”グチャ…ズチュュ…ゥ……”


何か柔らかいものに受け止められる衝撃に、僕の意識が引き戻された。
気を失っていた間に気がつくとずり落ちていく感覚が消えている。

どうやら地面に接しているとこまで落ちきったようだ。
すると此処はアーボの胃袋の中なのだろう。

僕はアーボに食べられてしまったんだ。
アーボの心臓の音と胃壁が擦れるジュリジュリという音に、僕の浅い息が混じって聞こえる。
ブヨブヨな胃袋の中で動くと肌にそれが擦れてヌチュッと音を立てた。


……あれ?


気が付くとなんだか凄く身体が楽だ。
いや、まだ……凄く身体がだるいけど、あの毒の苦しみから解放されている。
僕はジッとアーボの胃袋の中で寝そべったまま助かった理由を考えた。


そして、脳裏に浮かんだ桃色の木の実。
そうだ……あの木の実の御陰だ。

僕は身を捩り、アーボの体液でぬめりけを帯びた自分のお腹をさする。
森の奥で見つけた特に美味しいと噂のモモンの実。たった一つだけだったけど僕はそれを食べた。
……仮説だけど、それからさして時間を空けずに毒に冒されたから、
実の果肉に含まれる解毒効果が働いたんだと思う。

その御陰で僕は助かったんだ……





いや、助かったとはまだ言えない。





もう暫くすれば、僕を消化するために胃液が漏れ出てくることだろう。
こんなところで最期を迎えるなんてまっぴらごめんだ。どうにかしてアーボの胃袋から抜け出したい。
衰えた生きる気持ちを奮い起こして、僕は立ち上がろうとした。

けれど……その意志に反して僕は動かなかった。
逃げ出そうとする気をそがれる不思議な感覚に包まれて、僕は場違いに欠伸をする。

体にまとわりついてくる肉壁は、じんわりと暖かく僕を包み込んで、
なんだか想像していたよりも不快感がなく、むしろ心地よい気までしてきた。
ちょっと押せば簡単に広がってしまうアーボの胃袋は動く分には問題ないようだし……
案外胃袋ということを考えなければ、本当に居心地はいいのかも知れない。
それに暖かいせいか、なんだか眠くなってきたみたいだ……

そう思ってしまうと、無理をして逃げ出す必要も無いような気がしてしまう。
心の中では今も逃げ出さないと叫んでいるのに……
ずっと此処にいたい。そんな思いまで抱いてしまいそうになるほど、アーボの胃袋の中が心地よくて。
静かで眠るのには最適な環境に見えて……きて……


だめ……だめ……ずっと此処にいたら消化されちゃうんだ……逃げないと……


心の中で僕が叫んでいるの聞こえる。でも、僕は凄く眠たかった。
ボーッと体の芯から温まってきて、僕は尻尾を抱えるように丸くなると目を閉じた。

もちろん本当に眠る訳じゃない……少し休んで体力を取り戻すんだ。



直ぐに消化される訳じゃない。
もう少し時間があるはずだから……



すこしだけやすんだらここからでるしゅだんをかんがえないと……






すこ……し…………だけ……すこし…だ……………



※   ※   ※   ※



此処で、シャワーズの意識は完全に途切れた。
真っ暗な闇の中に落ち……永遠に目覚めぬ眠りの中へ誘われて……

マヒではない。
毒ではない。
強力なアーボの胃液でもない。

結局彼の命を奪ったのは、抗いがたい快楽だった。
マヒと毒と闘い、アーボに丸呑みされる恐怖とも戦ったシャワーズは疲れ切り、心が弱っていた。
そこへ訪れた一時の安らぎに彼は墜ちてしまう。


アーボの胃袋の中でシャワーズは大人しく目を閉じて眠っている。
生きたまま丸呑みされた彼は、まだ息があり浅い呼吸を繰り返しているが……それだけだ。
心が先にアーボの胃袋に溶かされてしまっている。
だから……シャワーズの身体は、まるで死んでいるよう見えた。

そして、数時間後には本当にそうなることだろう。
眠っている間に残り少ない胃袋の空気を吸い尽くし……何の苦しみもなく静かに……

そのあとでアーボはゆっくりと肉塊となったシャワーズの体を消化するのだ。
数日……下手をすれば数週間の時間をかけて、強力な胃液が骨まで残らず綺麗さっぱりに……
残酷なようだが、この獲物一匹だけで、
アーボは当分何も食べなくてもすむほどの栄養を得ることが出来るのだ。



静かになったお腹に目を向けて、アーボは心地よい満腹感に思わず舌を出していた。

お腹をプックリと膨らませたアーボは静かに森の奥深くへ帰って行く。
重くなった体で地面に轍を残し、静かに姿を消していった。


The end

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