(そうだ。みんな困ってるんだ。オレが何とかしないと……)

 

 

自分にそう言い聞かせ、彼はさらに奥へと分け入った。

今は本当にそれだけが彼の心の支えだった。

 

どれほど歩いただろうか。

ずっと村のことを考えていたせいで、

どれだけ歩いたのかよく分からなくなった。

 

それからまもなく、前に少し明るい空間が見えたので、出てみた。

どうやら森はそこで突然に切れているようだ。

もうすっかり日は暮れていたが、

外は月明かりで森の中よりもずっと明るかった。

 

そこは、それまでの森とは全く異なる様相を呈していた。

明らかに人の手が入っているのだ。

彼の足元には一直線にのびる道路がただ一本、どこまでも続いている。

道の両脇は草原が広がるだけで、

少し先には、怪しげな巨木が一本だけ道端にでんと構えていた。

どこか、幻想的な世界だった。

 

しばらくこの不思議な空間に見とれていたが、

彼は自らに課した使命を思い出し、再び歩を進めた。

 

そして、その巨木の前を通り過ぎようとした、まさにその時。

俄かに彼は足元が抜けるような感覚に襲われた。

あっ、と思わず声を漏らしたが遅かった。

 

バサッ……ドシン

 

激しくしりもちをついた。

彼は自分に何が起こったのか分からなかった。

前を見ると、すぐそこは岩壁。

前だけでない。四方八方から囲まれている。

天を仰ぐと、円い穴がぽっかりと空いていて、

そこからはちょうど満月が見えた。

 

彼は、自分の身に起こったことをようやく理解した。

 

(落とし穴か。ったく、誰だ一体・・・・・・

それより、ここからどうやって脱出するか・・・・・・) 

 

穴は思った以上に深く、自力で脱出するのは不可能に思われた。

彼は何か脱出する足がかりをつかめないかと、もう一度上を見た。

そこへ、上から覗き込む黒い影……

 

「誰だ、お前は。」

「おっ、こいつは大物だぜ。」

「お前がやったのか。」

 

黒い影、ヤミカラスは彼の質問に答えることなく、

 

「おーい、みんな。獲物がかかったぞ。」

 

“獲物”と聞いた瞬間、彼は凍りついた。

それは、これから先の彼の運命を示しているに違いなかった。

 

程なく天井の穴の周りは、ヤミカラスたちでびっしり覆われ、

月明かりもほとんど差し込まなくなっていった。

そこに現れた、ひときわ大きな影……ドンカラスだ。

その影は穴の中を覗き込むと、

 

「おおっ、でかしたぞ、お前たち。では、とっとと連れて帰るか。」

 

そう言って、全員がギラギラと怪しい視線を彼に向けた。

 

「な……何をするんだ。」

 

彼の声は震えていた。

 

すると、急に視界が真っ暗で何も見えなくなった。

そして、間髪入れず猛烈な頭痛が彼を襲った。

頭が割れそうだった。

 

「あっ、うああああああっっっ。」

 

ヤミカラスたちの一斉に繰り出した“ナイトヘッド”は

彼を責めさいなみ、苦痛と恐怖のどん底に突き落とした。

彼は、そのまま意識を失った。

 

 

 

彼が再び意識を取り戻したのは、とある家の中だった。

嫌な汗をびっしょりかいていた。

どうやら、鳥かごのような物に閉じ込められたみたいだ。

もちろん鍵はかかっている。

 

(くそぉ……何で鳥のこいつらに

鳥かごに閉じ込められなきゃならないんだ。)

 

彼は周囲を見回してみた。

部屋は明るいが、ドアが二つあるほかはほとんど何も無かった。

ヤミカラスたちはいなかった。

 

(どうにかしてこのかごさえ脱出できれば……)

 

考えているうちに、片一方のドアがガチャリと開いた。

入ってきたのはさっきのドンカラスだった。

 

「おっ。起きてたんだな。」

「このオレを、どうするつもりだ。」

 

彼は怖がっていないように装おうとした。

この絶体絶命の状況で、彼にできる抵抗はそれだけだった。

しかし、その声は彼の意思に反して、力がこもらなかった。

ドンカラスは強がろうとする彼を見下したような顔つきで笑い、

声をひそめて続けた。

 

「実はウチには食べ盛りの幼子たちがいるのだ。

たまには、新鮮なお肉をあげようと思ってね……フフフッ」

 

そう言うと、あの時と同じ怪しい視線を彼に向けた。

ついさっきの「ナイトヘッド」と同じだ。

たちまち彼は血の気が引いた。

 

「パパ〜、のどかわいたぁ。おみず。おみずぅ。」

 

奥の部屋から何か声が聞こえた。

恐らくドンカラスの言う、食べ盛りのヤミカラスなのだろう。

ドンカラスはそれまでの彼への態度とはうってかわって、

 

「はーい、今行くからね。いい子にして待ってるんだよ。」

 

いったん、ドンカラスは隣の部屋に戻ろうとした。

彼の方を振り返り、

 

「お前も静かに待ってるんだぞ。」

「パパぁ、はやくぅ〜。」

「よしよし、すぐ行くよ。」

 

バタン。

 

彼はしばらくそのまま足がすくんで動けなかった。

恐怖にとりつかれ、息苦しさを覚えた。

 

(ええい、こうなったら……“連続斬り”ッ。)

 

ガキィッ。

 

「いってぇぇっ。」

 

涙が出るほど痛かった。

彼の繰り出した技は、その鳥かごに傷一つ付けられなかった。

おりは鋼鉄のように硬く、びくともしない。

途端に、またさっきのドアが開く。

 

「“し・ず・か・に”待ってろと言ったはずだが。」

「パパ〜。」

「はいはい、すぐ行きますからね。」

 

再びドンカラスはドアの向こうに消えた。

 

(ううっ。どうすればいいんだ……

どこかに突破口はないものか。)

 

周りを見ても、かごの間から手を伸ばして届きそうな所には

道具らしい道具は置いていない。

彼はうなだれた。もうだめかと思った。

その時、彼はあることに気付いた。

鳥かごは底面だけおりのようにはなっておらず、材質が違っていた。

彼は最後の可能性に賭けた。

 

(頼む。“連続斬り”ッ。)

 

バリッ、バリバリッ。

 

(やった。出られる。)

 

床が抜けた。急いでそこから這い出し、

ドンカラスがいるのとは別の方のドアに手をかけた。

 

「だから静かにと……ああっ。」

 

ドンカラスに見つかったと分かり、

彼は無我夢中でドアから飛び出した。

が、すぐさま足が宙に浮いたような感覚にとらわれた。

 

「何だ。これは、ああっ……うっ、ぐはぁっ。」

 

何が起きたのか分からず、

ただ全身を鞭のようなもので打たれ続ける感じだった。

 

ドシーーン。

 

彼は全身の痛みに悲鳴を上げていると、

上からは折れた小枝が落ちてきてあちこちに散らばった。

しばらく頭が回らなかったが、ややあって彼は状況が呑み込めた。

どうやら、あの家はさっきの巨木の上にあるツリーハウスだったようだ。

そして、そこから飛び出した自分は

枝に引っかかりながら落っこちたというわけである。

 

「行け。お前たち。ヤツを逃がすな。」

 

ドンカラスの声が夜空に響いた。

群れを成して彼に襲いかかったのは、

あの時彼に“ナイトヘッド”をお見舞いしたヤミカラスたちだ。

 

「うわっ、く、来るなぁっ。」

 

彼は脇目も振らず、一目散に駆け出した。


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