「…まず僕は、黒猫とニタの間に生まれ、ニタが人間に化かし、僕が人間から生まれるように仕組んだ… めちゃくちゃじゃないか!」 一人でぶつぶつ言いながら坂道を下る。 「山には術がかかっていてそこに入ることもそこから出ることもできない。徒歩で行くしかない。」 僕は一人でいるとブツブツしゃべっちゃう人だ。 「ニタが俺を人間の子に見立てたのは俺らを確実に生き伸ばすため。体がまだ子供でも猫股に変化が出来る。」 ひとつずつニタに言われたことを思い出していた。 「笛使いが僕の力。相手の感情くらいは操れる。」 この修行中に、山の見習いの喧嘩を始めさせてしまった。 「絵師の術が、絵に描いた事柄を現実に起こす。効果は想像力によって変化する…」 ニタに絵が下手だと罵られた。 「読心術は、イメージだけで心の表面から奥底まで読める…」 ニタは心を読ませなかった。そこはニタが呪術を使っていると言った。 「呪術は、これといって特定はできないけど、自分で新たに作ることができる…」 例えば? と聞いてみたが、自分で考えろ。と言われただけだった。 「空間移動は、自分の行きたいところと自分を包む煙をイメージする…」 煙が大切なのだ。 「言語理解…はいいか。」 ニタは適当にできるからと言った。この修行は5秒で終わった。 「最後の化身術は…」 これには手を焼いた。30分くらいかかった。 「化身術は5段階。1段階目は幻影。2段階目は容姿のみ。3段階目は感覚も。4段階目はほぼなりきり。5段階目は完全なりきり…」 5段階に定めると術が使いやすくなるそうだ。 ちなみにニタが化かしたのは5段階目。脳も心も人間のものになったが、猫になった途端、呪術によって隠されていた猫の脳等が働き、猫としての生き方を教えた。人間の記憶は猫の脳に受け継がれたので、家に帰ったって問題無い。 「3段階目以降で決まった何かに化けると、それはレパートリーに追加され、いちいち姿を想像しなくても化けられる、と…」 修行中に人間姿に化けたので、さっき化けるのに、たいして時間もかからなかった。 「しかしそのレパートリーの物に化けている時に命を落とすとその化けていた物の死体が残り、化ける前の自分が近くで目を覚ます。」 案外便利にできている。 つまり、自分が白猫に化けていたとして、うっかり車に轢かれたとする。すると、白猫の命が途絶えた途端、自分が白猫の隣で目を覚ますという便利すぎる仕様。 「あと他には… グッ!!」 いきなり頭痛が襲ってきた! 目がぼんやりしてきて… 頭に映像が流れてきた。 「いってぇ…」 良く分からなかった。 映像が頭に流れ込んできたが、すべて思い出せなかった。 『復習はしっかりできてるんだな。』 後ろから聞きなれた声がした。 「あ、師匠。じゃない、ニタ、何? 僕何か忘れ物した?」 修行は終わったので、師匠じゃない。 『何も持っちゃいなかっただろ。』 「そっか。でも何でこんなとこいるの?猫仙人なのに。」 『俺はもう引退したぜ。』 「はぁ!?じゃあこれからどうするの?」 『お前の指導者だ。』 「迷惑。家じゃ猫飼えないよ。」 『それこそ迷惑だ。飼われる気なんてさらさらない。』 「じゃあどうすんの?」 『居候だ。』 きっぱり言った。ニタは頼む気がないように見える。 「…その方が迷惑。親に見つかるよ。巨大な猫連れてきた〜!ってすぐばれるから。」 『俺がそんなに甘く見えるか?見られなきゃいいんだろ?』 そう言って、ニタの体が煙に包まれたが、煙が消えてもニタは消えていなかった。 「何やってんの?消えてないよ?」 『お前から見たらな。人間には見れない。』 「あ、なるほど。」 これなら家族に見られなくて済む。ニタの力は物凄いから別に呪術をずっと使ってても大して問題無いみたい。 「…ってやっぱ僕ん所くるの?」 『じゃあどこ行けと?』 「…そこらへん?」 『阿呆。あんたん所でいいだろうが。飯くらい自分で用意できる。』 それはそれですごいな… 「こっち来て何するの?」 『山ほどは暇じゃないだろ。』 「はぁ…」 まったく… 何なんだ。こいつは… 『あ、お前今さっき予知夢見ただろ。』 「あ、そういえばそうそう。さっき見たよ。 覚えてないけど…」 『ふん。まだ役に立ちそうにないな。』 そりゃそうでしょ。 そんなこんなで、山を下る一人と一匹。 しかし、その時。 自分は久しぶりに聞く言語。ニタは初めて聞く言語がその場に響いた。 [陛下、こんなところで何してるんですか?] 一人と一匹は凍りついた。 恐る恐る振り返ると… レオンが竜人姿で立っていた。 「レ…レオン!? なんでまたこんな時にこんな所で…」 ニタの尻尾が驚きで狸尻尾になっている。 レオンは、ニタに話した龍の国の、自分に仕える龍だ。お世話係に近い。 [陛下こそ今は学校に行ってる頃でしょう?] レオンには自分の記憶を全て覗きこまれたことがあり、すべて自分の記憶を理解されている。 「まあね… ちょっといろいろ…」 […陛下からいい匂いがしますよ?] 「うっ…」 また喰われちゃうんだろうか… レオンはお世話係のくせして自分を食べようとするとこっちの話なんか聞かない。 [陛下はどっかで猫族でも食べて来たんですか?] 「はぁ!? どういう意味?」 [知らなかったですか? こっちでは猫族は高級食品で…] まずいぞ… レオンには見えてないみたいだけど僕の足元には、レオンにとっての高級食材のニタがいる… ニタはもうマジギレ状態だった。戦闘態勢に入ってしまっている。 自分の弟子が、自分達を食べる種族の王だと知っているから… 『許せねぇ…』 ニタが小さくつぶやいた。 [誰ですか…?] レオンが見えないニタの方を向いた。 「いや?何もいないよ?」 なんとかこのまま山を降りなきゃ… こんなあまり広くないところで争われちゃたまらない。 『フン。俺が見えねえなら大した奴じゃねぇな。』 いやいやどっちも大した奴だって! […陛下 何を連れてるんですか? いい匂いがしますが…] 「…王として命令だ。猫食べるのをやめなさい。」 攻撃態勢のニタの耳がピクッと動いた。 [何ですって? 無理ですよ。ずっと昔からのものですから。] 「そこを変えろ。命令だ。」 レオンが驚いている。 自分も、こんなにはっきり命令をしたことが無かったから。 […もしロッソ村の1部で止まっても、ロッソ国では止められませんよ。] 「…じゃあロッソ国の王が… その… 猫だとしても?」 言っちゃった… […はい? なんの冗談ですか?] レオンの自分を見る目がきつくなった。お世話係として、嘘をつかれるのは許せないようだ。 「俺は猫だ!人間に化けている!」 [嘘です。私は陛下の記憶を全て読みました。その時には猫だったなんて記憶はありません。] 『あんたの読みが甘いんだよ。』 ニタが口を挟んだ。 まずいよニタ。ここで存在ばらしちゃ。 […陛下。変な悪戯は止めてください。石を取り上げますよ!] 『やっぱり読みが甘いな。』 「こら!ニタッ…」 止めても遅かった。 ニタが呪術を解いてしまった。 『残念ながらお前の言う陛下様は俺の息子だ。』 […何故ですか? あなたの記憶が陛下に無いとしても?] 『それはあんたが記憶を読んで勝手に判断した結果だろう?今では吉祥は俺が親だと分かっている。だろ?』 いきなり振られた。 「うん。僕の本物の親はニタと黒猫… えっと名前何?」 『コクフク。黒いに福と書く。』 「…とにかくそれが僕の両親だ。」 […その猫に記憶を入れられたのでしょう?] 「違う!僕は事実を見せてもらった。」 『吉祥。術を解け。』 ニタは、レオンを睨んだままぼそりといった。 「あ、はい。」 僕は化身術を解き、黒猫に戻った。 『これでも?レオン。 僕はそっちに行った時、既に猫としての記憶は別にあった。だから記憶を読めなくてあたりまえだよ。』 レオンに言った。 猫語だったがレオンにも分かったみたいだった。 […私は陛下を信用しています。でもこれだけは信じられません。] レオンの目には何かが浮かんでいた。多分、裏切られた恐怖の目だろう。あとホントに猫だったことを知らされた苦痛の目。 猫になってそんなことも分かるようになった。 『どうすれば信じてもらえる?』 […私がどうしたらいいのか分かりません。ただ…] 『…ただ?』 先を促した。 レオンは、僕の目をじっと覗きこんできた。 彼は、本当に本気なんだ。 そう読み取れた。 [あの日のように、もう一度記憶を読みます。 それであなたが本気かどうか分かります。] ああ… また食べられるのか。 そう思ったが、レオンにふざける表情は無い。 『分かった。』 許可するしか無い。 これによって自分が国から追放されるか、猫が食べられるのを止められるか… でもそれを止めるために猫の自分が食べられるのは変な気がした。 『絶対終わったら猫を殺さないと約束しろ。』 端で睨んでいたニタが口を挟んだ。 [猫のままでいいのですか?] 『どっちでも… レオンは?』 [最後の高級食材になるかもしれないです。] …諦めてよ!お願いだからさ! |