Andante 11 「お前のしつけに手を抜いたつもりはないのだがな」 男の手が伸びて、顎にかかる。二人の青年に両腕を拘束され、ゼクスはされるがままに顔を上げた。 だがその双眸だけは、険しさを隠さない。たとえどんな屈辱を受けようとも、決して屈しはしないというように。 男はさも愉快げに頬を歪めた。 「健気なものだな。お前がそんな眼をすればするほど、泣いて許しを請う姿を見るのが楽しみになる。お前は本当に私を飽きさせないペットだ」 トレイに載せられて、医療用の注射器と小瓶が運ばれてくる。ゼクスから手を離した男は、かつて一兵卒の時代に学んだように、馴れた手つきで瓶の口を折り、注射器で中の無色の液体を吸い上げた。 「これが何か分かるか?」 針先から細く飛沫が上げるのを見たゼクスは、一瞬眼を見開き、激しく身をよじった。 「察しがいいな。これは淫乱なお前をさらに大胆にしてやる薬だ」 「貴方はそんな方法でしか、私を服従させることが出来ないのか!」 「考え違いをしてもらっては困る。お前が意地を張らず洗いざらい白状すれば、こんなことはただの余興で済ませてやってもいいのだぞ。だが、しつけの出来ない飼い主と笑われるのは不本意なのでな」 ぐい、と腕を捕まれ、強引に前に引き出される。 水滴をしたたらせた注射針が腕に近づき、ゼクスは思わず叫んだ。 「や…やめろ……やめろ!」 暴れる身体を押さえつけられ、腕の静脈に針が差し込まれていく。一瞬の痛みに、茫然と液体が注入されていく様を見つめるゼクスの頬を、注射器をトレイに戻した男がざらりと撫でた。 「さあ、どうするゼクス。私の質問に素直に答えれば、苦しい思いはせずに済む。この世の楽園を見せてやるが?」 その眼に恐怖を浮かべながら、それでもゼクスはきっぱりと言った。 「……そんなものは、いらない」 「残念だ」 男はにやりと笑い、椅子に腰を下ろした。 「では、服を脱げ」 ゼクスの身体がびくりと震える。合図で拘束していた青年が退き、自由になった両手で脅える身体を抱きしめながら、ゼクスは男を睨み付けた。 「どうした? 自ら地獄を選んだのはお前だぞ? お前は組織を裏切り、外部に機密を漏らし、機密を探る人間を逃亡させた重罪人だ。裏切り者には死か、さもなくば生きながら地獄を見るのが相応しい。それとも、もう身動きも取れないほど薬に犯されたか?」 どんなに押さえ込もうとしても、これまでの経験から刷り込まれた恐怖が全身を支配する。動けない。ゼクスは身体をこわばらせながらぎこちなく首を振る。 男の嗜虐的な笑みがさらに深まった。 「そうか。ならば、手伝ってやれ」 後ろで控えていた5人の少年が、無表情に近づいてくる。ゼクスは喉を引きつらせた。彼らもレディ・アンやデュオのように、脳の一部を操作され、自らの意志を喪失した《アルファロ》の人形だ。彼らの手が無造作に伸び、ゼクスは叫んだ。 「離せ! やめろ……!」 この部屋に連れ込まれ、彼らが控えているのを見たときから、こうなることは予想が付いた。それでも声を上げずにはいられなかった。 手首をねじり上げられ、前に回った1人が暴れるゼクスのブラウスの釦を一つ一つ外していく。同時にひざまづかされた背後から回る手が、スラックスのジッパーにかかりくつろげていく。じわじわと緩慢に、じらすように脱がされていくその感触に、総毛立つほどの嫌悪を感じながら、催淫剤の効き目の早さを絶望的に認識する。 彼の身体はたったそれだけの刺激で、確実に感じていた。 「っ………」 無造作な指先が布越しになぞるたび、しびれのようなものが肌を走る。熱く火照り始めた肌があらわにされる。もろく、薬に理性が溶かされていく。直接触れてほしい。もっと強く。抉るように。この身体の熱を燃え上がらせてほしい。ゼクスは懸命に首を振った。嫌だ。こんな自分は、こんな身体は、嫌だ。もう嫌だ……! 「欲しいか?」 優しい囁きが聞こえる。顔を上げると、歪んだ笑みをたたえた顔が間近にあった。 「達きたそうな顔をしているな。どうだ?」 ゼクスは促されるまま、かくりと頷いた。 「こんな、ことは……もう……」 「私が欲しいか?」 上肢を持ち上げられてスラックスを脱がされ、その素肌を滑るわずかな感触に、ゼクスは小さな声を上げた。 「欲しいのなら言ってみろ、ゼクス」 ゼクスは浅い呼吸に声を詰まらせながら、途切れ途切れに応じた。 「ほし…い……あなたが……」 「どうしてほしい?」 唇が震え、眼に涙が滲む。 「あなたのもの…で……わたしを……貫い…て……」 男がくくっと笑った。 「大した淫乱だ、お前は」 取り付く少年らを退かせ、男は戒めを失ってくずおれるゼクスの腕を掴み、腕一本でその裸身を引き上げた。足も立たずすがってくる彼を寝台の上に放りやると、自らの衣服を脱ぎ捨て彼にのしかかった。 「……そのつもりはなかったが、お前のその健気さに免じて、一度だけ天国を見せてやろう。よく味わうがいい」 何の愛撫もなく、猛った男のものが進入してくる。それでもゼクスは、全身を貫く衝撃と快感の電流に声を失った。肉体の悦びに逸らされた表情は妖艶に歪み、男が引いた瞬間、爪先までがぴんと張り詰めた。 「あああっ……!」 息が止まりそうになりながら、無理矢理に声を振り絞りゼクスは嬌声を上げた。狂わんばかりの快感が体内を駆けめぐる。声にならない声を何度も上げた。男の攻めは激しい。それを貪り、ゼクスはさらに求めた。男の首にすがりつき、腰をくねらせ、誘い込むような声を何度も上げて。 「随分……悩ましげだな。抱かれ癖がつくほど男に抱かれたか? ヒイロ・ユイはそんなに良かったか?」 不意に腰を止め、男は包帯越しの首筋の銃創を指先に撫でた。 「こんな傷を作ってまで、奴らを逃がしたかったのか?」 「あ……アル…ファロ…いやだ……」 首筋を降りて、指先がゆっくりと汗ばんだ肌をたどる。 挿出を止められた上に歯がゆい愛撫を受けて、ゼクスは込み上げる焦燥にきつく眉根を寄せた。 「殊勝なことだ。だが貞淑なペットは、主人以外の者に足を広げたりはしないのだぞ」 ゼクスの乱れた呼吸だけが寝室に響く。胸の突起を執拗に嬲られ、ゼクスは長い髪を首筋にからませ何度も首を振った。 「は……やめ……もうっ」 苦しげなゼクスの顔を見遣り、男はにやりと笑って身体を放した。体内から楔をも引き抜かれて、ゼクスは切ない声を上げる。 「あ…やぁ……っ」 「止めろと言ったのは、お前だろう?」 耳元に囁くと、彼は身をよじって哀願した。 「お願いだ……いかせて……」 男は笑ったままで応えず、伸ばされてくる彼の腕をシーツに押さえつけながら、硬く勃ち上がった胸の突起をゆっくりと舐め上げた。 「あぁ…っ」 喉を震わせ、背筋が弧を描いて反り返る。なおも執拗に舌先に転がしていくと、哀願は嗚咽混じりに変わった。 「もう……もうっ……いかせて…くれ……アルファロ……っ」 男は口許を歪めて眼を細めた。 「良い子だ。ご褒美をやろう」 震えるゼクスを俯せにし腰を引き上げると、再び貫く。 「は…ぁああっ!」 甘い歓喜の声を上げて、ゼクスがシーツを握りしめる。雫をこぼし震えて張り詰めている彼の欲望を手に弄びながら、男は大きく突き上げた。ゼクスの顎が跳ね上がり、長い髪が乱れて宙を舞う。 「ああっ!」 喰い破るかのような激しい挿出に、ゼクスは無意味な音の羅列を叫んだ。唇から唾液がこぼれ、上気した肌が汗に濡れ、今にも弾けそうな欲望の証は男の手に白濁を滴らせ、秘部は滲み出た男の体液に淫らな水音を立てる。快楽一色にまみれたその姿に、彼の意思はどこにもなかた。 「あ…あ…あ……」 男の動きが早まり、ゼクスの身体も同調する。男が小さく呻いたと同時に、きつく握られた男の掌に、ゼクスもどくどくと己を解放させた。 意識が白く飛び、荒い呼吸を残して全身を弛緩させるゼクスを、息を乱した男が見下げる。 「伸びている場合ではないぞ。地獄を味わうのはこれからだ」 男の命令を受け、背後で控えていた少年達がゼクスを取り囲んだ。 |