それは今年の夏。

村は未曾有の大干魃に見舞われた。

作物は皆枯れた。

夏が過ぎ、例年なら木に実のなる頃だが、

今年は実りの秋を迎えることはなかった。


「これじゃ、今年の冬は越せそうにねぇ。どうする。」

彼に問いかけたのは、同じ村で生まれ育った幼なじみのリザードだ。


「村の若者を集めよう。

皆で手分けして木の実のある場所を探すんだ。きっとある。」
「でも、この干魃ですぜ。どこも同じじゃないっすか。」
「だが今はそれしかないだろう。

このままじゃ、オレたちゃみんな飢え死にしちまう。」

彼は村人からの信望も厚い、責任感の強い性格だった。

それだけに、今度の事態で彼は重荷を自ら背負い込んでしまい、

精神的に滅入っていた。

他人にそうは見せまいとしていたが。

 

かくして、村の若者たちは自生する木の実を求めて各地を放浪した。

村に残る僅かな食糧を持ち出して、時には泊まりがけで、

それはもうあちこち探し回った。

しかし、いずれも徒労に終わった。


唯一、成果の上がりそうだったのは、

リザードの見つけた村の西の外れにある湖の近くの場所だった。

湖も晴天続きで干上がる寸前であったが、

その近くには僅かばかり木の実が残っていた。

しかし、それも他の者が取っていった後なのだろう。

もう僅かしか残っていなかった。

村に帰ったリザードは彼に報告した。


「そうか……ご苦労だった。

折角だが、その木の実は置いておこう。」
「でも、そしたらオイラたち
「分かっている。他をあたらないとな。」
「でも
「いいんだ。その実は地に落ちて、また来年今より沢山実をつけるだろう。」

彼はこの態度を頑なに貫いた。

彼には信念があった。

自生する木の実は取り尽くしてはならない、

なぜなら、取り尽くせば翌年そこには何も生えてこない。

それは昔からの村の掟でもあった。

最後には、リザードも納得したようで、

「そうっすね。分かりました。

明日は西のもうちょっと先の方へ行くことにするっす。」
「苦労をかけてすまないな。」
「いや、いいんすよ。それに一番熱心なのはあんたじゃないっすか。」
「だが、オレはまだ何も見つけてない。」
「『きっとある』って言ったのは、あんたじゃないっすか。

しっかりして下さいよ。」

リザードは笑った。

お互い気心がしれているからこそ生まれる、朗らかな屈託のない笑みだった。



次の日、彼とリザードが出発しようとした時、

西の方からリュックを背負った者たちが、

何やら不平を言いながらこちらに向かってきた。


「ちっ、こんなに遠出してこれだけかよ。」
「まぁまぁ、そうカッカするなって、兄貴。

これでも無いよりかはましだぜ、ケケッ。」
「こんなもんじゃ、三日ともたねぇ。全く、苦労の割に合わんな。」
兄貴と呼ばれた方はリュックを背負っているバンギラス、

その傍らにいるのはゲンガーで、

いずれも東にある別の村の住人だった。

リザードははっとした。


「お前たち、まさか西の湖にある実を取ったのか。」
「あぁ?何か悪いか。」

バンギラスは不機嫌そうに答えた。

「取り尽くしちまったのか。」
「そうだ。」
「な、何てことを
「知ったことか。オレらだって生活かかってんだ。

そんなに木の実が欲しけりゃ、そこら辺の森でも探してろ。」
「その木の実は昨日オイラが見つけたんだ。」

リザードは憤った。

昨日のことは天地神明に誓って正義なのだ、と信じたかった。

それが崩れ去ることを恐れていた。


そんなリザードに対し、バンギラスはそれまでの不機嫌が吹っ飛んでしまっていた。

ウップッ……ハハハハハハ、あー、おっかしぃ。腹いてぇ。」
「ケケケケケッ。なかなか笑わしてくれるじゃねーか、このボウズ。見直したぜ。」

そばのゲンガーも皮肉たっぷりにバンギラスに続いた。


「何がおかしいんだ。」

二人に詰め寄るリザードだったが、ますます相手の嘲笑を誘うことになった。

「ハッハッハッ、何がおかしいって、お前、

他人様のもんに難癖つけて、これはオレが先に見つけた、だから返せ、

なんて言われて差し出すやつがあるか。

こうゆうもんはなぁ、取ったもん勝ちなんだよ。

ちったぁ大人の事情もわきまええもらわなくちゃ困るぜ。」


リザードは拳を握りしめ、怒りに震えていた。

そして恐らくこの瞬間、

純真な心の内で大切に守り通してきた何かが、音を立てて崩壊した。

リザードは完全に理性を失った。


「よせ、敵う相手じゃない。」

彼の諫めも今のリザードは聞き入れなかった。


「お、ま、え、らぁーーーーっ」

リザードは激情に任せて“火炎放射”をぶっ放した。

それは狙い違わずバンギラスの腹部にクリーンヒットした。

「ぐふぉっ、あ、あちち、あちちちち。

くそっ、やりやがったな、小僧。

これでも、喰らえぇっ。」

バンギラスはリザードから予期せぬ襲撃を受けて怒りを顕にし、リザードを睨みつけた。

そのまま怒りを足に、そして全体重に込めて踏みつけた。


ドォォォォォン
ガラガラゴォォォッッッ、ガッシャーン

バンギラス渾身の“地震”が炸裂し、

辺りは岩壁に打ち寄せる嵐の海のそれのように

荒れ狂い、滅茶苦茶に波打った。


「がっ……ぐぅっ

 

絶え間なく襲いかかる砂礫、降りかかる岩石、彼は持ちこたえるのに必死だった。

その時、目に飛び込んで来た光景……

それは恐らく地面を突き上げた岩の餌食になったのであろうリザードだった。

自分の知覚が置かれた状況を把握するのに追い付かないのか、

全くもがきもせず、悲鳴も上げず、

その重量を感じさせない程に、高く宙を舞っていた。

一面土煙が立ち込めると、ようやく揺れと地鳴りは収まった。

「フン、ざまぁみろ。」


まだ鬱憤を晴らしきれないのか、バンギラスは怒りの形相を保ったまま、吐き捨てた。

「ケケッ、もう行きましょうぜ、兄貴。

こんな奴らと関わるだけ時間の無駄ですぜ。」
「そうするか。まぁ、お前たちもせいぜい頑張るんだな。」

二人は去った。

 

「うぐぅ………くそぉ、あいつら……」

 

彼は土砂の中から身を起こした。

 

「ぅっ………ぅぅっ……」

 

彼は少し離れた所から、リザードの蚊の鳴くような呻き声を聞いた。

 

「おいっ、大丈夫か」

「ぁ……あっ、足が………」

「なら、オレが担いで行ってやる。」

「……すまない……」

 

リザードは担ぎ込まれた先の、村の療養所で横になっていた。

彼はそのそばに付き添った。

どうやら、あの時の地震で片足を折ったらしい。

当分は絶対安静が必要だ、とのことだった。

 

また、バンギラスの地震は彼らだけでなく、村全体に被害を及ぼしていた。

リザードほど深刻な負傷者はいなかったが、

村のあちこちで橋や用水路などが壊れた。

とりわけ深刻なのは、村の食糧貯蔵庫だった。

貯蔵庫が倒壊して、中の食糧が大部分だめになってしまった。

それ以来、村人たちはますますひもじい生活を強いられることとなった。

 

 

それから数週間。

食糧調達のための努力は、ついに実を結ぶことなく、

冬を目前にして、既に貯蔵は底を尽きようとしていた。

そんなある日のこと……

 

彼はその日も食糧集めからの帰り、

いつものようにリザードのいる療養所をたずねていた。

そこへ、同じく出かけていたヌマクローが帰ってきて、療養所に訪れた。

 

「どうだった。」

「木の実はだめでした。

ただ、ちょっと気になる話を聞きましてね。」

「気になる話?」

「ええ。今日、私は東の方を探索に行ってきたんです。

途中であの村の前を通り過ぎるんで、本当は行きたくないんですが、

そうも言ってられなくなってきましたし。」

 

ヌマクローの最後の言葉は、彼を一層心苦しくした。

村の食糧事情がひっ迫していることは、彼だけでなく皆分かっていた。

しかし、危機感を抱いているのが自分だけでないと思うと、

彼は同じ村の者たちに申し訳なく思った。

それが自分のせいでなくとも、現状を打開することのできない自分自身に

苛立ち、また、焦燥感に駆られた。

そうして人一倍、気苦労を背負ってしまう性質だった。

だが、彼は決してそのような素振りは見せなかった。見せられなかった。

それがさらに彼を苦しめていた。

 

ヌマクローは続けた。

「それで、さっき帰りにその村の前を通ったんですが、

村人のこんな話がふと耳に入りましてね……

 

『おい、まだ帰ってこないのか、あいつらは。』

『みたいだな。今日でもう五日になる。絶対何かあったんだぜ。』

『バンギラスのやつ、こいつはすんげぇ穴場だっつって、

ゲンガーと連れ立って村を飛び出したっきりなんだろ。』

『ああ。あの時はリュック一杯に持って帰ってきたんだが。

もっとデカいのを持ってけばよかったって、悔やんでたもんな。』

 

……ってわけなんです。

あの二人で、もし何かに襲われたんだとしたら

私たちでは敵いませんね。」

「そうか。それで、場所は分かるのか。」

「ええ。北のほうにある森で、少し遠い所です。

まだ私たちもあまり調査していません。」

 

彼は、暫く思案して、

 

「明日……行ってみるかな。」

「な…何言ってるんですか。

私はあなたがそっちへ行かないように忠告しに来たんですよ。」

「だが、このままじゃ、じきに蓄えは無くなる。

どうせ死ぬんなら、オレは僅かな可能性にでも賭けてやる。」

 

ヌマクローは、よくよく結果を考えもせずに話をしたことを後悔した。

同じ村の者として彼の性格は心得ていたからだ。

もし、立ち止まって考えていれば、こうなることは予想できたはずだった。

 

ヌマクローは負い目を感じて、

 

「でしたら、私もお供させてください。

あなた一人で危険な目に遭わせるわけにはいきません。

この話を持ち込んだのは私ですし。」

「だったら、オイラも行くっすよ。

村の一大事って時に寝てばっかりじゃ、みんなに悪いっす。

それにもう、足は大丈夫っすよ、ほら。」

 

リザードは、足をできるだけ軽快に動かしてみせた。

 

「お前たち……」

 

彼もまた、二人の前でそこへ行くと宣言したことを後悔した。

そこでまた、彼は暫く考えて、ヌマクローにこう言った。

 

「やっぱり、後にしよう。

実はまだ、南の方に未調査のポイントがある。

そこがダメなら行ってみよう。

お前は明日他に調べる場所はあるか。」

「ええ。ありますけど。」

「じゃぁ、そういうことで、いいか。」

「分かりました。」

「もしそれがだめだったら、オイラも行ってもいいっすよね?

足は引っ張りませんから。」

 

と、リザード。

 

「本当に大丈夫?」

 

ヌマクローはリザードの足の具合を案じて言った。

 

「大丈夫っす。ねぇ、いいっすよね?」

 

リザードは彼に視線を向けた。

 

「あ、ああ。」

 

彼は笑ってみせた。しかし、その微笑みはどこかぎこちなかった。

 

 

翌日、ヌマクローは東に向かって旅立った。

彼は南に向かって歩き、しばらくして足を止めた。

 

彼は、180度方向転換してもう一度村に戻り、

ヌマクローが行ってしまった事、リザードがまだ療養所にいる事を確認すると

そのまま北に進路を取った。

 

こうするしかなかった……

 

彼の正義感は、同郷の者に危険が及ぶのを潔しとしなかった。

彼にはまた、今年の春に娶った妻がいた。

だが、今ではすっかり痩せ細り、初めの頃の輝きを失っていた。

もうじき食糧は底をつく、時間的余裕はない。

彼は自分に責任を感じるほど、自ら志願して重圧を背負い込んだ。

ここは自分が何とかしなければ、と

他人より自分を責めずにはいられなかった―――


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