Allegro appassionato 6 1ヶ月に一度は訪れる、演奏会の迎えではないリムジンに、いつものように乗り込んだ時、ゼクスには彼の知らぬ範疇で何が進行しているのか、知るよしもなかった。 リムジンは宵闇の街を走る。ゼクスの心境とは裏腹のきらびやかな街の灯を、窓越しに眺めながら運ばれた≪アルファロ≫の私邸で、ゼクスはいつも通りに男の部屋の扉を叩いた。 そこは男の寝室であり、男の私邸へ『招待』された時は、仮に案内がなくともそこへ出向くのが、ゼクスと男との『契約』だった。 応える声を聞いて扉を開けたゼクスは、ソファに背を預けてウオッカのグラスを揺らしている≪アルファロ≫に、律するようにすっと背筋を伸ばして目礼した。 「よくきたな、ゼクス」 既にガウン姿の男は、グラスをテーブルに置き笑みを浮かべた。その口許に危険なものを感じゼクスは身を硬くした。この男がこんな表情をする時は、ロクなことがない。何かある。そう思った時、寝台の方からかすかな物音がして、視線を向けたゼクスはその上に身じろぐ何かの影を見た。 薄暗がりの中の影は、全裸の人間だった。そのうつ伏せた背に、見覚えのある、ほどけかかった長い栗色の三つ編みがあるのを見とめ、古い記憶をたぐり寄せたゼクスは息を飲んだ。 デュオ・マックスウェル。3年前、突然ゼクスのアパートを訪ねてきた彼は、憎しみに近い、挑むようなまなざしでゼクスを見上げるなり、こう言った。 「 ≪アルファロ≫が切れるような鋭い笑みに片頬を歪ませて、ゼクスを見遣っている。ゼクスは総髪がひるがえるほどの勢いで、男を振り返った。 「彼が何故ここにいるのです! 彼は、デュオは3年前にパリを出ている。第一、貴方とはなんの関わり合いもないはずだ!」 「ずいぶんな剣幕だな」 立ち上がり、男の笑みが深くなる。歩み寄り、反射的に身を引きかけたゼクスの顎を掴み、唇を噛みしめるその顔を覗き込んだ。 「お前は一体、何を庇おうとしている?」 「なに…を……」 投げかけられた言葉の意図が分からないゼクスは、男の手が唐突に内股を滑り上がってくるのを感じ、息を止めた。 「さて、お前がどこまで関わっているのか、そこをはっきりさせてもらおうか。ゼクス、言っておくが、デュオは全てを吐いているぞ」 「何のことです。なにが……あっ……」 たどり着いた手が、着衣の上からきつく内股の奥をなぶり、思わず声が上がる。その表情を眇めた眼で眺めた男は、それだけであっさり解放すると、寝台へ声をかけた。 「デュオ、こい」 鈍い動作で身体が動く。寝台から降りたデュオは、束ねた髪をだらりと肩から落としながら≪アルファロ≫の前に立った。その紫色の眸はどんよりと濁り、意志を宿しているようには見えなかった。 「……彼に何をしたのです」 ≪アルファロ≫は、歪めた相貌をゼクスに向ける。 「レディ・アンと違ってこいつは大した淫乱だったようだ。少し頭をいじっただけでこの有り様だ。その手の愛好者に売り飛ばせば、さぞ良い値がつくだろう。私も今し方味見させてもらったが、こいつはまだ、足りないようだ」 男はくく……と喉の奥で笑った。 「スラム街の雑種らしく、足でも舐めさせてみるか? ゼクス」 「≪アルファロ≫!」 怒りをあらわにするゼクスを、男は顎で指す。 「デュオ、あの男を犯せ。立ったままでだ」 ゼクスは戦慄に背筋を震わせた。デュオがゆっくりと前に立つ。 「止めてください、≪アルファロ≫……デュオ!」 3年前は見下ろす位置にあった彼は、今はほとんど同じ高さに目線があった。身体も華奢な少年のものではなく、身を引きかけた後ろ髪を無造作に掴まれて、ゼクスは眼を見開いた。 抵抗を封じるように唇がふさがれる。両手をひとまとめにいましめられ、歯列をこじ開けて入り込んできた舌は、一転してねっとりと口腔を荒らし始めた。歯の内側をなぞり、預けようとしない舌をなぶり、口腔をくまなく蹂躙していく。その巧みな口吻けを受け、意志より先に身体が流された。封じられた腕から力が抜け、掴んでいたデュオの手はすっと下に、着衣の上からゼクスの欲望をあおり始める。 「ん……ぅ……」 ゼクスは思わず身をよじった。どうしようもなく身体が熱くなる。執拗に舌先をすくわれ、根負けして自らからませ始めると、下肢を愛撫する手の強さが増した。布越しの刺激の歯がゆさに、たまらず腰が揺らめき出す。 「……ふ…っあ……」 どちらのものともつかない唾液が、頬を透明に伝い落ちる。口吻けの息の継ぎ間に、ゼクスは切なげな声を洩らした。下肢の中心に触れられるたび、そこから背筋にしびれるような感覚が駆け上る。それでは足りない。身体が訴える。散々に仕込まれ快楽を覚え込んだこの身体は、そんな愛撫では満足できない。 彼の手を呼び込むように、馴れ始めた腰が無意識に動きを速める。だが、不意にデュオが手を離して、ゼクスは思わず声を上げた。 はしたなく喘ぐゼクスとは対照的に、デュオは表情を変えていない。その無表情に理性が立ち戻り、己の乱れように青ざめたゼクスは、ベストとシャツのボタンを外しながら、首筋に降りてきた口吻けに再び身体を震わせた。 「…デュオ……っ……あ……や…ぁ……」 ふさぐものがなくなった唇から、止めようもなく声があふれる。唇と舌の愛撫は胸の突起へと移り、すでに硬く尖っているそこに執拗に舌を這わされて、その生々しい感覚にゼクスは背をしならせるしかなかった。 さらに、再び下肢に指が伸ばされる。スラックスのベルトを外され、あらわにされたそこに指をからめられて、ゼクスは激しく喘いだ。 「や…やめ……あ……は…ぁ………っ!」 うごめく舌先が、からみつく手が、容赦ない快感を作り出していく。される行為には吐き気すら覚えるのに、何故身体は反応するのか。何故こんな女のような嬌声が上がるのか。 込み上げてくる自分への嫌悪感に、何もかもから眼を逸らすようにきつく眼を閉じる。だが、身体の上を這っていた愛撫が途絶えた刹那に片足を引き上げられて、慌てて眼を開いた。立ったままの身体にはすがるものがなく、片足を取られ腰を抱えられた反動で背後に倒れそうになったゼクスは、とっさにデュオの肩に手を伸ばす。 だが、身体は後ろからがっしりとした腕に抱きとめられた。ゼクスの両腕をいましめながら、胸に抱えた≪アルファロ≫は、驚いて振り返ろうとするゼクスの耳朶を唇と舌でなぶり、声を上げる姿を満足げに見遣って、再びデュオに命じた。 「続けろ、デュオ」 前後を2人の男に挟まれながら、片足を高く抱え上げられ、ひきつれたように開かれた内股の奥に熱い感触を感じ、ゼクスはびくりと眼を見開いた。ぐっと、そこから圧迫感が広がり、熱が秘所をさぐって奥へ進められていく。 「やっ……やめろ!」 もがこうとした身体はいともたやすく封じられ、息を飲んだ瞬間、それは震える内部に侵入した。 「あ……あああっ!」 頭の中を空洞にするような、言葉にならない激痛が脊髄から脳へ貫く。先端が入り込んだだけで拷問を受けたかのような悲鳴を上げるゼクスを、≪アルファロ≫が歪んだ笑みで眺め遣る。 「苦しいか? ゼクス」 優しげな声が耳朶をくすぐる。デュオがさらに挿し入って、ゼクスは≪アルファロ≫の肩に頭をすりつけるようにしてのけぞった。 「や……ああっ」 「達きたいだろう? いつもならとうに天国を見ている頃だろうに、お前のここはまだ溜め込んで震えたままだ」 後ろから伸びた手が、デュオとの間に挟まれたゼクスの欲望を握り込んで、ゼクスは鋭い悲鳴を発した。 「どうだ? 言いたいことがあるのではないのか?」 デュオが根本までねじ込んだ。同時に≪アルファロ≫の手がきつく閉まる。 「どうしたゼクス。そんなに辛いのか?」 笑みをふくんだ男の声。内壁を突き上げてくる欲望の肉塊。頭の芯にまで灼熱のフラッシュが飛び散り、火の手を上げさせる。もう自身がどうなっているのかも分からないまま、ゼクスは滅茶苦茶な悲鳴を上げ続けた。猛烈な苦痛と快感が渦を巻き、突然それが飢餓に変わる。デュオに貫かれ、≪アルファロ≫の腕に身もだえるゼクスは、その手管に導かれるまますすり泣くような声を上げていた。 「………て……くだ…さ……」 「ねだる前に、言うことがあるだろう? ゼクス」 耳に息を吹きかけられ、息も絶え絶えに身をよじらせる。 「わた……は……何……も……」 「知らなかったというのか? そんないい訳を私が信じると思っているのか?」 手の締め付けが増し、ゼクスは泣いているのかと思うほどの表情で顎をのけぞらせた。 「本当……ですっ……私は、ほんとう…に……ああっ!」 「お前はヒイロ・ユイと親しかったそうだな。奴にデータベースへのアクセス方法を教えたのは、お前ではないのか?」 「……ヒイ…ロが……なぜ……」 「下手な芝居かと思ったが……」 男は意外な顔つきで、喘ぐゼクスを覗き込んだ。 「では、トレーズはどうだ。お前と何か企んでいるのではないのか」 ゼクスは懸命にふらふらと首を振った。男はおもしろくなさそうに、ふんと鼻を鳴らし、掴んでいたものから手を離した。 「デュオ、ゼクスから離れろ」 自分自身、快楽を求めていたデュオが緩慢に止まった。それでも、突然の命令に反応し切れていないような鈍重さで≪アルファロ≫を見遣る。男はそんな彼に、再度容赦ない命令を下した。 「この男から離れろと言っているんだ。聞こえんのか、デュオ」 デュオはのろのろと言われた通りに身体を引いた。引き抜く瞬間、内壁の摩擦にゼクスが嬌声を上げる。余韻に震えるその腰を≪アルファロ≫が引き寄せた。乱れのない着衣から既に熱を持つ己の欲望を取り出し、ゼクスの白い双丘に突き立てる。 「ああっ!」 押しつけられて、ゼクスの上肢ががくんと前屈みになる。落ちかかる長い髪が大きく乱れ、瞬間、ゼクスは放っていた。 「……もう達ったのか。いつまで経っても敏感な奴だな、お前は」 情欲に酔った声は、辱める喜びにも濡れている。その眼が、床に座り込んで放心しているデュオに向けられた。彼の表情はとけかかった髪に半ば隠されている。だが、無防備にさらされた両足の間には、未だ高ぶったままの欲望が放り出され、その眼は物欲しげにゼクスから動かない。 「デュオ、ゼクスに奉仕してやれ」 紫の眸が、命令を与える≪アルファロ≫に動いた。男は、今は悲鳴ではなく嬌声を上げるゼクスを突き上げながら、にやりと笑った。 「ゼクスのものをくわえてやるんだ。できるな」 デュオはゆっくりと床を這い、前屈みのゼクスの下にもぐり込んだ。垂れる絹糸の髪が、デュオの肩や背に降りかかる。デュオは目の前で再び勃ち上がりかけている彼のものを、手を添えて口に含み入れた。 ゼクスの呼吸が跳ね上がり、短い嬌声が上がる。背後からの突き上げは容赦を知らず、その動きに押されるたび、待ち受けるデュオの唇がゼクスの欲望を奥深くまで飲み込み、なぶる。デュオの肩に手をつき不自然な体勢にたえながら、ゼクスは強制的に与え続けられる快楽におぼれ、言葉にならない叫びを上げた。 汗ばむ身体がぶつかり合い、男の呼吸が耳元に早鳴る。上がる水音。自分の鼓動。嬌声。衣擦れ。つながる肉体のきしみ。全てがねっとりとまとわりつく空気の中、ゼクスに襲いかかる。 「はぁ……ぁ…あああっ!」 ≪アルファロ≫が叩き込むようにしてゼクスの奥深くに放った時、ゼクスは再び、きつく吸い上げるデュオの口腔に己を解放させていた。 「ん……っん……」 照明が暗く落とされた寝台の上で、ゼクスは浮かされたようにくぐもった声を上げる。 その唇は、含み切れないほど怒張した≪アルファロ≫に犯され、四つ足の獣のように膝をついた背後からは、デュオの楔が深々と貫き、突き上げている。 ≪アルファロ≫の両足の間に顔を埋めるゼクスの表情は快楽に塗りつぶされ、その行為からも快感が得られるかのように、ただ一心に男のものに舌をからめている。貫かれながら、淫らに開いた足の間の欲望をしごかれ、奉仕する男からは首筋やうなじを撫で下ろされる。しっとりと汗ばんだ肌には花びらのような朱いあざが散り、感じるたびに洩れる甘い声は途切れることがない。 「かわいい奴だ……」 眼を細めて、その顔に落ちかかる髪を梳き上げてくる男の思考など知らず、ゼクスは男のものをくわえたまま喉を震わせる。 「ゼクス、お前は私以外の誰のものでもない。それを……忘れるな……」 終わらない饗宴。底なしに沸き上がる、欲望と快楽。 ゼクスの前には、気の遠くなるような絶頂が、どこまでも続く真っ暗な奈落の底となって広がっていた。 数日後、セーヌ川の河口付近で一つの水死体が発見された。 遺体はうつ伏せの状態で浮かんでおり、発見当初はその長い髪から女性ではないかと思われたが、引き上げられた全裸の遺体は司法解剖の結果、10代後半から20代前半の若い男性のものと判明した。 死因は多量の水を飲んだことによる溺死。頬や腹部に軽い暴行を受けた跡があるほか、性的暴行の形跡も見られることから、警察は単独、または複数で強姦されたあと、川に投げ捨てられたものと結論づけ、ただちに捜査を開始した。 被害者の指紋がパリ市警に登録されており、身元はすぐに割り出された。しかしその報告が成された直後、捜査は上層部からの指示で中止される。遺体は引き取り手もないまま、近くの共同墓地に埋葬された。 被害者の名は、デュオ・マックスウェル。3年前まで、パリを中心としたフランス各地の邸宅を荒らした、手配中の窃盗犯だった。 |