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【保】アイが欲しい − 旧・小説投稿所A

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【保】アイが欲しい

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鼓膜に響く低いそれに、彼女は世界とのつながりを取り戻した。
耳に張り付く粘膜から逃れようともがきながら。

「……なによ」

胃壁に話しかける。奇妙なものだった。

「おまえ、俺のものになれよ」

アイの眉間にしわが寄る。ぶよぶよと蠢く胃袋を睨みつけながら、
嫌悪感に唾を吐きたいぐらいだった。

「あんた、何いってんの?あたしがあんたのものになると思ってるの?
 ……っていうか、食べておいて、そりゃあないんじゃないの?
 もう、あんたの、もの……っていうか……」

何故だか彼女の頬が紅く染まる。相手の体液にたっぷりとまみれて。
嫌な相手の、体内で。全てが相手のものになっていて。
彼女はもう、自分が自分であることに自信がなかった。

「でも、でも!あたしは御主人を信じて……ああっ!」

胃壁に挟みこまれた手をずぶりと抜くと、アイは手の中を見つめた。
そこには、溶けてぼろぼろになった布切れ。ハチマキだったもの。
彼女の主人が書いてくれた名前も判読できなかった。

「な、もう、遅いんだよ」

ゴム膜を叩くようなねっとりとした声と共に、
胃袋が再びアイを包み込んだ。
足の先も、指の先も、耳も。縞のある腰。
薄紅に光る頬。ちいさな鼻先。
空気の入る隙間も残さずに。

「やんっ……!…ああっ……!!」

弾力のある空間に独り取り残された彼女は、
まるで無重力下にいるような感覚すら感じて。
ゆっくりと、熱いリザードンの体内で。
自分と世界の境目が、だんだんと、溶けていく。
それは、きもちいい、のかもしれない。

「そうやって、俺のものになれよ」

胃袋の分厚い肉が、アイとひとつになっていくかのように。
ぴったりと張り付いたそれは、息の自由すら奪って。

「嫌だ、いや、あたしは、あたし、とか……や……」

そうして、彼女は腹の中で気を失った。
独り残ったリザードンは、さみしそうに自分の身体を見つめていた。



<2011/07/12 22:08 くじら>消しゴム
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