「ここだな、例の森は……」
昼間でもあまり光の差し込まない薄暗くて気味の悪い森。 今は日も暮れようとしていて、遠くの方から時折バサバサッ、と 鳥の羽ばたく音が静かに響き、更に不気味な雰囲気を醸し出している。 今からこの森に一人で入るのだと思うと少し身震いしたが、 彼には躊躇している暇はなかった。 そう、今はともかく進まねばならない…… 「待たれよ、旅の者」 何者かが彼に呼びかけた。 彼は辺りを見回すと、そこには 年老いたダーテングが一人ぽつんと立って、こちらを見つめている。 「何だ、何か用か。」 「お主、その恰好からして、この森に入るつもりかな?」 彼のしょっているザックを見てそう思ったのだろう。彼は答えた。
わしゃ、この近くに住んどる者だが、今まで幾人とそういうやつを見てきた。 この前も…」 ゆっくりとしわがれた声で、 放っておけばいつまでもしゃべっていそうな様子だったので、彼はそれを遮った。 「オレはどうしても行かなきゃならないんだ。」 彼はダーテングに背を向けて森へ足を踏み入れようとした。 「待ちなされ。」 昔からこの森に入った旅人を迷いこませると言い伝えがある。」 彼は立ち止まり、一瞬考え込んだ。 「……そうか…分かった。 ムウマージだな。ムウマージに気をつけりゃいいんだな。」
「まったく、これじゃから若いもんは……」 彼はひたすら奥へ踏み入った。ずんずん奥へ。 使命を果たして早く村へ帰りたい。いや、帰らなければ。 その思いが彼をつき動かしていた。
まだ日は沈んだばかりなのに、真夜中のように暗い。 今宵は満月だが、森の中には月明かりもほとんど差さない。 道無き道を、彼は懐中電灯と方位磁針だけを頼りに進む。
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