気がついた時、まず彼の視界に入ったのは満天の夜空に輝く星と月。

不思議なほど速く流れていくが、体の感覚は全く無かった。

 

(そうか、オレは……死んじまったのか……)

 

彼は自分が今、幽体離脱の状態にあるのだろうと悟った。

すると、これまでの村での生活が走馬灯のようによみがえった。

妻のこと、療養所のリザードのこと、

村人と一緒にこれまで励まし合い、頑張ってきたこと……

 

(ああ、これから村は…村のみんなは…どうなるんだ……)

 

ただ、悲しかった。悔しかった。

だが、もう涙は出なかった。

彼の体はここにはない……

 

彼は再び意識を閉ざそうとしていた。

 

 

不意に、彼はどこかに降りたったような感覚がした。

確かに、自分の身体が地と触れ合うのを感じた。

初めは朦朧としていた意識も戻り始めた。

 

(オレは……死んでない?)

 

ゆっくりとまぶたを開けると、そこには……

 

「よかった。無事だったんですね。」

 

しばらく焦点が合わなかったが、次第にはっきりしてきた。

その姿を見て、彼は言葉に詰まった。

あまりに急な展開に、どう受け答えしていいか分からなかった。

 

「オ……オレは……」

「もう大丈夫ですよ。

ミロカロスたちは、わたくしが懲らしめておきましたから。」

 

そこへ、遥か彼方から、

 

「くぅっ、よくもぉ……

お前たち、やっておしまい。」

「はいっ。」

 

怒りに震えるミロカロスはハクリューたちに命じた。

二匹は口元の光球にエネルギーを収束させ、

それはどんどん大きくなっていく。

 

バッキューーーン。

 

放たれた二本の“破壊光線”は彼らめがけて

衰えることなく、一直線に進んだ。

 

「あっ、危ない。」

「わたくしにつかまっていて下さい。」

 

彼女は全く動じることなく、落ち着き払って言った。

そして、やさしく微笑みかけた。

大丈夫だから、と言わんばかりに。

 

パシュゥン。

 

足元がふわりと浮いた後、二人は真っ白な空間に包まれた。

 

 

次の瞬間、彼らはどこか明るい空間に降り立った。

 

「ここは……」

「わたくしの家です。湖から“テレポート”しましたの。」

 

彼はまだ、生きていることに実感が湧かなかった。

ミロカロスに絞められている時のような息苦しさはないが、

少し前から動悸が収まらなかった。

彼はそれを落ち着けようと、

フゥッ、と短く息をつき、あたりを眺めてみた。

あまり広くはないが、木のぬくもりが伝わってくる。

壁や棚には至る所に装飾品が置いてあり、

なかなか洒落たログハウスだ。

 

ようやく彼も落ち着きを取り戻した。

と、同時にあることを思い出した。

 

「あっ、さっきはありがとう。本当に危ない所だった。

何とお礼を言ったらいいか…」

「いえいえ、あれくらいいいですのよ。

あなた、お名前は何とおっしゃるの?」

「オレはジュプトルだ。」

「わたくしはサーナイトです。

よかったらゆっくりしていらして。狭い家ですけれど。」

「いや、すごく立派な家だと……ハックシュン。」

「あらあら。風邪をひくといけないわ。

そこの椅子にお掛けになって。

温かい紅茶でも入れて差し上げますわ。」

 

彼は生きている実感を取り戻すにつれ、寒気がしてきた。

この秋の暮れの、それも夜にあんなにずぶ濡れになっては

身体も冷えるはずだ。

彼はサーナイトの親切に甘えておいた。

 

二人は、紅茶を飲み、クッキーなどを食べ、

時がたつのも忘れて話し合った。

サーナイトは常に微笑みを絶やさなかった。

その微笑みは、彼をとても寛いだ気分にした。

彼女の物腰も上品で、彼はとても清楚な印象を受けた。

こんなに穏やかな気持ちでいるのはいつ以来だろうか。

 

「…それで、あなたはどうしてあの湖にいらっしゃったの?」

「ああっ……」

 

彼はようやく思い出した。

こんな所で呑気にお茶などしている場合ではない。

それまでの楽しい時間は突如、過去のものとなった。

 

「どうかなさったの?」

「実はオレ、この近くに食糧を調達に来たんだ。

今年は村の作物がとれなくて、みんな飢えてるんだ。

村には妻もいる。幼なじみのやつもいる。

みんなオレの帰りを待ってるんだ。

すまない。ゆっくりして行きたい所だが……」

 

彼は、サーナイトが表情を曇らせたのに気付き、最後まで言い切れなかった。

彼女はそのまま無言で立ち上がり、

テーブルの端に生けてある花の横に立ててあった写真を手に

彼のもとへ歩み寄った。

 

「これ、ご覧になって。」

 

彼女の差し出した写真には二人写っていた。

サーナイトの隣にいるのは、エルレイドだ。

 

「これは……」

「わたくしの、夫でしたの。」

「えっ……」

「去年の冬、この家の屋根の雪下ろしの最中に足を滑らせて、

そのまま死んでしまいましたの。」

 

彼女は床に視線を落とし、

しばらく悲しみをこらえるように震えていたが、

嗚咽が漏れ、泣き崩れた。

 

彼は対処に窮した。

身を投げうって自分を助けてくれたこともあって、

何とか慰めてあげたいのはやまやまだったが、

どうしていいか分からず、考えあぐねた。

村のことは気にかかるが、

この哀れな未亡人を前にすげなく立ち去れるほど、

彼の心はドライではなかった。

 

彼女は彼に泣きついてきた。

彼はますます当惑した。

しばらく、そのまま何も言えずに突っ立っていた……

 

 

不意に、彼女は彼を床に押し倒した。

そして、今まで以上にぎゅっと抱きしめた。

まるで、我が子を抱くかのように。

サーナイトは彼よりも二まわりほど大きかった。

彼は彼女の身に包みこまれた。

それには、さすがに彼もうろたえた。

 

「うぁっ、な……」

「あなたに一つだけお願いがあるの。」

「……あ、ああ。」

 

彼女の体のぬくもりは彼を昂ぶらせた。

彼女はそこで、少し間を置いた。

彼はその意味を、何か深刻なことを抱えているのだろうとは予想した。

しかし、彼女の言葉を聞いて、愕然とした。

 

「わたくしの……フィアンセになって下さる?」

 

彼は衝撃のあまり、卒倒しそうになった。

 

「ぇ……ぁっ……」

「ね?よろしくて?

わたくしはあなたの命をお助けしたんですもの。」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。

オレには妻がいると、さっき…」

「あら、この御恩をお忘れになったの?」

「いや、そういうわけじゃ……」

 

彼は、彼女の顔を間近に見た。

彼をじっと見つめる、彼女の妖艶な瞳。

その瞳の奥に彼は狼を見た。

その狼は群れからはぐれた一匹の仔羊を捕らえ、

今にもその喉元に喰ってかかろうとしていた。

彼はゾッとした。ガクガク震えだした。

身体の外は熱いが、それが次第に

身体の芯から熱を奪い取られているかのように思われてきた。

彼女はますますきつく彼を抱擁した。

 

「ぁ……あっ……ぁ……」

「ねぇ、いいでしょう?

今日からあなたはわたくしの……」

「うわぁぁぁっっ。あああああああっ。」

「キャァッ」

 

彼は発狂したかのように叫び、四肢をばたつかせ、

彼女を乱暴に突き飛ばした。

彼女の存在の全てが、彼の生を脅かしていた。

それを察知した本能は、彼に最大限の力を発揮させた。

 

彼がドアに手をかけた時、

 

パシィッ。

 

「うっ……ぐ……」

「逃げられるとお思いになったの?」

「あぁっ………っぅ…」

 

彼女は湖で彼を救い出した“念力”で

今度は彼の全身を拘束した。

そのまま、彼を振り向かせ、すぐそばに引き寄せた。

彼は今や彼女の操り人形だった。

 

「逃げられないようにして差し上げますわ。」

 

そう言って、彼女は何やら怪しい手の動きをした。

 

すると、みるみるうちに彼女は巨大化していった。

……いや、そうではない。

自分の身の丈が、さっき座っていた木の椅子の

脚の長さにも及ばなくなっている。

周りの光景からそう理解せざるを得なかった。

さらに、再び“念力”の拘束で、今度は身体が浮き上がり、

彼女の掌の中に吸い込まれた。

 

「あぁっ、出してくれぇっ。」

 

彼はもがき続けた。

彼が抵抗すればする程、彼を包む手はその強さを増していく。

指の一本が彼の喉下を押さえつけ、息苦しさを覚えたが、

彼は何とか顔だけを外に出すことができた。

そこに迫っていたものは……

 

まさか、と思った。

全身がこわばった。

だが、それは実際に行われた。

 

パクン。

ピチャァ、グニュニュ。

 

「うぁっ…あぁぁぁっ…ぅっ…」

 

ピチャピチャ、ヌチャッ、ギュゥゥゥッ

 

「はうっ……やっ、やめろぉっ…ああああぁっ……」

 

視界が奪われた今、彼の知覚は触覚が卓越し、

不快感とも快感とも言えぬ、

彼女の柔らかな温かい肉の感触をその身に受けた。

ただもう、彼女の歪んだ愛情表現に身を委ねることしかできなかった。

 

どれほどこの行為は続いただろうか。

彼は激しく揉みほぐされて弄ばれ、息も絶え絶えになった。

彼女はテレパシーで伝えた。

 

「これで分かったかしら。

今日からあなたはわたくしのものですわ。

あなたがわたくしのフィアンセになるとお誓いになるなら、

出して差し上げますけれど、どうかしら。」

「…はぁ…………はぁ……オ…レ……に…は………はぁ…帰る村が……」

 

グニュニュ、ピチャピチャ。

 

「はうっ……」

「まだお分かりでないようね。」

 

舌と上顎の肉壁の愛撫はさらに延々と続いた。

もう彼に抗う力は残されていなかった。

ただ、喘ぎ、苦しみ、翻弄され続けた。

 

「そろそろ誓ってくれるかしら。」

「あぁっ…オ……オレは…」

 

そこで彼はふとある感覚に襲われた。

泉であれだけ水を飲み、ここに来て紅茶を飲み

ふと彼は尿意をもよおした。

 

「いったん出してくれ……トイレに…」

「トイレを口実に逃げようなんて、そうは致しませんわ。」

「いや、本当に…」

「あなたがお誓いになるまではここからはお出しできません。

どうしても誓って下さらないのなら、

わたくしの中でなさってもいいですのよ。」

「そんな……」

 

どっと冷汗が出てきた。

本気で言っているのだろうか。

そうこうしているうちに、彼女はまた彼を舌で転がし始め、

彼は腹ばいの体勢にさせられると、

舌と上顎に挟まれ身動きが封じられた。

そして、あろうことか……

 

「あうっ…ああぁぁっ、待て、そこは…ああっ。」

 

彼女は舌の先端を器用に使い、

彼の下腹部からその下にかけて、さすりだした。

 

「ふふふっ。さぁ、どうするのかしら。」

 

もはやどうすることもできなかった。

彼は相当に長い間必死に耐えたが、もう限界だ。

身体は冷え切っていた。

全身、痙攣が止まらない。

 

(ダメだ……もれる……………ぁっ)

 

身体に体温が戻ってきた。

と同時に、それは堰を切ったように勢いよく放出された。

全身を貫く脱力感と開放感。

もう何もかも、どうでもよくなっていた。

そのまま彼は眠るように気を失った。


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