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捕食旅館へようこそ 〜 ご主人様は肉の味 〜 − 旧・小説投稿所A

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捕食旅館へようこそ 〜 ご主人様は肉の味 〜
− 安眠は遠いよ −
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ーーーその日の夜。
ロンギヌスは畳に敷いた布団の中で、不意に目が覚めてしまった。
スースーという滑らかなレムリアの寝息や、カイオーガの寝言が耳に入る。

ふと寝返りを打ち、ポケットに手を突っ込んで携帯を取りだす。
暗めの画面には、イエローの蛍光色で3:00と表示されていた。


「(あれ…..誰か起きてる…)」


ぼんやりとしか映らない視界に、月明かりに照らされて誰かが見えた。
寝起きのせいか掠れた声しか出なかったが、「おーい」と小声で呼びかける。


「ああ…..起きたのかマスター…」


ギラティナだった。
窓際の壁に背中をもたれさせ、楽な姿勢で月を見上げている。
首を傾けてこちらを向き、柔和な笑みを浮かべた。


「良ければこちらに来ないか? 今日はあまり寒くない」

「あ…...うん….」


誰かの体を踏まないよう細心の注意を払いながら、誘われるまま月明かりの下へ躍り出る。
ここで初めて、自分の寝巻がブルーのチェックだということに気付いた。

たいした装飾もない縁側だが、ギラティナが隣にいると不思議な空気に包まれている気がした。



「…で、どうしたんだ? こんな夜中に….」

「…………..月が….」

「え?」

「…見たかったのだ。サザナミの夜空は明るいと聞いたのでな」


言われてみれば確かにそうだ。
都市ガスに埋もれたヒウンシティやリーグの街と違って、星がそれぞれ鮮明な色を持って輝いている。

そしてそんな星達を束ねる王のように、完璧な三日月が南の空に貼り付いていた。





「なぁギラティナ。」

「ん?」

「俺…..立派なチャンピオンになれると思うか?」

「フフッ…いきなりどうした?」

「いや…..お前、占星術みたいなヤツ得意そうだからさ….」


五歳のころの、チャンピオンに憧れた自分が頭をよぎる。
玩具のモンスターボールを常に握りしめ、寝食を忘れてバトル中継を見ていた記憶がある。
今になって思えば、目が悪いのはそれが原因かもしれない。


「フフ….真に立派なチャンピオンなら、ボタンが一個ズレていることにも気付くと思うが」

「あっ…!! お、おい、知ってたら教えてくれよ!!」

「シーッ、静かに」

ギラティナは顔をこちらに向け、翼の先をそっと口元に寄せた。
普段なら灰色の彼の顔も、今は左半分だけ月に照らされて銀に煌めいている。



「….そんなのマスター次第だ。が….立派というのは間違いだと思うぞ」

「えっ?」

「立派に基準など無い。それに….あちらには名声も権力も、己の肉体すら持っていけないのだ。
どうせ消滅するはずの冠を、いそいそと磨いても仕方ないだろう。

だから無理に立派を目指す必要などない。
それに…時代とともに忘れられる、そんなチャンピオン生活も私はあると思うが?」

「そりゃ….まあ…一理あるかもだけど…」


会話のスケールが壮大過ぎる気がしたが、何故だろう。
彼の隣に座っていると、死後の世界がとても近所のように感じられる。
すると突然、ふとした疑問が沸き起こった。



「なぁギラティナ、お前って死者の霊魂をあっちに連れていくのが仕事….だよな?」

「…….そうだが」

「じゃあお前がもし….ゴメン、死んだらどうなるんだ?」

「・・・・・・」


ギラティナは目線をロンギヌスの膝に移し、そして星を見上げた。
真実を知りたがる子供のように無邪気で、そして純粋な面持ちだった。




「生まれてから同族には会ったことがない…..そんな私が、自分の死について語れる筈が無い」

「あっ…そ、そうだな…悪い…」


言葉がさっきより辛辣になっている。どうやらあまり触れてはいけない領域らしい。
ロンギヌスは話を切り上げると、好奇心を胸の奥に沈めた。



「さて….すまないな、せっかくの旅行なのに暗い話ばかりで。
どうも明るい話は出来ない性分らしい」

「まあまあw それもお前の良いとこだ」

「….優しいのだな、そういうところだけは」

「だけって言うな。さぁて….そろそろ寝るかな…」


ロンギヌスはよっこらせと立ち上がり、大きな伸びをしてから踵を返した。
視界を覆い尽くす闇を前に、ガクンと肩を落とす。自分の布団は確か入り口側にあった。
つまりそこに横になるためには、ギラティナを除いた四名が寝ているこのスペースを突破する必要がある。
もしバビロンの顔など踏んづけでもすれば、生命が危うい。


「行きより帰りの方が難しいとはね……」

幸い、レムリアを間に挟んだ、バビロンとラティオスの寝床はくぐり抜けることが出来た。
ラティオスの画鋲のような爪を踏んづけた際は絶叫しかけたが、熟睡中の彼が目を覚ますことは無かった。
そして最後の関門、きっと目の前に寝ているであろうカイオーガの頭上で足を上げる。


・・・グニュ。

ーーーん?

足裏に妙な感覚が走った。蒟蒻ゼリーを踏みつけたような感触だった。
ーーーまさか、カイオーガの舌でも踏んでしまったのだろうか。

予想が全く掴めないままで、目線をおそるおそる自分の足へ移す。蒟蒻ゼリーの正体は明々白々だった。

ぷるんとした潤いのみで形成された牙と、リアリティのない玩具のような目。
ロンギヌスが足裏で踏んだのは、そんな大蛇を思わせるような龍の身体。
向こうが透けて見えるほどの透明感に満ちた、カイオーガの作り出した海龍だった。


「なっ……!!」

海龍は、本物の東洋の龍とそう変わらない迫力で喉を鳴らした。
カイオーガが自衛のために置いたのか、それともロンギヌスを狙って作ったのかは不明だが、少なくとも今は温厚そうではない。
寝ているところを足蹴にされ、不穏なオーラを匂わせていた。

ロンギヌスは舌を打ち、その隣を闇雲に突っ切ろうとした。
だが見切られたような俊敏さで、案の定、長い蛇体に容易く絡め取られる。
手足に効果的に巻きつかれ、数秒後には最低限の呼吸以外は身動きが取れなくなっていた。


「う……ぉぉ…っ……ぅ…」

ぬちゅぁ、と口が開く音が耳に入った。どうやらカイオーガの警護どころか、不届き者の処理までこなしてしまうらしい。
すぐさま頭から咥え込まれる。心臓という器官が無いためか、吐息らしきものは一切感じられなかった。
とはいえ、多量の水っぽい唾液が顔に滴り落ちる。それを拭き取ろうと顔に手を掛けることさえ、巻き付かれていては叶わなかった。


ズムッ……ズムッ…ングチュ…むにゅ……

「ちょっt……タ、タンマ…!!」

無駄だと分かっていても自然に声が漏れた。
呑み込むスピードに容赦はまるで無かった。ぷにぷにと艶のある喉に頭を押し込まれたときには、間一髪で溺れかけた。


「ぅ……カイオg…」

ゴクリ・・・!!

足が床を離れるのを感じた。垂直に近い食道の中を、真っ逆さまに沈下していくのが分かる。
透明な肉壁の向こうに、月明かりとギラティナの影がぼんやりと映った。
しかし大声でSOSを求めてみたものの、防音性抜群のウォーターチューブが間にあっては、無意味も同然だった。

とうとう食道を通りきり、胃袋らしき空間に到達する。視界は口内や食道とほとんど変わらなかったが、密着する胃壁のぷるぷる感が尋常ではない。ふと目を閉じれば、巨大なプリンの海に沈んでいると錯覚するほどだった。

身を捩らせれば捩らせるほど、肌が胃壁と擦れて小さな快感を生む。それから逃れようとすれば、また身を捩る羽目になる。
いつしか、ロンギヌスはそんなパラドックスに嵌っていた。
単なる水の壁に、制裁という名目のマッサージを受け、次第に夢見心地に陥っていく。


むにぃ……ぷっちゅ…ふにゅぅ…

「……おぃ……カ…」

自分にも届かない声でカイオーガの名を呼び、肺に溜めていた空気を一気に吐き出す。
眠気覚ましに頬を叩くことも出来ずに、意識は睡魔に喰われていった。




<2012/03/12 20:56 ロンギヌス>消しゴム
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