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1.  はじまりはいつも嵐


 神様、従順な貴方の愛し子に、
 どうして貴方は難問ばかりをお与えになるのでしょうか?


 鳴滝家では、家族そろっての食事というのは、年に一、二度あるかないかの、ある種異常事態といえる出来事だった。昼も夜もそれぞれに忙しい父が、自分の名義である我が家に滞在するのは、年単位でも計算できるほどの時間でしかない。 結果、食事とはいつもだだっ広い食卓に息子二人でするものと相場が決まっている。
 その異常事態があったのは、ある冬の夜のことだった。
 異物が入り込んだせいで、どこかしらぎこちない夕食が何事もなく終わり、食後のお茶の時間となったところで、事件は起こった。
 家長である父が、「そうそう」とテレビのニュースを話題にでもするように切り出したのだ。
「お前達に弟がいることが判った。先方の都合もあって、明後日にはこの家にくると思う。仲良くしてやってくれ」
 陽海はるみ はティーカップを持つ手を停止させた。思わず向かい合った父を見、隣に座るこう を見遣る。光も、驚きの表情を父に向けていた。
「………へぇ。そいつ幾つ?」
 一瞬の間に、光の頬から驚きの仮面がはがれ落ちた。明るい色の髪の下の端麗な顔立ちに現れたのは、紛れもない好奇心の色だった。陽海は内心溜息をつき、前へ視線を戻した。
 罪悪感や倫理観という単語とは無縁の人物は、優雅にティーカップを口許へ運んでいる。その顔に高校生の息子を持つ父親の、老いや疲れといったものは微塵もない。10歳若く偽っても充分通用しそうだった。それでいて、年齢と共に積み重なっていく人間的な厚みはしっかり持ち合わせているのだ。昼でも夜でも相手に事欠かないことに、それで頷けてしまうところが、最大の嫌味だが。
 父は穏やかに微笑みを浮かべながら、口を開いた。
「15歳だ。お前達と同じ歳になるかな。だが、4月生まれだと言っていたから、満年齢では一つ年下になると思う。……陽海、どうした?」
 うつむく陽海の肩は小刻みに震えていた。出来るだけ平静を保とうと努力しながら、ゆっくりと顔を上げる。
「……父さん。5年前のことを憶えていますか」
 穏やかな声音、という訳にはいかなかった。
「5年前というと?」
「今と同じような台詞を、父さんが言った日のことですよ」
 少しの間をおいて、父は微笑の中に思い当たる節を見つけ出したようで、「ああ」と頷いた。
「光を連れてきた時か?」
「俺は、あれに懲りて一度きりになるとばかり思っていましたけどね」
 必死に怒りを噛み殺している陽海の肩を、光が宥めるようにぽんと叩いた。
「二度あることは三度あるってことなんだろ、親父。それより、これからも弟やら妹やらが増え続けてく予定なのかよ。託児所のバイトみたいなんは、いくらなんでもパスだぜ」
 父は相変わらず微笑しながら言った。
「まあ、先のことは分からんが、今のところはあきら 一人だ。鳴滝の家に入れるのは3人で充分だろう」
 陽海の眉が、耐えきれなくなって跳ね上がった。
「そんなに家が大切なら、いい加減結婚したらどうです。いつまでも独身でいるから、子供を引き取れだの、手切れ金を寄越せだの、きりもなく付け入られるんじゃないですか。大体、独身を通している男の許に子供が増えていくのは不自然過ぎると思いませんか。今のこの状態でも充分家名を傷つけることになってるってのに、この上まだ増やそうなんて、お家が大事の人のすることじゃないでしょう」
「まあまあ、落ち着けよ兄貴」
 光の緊張感のない声でついに忍耐のメーターが限界値を振り切れる。陽海は椅子を蹴って立ち上がった。勢いで、椅子が毛の長い絨毯に脚を取られ、踊った。
「お前は平気なのか? お前と2ヶ月違いだぞ、冗談じゃない。私生児なんてもう沢山だ。それを、また母違いの弟がくるから仲良くしろって……コメディーかよ、この家は!」
 陽海は苦笑する父に向かって、力一杯怒鳴った。窓ガラスがびりびりと震えるほどの声で。
 それでも脳天気な父の笑みは消せなかった。




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