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表裏一体 影の深淵 − 旧・小説投稿所A

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表裏一体 影の深淵

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「っ・・よかった・・」
「・・フン・・」
「ありがとうございますっ・・・」
力一杯に子供を抱きしめ、目に涙を浮かべ人間が何度も頭を下げる。
「お前の為に治した訳ではない。その仔の未来の為に治したのだ。礼儀を知らぬお前らに感謝などされたくない。」
前脚を伸ばし、巨躯を正しくすると神獣は人間を見下す。
「もしや、供物を忘れた訳ではないな?」
「は、はい・・」
代償なしに何かを得ることは出来ない。
人間と神獣の間で交わされる契約。
神獣に願いを叶えてもらう代わりに供物を捧げる。
それが契約だ。
供物は何でもいい。肉でも野菜でも人間だっていい。
「こ、今年は凶作で・・・」
低く重い言葉で重く沈んだ威圧的な空気のなか人間が恐る恐る言葉を紡いだ。
「それで・・・捧げる供物はないと? 嘘をつくな。」
見下す眼光が鋭く、重く。
「い、いえっ!本当なんですっ!私たちの生活のことも考えると・・ですからっ・・」
「分かっている・・大地の実りが少ないのは感知ずみだ。」
「だったら・・」
「我とて力を使うのは疲れる。それ供物で補うのだ。供物がなければ力が振るえない。それは互いに困るだろう?」
「・・じゃあ・・どうするのですか・・?」
「・・お前の命でいいだろう。」
落としかけた子供をどうにか抱き止め、耳を疑っている。
「い、いや・・それでは助けて頂いた意味が・・」
「黙れ。恩を知らぬ愚か者め。我に楯突く気か?」
狼の本能が覚醒、喉を激しく鳴らし、その口元からは涎が滴り落ちる。
「お、お願いします!それだけはっ!」
「と言うのは冗談だ。」
「は?」
重い息を一つ、腰が砕けその場にへたりこんでしまった。
「そんな事をしてはいくら神獣とはいえ神罰を受けてしまう。お前の生気で我慢してやろう。」
「せ、生気・・?」
「生物が自然に発する気だ。生命力とでもいった方が分かりやすいか。」
神獣はその巨口を広げた。
唾液が牙に糸を引き、飛沫が飛ぶ。
「わ、私をた、食べる気ですか・・?」
「そんなつもりはない。大人しくしていればな。」
と、子供を抱きかかえる人間の肩に傷つけないようにがっぷりと食らいつく。
「あ・・ぅう・・」
カタカタと身体を震わせ、か弱い声を絞り出す。
生気を吸い取られる。
それは命を吸われると同等に近い。
「し、神獣・・さ、様っ・・」
声は出さず、眼光で“どうした?”と。
「く、苦しい・・・」
神獣は牙を外し、顎も外す。
服は唾液に濡れ、穴が開いている部分もあった。
「ごちそうさま。」
十分に味を堪能し、口周りを舌舐めずる。
「今度は供物を持ってくるのだな。生気を全部吸い上げてしまうかもな。」
「わ、分かりましたっ・・で、では、私はこれにて・・」
すっかり怯えた様子で人間は身を翻し神獣の前から去っていった。
「行ったか・・フフ・・私も衰えたものだな・・」
生気で力を補ったはずが、神獣の躯がガクリと崩れる。
このような姿とは言え、一応、神なのだ。
信仰が無ければ力は失われてしまう。
そしていずれは存在を失い、何もかもから忘れ去られてしまう。
神とはいえ恐怖はある。その恐怖は己の力ではどうにも出来ない。
毛嫌いする・・・人間の力が必要だった。
が、そのような事を打ち明ければそれこそ人間の言いなりと化してしまう。
人間に“道具”かのように使われる神・・
それはもう堕ちた神・・堕神と同類だ。
神はその地位と神格を維持したまま、適度に共存行しなければならないが、今の神獣には一片も無かった。
人間を毛嫌いし、供物を貰い、素直になれず。
それでも彼が人間に力を振るうのは密かに期待しているのかもしれない。
いつか自分たちの過ちに気づいてくれるのを。
「・・近い未来・・我は消えるのかもな・・」
彼が自嘲ぎみに微笑んだ。




<2011/05/13 23:17 セイル>消しゴム
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