「は?」

「まあキミが疑問に思うのも最もだ。確かキミは東洋の生まれだったね。
 東洋の方ではキスというのは親密な、特に恋愛関係にある男女がする行為であるという感覚が一般的だと聞いた事がある。
 ただしここは東洋ではなく、海底だ。そのルールは通用しない。
 というわけでワタシがキミに要求するキスというのは、確か西欧の方の文化たる、いわゆる挨拶としてのキスだ。
 男女だろうが家族だろうが友人だろうが恋人だろうが関係なくなされる極めてグリーティングなキス。わかるね?」

「グリーティングは形容詞じゃありません」

「そこは決して問題ではない」

「必死ですね」

「必死でもない」

「わかります」

「話を戻してくれて感謝するよ。で?」

「やりますよ」

「そうしないと帰してもらえませんからね、……だろう?」

「その通りです。だから、ほら」

「ほら?」

「屈んでください。届きませんよ。地面にキスとか、足にキスはさすがに嫌です」

「やった! 地面より格が上だ!」

「仕方なくですからね」

「それでも、地べたの方が1000倍マシと言われるより1000倍良いさ……」

「言われたんだ……」



「……」

「おしまいです」

「頬か」

「挨拶でしょう?」

「挨拶だが」

「じゃあ、いきましょうか」

「今度はワタシの番だろう?」

「いや、別にいいですって」

「女性にだけ挨拶させるなんて紳士のやる事じゃあないな。
 そもそも紳士たるもの、まずは自分から行動すべきだったのではないだろうかとワタシは今思っているよ」

「レディ・ファーストという言葉もありますが」

「じゃあやっぱりワタシは紳士だな。
 というわけでお返しだ、受け取ってくれたまえ」

「いや、だからそんな、ひゃうっ!」

ルギアの白い翼がウインディを抱えた。
そのままウインディは軽く持ち上げられ、ルギアの眼前に顔を突き出す。

「もらえるものはもらっておくべきだと思うがね」

「む、むしろこの場合与えるのが私じゃないですか!」

「じゃあもらえるものはちゃあんともらっておこう」

「う、」

「……」

ウインディは自分の身体が、他者の意思によって動くのを感じた。
そんな無理な表現をしないでも、ただ、ルギアによって動かされているだけだ。
よってこの思考は、ただの、彼女の現実逃避にすぎない。

「ううう、」

「…………」

白い顔だと思っていた。しかし、よく見ると銀色にきらめく顔であった。
目を閉じたその顔は精悍で、到底おしゃべり好きでニヤニヤとした笑みを絶やさない、女性を住処に攫ったりもする伝説のポケモンには見えなかった。

「ぅぅぅぅぅ……、」

「………………」

徐々に近づく顔に、目を開けているのが申し訳なくなる。
だが、目を閉じたらいけない気もする。

「……………………」

「……………………」

直視の限界。目を瞑る。

















「そうだ」

「ひとつお話をしようじゃあないか」

「キスというのはご存知のとおり、口と口、粘膜と粘膜による電解質的な接触だ」

「行為の意義は、『愛情表現』であること。これはもはや疑いようの無い事実たりえるね」

「どこぞの世界では、親が幼い子供に『キスによって子供ができる』と嘘をつくほどの愛情表現なのだよ」

「それでは」

「考えてみてほしい。比較的ライトなキスの形として、頬や手にキスをする、というものがあるだろう」

「考えてみてほしい。比較的ディープなキスの形として、舌同士を絡み合わせる、というものがあるだろう」

「そこでワタシは思いついたんだ。そう、思いついたのだよ」

「つまり、『キスの愛情度は、粘膜の接触面積に比例するのではないか』とね」

「"コレ"はワタシからキミに捧ぐ愛情のカタチだ」

「そう思って、受け取ってくれたまえ」



ルギアは大きく口を開け、その中ウインディを放り込む。














「え、うあああああああああああああああああああああああああああああああ」











 

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