〜・・・・・話し声?)」

ダクトの壁に耳を付けると、向こう側から声も聞こえる。


「・・・から、費用も足・・・・です。」
「だったら・・・・器具費を餌代に回・・・・だろ?」
「・・以前に、5人も襲・・・ケガ・・・いるんですよ!」
「仕方・・・今度・・・が襲っ・・・・少し思い知・・・やろう。」


(……何だろ?)

会話の内容が少し気になったが、レイはそのままダクトを降りて行き、
恐らくは地下2階分以上降りて横の穴に移動した。

ダクトの横側に設置された蓋から室内を覗くと、
ダンボール箱がすぐ脇の所に積み上げられているのが見える。

(ここなら良いかな…) ―"グッ・・・・・・・ガコッ。"―

今度は力を加減してあまり音を立てない様に蓋を外し、
室内に入ると同時にダンボールの影に身を隠して天井や壁を確認していく。

(ここは、カメラは無いな…)


特にセキュリティが無いのを確認すると、
周囲を見渡して使えそうな物を探していく。

(え〜と・・・・ん? これは……)

大きめの棚を開けると、中に新品の白衣とズボンのセットが
ビニールに包まれて数種類分置いてあった。

(サイズは……合うな。 コレ使ってみようかな…)

レイはその場で白衣に着替えてポケットのケースを白衣に移し変え、
清掃員の服をダクトの中に隠した。

「……これなら、大丈夫そうだな。」

棚のガラスに自分を写して違和感が無いか確認をする。
研究員にしては顔が若過ぎる気もしたが、今は配電設備に仕掛けをするのが先決だ。


そっとドアに近づき耳を当てて、外の様子を確認する。

(・・・・誰もいない・・・)

―"ガチャッ  キィ……"―


そっとドアを開けて隙間から壁や天井を確認するが、
地上とは違い、ここには一切のセキュリティが無かった。

(?? 随分無防備だなぁ……地上側が厳重だからかな…)

今度は普通にドアを開けて、研究員のふりをしながら廊下を歩いて行った。



---------------M-Techビル内部:地下3階・生態研究エリア---------------


レイはゆっくりと廊下を歩きながら、配電室を探していく。

先程から何人かの研究員とすれ違ったが、
全員が特に気にする様子もなく、そのまま歩いて行った。

(僕の変装、結構イケてるのかな……)


レイは少しニヤつきながら廊下を歩いていた……と、

「ん……おい! お前実験班だろ。こんな所をウロついて何やってる?」
「!! (拙い、バレたかっ!?)」

いきなり背後から声を掛けられ振り返ると
レイと同じデザインの白衣を着た若い男が立っていた。

「・・・・ん? 何だお前、ネームタグはどうした?」
「え?あ、あの〜…  (こうなったら戦うかっ?!)」

レイは相手に悟られないよう身構えるが、
男はレイをじっと見たまま特に怪しむ様子も無い。

「・・・あ、お前がこっちに回されたってヤツか。」
「……ヘ…?……あ、ハイ!」
「まだ白衣しか支給されてないのか。まぁ、問題は無いが…」

その場の流れで適当に返事をしたレイだったが、
なんとか誤魔化す事が出来たようだ。

「お前、名前は?」
「ぼ、僕は…ユウゴ・高崎といいます。宜しく、お願いします。」
「俺はダン・アッシュフィールドだ、宜しく頼む。」


どうやら相手はこちらを新人のスタッフだと思っているらしい。
レイは状況を利用して、色々と聞き出していく。

「あの、僕まだここに詳しくなくて〜…実験室は、ドコなのでしょうか?」
「お前の担当はC−3エリアの実験室だ。
 向こうの廊下にある矢印を辿って行けば、見つかるぞ。」
「有難うございます〜。 あの〜…それと、トイレは〜…?」
「ン? トイレならそこの角を右に曲がった先の、T字路の左だ。」
「どうもすみません〜」
「終わったら、早く来いよ。」


それだけ言うと白衣の男、ダンは実験室の方へ歩いていってしまった。

(今の声……さっきダクトの中で聞いた一人か…)

周囲の人物やセキュリティを警戒しながら、
トイレに行くふりをして配電室を探していく。



幸いにも配電室はトイレからそう遠くない箇所にあった。
周囲を見渡して、人の目やカメラが無いかを確認する。

(………誰も見てない、ね…)

ドアの鍵は掛かっておらず、すんなりと中に入る事が出来た。
足音を立てずに室内に入ると素早くドアを閉め、送電用のコードを確認する。


(コレを・・・・ココに〜っと。 時間は……明日の20時位でいいか。)

ポケットからC4を取り出し、ケースごと配線の裏に貼り付けていった。
一応無線式ではあるが、妨害電波等のアクシデントも考えてタイマーをセットする。

(…よし! 今度は、ターゲットの確認か…)

一通り工作を終えると、先程と同じ様に外の様子を確認し、
静かにドアを開けて配電室から出て行った。



先程ダンに言われた通りに廊下を進んでいくと、
かなり頑丈そうなドアが目に入った。

ドアの横には“生態実験室”と書かれており、中から数人の声が聞こえてきた。

「ここか…… "ガチャッ" 失礼しま・・・」


「オイ!そっち抑えてろッ!!」

「駄目です、ワイヤーが耐えられません!」

「は、早く電磁フィールドを!」


「?!?」

室内に入ると目の前に透明な強化素材に遮られた広い部屋があり、
その中でプロテクターを着けた3人の男達が、大きな竜をウインチで抑えようとしていた。
手前のブース状になっている所にはノートを片手に持ったダンと、白衣を着た中年の男性もいる。

「?! こ、これは・・・・ドラゴン?!」
「ン? お、来たな。」
「あ、あなたはさっきの……」
「見てみな、アレが実験体さ。」

ウィンドウ越しに男達と竜が格闘しているのが見える。
ワイヤーで竜を押さえつけようとしている様だが、
余りの力にワイヤーがキリキリと音を立てているのが聞こえてくる。

「こ、このドラゴンは……」
「コイツは、正確にはドラゴンじゃない。
 複数の魔法生物の遺伝子を合成して作った、合成獣(キメラ)さ。」
「えっ?! これが、キメラ・・・?」
「ああ。本当は純粋な竜族が欲しいんだが、そう簡単には手に入らなくてな……。
 こうやって、遺伝子合成で作ってるのさ。」


ウィンドウから暴れる竜を見てみるが、特に違和感を感じる所は無い。
およそ4〜5mはある巨体は硬そうな赤茶色の鱗で覆われ、
その背中には未発達ではあるが翼も確認できた。


「凄い・・・・遺伝子合成でここまで…」
「ところで、キミは誰なんだね?」

と、ダンの横にいた男がレイに声を掛けてきた。

「彼が、先程紹介しました高崎君です。」
「あ、ユウゴ・高崎です! 宜しくおね・・・」
「フン。エリートだか何だか知らないが、私の研究の邪魔だけはするなよ?」
「ち、チーフ何もそこまで……あっ!?」

―"パキュゥッ!"―

その時、ウィンドウの向こうで竜を抑えていたワイヤーが千切れる音が室内に響いた。


「グオアアァアアァァッッ!!!」


途端に束縛から解放されて、竜は全身を震わせながら巨大な咆哮を上げ、
その声の大きさにブースのこちら側まで空気が振動して伝わってくる。


「う・・・うわああぁッ!!」
「逃げろぉッ!!」

「グアオオォォォッッ!!!」


ブースの中で竜が暴れ出し、機材を掴んでは放り投げ、尻尾で叩き壊す。
そんな台風の様な状況の中で男達が逃げ回っているのが見える。
こちら側でもダンが何かを操作しているがモニターに反応が無い。

「クソッ! 拘束装置が壊された!」
「えっ?! あ、あの人達は助けられないんですか?!」
「あぁ、それなら大丈夫だ。これを、こうして……」


―"ピーー…… ガチャッ!"―

装置横に付いたボタンを押すとブースの向こうに電子音が響き、
壁に人間が通れる程度の通路が開いた。

【オイ! その通路に入れ! 早くッ!!】

「うわあぁぁ!」
「く、来るなァッ!」
「アヒゃあァあぁ〜!」

「グゥルル・・・・・グオアァオォォッ!!!」

ダンがマイクで室内に呼びかけるのと同時に竜が3人の方を向き、ゆっくりと歩き出した。

「ハァッ、ハァッ・・・は、早く…」


―"ブンッ、ドガァッ!"―

「うがぁっ!!」

一番後ろにいた男に竜の尾が当たり、部屋の反対側まで床を滑り一気に吹き飛ばされた。

「アグゥッ!! う・・・・あ・・・・・・」

男は強烈な打撃を胴体に受けてまともに動く事が出来ず、
その間にも竜がゆっくりと男に近づいていく。


「こ、こうなったらアイツを…!」

―"カチャッ"―

「「ッ?!」」

ダンが装置を稼動させようとした時、チーフと呼ばれた男が二人に銃を突きつけた。

「な…何を?!」
「キメラは殺させんぞ。アイツは今までの研究の全てだからな?…」
「グッ・・・・!」

銃を向けられてダンは操作パネルに近づけず、その間にも竜が男に迫ってきている。

「ウゥ・・・・・・たす・・・・け・・・・・」
「グルルルゥゥ……」

ガシッ!

竜は床に倒れたまま動かない体を鷲掴みにして目の前まで持ち上げ……

「グォ、グウゥ……」

バクゥッ! ペロ…ベチャァ…

「うがっ! あぶ・・・・う・・・」

一気に男の体を腰辺りまで咥え込み、
大きな舌で味見をするように全身を舐め回していく。

「チーフ!アイツを止めなければ・・・・」
「あのキメラには莫大な研究費をかけたのだ。それに……
 人間の体を取り込めば新たな発見が有るかもしれんぞ?」
「そんな・・・!」

(クソッ、どうすれば……!)

レイは状況を何とか打開しようと考えるが、
今ここで彼を助ける動作をしてしまったら自分の正体もバレてしまう。
その間にも竜は男の体を舐め回し、舌をうねらせてゆっくりと口の中へ引き込んでいく。

「ウルル…グウウゥ〜……」

ベチャ…ガリッ……クチュア、ネチャ……ゴリッ!……

「いぎっ!・・・・あ・・ンプゥッ!・・・・」

竜は男の全身を口の中に収め、大きな舌で舐め回しながら噛み締めてその味を感じていく。
頑丈なプロテクターのお陰で怪我は負っていない様だが、
ドラゴンの口から聞こえる男の声が次第に弱ってきているのが分かる。

と…竜がどこか不満そうな顔をしながら、少し上を向いて舌を動かし始めた。

「グルッ、ゴウゥ……」

グチュ……ングッ……

「!?・・・・あ・・・あぁ・!・・・・・」

プロテクターのせいで味がしなかったのか、歯応えが悪かったのか……
竜は忙しなく舌を動かして、男を喉の入り口へと運ぶ。
そのまま男の体はゆっくりと舌の上を滑り……


ニチャッ……クチュ………ゴクゥッ!

「う!、あ・・・あああぁぁぁぁ!!・・・・・・」


外からも分かるほどに竜の喉を大きく膨らませながら、
ゆっくりと肉壁を押し広げて胃袋へと落ちていった。

グジュ……ズリュッ…ズプ………

「グウルルゥ……」


竜は膨れたお腹を満足そうに撫で、その場で丸くなるように寝転がり眠り始めた。と…


―"ピシィッ  シュウウゥゥーーー………"―


竜の体から硬い物が割れる様な音が響き渡ると共に
今まで硬い鱗が並んでいた竜の肌から鱗が割れる様に消えて行き、
人間の様な柔らかさを感じさせる物に変化していった。


「な・・・・い、今のは!?」

「こ、これは……人間の体を取り込んだ事で其れに近い体質になったのか…
 ハッハッハッハッ! 素晴らしいじゃないか! キミ!
 今、この瞬間に! 私達は新たな進化の過程を見届けたのだよ?!」

「だ、だからって人をモルモットにするんですか!?」

「フゥ〜…判っていないな。今まであらゆる研究は犠牲という物があってこそ……」


目の前で起こった竜の変化に二人は口論を始めたが、
レイはそんな事は気にせずに、先程竜から感じた魔力の波動を読んでいた。


(……違う、取り込まれたんじゃない…あれは……)


その変化の意味を理解し、レイは口の端で笑った。

「・・・・・フン。 キミに何を言っても無駄のようだな。
 その点、高崎君は理解が有るな! アレを面白いと思ってくれるとは!」
「へっ?……え、えぇ。生物の進化を目の前で見たのは、初めてで…」
「キミは優秀な科学者になれるぞ! ……ダン、お前はもういい。
 此処での研究は今日限りだ。お前は他の部署に回してやる。」
「………ご自由に。俺も、悪魔の元で働きたくはありませんから。」

少々ハプニングはあったが、これで必要な情報は収集できた。
レイは白衣のポケットに手を入れゴソゴソし始める。

「・・・ん、どうした?」
「あの、自分のノートをロッカーに置いて来たみたいで〜……あれ、ペンも無い…?」
「ハハハハッ 若いとは未熟だが、良いものだな。」
「ち、ちょっと探してきますぅ〜〜!」


レイは慌てながらロッカー室ーーーではなく、先程の倉庫へ戻った。
周囲を素早く見回しながら部屋に入るとドアに鍵を掛け、白衣を脱いでいく。


(……ふぅっ。 今日はこんなモンかな・・・・)

ダクトに隠した作業服に着替え、
脱いだ白衣のセットをビニールに包んで棚に……と、

(下手に戻して証拠を残すより、持って帰った方が安全かな……)


少しその場で考えた後、レイは白衣を脇に抱え、
ダクトを上って2階のトイレへと向かった。

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