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捕食旅館へようこそ 〜 ご主人様は肉の味 〜 − 旧・小説投稿所A

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捕食旅館へようこそ 〜 ご主人様は肉の味 〜
− ダメ、ゼッタイ −
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「こうして見ると本当に人多いわね……人間はあまりいないみたい
だけど」

「……ああ……」

「どうしたの? 急に喋らなくなっちゃって」

レムリアが何度話題を持ちかけても、バビロンは取って付けたよう
な生返事を繰り返すだけだった。やはり先程、不意打ち気味に腕を
絡めたのが強烈すぎたのだろうか。レムリアは彼の一点を見つめる
ような視線から、何かを思い詰めている……そんな心情を嗅ぎ取っ
た。






・・・・・・・





「……この間の返事、まだだったな」

「え!!? あ……そ、そうね……」

唐突に切り出された発言に、レムリアは咄嗟にベンチからずり落ち
そうになった。バビロンの死角となる位置でそっと胸に手を当て、
高鳴る動悸を抑え込もうとする。レムリアは、不意を突かれたのは
自分の方だと気が付いた。バビロンは息を殺し、あの話を持ち出す
タイミングを見計らっていたのだ。


ーーーあの話。
数ヶ月前、バイオリック社との戦闘が終結した後、レムリアは彼に
プライドを捨てて告白した。お互いの脳に強く焼き付いている記憶
だが、既に日常に埋もれて掻き消えようとしていた。本当にあった
ことなのかどうかさえ、分からない程に。

レムリアは下唇を噛んで彼の二の句を待った。こういう際、僅かで
も期待に胸を膨らませてはいけない。希望を持てばその分、裏切ら
れたときの反動やショックは大きくなるからだ。

今や彼らの耳には、賭博に興じる者たちの喧騒など届いていない。
息をするのも疲れる沈黙が、濃霧のように二人を包み込んでいた。






ーーーーーーーーー




「……悪いな……ちょっと飲み物買ってくる」

「……っ、ええ……」

バビロンが本当に喉が渇いていたのか、それとも逃げたかったのは
定かではない。ところがレムリアは彼が自販機に向かった後、安堵
の溜め息をついていた。「悪いな」という言葉を聞いた瞬間に、涙
が溢れそうになったからだ。


「……期待なんかしちゃ駄目……駄目よ私……」

目を閉じてクリーム色の頬をパシパシと叩き、レムリアはその台詞
を繰り返し自分に言い聞かせる。
しかし視界を覆っていた両手を離した瞬間、彼女は誰かが目の前に
立っているのを見つけた。いや…身長の差からすれば、彼女の目下
にいた、という表現の方が正しいかもしれない。ロンギヌスより少
し小柄なその青年は、微笑を浮かべながらレムリアに歩み寄った。


「……お姉さん、さっきの奴好きなんだね?」

「え……?」

「さっきまでお姉さんの隣に座ってた竜だよ。今まで見たことない
種族だったけど……ま、お姉さんには釣り合わないだろうね」

「だ、誰なの? 君……」

青年の口調は能天気なロンギヌスとは比較にならないほど低く、ま
るで別次元からやって来たかのような空気を漂わせていた。レムリ
アの質問にも名を答える様子はない。青年は話を続けた。

「だってそうだろ? お姉さん、図鑑番号X-17、飛竜種ムゲン竜だろ。
この世界にはまず存在しない種族なのに、どうしてのうのうとこんな
旅館に居るんだい?」

「それはまあ……話せば長いことね。ねぇ、貴方は?」

またしても名を名乗ろうとはせず、青年はベンチのバビロンが座って
いた位置に腰を下ろした。竜用のため人間には多少高いはずなのだが、
彼は難なくレムリアの隣にくっ付いた。ここまでされては、流石のレ
ムリアも警戒心を抱かざるを得ない。


「ね、ねぇ…ちょっと……」

「そうピリピリしなくても大丈夫。僕はお姉さんの望みを叶えに来た
だけだから」

「……?」

青年はポケットに手を突っ込むと、半分が透明なカプセルを取り出し
た。中には薬の成分と思われる粒がぎっしりと詰められている。

「……もう一度訊くよ? 本当に、心からさっきの黒い竜のこと、好き
なのかい?」

「え、ええ……」

「ふぅん……じゃあ仕方ない、これあげる」

掌に載せたカプセルを、青年は惜しむ様子もなくレムリアに差し出し
た。当然のようにレムリアは拒否の意を示した。初対面で名前も名乗
ろうとしない相手から、得体も知れない薬など受け取れる訳がない。

…………はずだったのだが……



「へぇ〜、いいのかい? これさえあれば、彼の口から『好きだ』って
聞けるんだよ?」

「ま……まさか、惚れ薬とか言うんじゃないでしょうね」

「いやぁ、逆だよ。君が彼を惚れさせる薬。具体的に言うなら、強烈
なフェロモンで相手を惹きつける薬……かな」

「……!!」

レムリアは動揺を隠せず、一瞬そのカプセルに向けて手が伸びかけた。
青年の表情が、ニタッと獲物を見つけた邪鬼のように歪む。


「…………」

「どうだい? 告白される嬉しさがどんなものか、一度だけでも体験し
てみたくないかい?」

まるで舌先三寸のキャッチセールスのように、青年の言葉はレムリア
の心をグイグイと掴んで離さない。いや、青年ではない……彼が持つ
未曾有のカプセルに、レムリアは貪欲なほどに魅力を感じていた。
本来の彼女ならまず、こんな甘い話に飛びつくほど馬鹿ではない。し
かし今回に限ってはタイミングが悪すぎた。何しろもうすぐ告白の返
事が帰ってこようかというシーンで、この話を持ち掛けられたのだ。


「でも、そんなもの使ったら……」

「僕が見たことろ、君は悩みやストレスの海に溺れている。
いろいろと我慢してるんだろう? 好きなこと、やりたいことを理性で
押さえつけて、作り笑顔で何となく日々を紛らわせている」

これはキャッチセールスの常套手段だった。相手がどんな生活を送っ
ているかは知らなくとも、大抵の者に当てはまることを淡々と述べる。
その中に思い当たる節がひとつでもあれば、話し相手は自分の全てが
見透かされているような錯覚に陥るわけだ。

事実、レムリアには抜群の効き目だったようだ。彼女の脳裏に、様々
な場面においての自分の「我慢」が浮かび上がる。
ーーー30日に1回は人肉を喰らわなければならないという生理を、無
理をして45日に伸ばしたこと。
ーーー欲しいインテリアがあったにも関わらず、ロンギヌスからのお
年玉をリーグの予算にこっそり回したこと。

数えれればキリが無いほどの欲求不満の数々が、なおさらレムリアの
背中を強く押した。


「でも……こっちの世界に来たとき、マスターが言ってたわ。得体の
知れない薬には手を出したら駄目だ……って」

「大丈夫さ。毎日頑張っているんだから、ひとつぐらい、道具の力を
借りて解決するのもいいと思うよ」

「………………」

レムリアの心配をよそに、青年の誘惑ともいえる演説は続く。まるで
彼女を産まれる前から知っていたかのような口調と、弱味につけ込ん
だ労いの言葉。もはや青年は、レムリアがどんな生活を送っているの
かさえ、天賦の才で見抜いたようだった。

そしてーーー



「フフ……彼はきっと応えてくれるよ、君の気持ちにね」

「…………」

トドメとばかりに囁かれたその言葉に、レムリアのマスカット色の瞳
から理性が消える。初恋の魔力を呪いながら、彼女は禁断のカプセル
へと震える手を伸ばした。






<2012/04/06 18:27 ロンギヌス>消しゴム
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