あれからどれだけの時間がたったのだろうか……
真夜中の世界の中……ある渓谷に大きな洞窟が開いていた。

その洞窟の入り口に彼はいた。
あれからずっとスースーと可愛い寝息を立てて眠っている。
ときおり『ふにゃっ』とこれまた可愛い寝言を呟いていたり……


イーブイ


それが彼の……この愛らしく小さな生き物の名前だった。
なぜ、こんなところで眠っているのだろうか?
それは、イーブイ自身は預かりの知らないところで決められた事に理由があった。

その理由とは……生け贄……

……洞窟の真っ暗な入り口の奥から音が聞こえてきた。


ドシドシドシ


足音……それもかなりの音を立てている以上、
その足音をたてている持ち主はかなりの巨体の持ち主のようだ。

「……スゥー……ムニャ、ウ〜ン」

これだけ大きな音が響いてきているのに起きる気配を見せないイーブイ。
鈍感を通り越して、剛胆と賞するべきか……
いずれにせよ、彼は逃げる機会を失うことになった。

ついに、それが洞窟から姿をあらわした。
神話に出てくるライオンとワシを組み合わせたグリフォンの様な姿……
顔の額に不思議な紋章が描かれていて、口が嘴があるように尖っているが、
口の中に無数の牙が生えていることからそうでないことが分かる。

その巨体を揺るがして、イーブイのそばまでやってきた。
そして、生け贄に捧げられたイーブイを見ると……憤慨する。

「人間どもめこんなに小さな者を献げおって!!
 こんな者では、腹の足しにもならんは!!」

イーブイの大きさでは、どうやら期待はずれだったようだ。
怒り狂い、大きな体が地響きを起こす。
さすがにそこまでの大騒ぎを起こされるとイーブイは眠そうに目を開いた。

「……ぅ……ん?」
「まぁよい無いものよりかはましだな...」.

寝ぼけ眼で声のする方を見上げるイーブイ……
ゆっくりと開けた目は、まだ焦点が合わずにボーとぼやけて何も見えていない。
いまだに寝ぼけているイーブイに気が付いた巨体の持ち主は……

「ぉ。気がついたようだな。」
「ん……っ! はわぁっ!?」

やっと目が覚めたイーブイ。
自分を見下ろす巨大な怪獣の姿にビクゥッ!と全身の毛を逆立てた後、
腰が抜けたのか、コロンと後ろにひっくり返った。 
そんなイーブイに巨体の持ち主がズイっと顔を近づけると
『ヒグゥ』と小さく呻いて体を縮め、プルプル震え始めた。

「まぁ、そんなに驚くな。 お前は運がいい者なのだぞ。」
「こ、こ…… ここは……どこ……? あなた……は……? 」
「ここは我の巣だ。そして我の名はグリフィン。」

怯えるイーブイに薄く笑みを浮かべてグリフィンはそう答えた。
自分より遙かに大きいグリフィンに怯えながらもイーブイは恐る恐るたずねる。

「グリフィン……さん…… ぼ、ボクはなんで……ここに……?」
「お前は、我の力を借りるために人間が献げた生贄(貢物)なのだ。
 まぁ、お前は少々小さすぎるがな……」

明らかに残念そうにイーブイの体を見て、ため息をついたグリフィン。
だけど、イーブイはそれをジッと見ているどころではない。
自分の体に言い聞かせて、何とか起きあがった。
その表情は恐怖に引きつっている。

「い、いけにえっ……そんなっ…… い……いやだよ……」

少しづつ後ずさりするイーブイ……
少し前に今日あった女の子の姿を思い出す……

(もしかして、あの子が……僕を生け贄に……)

そこまで、考えてイーブイはそれをかき消すように頭を振る。
今日お互いに知り合って殆ど時間がたっていないけど……イーブイは信じていた。
あの子のあの笑顔を……優しさを……あの時の涙を……

『もう一度、あの子と会わなきゃいけない!』
迫るグリフィンの恐怖に震えながらもイーブイの心にそう刻み込んだ。

キョロキョロと周りに目をやり、懸命に今の状況から逃げだそうと逃げ道を探す。
その目が、グリフィンの奥に開いている洞窟を見つけ出した。
その間にも、グリフィンは怯えるイーブイに言い聞かせるように話を続ける。

「我の生贄になることは、我の下で働くことができる名誉なことなのだぞ。
 働くと言っても、我の血肉となって働いてもらうがな。」
「働く、ちにく……? ぇ、ぇ……?」

恐怖でイーブイは、グリフィンが何を言ったのか直ぐには理解できなかった。
でも、自分を見て舌なめずりをしているグリフィンを見て、否応なしに理解する。

「いやだっ…… 怖いよぅっ……いやだぁぁっ!」

恐怖が頂点に達したイーブイの悲鳴が闇夜に響き渡る。
とにかく今は逃げたかった……恐怖からグリフィンから……
出来うる限り全力で駆け抜けて、グリフィンのそばをすり抜けて洞窟の中に逃げ込んでいく。

「我から逃れられると思っているのか!!愚か者!! 」

凄まじい雄叫びをあげ、グリフィンは自分の巣の中の奥に
逃げ込んだイーブイを追いかけて突進していった。

洞窟の中はとても暗く、足場も悪い……
そんな中を奇跡的にイーブイは夢中で駆け抜けていく。

「はぁっ はぁっ……怖いよっ……
 生け贄なんて僕しらないもんっ! ……はぁっ はぁっ」

息を切らし、必死に洞窟を駆けるイーブイは、自分の後ろから
ドシドシドシと音が迫ってきているのが分かった……

見てはいけない、心では分かっている……
でも、イーブイは恐怖に負けて振り返ってしまった……
ずっと後ろ……真っ暗な暗闇の中に2つ緑色に光る物が見えた。

「ひぃぅ……追ってきてる……」
「愚か者が、その奥は行き止まり。なんと無意味なことを.....」

追いかけるグリフィンが漏らした言葉で、イーブイの動きが一瞬止まり……

「ぇ……いきどまり……? うそぉ……」

ショックをうけて堅くなった体で、この洞窟を走るのは無理があった……
奇跡的にも今までつまずくことがなかったイーブイも……ついに


ガキッ! ドサァッ!


「うわぁっ!」

地面から少し突き出ていた石に足を取られ、
イーブイは悲鳴をあげながら前に一回転して倒れこんだ。


ドシ! ドシ! ドスッ! ドッシン!!


その間にもグリフィンの足音が地響きと共に響いてきて、『は、早くたたないとっ』と 

焦って立ち上がろうとするイーブイを何度も転ばせて足止めをする。
それでも、何とか立ち上がると……


ドッシーン!!!


「キャウ!」 

今までで一番大きな地響きがおこり、イーブイはドテッ!と再び転んで倒れてしまった。 

そして、イーブイをさらに濃い影が覆う。

「っフン。無意味な抵抗をしおって愚か者よ!!」

俯せに倒れ込んだイーブイの後ろから怒気の混じった声がする。
後ろを振り返るイーブイ……その眼前にグリフィンの大きな足が迫っていた。

「ひ……ひっ……」


ドスッ!!!


怯えて、動くことが出来ないイーブイにグリフィンの大きな足が踏み下ろされた。
足の爪がイーブイの首を挟み込むように地面に食い込み、そのまま押つける。
その衝撃でイーブイの口から『カフッ』と肺の空気が絞り出され……その一拍後、

「うああああぁぁぁっ!」

肺に残った最後の空気で、イーブイはあらん限りの大声で悲鳴をあげた。
……その声は直ぐに小さくなっていく……

「ぁ……ぁっ……く、、くるし……ぃ……」

グリフィンが常にグリッグリッと地面にねじ込むように踏みつけ、
満足に呼吸が出来ない……イーブイの動きがだんだん弱々しくなっていく。

「ひぁっ……あぐっ……くあぁっ……」

イーブイの体を襲う苦痛が限界を超えようとしている……
目から次第に涙が浮かんでいき、ひたすら空気を吸おうと喘ぐ声をあげる。

足下で喘ぎ続けるイーブイに向かってグリフィンは……冷酷に言い放つ。

「そんな小さな体で我から逃れようなどできまい!!
 さぁ、おとなしく我にその身を献げよ!!」

その一瞬、イーブイを拘束する力が緩んだ。

「ひぅ……っ!」

一瞬得ることが出来た自由……
何も喋らず……ひたすらに空気をむさぼるイーブイ。

そして、直ぐに訪れる苦痛の時間……


ギュゥッ!!


グリフィンはイーブイを押さえつけている前足を上手く使って、
その小さな体を握り込んだ。

「うぎゃあああっ……ぁぁあっ……!」

再び悲鳴をあげるイーブイ……
それに感慨も持たずに持ち上げ口下まで持ってくる。

「我に出会えたことを誇りに思うんだな。」

最後にそう言い終えるとグリフィンの大きな口が、クワァッ!と開いていく……
唾液が口の中で糸を引き、イーブイの頭の上にも滴り落ちてくる。

……真っ暗な洞窟の中……
不思議とグリフィンの大きく開いた真っ赤な口が、
イーブイにはハッキリと見えていた。

「ぐぅっ……! や……やめ……てぇぇっ!!」

絶叫と共にイーブイは体に渾身の力を込める。
僅かに……本当に僅かに捕まれた体が動くようになった瞬間……


ハグゥッ!! 


イーブイがその小さな口で、グリフィンの前足に必死に噛み付いた。
小さいながらも鋭い牙が食い込み『ウッ..!!』とグリフィンが痛みで呻いた……
その時、イーブイを掴んでいた前足がゆるんだ!

死にものぐるいで、つかんだ一瞬のチャンス……

「ぅっ! いまだぁっ!」

素早くグリフィンの捕まれていた前足からスルリと抜け出し、
スサッ!と地面に降り立つと同時に駆けだした。

「た、食べられるのイヤだぁっ! はぁっ はぁっ! 」

逃げ出すイーブイを横目にグリフィンはしばらくの間、痛みと怒りにブルブルと震えていて……

「おのれ〜!!生贄の分際で我に、このようなことを!!」

血走った目で逃げていくイーブイを睨みつけ、
怒声を……それでいて、冷たい底冷えのするおぞましい声がイーブイの後ろから突き抜けていった。

「ひぅ、うううっ……なに、これ……怖い……」

体が上手く動かない……さっきまで軽快に動いていたはずなのに、
イーブイは分からなかった……恐怖と言う重しが重くのしかかっていることに。

「愚か者よ!!我の力の恐ろしさを見せてやろう。」

喋っている間にもグリフィンの体から緑色のオーラの様なものが立ち上る。
グリフィンはゆっくりと足を上げて……踏み下ろした!

『アースクエイク!!』


ドゴンッ!!


足が踏み下ろされた瞬間、叩きつけた地面から勢いよく岩が生えてくる。
それが、次々と地面から生えていきイーブイに向かって突き進む!


ドゴッ!!ドゴ!!バンッ!!


「ひっ!?」


ゴゴッ ドガァァッ!


足下から生え突き出した岩に突き上げられイーブイの体がくの字に曲がり、
そのまま、宙に勢いよく吹っ飛ぶ……
力なく開かれた小さな口から呻き声と共に唾液の飛沫が飛び散った。

「……クハッ! うぎゃぁああああっ!!」

宙を泳ぎながら悲鳴をあげていたイーブイがトサッ!と
軽い音を立てて落ちてくる……

「……ぁぁ…………ぁ」

悲鳴をあげるだけで全身に激痛が走り……
まともに呻くことも、体を動かす事も出来ない……


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