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【保】いない − 旧・小説投稿所A

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【保】いない

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そっと背びれを撫ぜました。
ああ、彼のことを抱きしめられる日がくるなんて、彼女は予想だにしませんでした。
以前の彼女では、彼の背まで手を伸ばす事などできなかったでしょう。
けれども、この身体なら、それができるのです。

「――――!!」

彼女が触れた肌が痛みました。毒が侵食をはじめます。
声をあげようとするも、口は彼女の唇によってふさがれていて、声ならぬ叫びが漏れるのみです。
彼女を見遣ります。律儀に目を瞑っている顔を見ます。
その顔は、するはずもないのに、どこか上気しているように見えました。

「えへへ、……あ、目開けてたでしょ。
 ずるいなあ、もう……。恥ずかしいじゃないか。
 そんなずるいダイには……、……もう一回」

一瞬口を離し、再度口付け。
そのまま彼女は舌で彼の唇を探って、そっと優しくこじ開けると、彼の口内をなぞりはじめます。
彼女が口の中に這入って、そのひんやりとした感触に、少し身震いしました。
それから彼女が口をまさぐって、そして、彼女の顔がどろりと変形しました。
舌はそのまま彼女の顔を引き連れて、より奥へ、奥へ、喉まで到達します。
ヘドロでできた彼女が、顔から体内に雪崩れ込みます。

「ダイ、大好きだよ、ダイ。
 あは、なんかこう言っちゃうと、しょうもないだじゃれみたいでいけないね。
 なんかうまい言葉はないものかな?
 愛してる、なんて陳腐な言葉はごめんだな。いくらなんでも芸がなさすぎる。
 ……やっぱり、大好き。それが一番いいよ。
 ダイ、大好き」

もともとは彼女の首筋であったあたりに、また新しく彼女の顔が形成されました。
その彼女が、彼に語りかけます。
背中に回すべきものは、もう腕だけじゃ足りません。
この気持ちを伝えるには、二本の腕だけでは余りにも無力です。
もっともっとずっと深く、彼をぎゅっと抱きしめたいのです。
体内へ分け入ってくるヘドロの塊はじりじりと熱く――いや、熱いのはおれの方か?――、
まるで口が喉が焼かれるようでありました。

「ああっ、これでも、……ずっとずっとダイに近づけたこの身体でも、っ、まだ足りないなんて……!
 まったく、……もうっ、本当に君には恐れ入るよ。
 もう少しねぇっ、小さい方が、可愛げがあって、い、いいと思うんだ・……。
 ボクのこともさっ……、考えて欲しいなあ。けっこうね、苦しいんだから。
 この、小さな身体で、……君の背に手を回すの。まあ、前よりかは幾分かましだけれどもね。
 図体ばっかり、で、でかくなっちゃってさあ……。
 そうはいっても、……そんな、大きな君も、嫌いじゃない、よ……っ?」

異物を排出せんと、彼は自然にえづきましたが、彼女の猛攻の前には無意味でした。
腰からヘドロがまた伸びて、彼の背中に回されます。
ああ、これでいい。彼をさらに強く抱きしめます。
この気持ちを、余す所なく伝えたいのです。共有したいのです。
苦しい、気持ち悪い、痛い。彼はなんだか涙が込み上げてきます。
ぐずぐずと崩れた彼女の顔が、自身の顔にかかりました。
ヘドロはべしゃりとそのまま広がって、顔を覆い――おい、息がァ……――ます。

「ダイ……! ダイなら、大丈夫だよねっ。絶対に、平気、だよね、っ。
 ダイは、……そんじょそこらの十把一絡げとは違う、世界で一人きりの、ダイだもんね。
 ボクの目に入らない、どうでもいいモブなんかとは違う、もんねっ!
 あの日、初めてダイに会ったあの日から、ダイは他のポケモンと全然違ったんだから。
 兄さんがみんないなくなっちゃって、どうしようもなかったボクの目に、
 唯一映ったポケモンなんだよ? 他のやつらなんか、まったく見えなかったんだ。
 ダイは違う、絶対他とは違う。だから、ダイなら大丈夫、……だよね?」

自然と言葉が流れていきます。身体のように、とろけた心が言葉となって、流れていきます。
彼を全身で受け入れて、包み込んで、ああ、なんて幸せなのでしょう。
思考は鈍るようでいて、決して回転数が落ちることはありません。
徐々に思考が止まっていきます。考える余裕がなくなっていくのです。
ヘドロは鼻腔からも侵入してきました。痛みを伴って、這入ってきます。
体内を侵す痛みに忘れそうに――っぅ……――なりますが、全身がびりびりと痛んでいました。
彼に、毒が染み渡っていきます。彼女が融け込もうとしています。

「ダイは、その他大勢になんかならないよ。
 真っ暗で真っ黒な世界の、溢れる那由他の色の粒になんかならないよ。
 だって、ダイはダイなんだもん。オンリーワンの、ダイなんだもん。
 ダイは絶対にあの足場に辿り着く。絶対。絶対!
 そこではね、ダイ、ずっとずっと、二人きりなんだぞ。
 ずっとずっと、一緒にいられるんだ。
 ダイ、そこで思う存分、いちゃいちゃしよーぜ?
 周りなんてどうせ有象無象の雑多なんだ。
 思い切り見せつけてやっても、だーれも見もしないよ。見なんかできっこないよ」

ああ、口から鼻から目から爪の隙間から傷口から総排出口から、
彼女が彼を押しつぶします。塗りつぶします。苛みます。
彼の全身を余すところなく隅々まで、抱きしめたいのです。愛したいのです。
この手は小さく非力ですが、小さな心は誰よりも強く彼を愛しているのですから。
こうやって強く強く抱きしめていれば、二人はやがてすぐに一つになって、
それから先はずっと一緒にいれるのです。





「……………………」


痛みに涙を流そうとも、流すべき目はもうなく、
痛みに声を上げようとも、上げるべき喉はもうなく、
痛みに身を捩ろうとも、捩るべき手足はもうなく、
そもそも痛みを感じるべき脳すら彼の手には既になく、
もはや全ては彼女の腕の中であることに
―――――は、気づいたのでした。





ごとり、と彼の尻尾が根元から落ちました。
この身体をもってしても、大きな彼の身体をすっぽりと包みこむことはできなかったのです。
彼女にとって、いつだって彼は堂々とそそり立つ、大きな大きなものでした。
いくらこの身体とはいえ、そんな彼を覆いつくすことなど、できるわけないじゃありませんか。



抱きしめそこねた、最後の彼。
彼女はそっと腕を伸ばし、尻尾を掴んで、ぎゅっ、と抱きつきます。










ダイ。










君を残らず隈なく全部。


「まるごと愛してあげようね」








<2011/12/16 21:55 ホシナギ>消しゴム
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